67.深夜バス

「王都から北って言ったらここね。第三領都がある領地よ」


 ベッドの上で地図を広げるセシルが指を差した。王都の北を見ると、そこには広大な領地が広がっている部分がある。


「この国は王都を囲むように東西南北に公爵領が存在しているの。その北にあるのが、公爵家の中で三位の地位を預かっているところね」

「私の家の領地も北側にあって、そこの公爵家の派閥に入っているんですよ」

「へー、そうなの。だったら、北側に進むとなればフィリスの知識が役に立つかもね。で、不死王の後を追って行くなら、ちょうど公爵領の領都にぶつかるわけよ」

「じゃあ、一応の目的地は領都ですか?」

「そうね。でも、手前にもう一つ町があるでしょ? そこにも立ち寄って、不死王の情報やネクロマンサーが出現していないかチェックしたほうがいいと思うのよ」


 どうやら私たちの旅は北に進み、不死王の痕跡がないか調べ、ネクロマンサーが出現していないか確認する感じになりそうだ。


「不死王がどんなところに寄っているか分かりませんものね。行く道の町や村を詳しく調べたほうがいいと思います」

「でしょ? もしかしたら、人間に扮して町や村に紛れ込んでいる可能性だってあるわ。だから、一気に北に進むんじゃなくて、一つずつあたっていきましょう」

「賛成です! どこに不死王の痕跡が分からない今、通った道を詳しく調べる必要があると思うんですよね」

「それで問題は移動手段ね。私が調べたところによると、第三領都行きのバスが出ているみたいなの。そのバスに乗って途中下車をすれば、手前の町に行けるみたいなんだよね」


 ……異世界でバス? 漫画やラノベには登場しなかった乗り物だ。つくづく、この異世界は知識にないことばかりだ。本当に私たちの世界の技術などが広まったんだな。


「それでそのバスを調べてみたんだけど、良いのがあったのよね。えーっと、これ!」


 セシルはスマホを操作すると、その画面を私たちに見せてきた。その画面には深夜バスの文字が書かれてあった。


「なんとこのバスは夜に移動するんだよね。この深夜バスっていうものに乗れば、寝ている内に着いちゃうの。それって凄くない? 時間を有効活用できるはずよ!」

「確かに……寝ている間に目的地につくのはいいですね。着いたらすぐに行動できるのが利点です」

「でしょー? それだけじゃないの、普通のバスで移動するよりも料金が安いのよ。これから不死王を追って行くのなら、移動費とかかかるでしょ? できるだけ料金を抑えたい私たちにとってはいい乗り物だと思うのよ」


 本当に不死王に辿り着けるのかは別として、移動費が抑えられるのは助かる。お金がないと本も買えないし、娯楽が手に入らないのは辛い。


「深夜バス、いいですね。ぜひ、それで移動しましょう!」

「じゃあ、決定ね!」


 こうして、私たちは深夜バスで移動することになった。この時、私たちは深夜バスがどんなものか知らなかった。だから、呑気に騒げていたのだった。


 ◇


 翌日の夕方、宿屋を引き払い、用事を終わらせた私たちは城壁の外にあるバス乗り場までやってきた。そこには、前の世界でも見たバスに酷似している乗り物がズラッと並んでいた。


 大勢の人が行き交う中、私たちは目的のバスを見つけて中に乗り込む。バスの中は狭い。苦労して移動すると、自分たちの座席に座った。セシルとフィリスが隣同士になり、私は一人で座る。


 このまま一人で座れれば……そう思っていたが、バスに乗り込む人が増えてきた。そのせいで、私の隣には見知らぬお姉さんが座ることになる。


 気づけばバスの中は乗客でいっぱいになった。カーテンが閉められた暗い車内。窮屈な状態に人が沢山。言葉に言い表せない、緊張感が漂っていた。なんか、空気が重苦しく感じる。


 その時、車内にアナウンスが流れた。


「本日も満席でのご乗車ありがとうございます。このバスは~……」


 独特の語り口調で運転手が喋り出した。なんか、この瞬間だけ重苦しい空気が軽くなったように感じる。


「では、出発します」


 バスの扉が音を立てて閉められた。ゆっくりと動き出すバス、その動きは重苦しくて嫌な感じだ。そして、バスは満員の乗客を乗せて走り出した。


 ◇


「トイレ休憩で停車します。三十分後には出発いたします」


 アナウンスがバスの中で流れ、車内が少しだけ騒がしくなった。バスを降りていく人たちがいるみたいだ。私も一度、バスを降りよう。フラフラとした足取りで外に出ると、肌寒い夜風に当たった。とても気持ちがいい。


 外の空気を十分に吸い込んだ時、後ろから声がした。


「ユイさん……」

「ユイ……」


 振り向くと、酷い顔をしたフィリスとセシルがいた。きっと、私もそんな顔をしているに違いない。その二人は今にも死にそうな顔をして、私に詰め寄ってきた。


「ただ移動するだけなのに、どうしてこんなに辛いんですか!? 全然……全然寝れませんよ!」

「バスの揺れが思ったよりも大きくて、寝そうっていうところで起きちゃうの!」

「……分かる。バスの揺れのせいで全然眠れない」

「ですよね、ですよね! 時々、ドンッて跳ねるのがもう辛くって!」

「地面を固めただけの道を速度を上げて走るのが、こんなにも衝撃があるなんて思わなかったわ!」

「あれは、本当に酷い。お陰でお尻がかなり痛い」


 途中まではちゃんと道路があった。だけど、ある所を過ぎると道路は無くなり、地面を固めただけの道になった。その道をスピードを上げてバスが走ると……物凄い振動が起こる。


 ずっと座っていると、お尻の耐久値がどんどん減っていき……振動で擦れていたくなった。お尻を浮かせた座り方をしても、持って数十秒……すぐに座席に座ることになって、お尻が擦れて痛くなる。


「後、独特の雰囲気も嫌じゃないですか!? 寝ている人が多いから、物音を立てないようにすることに神経を使うというか……」

「あの雰囲気はなんなのかしらね! 音を立てるなって頭を押さえつけられている感覚は!」

「見えない圧力が強くて、とても息苦しい。それに、人が多いから空気が人の体温で高くなっていて、物理的にも息苦しい」

「ですよね! 息をするのも大変です! 細く、浅い呼吸をしなくっちゃいけないって思うと、苦しくて……」

「車内は嫌な暑さよね。あんまりその空気を吸いたくないっていうか……あのバスの中は独特過ぎるのよ」


 三人とも同じ意見のようだ。物音を立てないようにする圧力が強すぎて、身動きが取りずらい。それに密室に沢山の人がいるから、空気が人の体温で温められて嫌な暑さになっている。


 まさか、移動手段にこんなに苦しめられるとは思いもしなかった。辛い……あの席に座っているのが辛い。あの空気を吸いたくない、ずっと外の空気を吸っていたい。


「その空気の中でいびきをかいて寝ていた人がいますよね。そのいびきを聞いてイライラしてきたんですよ。なんでっ、あなたがっ、いびきをかいているんだー! って」

「妬ましいわ……。物音を立てないように気を付けているのに、なんでいびきをかいていられるんだー!」

「あのいびきは本当にイライラした。戻ったら、またあれを聞かなくちゃいけないのか……」


 そろそろ三十分が経つ。私たちはバスを見て、顔を歪ませた。


「次、止まるのは目的地の町よ」

「それまで休憩はなしですか……辛い……」

「いっそ、バスの上にいたい……」

「それができれば、こんな苦労はしないわよ……。戻るのは嫌だけど、戻りましょう」


 振り返り、バスを見る。乗る前と乗った後では、その顔が全く別物に見えて来ていた。次に降りた時、私は一体どんな顔をしているのか。想像するだけで恐怖を感じた。


 そして、重い足取りでバスの中に戻っていく。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る