57.実力(2)

 ギョロギョロとホブゴブリンの大きな目が動き、こちらを視界に捉える。周囲に散らばっているゴブリンの亡骸を見て顔を一瞬顰めるが、すぐに下卑た笑みを浮かべた。


 嫌な笑みだ。人を脅威とも思っていない表情だ。体格も数もホブゴブリンの方が上だから、それを理由に見下しているのだろう。


「こんなに沢山いるだなんて……。私たちだけで対応できないわよ」

「竜牙隊の人たちはまだゴブリンと戦っています。こちらに来るのはまだ先ですね……。それまで、持たせることができるでしょうか……」


 ホブゴブリンの数を見て、二人は焦っているようだ。これだけのホブゴブリンを相手にするのは初めてだから、そうなるのは分かる。だが、ここで心を乱すのはホブゴブリンの思うつぼだ。


「二人とも落ち着いて。焦って攻撃をミスることの方が大変」

「こんなに沢山のホブゴブリンがいるんだから、焦って当然よ。普通のゴブリンじゃないんだから」

「ゴブリンに比べて屈強な体つきをしています。今まで通りにはいかないです」


 小さくて細いゴブリンに比べれば、ホブゴブリンは肉厚で背が高い。厚くなった分だけ攻撃が通らなくなるだろう。今まで通りに一撃で倒していたことはできなさそうだ。


「支援魔法をかけた分、二人は強くなっている。攻撃はいつもより通りやすいよ」

「それはそうだけど……。本当に私たちにできるの?」

「相手はホブゴブリン。ゴブリンと同じ戦いをしたら、きっと痛い目に合います」

「変に意識して、力を発揮できないことの方が失態だよ。もっと、気をしっかり持って。倒せるって言い聞かせて」


 二人の実力なら、数の多いホブゴブリンだとしてもちゃんと戦えるはずだ。それだけちゃんと考えて戦ってきたし、経験をしてきた。後は育てた力を発揮するだけだ。


 二人は戸惑う表情を見せる。これはダメそうか? そう思っていたら、フィリスが自身の顔を両手で叩いた。


「私はできる! 数の多いホブゴブリンでも、戦える!」

「ちょ、ちょっと……フィリス?」

「自分に言い聞かせてみました。力が漲ってくるようです。私は必ずできますよね」

「その意気。セシルは?」

「……もう! 私はできる、絶対できる、ホブゴブリンを倒せる! 気合入れ直したわよ!」

「それでは戦いましょうか!」


 二人は気合を入れ直すと、改めてホブゴブリンと向き合った。ホブゴブリンは私たちを脅威とは思っていないらしく、美味しそうだと舌なめずりをしている。その油断、ありがたく頂戴しよう。


 刃を付けた特大のメイスを肩で担ぐと、身体強化を強くして地面を蹴った。誰よりも早く駆け抜け、ホブゴブリンとの距離を一方的に詰めた。一瞬でメイスの間合いに入ると、豪快にメイスを振り下ろした。


 重量級のメイスを脳天から受けたホブゴブリン。その体は重さと強さで押し潰され、メイスについた刃にその体を切り裂かれる。頭は潰れ、屈強な体は押し潰されてただの肉塊になった。


 すぐにメイスを持ち上げると、突っ立っていたホブゴブリンに向かってメイスを振り回す。その巨体はメイスに当たると、吹き飛んで地面に倒れた。乱暴にメイスを振り回し続けると、半分以上のホブゴブリンが地面に倒れる。


「ここですね!」

「行くわよ!」


 ホブゴブリンは崩れた場面で二人が飛び込んでくる。


「溢れだす魔力よ、我が意志に従い、敵を切り裂く風の刃とならん。ウインドカッター!」


 力強い詠唱で大きな風の刃が複数飛んできた。まるで意思があるかのように飛んでいった風の刃は、倒れたホブゴブリンの首元を狙う。強靭な風の刃はホブゴブリンの首を切り離し、鮮血が飛び散った。


「はぁっ!」


 その後すぐにフィリスが飛び込んできた。倒れたホブゴブリンの心臓に向かって、双剣を突き立てる。すぐに引き抜くと、他のホブゴブリンの首を刎ねた。


 素早い身のこなしから繰り出される的確な一撃でホブゴブリンたちは次々に打ち取られていく。戦う前はあんなに戸惑っていたのに、覚悟を決めるとこうも変わるのか。


 二人がちゃんと戦えるなら、私は私の戦いに集中しよう。目の前で立ち上がろうとするホブゴブリンの頭に向かってメイスを振り切った。頭部は引きちぎれ、どこかへ飛んでいった。


「グゴゴーッ!!」


 倒れたホブゴブリンたちが一方的にやられている光景を見て、突っ立っていたホブゴブリンたちがいきり立った。武器を構えるとこちらに向かって駆け出してくる。


 私に向けて豪快に武器を振り下ろしてくるが、その武器に向かってメイスを振りかぶった。武器とメイスは衝突して、ホブゴブリンの武器が弾き飛ばされる。屈強な体をしていても、その程度の力しかないのか。


 だが、他のホブゴブリンはそんなことはお構いなしに武器を振って来る。その度にメイスを振って、武器に当てる。圧倒的な力の差にホブゴブリンの武器は全て弾き返した。


 頭が悪いのか、負けているにも関わらずホブゴブリンの猛攻は続く。数体のホブゴブリンが同時に武器を振るい、それをメイスで弾き飛ばす。すると、他のホブゴブリンたちが寄ってきてまた武器を振るい、またそれをメイスで弾き飛ばす。


 その繰り返しをしている時、後ろから詠唱が聞こえてきた。


「ウインドカッター!」


 宙を風の刃が走る。風の刃はホブゴブリンたちの首に切り裂き、胴体と切り離された。これで、向かってくるホブゴブリンが減った。


 だけど、それだけでは終わらない。武器を弾き飛ばされてその衝撃で尻もちをつくと、その隙をついてフィリスが駆け寄った。


「剣技『一刀両断』!」


 双剣で円を描き、ホブゴブリンたちの首を狙う。剣先に触れた首は切り離され、数体のホブゴブリンは一瞬にして絶命した。


 私がホブゴブリンたちを抑えている間に二人が活躍してくれている。そのお陰で、ホブゴブリンの数は十体くらいにまで減った。これならいける。


 要領の悪いホブゴブリンたちはまた駆け寄って武器を振るってくる。今度は武器だけを軽く弾き返すと、メイスを高く掲げた。そして、脳天目掛けてメイスを振りかぶる。


 ホブゴブリンの顔が潰れ、その体は力なく地面に倒れた。


「漲る魔力よ、我が意のままに舞い踊り、敵をなぎ倒す力となれ。ウインドブロウ!」


 私が攻撃パターンを変えると、すかさずセシルの魔法が飛んできた。突風が吹き、立っていたホブゴブリンをなぎ倒す。倒れてくれるならやりやすい。そのホブゴブリンに向かって、私とフィリスが踏み込んだ。


「はぁっ!」

「やぁぁっ!」


 私が叩き潰し、フィリスの双剣で切り裂く。倒れたホブゴブリンは碌な抵抗もできずに無様に命を散らせていった。


「グ、グゴーッ!」


 惨たらしく死んでいった同胞を見ていたホブゴブリンたち。その光景を見て、ようやく劣勢なことを理解したみたいだ。焦り出すと、後ろを向いて逃げ出していった。


「そうはさせないわ! 溢れだす魔力よ、我が意志に従い、敵を切り裂く風の刃とならん。ウインドカッター!」


 背を向けて逃げ出すホブゴブリンに向かって、セシルの風の刃が襲い掛かる。風の刃は地面すれすれを走り、ホブゴブリンたちの足を切り裂いた。すると、ホブゴブリンたちは盛大に転び、地面の上で起き上がろうと必死になる。


「逃がさない」

「トドメを刺します!」


 私とフィリスが急いで距離を詰める。そして、立ち上がろうとしたホブゴブリンの頭を潰す。足をやられて碌に立ち上がれないホブゴブリンは悲痛な断末魔を上げながら絶命していった。


 そして、最後のホブゴブリンの頭をメイスで叩き潰す。メイスを持ち上げて、周りを警戒する。立っているホブゴブリンの姿は見えない。どうやら、全てのホブゴブリンを倒すことができたみたいだ。


「えっ、嘘……。ホブゴブリンを全部倒しちゃったの? 私たちだけで?」

「本当に本当ですか? まだ、潜んでいるんじゃないでしょうか」


 戦い終わった二人は驚いた顔で周囲を見渡していた。まさか、本当に自分たちだけでホブゴブリンたちを倒したとは信じられない様子だった。だけど、地面に倒れている無数のホブゴブリンたちの亡骸が証拠だ。


「私たちだけでやったみたい」

「本当ですか!? 私たちだけで、そんな……や、やったー!」

「えー!? 私たちってこんなに強かったのー!?」

「やりました、やりましたよー! 落ちこぼれだった私がこんなに強くなっていたなんて!」

「凄い、凄いわ! まだ信じられないけど、本当よね!? やったわ!」


 フィリスとセシルは飛び上がって喜んだ。すると、喜びながら二人が近づいてきた。


「ユイさんがいてくれたお陰ですね!」

「ユイがいなかったら、きっと無理だったわ!」

「……離れろ、鬱陶しい」

「今は素直に喜びましょうよ!」

「一緒に喜びましょう?」

「これくらいできて当然だ」


 二人が絡んできて鬱陶しい。近づいてきた体を押して離そうとするが、離れてくれない。一つため息をついて、二人が落ち着くまで待った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る