68.焼き魚定食

「ご乗車ありがとうございましたー。では、出発します」


 後ろで運転手のアナウンスが聞こえる。重苦しく扉が閉まったバスはゆっくりと動き出して、走り出した。


 その場で立ちすくんでいるのは私たち。そこに降り注ぐ、昇り始めた朝日。その朝日は二人は酷い顔を照らし出し、私の酷い顔も照らし出す。それくらい、深夜バスは強敵だった。


「……着いた」

「……着きましたね」

「辛かったっ」

「はい、辛かったですっ」


 二人は言葉を振り絞った。その切実な声に私は自然と頷いてしまう。


「とにかく、あれね。宿屋ね」

「はい、行きましょう」

「うん、休もう」


 着いて早々休むために宿屋に入るとか、深夜バスの利点を潰すことになった。だけど、仕方がない。こんなに疲れているんだから……。


 そう思って移動しようとした時、三人のお腹が鳴った。


「ただ座っているだけなのに、凄くお腹が減りました」

「そうね。宿屋に行ってもすぐに食事が取れないかもしれないかもしれない。ちょっと待って、町で開いている店がないか調べてみる」

「その方がいい」


 セシルは弱弱しい手つきでスマホをいじり、この町の店を検索し始めた。それから五分後、セシルは私たちに画面を見せてくる。


「あったわ。この店でどう?」


 ◇


「いらっしゃいませー。お好きな席にどうぞ」


 お店の扉を開けると、店員の声が聞こえてきた。店内を見渡すと、日が昇り始めたばかりなのに、半分以上の席が埋まっていた。


 座席はちょっと古臭いが汚い感じはしない。適当な席を座ると、今度は壁に目をやった。その壁にはメニューが掛かれた紙が沢山貼られている。


「ここから選ぶみたいですね。色んなメニューがありますねー」

「メニューが幅広いわね。どれかいいかしら……ちょっと目がショボショボしてしっかり見えないわ」


 確かに目がショボショボする。目に力を入れてメニューを見て、何がいいか決める。シチュー系、スープ系……揚げ物もあるし、炒め物もある。これは中々選べない。


「この後、すぐ寝ることを考えたら軽い物がいいですね」

「何、年寄り臭い事言っているのよ。ガツンといっても大丈夫だって」

「……だったらセシルはガツンと食べるのか?」

「それを言われたら弱いわー。私も軽いものかなー?」


 無駄話をしながら、食べたい物を探す。すると、気になる文言が書いてあるメニューを見つけた。


「日本式、朝食専用焼き魚定食」

「えっ、そんなものまであるの? やっぱり、日本食は凄いわ。こんなお店にまで浸透しているなんて」

「日本って地球にあった国名ですよね。だったら、ユイさんにピッタリじゃないですか?」

「……うん、そうする」


 そういえば、みんなが生きていた頃……そんな朝食を食べた覚えがある。焼き魚にお味噌汁に納豆に白いご飯があった。ここは異世界だから、そこまで酷似していないとは思うけれど、そんな感じの定食だろう。


 すると、二人も注文する品が決まったのか店員を呼んだ。その店員にメニューを注文すると、店員は厨房に戻っていた。これで一仕事終えた……ずっと座っていて固くなった体を解きほぐす。


「はぁ……体がまだ痛いわね。ちょっと体を動かしたくなったわ」

「私はまだ振動で揺れる感覚が残ってます。体は動かしたいですが、その前に寝たいです」

「食事を取ったら、すぐに宿屋に行こう。宿屋の場所はどうする?」

「それなら、事前に調べてあるわ。こういうところなんだけど……」


 セシルはスマホを取り出して、私たちに画面を見せてきた。その画面にはお店の情報が載っていて、とても分かりやすかった。内容を見る限り問題はないが、また三人部屋なのが嫌な感じだ。


 でも、一人部屋はお金がかかるし……我慢するしかないか。部屋にいる時は小説や漫画を読んでいればいいし、二人に構う必要はないだろう。


 ボーッとしながら待っていると、店員がお盆を持って近づいてきた。


「はい、お待ちどう様! 焼き魚定食はどちら様?」

「はい」

「どうぞ、ゆっくりしていってね」


 私の前にお盆が置かれた。その目の前の光景を見て息を呑む。湯気の立つ白いご飯とわかめのお味噌汁。皮までパリっと焼かれたオレンジ色の焼き魚。ひじきと人参と枝豆の煮物の小鉢。タレのかかった冷ややっこ。


 色んな物があって、朝から贅沢な気持ちになる。


「わー、美味しそうですね。いただきます」

「さー、食べるわよー」

「……いただきます」


 二人のところにも料理が来たみたいだ。私は手を合わせて挨拶をすると食べ始める。まずは温かいお味噌汁から。お椀を持つと温かくなっていて、触るだけでちょっと心地いい。


 箸で少しかきまぜてから、縁に口を寄せて味噌汁を飲む。温かい味噌汁が体に入っていくと、優しさに包まれたような感じがして疲れが解けていく。ようやく、息がつける感じに近い。


 その次は焼き魚に箸を伸ばす。一口大に解すと、箸で摘まんで食べる。塩気の強い辛口だ。でも、こんな塩分を求めていた気がした。


 すぐに白いご飯を食べると、焼き魚の塩気のお陰でとても美味しく食べられる。その後も焼き魚を一口サイズに解して食べ、すぐに白いご飯を口に入れる。焼き魚の塩気が堪らなくて、白いご飯が止まらない。


「んー、温かいスープが体に沁みるわー。結構具沢山だから、お腹にも溜まる感じね」

「こっちのシチューも美味しいですよ。やっぱりパンにつけて食べると美味しくて堪りませんね」

「貴族ではシチューにパンをつけて食べるのは行儀悪くないの?」

「多分、行儀悪いと思います。だけど、ウチでは普通でしたから。つい、自分の好きな食べ方をしてしまいますね」


 朝食を食べて少し体力が回復したのか、二人は楽し気に喋り出した。


「この中でユイの食事が一番少ない感じがするわね。ユイはそれで足りそう?」

「……もっとあってもいいけれど、これくらいが丁度いい」

「沢山食べたい気持ちは分かります。でも、沢山食べるとこの後寝るのに邪魔になりそうですね」


 疲れて判断力が低下しているのか、普通に返答してしまった。あんまり仲良くしたくないのに、二人のペースに巻き込まれてしまう。自分の食事に集中しなくちゃ。


 しばらく、焼き魚と白いご飯を堪能していると小鉢が目に入ってくる。こっちも食べないと。ようやく、焼き魚から離れた箸は小鉢に入っている煮物を掴んだ。


 食べてみると、醤油の薄味とちょっとした甘さを感じた。焼き魚とは違う塩気にまたご飯が欲しくなる。急いでご飯を口に入れて、欲求を満たした。うん、この煮物も美味しい。


 じゃあ、残りの冷ややっこは? 小さな冷ややっこを箸で切り崩して一口サイズにする。ちゃんとタレに絡ませて食べると、あっさりとした味わいが口に広がった。箸休めにはもってこいの味だ。


「あー、大分元気が出てきたわ。食事は偉大ね」

「じゃあ、宿屋に行かないで冒険者ギルドに行きます」

「いえ、休むわ。この状態で寝たら気持ちいいと思うのよね。ユイもそう思うでしょ」

「確かにそう」


 疲れは残っているけれど、食事を取ったお陰で大分マシになった。だけど、この後すぐに行動するのはちょっと無理がある。やっぱり、宿屋で休んでおきたい。


 最後の焼き魚の切り身と白いご飯を口の中に放り込む。この永久機関も終わりになるのか……寂しい。もぐもぐと咀嚼していると、残った焼き魚の皮が目に入った。これは食べられる皮なのかな?


 箸でつまんで、少しだけ齧って見た。んっ、パリッとして美味しい! これは食べられる皮だ! 最後にこんなに美味しい物が残っていたなんて……油断できない。


 そうして、最後の皮も綺麗に食べ終えて完食した。朝に食べる焼き魚定食、美味しかった。ごちそうさまでした。

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