60.甘い奴ら

 フィリスの手を引っ張って、受付カウンターから離れた。離れた場所で乱暴にフィリスの手を解くと、フィリスは驚いた顔をしてこちらを見る。


「な、なんですか? 折角良いところだったのに……」

「何がいい所だ。格好つけることが良いことだって言うの?」

「格好はつけてません。頼られたのなら、それに応えるのが勇者候補というものです」


 自信満々にそんなことを言った。思わずため息を吐きそうになるのを堪えて、気持ちを言葉にする。


「勇者候補はみんなそうなの? 厄介ごとに首を突っ込んで、自滅するまでがセット?」

「自滅するために応えるんじゃありません。解決するために応えるんです」

「解決できるとでも思っているの? 相手はゴブリンでも魔王の下僕なんだけど」

「なおさら、私たちがやらないといけない案件だと思うんです」


 こいつ……何も考えていない。この世界の魔王はガイドブックが作られるほど舐められた存在なのか? だから、魔王の下僕は取るに足らない存在だと思われている?


「とうとう現れた魔王の下僕のネクロマンサーが現れたんです。不死王の手がかりを掴むためにも、このクエストは受けるべきです」

「まだ不死王と戦うことを考えているの? 初心者冒険者の私たちには無理な案件だと思うけど」

「いいえ、私たちは強くなっています! このまま強くなれば、不死王と戦える力が得られるから大丈夫です!」


 ……しまったな、妙な自信をつけさせてしまった。まさか不死王も、こんな初心者冒険者が倒しに行くとは思っていないだろう。身の程をわきまえないという言葉は今のフィリスにピッタリだな。


「魔王を倒せば名声が手に入れられるから、フィリスの家の名声を高めるためにはピッタリよね」

「はい! 私もそのつもりで家を出ましたから、魔王に繋がるこのクエストを受けたいと思っています」

「私もフィリスの考えに賛成だわ。名声を手に入れれば、沢山の地球人と知り合えるかもしれないし……良いこと尽くめよ!」


 本当に馬鹿だな。どうして、ネクロマンサーの討伐の話しから不死王の討伐まで話が飛躍するんだ。どうして、そんなことを簡単に考えられるのか不思議。


「だから、このクエストは受けましょう! 相手はゴブリンのネクロマンサーです。私たちでも討伐できるでしょう」

「ゴブリンならいつも沢山倒しているし、大丈夫よ。ネクロマンサーは数体のアンデッドを引きつれているだけだっていうし、なんとかなるわよ」

「私は反対」

「ユイさん、残念でしたね。多数決でネクロマンサーを倒すことに決定です!」


 多数決って……足りない頭で考えた票の方が力を持つのは不服だ。


「二人ともしっかり考えて。ゴブリンと言っても、相手は魔王の下僕と言われる存在。しかも、闇魔法まで使うっていう話しじゃない。そう簡単に討伐できるとは思えない」

「私も簡単には討伐できるとは思っていないわ。いつもよりも厳しい戦いになるのは分かっている」

「だったら、そんな危ない橋を渡る必要はないんじゃない?」

「いいえ、今の私たちには圧倒的に経験値が足りません。今までは自分たちよりも弱い存在と戦ってきましたが、力のある存在とは戦ってきていません。今後の飛躍を考えるのであれば、強い敵との戦う経験も養った方がいいと思うんです」


 それは分かる。弱い敵ばかりと戦っていたら、いつまでも強くはなれない。だから、強い敵と戦って経験値を稼がなければ私たちは弱いままだ。でも、それは段階を踏んだほうが安全じゃないか? 無理をして命を落としたら、それこそ馬鹿だ。


「強い敵と戦う理由は分かる。でも、私たちにはまだ魔王の下僕と戦うのは早いんじゃない? 初心者冒険者の私たちに必要なのは堅実に強くなること。ネクロマンサーと戦うから飛躍的に強くなるとは限らない」

「そうかしら? 初めて魔法を使う敵と戦うのよ、その経験値は計り知れないわ。今後も冒険者を続けていくのであれば、何事も経験だと思うの」

「しかも、魔法を使う敵が弱いゴブリンです。初めてを経験するには丁度いい相手だと思いますよ」


 魔法を使う敵と戦うのが弱いゴブリンか……初めてを経験するには打ってつけの敵かもしれない。だが、相手は魔王の下僕と言われる存在だ。それを二人は忘れていないか?


「よう。クエストはどうだった?」


 その時、ジェイスの声が聞こえた。私たちが立ち話をしているところに、竜牙隊のメンバーが接触してきた。


「はい。良いクエストだと思っています。でも、ユイさんはクエストを受ける事に消極的なので説得をしている所です」

「はぁ? あのクエストを受けないって考えてるのかよ。どんだけ消極的なんだよ。初心者冒険者に取っては、いい条件のクエストだと思うぞ」


 フィリスの言葉にジェイスは信じられないと少し驚いているみたいだ。話を聞いていた竜牙隊のメンバーも不思議そうにしている。


「俺たち初心者冒険者に打ってつけのクエストだと思うんだが……」

「ユイって強いでしょ? なんで、あのクエストを受けないか意味分かんなーい!」

「……臆病?」

「……あんたたちは魔王の下僕と戦うことをなんとも思ってないわけ?」


 竜牙隊のメンバーからも驚かれた。そんなに驚くことなんだろうか? 私の感覚がおかしいのか?


「だってよー、あれは良い経験になるし箔付けもできるじゃんか。今後の活動に良い影響を与えると思うぜ」

「ジェイスのいう通りだ。名声の欲しい初心者冒険者にとっては、是が非でも受けたいクエストだと思う」

「普通のゴブリン討伐じゃ手に入らないものが手に入るんだから、全然良いクエストじゃん!」

「名声……中々手に入らない」


 こいつらもクエストを受ける事に前向きなのか? どうして? 魔王ってそんなに舐められているのか? 私の中の魔王のイメージとこの世界の魔王のイメージがかけ離れている?


「ほら、ユイさんだけですよ。クエストを受けないって言っているのは」

「だが……魔王の下僕って言われている存在が、そう簡単に……」

「強い敵と戦ってレベルアップも出来て、名声も手に入るんだから、受けなきゃ損だわ」


 みんなとの意識が違いすぎて混乱する。どうして、そんなに気軽に受けようと思うんだ? これは、本当に私が臆病なだけなのか? ……分からない。判断材料が足りない。


「俺たちはもちろんこのクエストを受ける。だから、お前らには負けねぇぜ」

「どちらが早く討伐できるか勝負といきましょう」

「おっ、いいぜ。一緒に受けたクエストじゃ負けたが、今回は負けないからな」

「ふふっ、私たちだって負けないわ。先にネクロマンサーを討伐するのは私たちよ」


 私の意見は通らないらしい、二人ともネクロマンサーと戦うことを決めている。それでも、私の心のもやもやは消えない。


 魔王の下僕、その言葉が私の中で重くのしかかっている。外で野放しになれている魔物とは違う存在で、力を持った存在だ。例えそれがゴブリンだとしても脅威は高いと思っている。


 みんな、魔王の下僕を舐めているんじゃないか? ゴブリンだとしても、注意を払うべきだ。だから、私は絶対に油断しない。私は甘い奴らとは違う。

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