66.焼肉
ネクロマンサーを倒す前にフィリスが問いかけたことがあった。それが不死王の行方だ。
「ネクロマンサーは不死王に力を貰った後、不死王はそこから北に向かったって言ってました。だから、その後を追いましょう」
真剣な表情でフィリスは言った。こいつ……本気で魔王を倒そうとしているの? そんなの命がいくつあっても足りないんじゃないの?
「そっか、フィリスは家の復興のために名声を高めなくっちゃいけないんだったわね」
「はい。勇者候補になったのも、魔王を倒して名声を手に入れるためです。だから、少しでも魔王に近づきたいんです」
「確かに……ここ数十年、魔王を倒したって話しは聞かないから、今倒したらかなりの名声が集まるわね」
「お二人はあまり興味がないのは分かっています。私の都合を押し付ける感じになって申し訳ないのですが、私は魔王を倒さなければいけないんです」
フィリスにとってそれだけお家復興は悲願なのだろう。他の方法で復興をすればいいのに、どうして魔王討伐なんて無理難題を目標に添えたのか意味が分からない。
「私は冒険者になったのは、地球人に会いたいっていう動機だったから、フィリスみたいに立派な考えじゃないんだよね。でも、このメンバーと一緒にいるとそれが可能なんじゃないかって思えてくるから不思議よね」
「ですよね! このメンバーだったら、きっと魔王を倒せるはずです!」
いやいや、本気でそう思っているのか? 私よりも弱いくせに魔王を倒せるって本気で言っているの?
「魔王ってそんなに弱いの?」
「いえ、強いです。だって、この数十年誰も倒せてないんですから。そう簡単じゃないですよ」
「魔王によっては国で対処しているところもあるよね。沢山時間をかけても倒せない相手……それが魔王よね」
「よく考えて。そんな相手を初心者冒険者の私たちが倒せるって本気で思っているの?」
夢を見すぎなんじゃないのか? そう簡単に魔王が倒せるわけないのに……。
「このメンバーならやれる気がします!」
「栄光の乙女英傑、最高!」
「いやいや、能天気すぎるでしょ!」
こいつらは何も考えていない、絶対にそうだ。まぁ、どうせ不死王になんか辿り着けなさそうだし、ほっといでも害はなさそうだ。
「それで、ユイさんはどう思いますか?」
「賛成、賛成しちゃう?」
「……まぁ、次の行先は北でいい」
「やったー! 待っててください、不死王! あなたは私が倒します!」
「私も協力しちゃうからー!」
こんなにキャッキャッした奴らが不死王を倒せるだなんて思えない。ほっといでも害はなさそうだし、しばらくは泳がせておくとするか。そうしたら、騒がしくないし面倒臭くないだろう。
すると、セシルがスマホを操作して、画面を見せてきた。
「今夜は景気づけにここに食べに行こう!」
その画面には焼肉、という文字が書かれてあった。
◇
「焼肉って、焼いた肉を食べることですよね」
「うん、そうだよ! それだけなのにすっごく美味しいの。初めて食べた時、ビックリしちゃったんだから」
焼肉……前の世界では食べられなかったものだ。というか、前の世界では生ものを食べる機会が殆どなかった。ゾンビが蔓延って、食肉という概念が壊れたからだ。
だから、これが初めての焼肉。漫画で読んで憧れた焼肉を食べれる日が来るなんて思わなかった。落ち着け……テンションが上がっているとは悟らせないようにするんだ。
「お待たせしました! 注文の品、お届けに上がりましたー!」
席に座っていた私たちの所に店員がカートを持って現れた。私たちの前に肉が山盛り盛られた大皿、ご飯、キムチ、飲み物が順番に置かれた。
「うわー、綺麗なお肉ですね。早速焼いて……」
「ちょっと待って。焼くのは私に任せなさい」
フィリスの手を止めたセシルがトングを持って決めポーズを取った。そうか、食べたことがあるって言ってたっけ。なら、焼き方も分かるはずだ。
「手始めに食べるお肉は……タン塩ね。ふふっ、ちゃんとネギダレもついているわ。これは楽しみ」
そう言いながら、セシルは網にタンと言われる部位を六枚並べた。
「まずはあっさりとした味のお肉からにするわ。そうしたら、その後に食べるお肉がより一層美味しく感じられるからよ」
「へー、そうなんですか。そんなに味わいが違う肉があるんですね」
「ほら、焼けてきたわ。皿に盛るわね」
セシルは焼けたタンを私たちのお皿に乗せた。そして、次に私の前にネギダレを置いた。
「後は好きなだけ肉にネギダレをかけて。そうそう、このレモンも忘れずに」
言われるままにタンにネギダレをかけて、レモンを絞る。これはどんな味がするんだろう? 恐る恐る箸でタンを掴むと、口の中に放り込む。すると、コリコリとした食感を覚えた後にネギダレとレモンの風味が広がった。
「んっ! 今まで食べたことのない食感です! この肉、美味しいですね!」
「でしょ? これを目当ての人もいるくらいだから、その美味しさが分かるでしょ?」
確かに美味しい部位だ。そうか、漫画で読んだ人たちはこんな肉を食べていたんだ。今、それと同じものを食べている事にちょっと感動をしている。
そして、ネギタン塩をおかずに食べるご飯が物凄く美味しい。肉が美味しいだけで、ご飯も美味しくなるなんて……不思議だ。
「次は赤身肉ね。ロースとハラミを焼くわ」
セシルは三枚ずつ網に乗せて焼き始めた。
「赤身肉は脂肪が少ないから、肉の旨味が強く分かる部位よ。タンとは違う旨味を感じると思うから、これも気に入ってくれると思うわ。よし、まずはロースが焼けたわ」
ささっと、私たちの皿にロース肉が乗せられた。そのロースを箸で掴み、タレに潜らせて口の中に入れる。歯で噛むと柔らかい肉質を感じた後、ロース独特の旨味が広がった。
「柔らかいです! タンとは違う味わいがあって、これも中々美味しいです!」
「ね、味の違いが分かるでしょ? 部位を食べ比べする楽しみもあるのよね。あっ、ハラミも焼けたわ」
この味はロースにしかないということか。じゃあ、次のハラミはどんな味がするんだろうか? 見た目はロースよりも熱いけれど、これは固いのか?
焼けたハラミをタレに潜らせて一口で口の中に入れる。肉厚なのに驚くほどに柔らかい食感、ロースにはないジューシーな感じだ。これはこれで美味しい。
「んー、こっちも柔らかいです! ロースと全然味わいも違いますし、食感が堪らないですー!」
「ふふっ、でしょー? 同じようで全然味が違うんだから。それにしても、お肉と一緒に食べるご飯が最高!」
本当にそうだ。肉の旨味を口の中に残しながら食べるご飯は最高だ。食べれば食べるほど、次が欲しくなってくる。これが焼肉の魔力というのか……漫画の登場人物が夢中になるのも分かる。
「じゃあ、焼肉のメインと言える部位……カルビを焼こうか」
「これから焼く肉がメイン……どんな味がとても気になります」
「脂が多い部位でね、とにかく脂が甘くて美味しいの。脂が沢山出ちゃうから焼くのは難しいけれど、注意して見ていれば……」
並べたカルビをささっと裏返しにして、数十秒待つ。焼き終えると、素早く私たちの皿に二枚ずつ乗せてくれた。
「食べてみて。ビックリするぐらい美味しいから!」
満面の笑みでそう言われた。そんなことを言われると期待してしまう。カルビを箸で掴み、タレに潜らせてから口に入れる。そして、噛んだ瞬間に肉の脂ではじけ飛んだような旨味を感じた。これは……美味しい!
「脂が……脂が美味しい! それだけじゃなくて、ちゃんと肉の旨味も感じます。こ、これは……罪深い味」
「そんなに気に入ってくれた? 肉の旨味もちゃんと感じで、その上に脂がとっても美味しいって凄い部位でしょ」
肉と脂が合わさった部位がこんなに美味しいものだなんて、知らなかった。焼肉は違う……ただ焼いて出ただけの他の肉とは違うものだ。どうして、焼肉の肉はこんなにも美味しいんだ!
「カルビでとっておきの食べ方があって……」
「えっ、どんな食べ方ですか!?」
「ご飯の上に乗せて、ご飯を巻いて食べる! これは素敵なコラボレーションよ!」
えっ……別々で食べても美味しいのに、一緒に食べるとどうなる? 先にそれを食べたセシルは至福といった表情で堪能していた。
よし、私もやろう。カルビをタレに潜らせて、それをご飯に乗せて巻く。それを口の中に入れて食べると……美味しい! カルビの脂とタレがご飯に絡んで、別々に食べるよりも美味しく感じる!
「……ウマーッ! えっ、嘘……なんでこんなに美味しいんですか!?」
「ふふっ、美味しいでしょー? 一緒に食べるだけでこんなに美味しく感じるなんてビックリよね」
そう言いつつ、セシルは違う部位を焼き始めている。あの白い物はどこの部位なんだ?
「あ、焼けたね。はい、最後はホルモンだよ。こっちも脂が凄くて、弾力があるところなんだ」
それぞれの皿にホルモンが乗せられる。今までの部位とは明らかに違う形だ。プニプニしている……本当の肉か? ホルモンを箸で摘まみ、タレに付けて食べる。
プリコリっとした食感に甘い脂が溢れだす。肉とは違う、脂の旨味を感じる部位だ。カルビに比べて衝撃は少ないけれど、これはこれで美味しい部位だ。
「この食感、癖になりそうです。脂も凄いですし、こってりしているところが好きです」
「そうそう。食感と脂を堪能する部位だからね。カルビとはまた違った脂だったでしょ?」
肉を食べて、ご飯を食べる。この交互を繰り返すだけで、こんなに幸せな気分になれるなんて……焼肉恐るべし。
「ちょっと物足りたいわね。まだ食べれそう?」
「はい! もうひと皿行きましょう!」
「ユイもそれでいい?」
「……うん」
「ふふっ。ユイも焼肉を気に入ってくれて嬉しいわ。まだまだ、堪能しましょう」
まだ焼肉が食べられる。その事実に心はちょっとワクワクしていた。
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