変わり果てた世界で奴隷商人という、支配する力で俺は生き残る。
イコ
序章 世界が変わった日
外は電車の走る音も聞こえなくなって、眠気のせいで何度も意識が飛びそうになる。
「はっ?! ダメだ」
必死に意識を保とうとしているのに何度も意識が飛びそうになり、その度に上司の声が頭の中で繰り返される。
「おい、佐渡! これ、今日中に終わらせとけって言ったよな! 明日のプレゼン資料だぞ。まだできてねぇのか? 俺は帰るからな! 終わらせてから帰れよ!」
その度に再びキーボードを叩き始める。いや、叩き続けている。叩き続ける以外に、俺には選択肢がなかった。
家には寝るために帰るだけ。それも一日二時間もあれば十分だった。月に休みがあるときは全て寝て過ごす。
奴隷のように働かされて、この生活がいつから始まったのかも覚えていない。
「お前の仕事が遅いから休めねぇだけだろ!」
「こんな簡単なこともできねぇのかよ!」
「頼むわ、お前の仕事をこっちに回すな。空気読んでくれよ」
上司、先輩、同僚。誰もが俺を見下し、都合よく罵声を浴びせる。
みんながイライラしていて、俺にそれをぶつけてくる。
それに対して「すみません」、「はい、やります」と頭を下げるだけだった。
怒鳴られるたび、心の奥底に何かが積み上がっていく。見えない小さな欠片が心に突き刺さり。それが一日、また一日と積もり、心に大きな塊を作り上げていく。
やめたい、逃げたい、でも辞められない。
いつの間にか、俺の頭の中には、ただ「生き延びる」ための思考しかなくなっていた。いや、それすら本当に必要なのか、よくわからなくなっていた。
心が死んだ。
それを自覚した日から、頭の中に奇妙な幻覚を見るようになった。
怒鳴りつけてきた上司を、机に縛り付け、仕事を無理やりさせる。
無理難題を押し付けて、失敗を俺のせいにした同僚を、床に這いつくばらせ、延々と謝らせる。
そんな幻覚を見ている時は、不思議なくらい胸がスッとする。
全てが現実のように鮮明で、胸の奥から湧き上がる高揚感に包まれた。
「……ああ、俺はこいつらを支配したいんだ」
呆然と幻覚を見つめ、仕事をする日々は、心の安定を与えてくれた……。
そんな日々の中で、スマホを見ながら気分転換をしていると、何気なく再生した動画に衝撃を受けた。
映し出されるのは、ボンテージを着た女性が、男に鞭を振り下ろしていた。男は涙を流しながらひれ伏して、ただ「申し訳ございません」と繰り返す。
その男は上司に似ていて、俺の溜飲が下がっていく。
男を見下す女性の顔は、どこか陶酔したような笑みを浮かべていた。
「……こんな風にできたら」
画面を見ながら思った。俺が欲しいのはこの感覚だ。自分が絶対的な存在となり、相手を支配したい。
それから動画を見る日々が続いた。
鞭で打ち、縄で縛り、
それから毎日動画を漁るようになった。痛めつけられるのは男性だけでなく、女性も鞭で打たれていた。
「綺麗だな……」
就職してから初めて、気持ちが動いた。死んだと思っていた心が反応した。
「俺もこんな風になれたら……」
動画を見ているだけでは足りないと思った。
休日を使って俺はショップに足を運んだ。もっと隠れた場所にあると思ったショップは駅近くにあった。
「いらっしゃいませ〜」
店員さんの声に少しビビりながら、陳列された棚を見る。無数の鞭、縄、拘束具が並んでいるのを見て、心がワクワクとするのを感じた。
「これが、鞭か」
鞭には種類があって、一本鞭、バラける鞭、ウィップ。
それぞれの振った感触を確かめる。その中の一つで手の中に感じる重量感。革の硬さ。そして、軽く振った時に響く風切り音。
その全てが、想像の中にあった「支配」の感覚を具現化しているアイテムを見つけた。
「これにしよう」
自然と、口からその言葉が漏れた。そのままレジに持って行って購入する。
「えっと、プレイ向きじゃないですが、大丈夫ですか? これって人に使ってはいけないんですけど?」
「はい! これをください!」
「かしこまりました」
店員さんは、困った顔をしながら10万もする鞭を袋に入れてくれる。
購入した鞭は、通常の一本鞭よりも2倍の太さと、重量。それに二メートルほどの長さがある使い難い物だった。
本来はプレイで使う物ではない。
だけど、上司や同僚の顔を思い浮かべながら選んでいると、この鞭が相応しいと思えた。あいつらを本気でぶっ飛ばすなら、プレイではなく、ガチの奴が欲しかったからだ。
家に戻り、俺は壁に毛布を立てかけて鞭を振ってみた。
バチン! という音が部屋に響くたび、心の奥に溜まった
「……いいな」
それは間違いなく、俺にとっての『癒し』だった。
自分が奴隷のように抑えつけられてきた分、ファンタジー小説に出てくる奴隷商人のようにコキ使ってやるんだ。
「これなら、明日も頑張れるな」
そう呟いた自分が、本気なのか冗談なのかは、よくわからなかった。
翌日、俺は鞭を持ったまま仕事に向かう妄想をした。
上司が怒鳴り声を上げた瞬間、その喉元に鞭を突きつけ、静かに「黙れ」と命令する。無理難題を押し付けてくる同僚を椅子に縛り付け、目の前で資料を無理やり完成させる。
幻覚と妄想が混濁して、全てが心地よい。現実ではできないが、頭の中で再現するだけで、俺は救われていた。
鞭を購入してから、俺の心には奇妙な余裕が生まれた。いつもの怒声も、見下した目も、全てが滑稽に見える。
「お前らなんていつでも支配できるんだ」
一人で業務を行いながら、そんなことを呟いた。
本当に、そんなことが叶う世の中になればいいのに……。
♢
鳴り響くサイレンの音、何かが爆発するような低い
頭がぼんやりとしたまま、ベッドから飛び起きた。
時計を見れば午前五時、いつも仕事に行くために起きる時間だ。
「ヤバい! 会社にいかないと! なんだ?」
飛び起きてからも、サイレンは鳴り響いている。
窓の向こうに広がる光景を見て、息が止まった。遠くそびえ立つ異様な黒い塔。半壊した都市。昨日までとは景色が様変わりしていた。
「なんだこれ?」
見慣れた街並みは、煙に覆われていた。道路は引き裂かれ、地面から巨大な木が突き破るように生えている。
そこら中で人々が叫び声を上げて逃げ惑い、その中に混じる聞き覚えのない咆哮。
『GYAAAAAAAA』
『グアアアアアア』
目が覚めたら、そこは異世界でした? いや、振り返ればそこは見慣れた部屋の中で、窓から見える景色も半壊しているがそのままだ。
だけど、遠くに見える黒い塔や巨大な樹木の数々。それに見慣れない生き物たち。
「……どういうことだよ、これ……」
テレビをつけようとリモコンを押すが、画面は暗いままだった。電気がつかない? スマホの電源は入るが圏外になっていた。
昨日までは、ただの平日だったはずだ。何が起きた?
《――地球に住む人類の皆さん》
唐突に、頭の中に声が響いた。なんだこれ? 耳に音として届くのではない。直接脳に響くような感覚だった。
《地球を滅ぼそうと思います。電気も、水道も、ガスも、あなた方が生活するために必要な機能を停止しました。公共機関や電波も全て使えません。これよりあなた方が便利になるために開発して発展させた生活は、全て終わりを迎えます》
全く意味がわからない。なんだこの声。
《新たに、ダンジョンとモンスターを召喚して人類を駆逐します》
「……は?」
理解が追いつかない。
《ただ抗うことを許しましょう。あなたたちに新たな力を授けることにしました。勇気を持ってダンジョンのモンスターを倒した者には、固有ジョブと呼ばれる。個人個人に特有の力を与えます》
「モンスターを倒す? 固有ジョブ?」
何を言っているんだ? それにこの声の主は誰なんだよ! 窓の外で巨大な爆発が起きた。
近くのマンションが崩れ、その隙間から何かが姿を現す。
豚の頭をした化け物? あれはオークなのか? 映画やゲームで観たことがある。ファンタジー世界のモンスターが、現実の街に現れた。
「ありえない……」
あの声のいうとおりってことか? オークがこちらを向いた。
「地球を滅ぼすって……」
《さぁ、人類の皆さん抗ってみてください。地球は新たなステージに移行しました。生き残りたければ、救いの手に縋りつきなさい。地球を滅ぼす害虫たちよ。あなたたちはどう生きますか?》
最後の言葉を残して、その声は止まった。意味がわからない。だけど、今は緊急事態だ。次はここが狙われる。背筋に電流が走る。巨大な包丁を振り上げ、こちらに向かってくる。
「!!!」
爆発とともに、上の階が吹き飛んだ。
「なっ!?」
マンションの低層階に住んでいたおかげで助かった? そんな思いも束の間、窓の近くにオークがやってきた。
反射的に持っていたスマホを投げつけた。オークの顔に当たったが効いていない。怒りに満ちた瞳で、俺を睨む。
「くそ、なんでこんなことに……!」
その時、妄想のために購入した鞭が目に入った。
革で出来た鞭を購入した時には、これで上司や会社の奴らに何度も鞭を振るうことを考えていた。
もちろん、理性が勝って、現実ではそんなことはしていない。
『GYAAA!』
オークがベランダの手すりを掴んで窓の外に立つ。どうやら怒りで俺を八つ裂きにする獲物として認識したようだ。
俺は鞭を手に取って、オークに振り下ろした。
「うわああああああっ!」
バチっ! 思ったよりも綺麗な音がして、オークの顔面に当たる。
効果が無いかと思ったが、オークは痛みでのたうちまわる。
その光景が、俺の中で不思議な快感を生み出した。
初めて生きている者に鞭を振るった。
「この豚野郎が! 人間様に楯突いてんじゃねぇよ!」
そのまま何度も、何度も鞭を振り続けた。オークは防御を固めるが、俺はおかまなしで振り続けた。
息が切れて、腕が上がらない程に鞭を振り続けて、やっと止まる。
気づいた時には、オークはピクリとも動かなくなっていた。
俺の全身は震え、腕に痺れたような感覚が残っている。
「ハァハァハァハァハァハァハァハァハァハァ……や、やったのか?」
その瞬間、頭の中に再び声が響いた。
《最初の討伐を確認しました。ジョブ「奴隷商人」を授与します》
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
あとがき
どうも作者のイコです。
カクヨムコンテスト始まりましたね。
今作品で、今回は勝負だ〜!w
人気になったらいいなぁ〜と思いながら、投稿頑張ります(๑>◡<๑)
どうぞ応援よろしくお願いします!!!
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