第1話 固有ジョブ
革の鞭を持つ手が震える。
奴隷商人? 何だそれ? それよりもオークを殺した? 俺が? その感覚が快感と同時に胸に気持ち悪さとして込み上げてきて、その場で吐いた。
巨大な人の形をした者を殺した。目の前に死体として倒れている。だが、突然、消滅した。
「えっ?」
消滅した後には、ピンク色に輝く小さな石と、豚肉が出現した。
「豚肉? オークだからか?」
俺は震える手でそのピンクの石と豚肉を拾い上げた。そして、目の前に突然、青白い文字が浮かび上がる。
ステータスウィンドウ
レベル:1
ジョブ:奴隷商人
固有スキル:奴隷契約
特殊スキル:奴隷搾取
奴隷:なし
装備:革の鞭、寝巻きのジャージ
体力:5/5
魔力:1/1
筋力:3
耐久:2
敏捷:1
器用:1
魔法攻撃力:0
魔法防御力:0
運:5
スキルポイント:10
ステータスポイント:100
「……なんだよ、これ……」
現実がどんどん歪んでいく気がした。昨日までは奴隷のように働く社畜だった。だけど、目が覚めたら世界が変わっていて、オークに襲われて、鞭でオークを倒した。
今、目の前にはゲームの世界のようなステータス画面が広がり、日常が変わろうとしている。
「これって……。仕事に行かなくていいんじゃないか?」
不意にスマホを探して、オークに投げつけたことを思い出した。
時計を見れば、すでに午前六時を超えている。
いつもなら、出社して仕事をしている時間。
俺は仕事に行っていない……。
「よっしゃー!!!!!」
歓喜の声を挙げていた。
会社をサボった。サボってやった。最高の気分だ。ザマァみろ! 今まで俺を奴隷として、会社に来ているのが当たり前だと思っていた奴らは驚くだろうな。
「誰も会社に行ってないか? まぁもうどうでもいいや」
世界が変わって、初めて仕事から解放された。
心が救われた気がした。
オークを倒して、吐いて、会社に行かなくていいことに気づいて、喜んで、メチャクチャ情緒不安定だけど、心はスッキリしている。
「はは、ハァ〜最高だ」
窓の外は爆発音が今も響いている。だけど、そんなことどうでもいい。
「多分、マンションが倒れたから、この建物も、いつ壊れてもおかしくないよな。それに、あの声が言っていた人類に与えた新たな力ってのが、この奴隷商人みたいなジョブがそうなのか?」
《ただ抗うことを許しましょう。あなたたちに新たな力を授けることにしました。勇気を持ってダンジョンのモンスターを倒した者には、固有ジョブと呼ばれる、個人個人に特有の力が与えます》
「とか言ってたな。俺はオークを倒したから、固有ジョブを手に入れたってことか? それにしても奴隷商人ってなんだよ」
俺が奴隷みたいな生活をしていた皮肉かよ! だけど、なんで商人をつける必要があるんだ? もしかして、その奴隷を売り買いしろってことか?
気づけば俺は、部屋の隅でしゃがみ込んで考えていた。革の鞭を握ったまま、いつでもモンスターと戦う準備はできている。
目の前にはピンク色に光る石と、オークを倒したドロップ品として現れた豚肉の塊。
「会社に行かなくていいだよな……」
落ち着いて来ると、どうしても会社のことを考えてしまう。
だけど、電話しようにもスマホは壊れて繋がらない。いや、壊れてなくても圏外になっていたっけ? どこまでも奴隷社畜だな。
外は未だに爆発音がしているってことは、モンスターが暴れているんだろう。
それに目の前に浮かんでいる青白い文字。
いわゆる「ステータス画面」。昔やったゲームで見たことがあるような形式だが、現実に出現するとは思いもしなかった。
ステータスウィンドウ
佐渡太一(サドタイチ)
レベル:1
ジョブ:奴隷商人
固有スキル:奴隷契約
特殊スキル:奴隷搾取
奴隷:なし
装備:革の鞭、寝巻きのジャージ
体力:5/5
魔力:1/1
筋力:3
耐久:2
敏捷:1
器用:1
魔法攻撃力:0
魔法防御力:0
運:5
スキルポイント:10
ステータスポイント:100
「……なんだよ、『奴隷商人』って……」
声に出してみるが、何も答えが返ってくるわけではない。その響きから察するに、あまり良いイメージの職業ではない。
俺は思わず、「固有スキル」の部分に変化が起きないかと指でなぞってみる。
すると、変化が起きた。
ジョブ:奴隷商人
・奴隷を支配するジョブであり、奴隷を売り買いすることができる。
固有スキル:奴隷契約
・意思疎通が出来る者と奴隷契約を結ぶことができる。奴隷契約を結んだ者は、主従関係となり。対象に命令する権利を得る。また、奴隷の強化や補助するスキルを習得可能。
特殊スキル:奴隷搾取
・奴隷が持つスキルを自分の物として使うことができる。
奴隷:なし
「これが奴隷商人か……奴隷を支配するか……」
これまで妄想していたことが現実になるかもしれない。そんな思いに身震いがした。今更、上司たちに会いたいとは思わない。
だけど、会ったなら、全力で妄想を現実化してみせる。
意思疎通が出来る者と奴隷契約を結ぶか……。
「奴隷なんて、誰もなりたい奴はいねぇよな」
自分のスキルだけど、戸惑いの方が強い。これについて考えても仕方ない。だけど、今後のことを思えば、理解はしておきたい。
「とにかくこれが俺が生き残るために必要な力ってことだろ? なら極めてやるよ」
いくら文句を言っても現実は変わらない。手に残る革の鞭の感触が、この異常事態が紛れもない現実だと告げている。
一息ついて、目の前に転がっている豚肉とピンク色の石に目を移した。
豚肉は新鮮そのもので、これをどうするべきか迷う。だが、石の方は……妙に気になる。
「この石……何だ?」
俺は恐る恐る石を拾い上げた。掌の中でほんのり温かく、まるで生きているかのように微かに脈動しているように感じる。
その瞬間、再び青白い文字が目の前に現れた。
ドロップアイテム:魔石(小)
・ダンジョンモンスターを討伐すると出現するエネルギーの塊。売却、もしくは魔力の補充に使用可能。
「売却って、誰に売るんだ? それに魔力の補充?」
ゲームの説明文のような文言だが、これが現実にあるというのか? 試しに、魔石を握りしめながら「売却」や「使う」と呟いてみたが、何も起きない。どうやらこのままでは役に立たないらしい。
「……豚肉は……」
恐る恐る豚肉を手に取ると、思った以上にズッシリとしていた。五キロはありそうな巨大な肉の塊だ。
焼けば食えそうだが、この状況でそんな悠長なことをしている余裕があるのかも分からない。
「なんか……いろいろおかしいよな……」
俺は深く息を吐き、荒ぶる心をなんとか落ち着かせようとした。
その時だった。再び頭の中に、あの冷たい声が響く。
《スキルポイント(SP)とステータスポイント(SP)を使用可能です。ジョブ「奴隷商人」に特化したスキルを解放できます》
「……スキルポイント?」
文字の中に、スキルポイントが「10」あることが示されていた。どうやら、これを使えばスキルを習得できるらしい。
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