63.ネクロマンサーの罠

ネクロマンサーを追って駆け出して行った二人。追おうとしたが、体がピタッと止まってしまった。本当にこのまま追っても大丈夫なのか? 言いようのない不安が襲い掛かった。


なんで、私たちの前に姿を現していたのか分からない。逃げているんだったら、黒い霧のまま素通りすればいいはずだ。


それに、ネクロマンサーは笑っていた。まるで、私たちを嘲笑っているようにだ。逃げているのであれば、そんな余裕はないはずなのに……もしかして誘いこんでいる?


だったら、このまま追うのは危険すぎる。だけど、二人は先に行ってしまった。このまま二人を行かせて何かがあった時、私はそれを見捨てたことになる。


ただのパーティーメンバーに私は命を張れるのか? 今まで通り、自分のことだけ考えればいい。誰がどうなろうと関係ない。そう思うのだが、胸の中はモヤモヤが溜まっていた。


思い出すのは前の世界。自分の命を優先にして、他の人を犠牲にする人たちが沢山いた。犠牲にして生き残ったのに、本人たちは何事もなかったかように振る舞っていた。それで私の家族が……。


あんな奴らと一緒の事をするのは反吐が出る。だから、パーティーメンバーでもあるんだし、ここは二人を追おう。何かが起こった時は全力で当たればいい。


心を決めた私は全力で二人を追っていった。



先に行った二人と合流して、私たちは黒い霧になったネクロマンサーを追った。すると、離れたところから人が騒ぐ声が聞こえる。その方向に行くと、黒い霧と遭遇した。


黒い霧はそのまま私たちから離れて飛んでいってしまう。後を追おうとすると、こちらに近づいてきた冒険者パーティーがいた。それは見知った人物たち。


「お前らもここにいたのか」

「そっちこそ。もしかして、ネクロマンサーを見た?」

「見た見た! 見たから追っているんだ」


そこにいたのは竜牙隊のメンバーだった。私たちは黒い霧を追いながらそのまま話を続ける。


「ネクロマンサーはまだ現れていない場所に出るんじゃないかって思って、この森に絞ったんだ。そしたら、大当たりだ! ここにいるってことは、そっちも同じ考えだって言う事か?」

「まぁ、そういうこと」

「他にも冒険者パーティーがいるから、俺たちだけじゃないな。こりゃあ、ネクロマンサーを討伐するのは競争になりそうだ」


ジェイスは張り切った様子だ。とうとう目的を見つけたんだ、その気になるのは分かる。


「ネクロマンサーは姿を現した?」

「おう! 黒い霧からゴブリンの姿を見せて、その後すぐに黒い霧になって逃げたんだ」

「ふーん」


やっぱり、ネクロマンサーがわざと私たちに姿を見せている。私たちを誘いこんでいる可能性が高くなった。一体、私たちをどこに連れて行こうというのか。


一応、二人にも注意しておくか。


「セシル、フィリス……良く聞いて。あのネクロマンサーは私たちをどこかに連れて行こうとしている」

「連れて行こうとしている? それって本当なの?」

「そうなんですか? あれは逃げているんじゃないんですか?」

「逃げているんだったら、わざわざ行先で姿を現す必要がない。何か目的があって、私たちの前に姿を現したんだと思う」

「目的ね……一体どんな目的かしら?」

「こんなに人を引き連れて、危ないのはネクロマンサーですよ」


二人は難しい顔をして考えた。だけど、ネクロマンサーの目的が分からないため答えが出ない。


「このまま行くとネクロマンサーの思うつぼになる。この先、何が待ち受けているか分からないけど……それでも行く?」

「……行きます。ここで標的を諦めれば、なんの為に冒険者になったのか分からなくなります」

「ちょっと怖いけど、追うわ。冒険者をやっているんだから、危険はつきものよ」

「……そう。一応、忠告はしたからね」


冒険者としては名声や功績を優先する考え方が正しい。だけど、私はその考えにまだ染まっていないからそんな風に考えられない。前の世界の生き方が私には染みついているようだ。


何が待ち受けているか、なんとなく予想はつく。それに対抗する手段も考えている。後は状況が予想を裏切らないことだろう。どうか、予想の範囲に収まっていて欲しい。



黒い霧になったネクロマンサーを追って森の中を駆け回った。その行く先々で他の冒険者パーティーと遭遇し、黒い霧を追う集団は膨らんでいった。


やはり、このネクロマンサーはわざと人の前に姿を現して、こうして人を集めているようだ。こんなに人を集めて一体何をする気だ? ますます、ネクロマンサーが怪しく感じた。


そして、ネクロマンサーは森を出て荒地に飛び出して行く。私たちもそれを追い、荒地の中に飛び込んでいった。すると、今まで逃げていた黒い霧が止まり、ゴブリンの姿を現した。


「ようやく、観念したか!」

「ネクロマンサーを倒すのは私よ!」

「いいや、俺たちのパーティーだ!」


ようやく戦えると思った他のパーティーたちはこぞってゴブリンに立ち向かおうとした。だけど、お互いにお互いの足を引っ張り集団から出れずにいた。


その時、ゴブリンが口を開く。


「ようこそ、愚か者の冒険者たち」

「何っ!? ゴブリンが喋ったぞ!」

「ふっふっふっ、そう……私は不死王様から力を与えられ、様々な力を手に入れた。喋ることもその内の一つ」


ゴブリンが喋るのが珍しくて、みんな一様に驚いた。その様子を見ていたネクロマンサーは上機嫌に笑っている。


「だったら、話が早い。もう観念なさい! あなたは逃げられないわ」

「今まで逃げていたが、もう逃げる必要がなくなったんだよ。その意味が分かるか?」

「何を訳の分からないことを。逃げられなくなったんじゃないのか?」

「どうやら、この冒険者たちは馬鹿の集まりのようだな」

「何っ!?」


ネクロマンサーの挑発に他の冒険者がいきり立つ。その様子を見て、ネクロマンサーはさらに上機嫌になった。


「なんで私が今まで逃げ回っていたか分かるか? 戦力となるアンデッドを探していたんだよ。毎日、毎日……少しずつアンデッドを集め続けて。冒険者たちから追いまわされて……私はとうとう成し遂げたんだ」

「こいつ……何を言っている?」

「なら、見て貰おうか。私の成果というヤツを!」


ゴブリンが勢いよく手を上げた。始めは何も起こらなかったが、周辺の地面が動き出したのが分かる。地面はもぞもぞを動き出し、何かが地面の中から現れた。


小さな手に小さな体、それはまさしくゴブリンのアンデッド。


「お、おいおい……これって……」

「嘘……どうしてこんなに」

「なんだよ……これ……」


見渡す限りの地面がうごめいて、そこから無数のゴブリンが現れた。地面から這い出たゴブリンは立ち上がり、虚ろな目でこちらを見る。驚くべきは地面からゴブリンが這い出たことじゃない、その数だ。


私たちの周りには数えきれないほどのゴブリンたちが立ち上がっている。その数は百じゃきかない、もっとそれ以上の数のアンデッドがいた。


アンデッドに囲まれ、驚く冒険者たち。その様子を見て、ネクロマンサーは大声を張り上げる。


「どうだ! この時の為に集めたゴブリンのアンデッドは千体だ! お前たちだけではどうしようもできまい!」

「そ、そんな……アンデッドが千体もっ!?」

「嘘……こんなの嘘よ!」

「畜生! まんまと嵌められたのか!」


ネクロマンサーの言葉を聞いて、他の冒険者たちは絶望した顔になった。今まで数十体くらいのゴブリンしか戦って来なかったのに、急に千体ものアンデッドを戦わなければいけない現実は辛い。


「私がゴブリンだからと甘く舐めていたお陰で、こんなに冒険者が釣れた! どうだ! 格下だと思っていた相手の罠に嵌った気分は!」


上機嫌に笑い出し、私たちを馬鹿にした。その言葉に他の冒険者たちは言い返す言葉もなく、みんな歯噛みしている。まぁ、考えもなしに飛び込んでしまったらそんな風には感じだろう。


「ど、どうしましょう。こんなにアンデッドがいるなんて……。とてもじゃないですが、ここにいる冒険者たちだけでは対処できませんよ」

「ユイはこういうことになるって予想はついていたの?」

「向かう先に大量のアンデッドがいるかもしれない予想は当たったけど、この数は予想外」

「それにしては落ち着いてますね。まさか……どうにかできると思っているんですか?」

「まぁ、考えはある」

「そ、そうなの!? ねぇ、この数を相手にするにはどうしたらいいの?」


相手はアンデッドだ。だったら、有効な手段は一つだけ。


「私が全力の浄化魔法を発動させる。それしか、方法はない」

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