変わり果てた世界で奴隷商人という、支配する力で俺は生き残る。

イコ

序章 世界が変わった日

 外は電車の走る音も聞こえなくなって、眠気のせいで何度も意識が飛びそうになる。


「はっ?! ダメだ」


 必死に意識を保とうとしているのに何度も意識が飛びそうになり、その度に上司の声が頭の中で繰り返される。


「おい、佐渡! これ、今日中に終わらせとけって言ったよな! 明日のプレゼン資料だぞ。まだできてねぇのか? 俺は帰るからな! 終わらせてから帰れよ!」


 その度に再びキーボードを叩き始める。いや、叩き続けている。叩き続ける以外に、俺には選択肢がなかった。


 家には寝るために帰るだけ。それも一日二時間もあれば十分だった。月に休みがあるときは全て寝て過ごす。

 

 奴隷のように働かされて、この生活がいつから始まったのかも覚えていない。


「お前の仕事が遅いから休めねぇだけだろ!」

「こんな簡単なこともできねぇのかよ!」

「頼むわ、お前の仕事をこっちに回すな。空気読んでくれよ」


 上司、先輩、同僚。誰もが俺を見下し、都合よく罵声を浴びせる。


 みんながイライラしていて、俺にそれをぶつけてくる。


 それに対して「すみません」、「はい、やります」と頭を下げるだけだった。


 怒鳴られるたび、心の奥底に何かが積み上がっていく。見えない小さな欠片が心に突き刺さり。それが一日、また一日と積もり、心に大きな塊を作り上げていく。


 やめたい、逃げたい、でも辞められない。


 いつの間にか、俺の頭の中には、ただ「生き延びる」ための思考しかなくなっていた。いや、それすら本当に必要なのか、よくわからなくなっていた。


 鬱屈うっくつの果てに……五年目に突入したある日、俺はふと気づいた。怒鳴られることにも、叱られることにも、何の感情も湧かなくなっていた。


 心が死んだ。


 それを自覚した日から、頭の中に奇妙な幻覚を見るようになった。


 怒鳴りつけてきた上司を、机に縛り付け、仕事を無理やりさせる。


 無理難題を押し付けて、失敗を俺のせいにした同僚を、床に這いつくばらせ、延々と謝らせる。


 そんな幻覚を見ている時は、不思議なくらい胸がスッとする。


 全てが現実のように鮮明で、胸の奥から湧き上がる高揚感に包まれた。


「……ああ、俺はこいつらを支配したいんだ」


 呆然と幻覚を見つめ、仕事をする日々は、心の安定を与えてくれた……。


 そんな日々の中で、スマホを見ながら気分転換をしていると、何気なく再生した動画に衝撃を受けた。


 映し出されるのは、ボンテージを着た女性が、男に鞭を振り下ろしていた。男は涙を流しながらひれ伏して、ただ「申し訳ございません」と繰り返す。


 その男は上司に似ていて、俺の溜飲が下がっていく。


 男を見下す女性の顔は、どこか陶酔したような笑みを浮かべていた。


「……こんな風にできたら」


 画面を見ながら思った。俺が欲しいのはこの感覚だ。自分が絶対的な存在となり、相手を支配したい。


 それから動画を見る日々が続いた。


 鞭で打ち、縄で縛り、蝋燭ロウソクを垂らして相手を痛めつける。その度に痛みを受けた人間も、与えた人間も恍惚の表情を浮かべている。


 それから毎日動画を漁るようになった。痛めつけられるのは男性だけでなく、女性も鞭で打たれていた。


「綺麗だな……」


 就職してから初めて、気持ちが動いた。死んだと思っていた心が反応した。


「俺もこんな風になれたら……」


 動画を見ているだけでは足りないと思った。


 休日を使って俺はショップに足を運んだ。もっと隠れた場所にあると思ったショップは駅近くにあった。


「いらっしゃいませ〜」


 店員さんの声に少しビビりながら、陳列された棚を見る。無数の鞭、縄、拘束具が並んでいるのを見て、心がワクワクとするのを感じた。


「これが、鞭か」


 鞭には種類があって、一本鞭、バラける鞭、ウィップ。


 それぞれの振った感触を確かめる。その中の一つで手の中に感じる重量感。革の硬さ。そして、軽く振った時に響く風切り音。


 その全てが、想像の中にあった「支配」の感覚を具現化しているアイテムを見つけた。


「これにしよう」


 自然と、口からその言葉が漏れた。そのままレジに持って行って購入する。


「えっと、プレイ向きじゃないですが、大丈夫ですか? これって人に使ってはいけないんですけど?」

「はい! これをください!」

「かしこまりました」


 店員さんは、困った顔をしながら10万もする鞭を袋に入れてくれる。


 購入した鞭は、通常の一本鞭よりも2倍の太さと、重量。それに二メートルほどの長さがある使い難い物だった。


 本来はプレイで使う物ではない。


 だけど、上司や同僚の顔を思い浮かべながら選んでいると、この鞭が相応しいと思えた。あいつらを本気でぶっ飛ばすなら、プレイではなく、ガチの奴が欲しかったからだ。


 家に戻り、俺は壁に毛布を立てかけて鞭を振ってみた。


 バチン! という音が部屋に響くたび、心の奥に溜まった鬱憤ウップンが少しずつ解消されていくのを感じる。


「……いいな」


 それは間違いなく、俺にとっての『癒し』だった。


 自分が奴隷のように抑えつけられてきた分、ファンタジー小説に出てくる奴隷商人のようにコキ使ってやるんだ。


「これなら、明日も頑張れるな」


 そう呟いた自分が、本気なのか冗談なのかは、よくわからなかった。


 翌日、俺は鞭を持ったまま仕事に向かう妄想をした。

 

 上司が怒鳴り声を上げた瞬間、その喉元に鞭を突きつけ、静かに「黙れ」と命令する。無理難題を押し付けてくる同僚を椅子に縛り付け、目の前で資料を無理やり完成させる。


 幻覚と妄想が混濁して、全てが心地よい。現実ではできないが、頭の中で再現するだけで、俺は救われていた。


 鞭を購入してから、俺の心には奇妙な余裕が生まれた。いつもの怒声も、見下した目も、全てが滑稽に見える。


「お前らなんていつでも支配できるんだ」


 一人で業務を行いながら、そんなことを呟いた。


 本当に、そんなことが叶う世の中になればいいのに……。


 ♢


 鳴り響くサイレンの音、何かが爆発するような低い轟音ゴウオン。連日の業務で眠りについたのは遅い時間だった。


 頭がぼんやりとしたまま、ベッドから飛び起きた。


 時計を見れば午前五時、いつも仕事に行くために起きる時間だ。


「ヤバい! 会社にいかないと! なんだ?」


 飛び起きてからも、サイレンは鳴り響いている。


 窓の向こうに広がる光景を見て、息が止まった。遠くそびえ立つ異様な黒い塔。半壊した都市。昨日までとは景色が様変わりしていた。


「なんだこれ?」


 見慣れた街並みは、煙に覆われていた。道路は引き裂かれ、地面から巨大な木が突き破るように生えている。


 そこら中で人々が叫び声を上げて逃げ惑い、その中に混じる聞き覚えのない咆哮。


『GYAAAAAAAA』

『グアアアアアア』


 目が覚めたら、そこは異世界でした? いや、振り返ればそこは見慣れた部屋の中で、窓から見える景色も半壊しているがそのままだ。


 だけど、遠くに見える黒い塔や巨大な樹木の数々。それに見慣れない生き物たち。


「……どういうことだよ、これ……」


 テレビをつけようとリモコンを押すが、画面は暗いままだった。電気がつかない? スマホの電源は入るが圏外になっていた。


 昨日までは、ただの平日だったはずだ。何が起きた?


《――地球に住む人類の皆さん》


 唐突に、頭の中に声が響いた。なんだこれ? 耳に音として届くのではない。直接脳に響くような感覚だった。


《地球を滅ぼそうと思います。電気も、水道も、ガスも、あなた方が生活するために必要な機能を停止しました。公共機関や電波も全て使えません。これよりあなた方が便利になるために開発して発展させた生活は、全て終わりを迎えます》


 全く意味がわからない。なんだこの声。


《新たに、ダンジョンとモンスターを召喚して人類を駆逐します》


「……は?」


 理解が追いつかない。


《ただ抗うことを許しましょう。あなたたちに新たな力を授けることにしました。勇気を持ってダンジョンのモンスターを倒した者には、固有ジョブと呼ばれる。個人個人に特有の力を与えます》


「モンスターを倒す? 固有ジョブ?」


 何を言っているんだ? それにこの声の主は誰なんだよ! 窓の外で巨大な爆発が起きた。


 近くのマンションが崩れ、その隙間から何かが姿を現す。


 豚の頭をした化け物? あれはオークなのか? 映画やゲームで観たことがある。ファンタジー世界のモンスターが、現実の街に現れた。


「ありえない……」


 あの声のいうとおりってことか? オークがこちらを向いた。


「地球を滅ぼすって……」


《さぁ、人類の皆さん抗ってみてください。地球は新たなステージに移行しました。生き残りたければ、救いの手に縋りつきなさい。地球を滅ぼす害虫たちよ。あなたたちはどう生きますか?》


 最後の言葉を残して、その声は止まった。意味がわからない。だけど、今は緊急事態だ。次はここが狙われる。背筋に電流が走る。巨大な包丁を振り上げ、こちらに向かってくる。


「!!!」


 爆発とともに、上の階が吹き飛んだ。


「なっ!?」


 マンションの低層階に住んでいたおかげで助かった? そんな思いも束の間、窓の近くにオークがやってきた。


 反射的に持っていたスマホを投げつけた。オークの顔に当たったが効いていない。怒りに満ちた瞳で、俺を睨む。


「くそ、なんでこんなことに……!」


 その時、妄想のために購入した鞭が目に入った。


 革で出来た鞭を購入した時には、これで上司や会社の奴らに何度も鞭を振るうことを考えていた。


 もちろん、理性が勝って、現実ではそんなことはしていない。


『GYAAA!』


 オークがベランダの手すりを掴んで窓の外に立つ。どうやら怒りで俺を八つ裂きにする獲物として認識したようだ。


 俺は鞭を手に取って、オークに振り下ろした。


「うわああああああっ!」


 バチっ! 思ったよりも綺麗な音がして、オークの顔面に当たる。


 効果が無いかと思ったが、オークは痛みでのたうちまわる。


 その光景が、俺の中で不思議な快感を生み出した。


 初めて生きている者に鞭を振るった。


「この豚野郎が! 人間様に楯突いてんじゃねぇよ!」


 そのまま何度も、何度も鞭を振り続けた。オークは防御を固めるが、俺はおかまなしで振り続けた。


 息が切れて、腕が上がらない程に鞭を振り続けて、やっと止まる。


 気づいた時には、オークはピクリとも動かなくなっていた。


 俺の全身は震え、腕に痺れたような感覚が残っている。


「ハァハァハァハァハァハァハァハァハァハァ……や、やったのか?」


 その瞬間、頭の中に再び声が響いた。


《最初の討伐を確認しました。ジョブ「奴隷商人」を授与します》


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 あとがき


 どうも作者のイコです。


 カクヨムコンテスト始まりましたね。

 今作品で、今回は勝負だ〜!w


 人気になったらいいなぁ〜と思いながら、投稿頑張ります(๑>◡<๑)

 どうぞ応援よろしくお願いします!!!

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