51.パンケーキ

「あの時のユイさん、よくやった! って思いました」

「だよね! あの無神経な言葉にカチンって来てたから、スッキリしたわ!」


 騒がしい店内の音に二人の大きな声が混ざる。鎧を脱いだフィリスは拳を握りしめて、頬杖を付いたセシルは同意をするように深く頷く。


「女の子がゴブリンに襲われるなんて、とても酷いことなのに……それをあんなに軽々しくあしらうのは許せませんでしたね」

「そうよ! 精神を病む人だっているはずなのに、あんなに気丈に振る舞っていたのに……あの言葉はないわー」


 店内に入ってから二人は顔見知りのパーティーの話ばかりしていた。二人にとってもあの男共の言動には怒りを覚えるようで、感じていたことを口にしている。


 私はそんな二人に絡まれるのが面倒なので、口を噤んでいた。


「普通、あんなことがあったらパーティーを離れるものです。でも、離れませんでしたね」

「あの子がいい子過ぎるのよ。ねぇ、あの子は神官養成所でもあんなにいい子だったの?」

「……そこまで覚えてない」

「絶対いい子に決まってますよ。もっとお節介を焼いて、他のパーティー探しを手伝った方が良かったんじゃないですか?」

「神官はパーティーメンバーに必須って言われる職業なのに、その数は足りないって言われているからね。新しいパーティーを募集すれば選り取り見取りだと思うわ」


 あんなことがあったけど、どうするか決めたのは本人の意思だ。それ以上、何かをいうのは野暮というものだ。後はそのパーティーを信じることができるかだな。


「あの子のことは一旦置いといて、もっと重要なことがあります」

「重要なこと? ……あるわね」

「そう! ユイさんが勝手に飛び出したことです!」


 ……矛先がこっちに向いてきた。目線を逸らすと、こちらを穴が開くくらいに見つめてきている視線を感じる。これは面倒なことになりそうだ。


「ようやく三人合同で戦える場面が来たのに、ユイさんが一人でいって一人で倒してきたこと……私、ショックを受けてます」

「そうよ、なんで私たちを置いていったの? あそこは、一緒に先に急ごうっていう場面じゃないの?」

「……一人の方が早かった。それに傷ついた人を放っておけないでしょ?」

「いいや、ユイさんなら傷ついた人の事なんてこれっぽっちも思ってないです! あの場面はただ単に一人で行きたかっただけですよね!」

「私たちだって強くなっているんだから、ユイの足手まといにはならないはずよ。三人で一緒に戦えるの楽しみにしてたんだから!」


 はぁ、面倒くさい。一人でやったほうが楽なのに、どうして協力をしながら戦わないといけなんだ。二人は一緒に戦えることを楽しみにしていたみたいだけど、私はその気がない。


「一緒に戦って、そこから育まれる友情があります。仲良くなれるチャンスだったのに!」

「お互いを信頼しあって背中合わせで戦うのって憧れちゃうのよね。漫画みたいな展開じゃない?」


 漫画みたいな展開……それはそれで。いやいや、仲良くなる気がないのにそんな展開は必要ないし。


「友情を育む前に、私は二人を信用していない」

「いや、少しは私たちのことを信用してますよね。だって、傷ついた人を頼んで一人で行ったじゃないですか。それって、信用してないとできないことですよね?」

「ぐっ……さっき、私が傷ついた人のことをこれっぽっちも思ってないって言ってた」

「それは言葉の綾よね? 不意に取った行動には本心が含まれているはずよ」


 ……この二人、結構言うようになってきたな。


「ふっふっふっ、観念してください。ユイさんは私たちの術中にはまっているのです。このまま友情を育んで、信頼できるパーティーメンバーになるのです」

「フィリス、少しずつ絆していくのよ。気づいたらとても仲良くなっていたが理想よ。逃げ出す隙を与えたらダメよ」

「……はぁ、何を言っている」


 何故、そこまで執着するのか分からない。冷たい私なんか放っておけばいいのに、便利なパーティーメンバーと見ていればいいのに……仲良くする理由が見つけられない。


「お待たせしましたー。フルーツたっぷりパンケーキです」


 良いタイミングで店員がやってきた。私たちの目の前にパンケーキを置かれる。皿に乗ったパンケーキは分厚いのが三枚重なっていて、その周りにはホイップクリームと沢山のフルーツが散りばめられていた。


「疲れた後は甘い物よね!」


 そう言って、セシルはスマホを取り出して写真を何枚か撮る。こんなもの写真に撮って何をするんだろう?


「これが地球で流行った食べ物ですか。とても美味しそうです」

「見た目も可愛いから、女子の間で人気だったんですって。ユイは食べたことある?」

「……この形は初めて」


 家族がいた頃、パンケーキはよく出てきたおやつだった。だけど、家で作ったパンケーキは薄かったから、こんなに厚いものを食べるのは初めてだ。


 この形、友達とグルメの漫画で見たことがある。確か大学生編で出てきたような気がする。その時の話は女子だけで集まって、とても賑やかな話だったような。


 漫画で出てきた食べ物が出ると、テンションが上がる。あの時と同じようなものを食べる経験は中々ないことだ。前の世界では碌な食べ物を食べてこなかったせいで、余計に特別感がある。


「じゃあ、食べましょう。……わぁ、このパンケーキめちゃくちゃフワフワよ!」

「本当だ! こんなの食べたらどんな感じになるんでしょう!」


 食べる前から騒がしい。そんなに驚くほどフワフワな訳……めちゃくちゃフワフワしてる! なんだこれは、羽毛じゃないのか? なんでこんなに沈んでも、元に戻ってくるんだ。このパンケーキ、小さい時に食べたものと全然違う!


「ナイフで切る感触も凄いわ! わー、何これー! 面白ーい!」

「フォークで刺したのに、刺した感触が全然しませんでした。これは綿か何かですか?」

「シロップに付けて、いただきます! ……んー、すっごく柔らかい! めちゃくちゃ、フワフワしているよー!」

「……ふおぉぉっ! なんですか、これは! フワフワして、凄いです!」


 一目で見て分かるように、二人のテンションが上がった。目を輝かせてパンケーキをまじまじと見て、優しく突いている。


 ……こんなパンケーキでそんなになるのか? 確かに驚くほどにフワフワだったけど、それを食べただけでそんなに豹変するわけがない。


 フォークを刺して、ナイフで切り分ける。やっぱり柔らかい。こんなに柔らかいものに触れるのは初めてだ。だ、だが……こんなものに感動する訳がない。そうだ、普通に食べればいい。


 切り分けたパンケーキを恐る恐る口の中に運んだ。口に入れた瞬間、どこまでもフワフワした食感が口の中で弾んだ。


「っ!?」


 思わずビックリして手で口を抑えてしまった。噛めばフワフワの食感を残して簡単に千切れる。口の中が別次元に感じてしまうほどの感触だ。


「あっ、ユイも驚いてる!」

「べ、別に私は二人みたいに驚いてないっ!」

「いやいや、その顔は驚いていましたよね」

「ち、違うっ」


 私の一瞬の変化を見逃さなかった二人から追及される。ニヤニヤと笑いながら私の様子を伺ってきて鬱陶しい。


「素直じゃないユイが素直になる不思議な魔法がかかった食べ物よね、このパンケーキ」

「ユイさんは地球のものに関わると素直になる気がします。この調子でどんどん仲良くなりましょう!」

「誰が素直なんて……」


 お腹が満たすだけの行為で仲良くなれるものか。そう、これは生理現象でただお腹が減っていたから、食べているだけで……。


「このホイップクリームとフルーツも美味しいよ。色んな食感があって楽しいわね」

「一緒に食べても美味しいですよ。ユイさんはどちらが好みですか?」

「私は……別に……」

「えー、どっちが好みなのー? 教えてよー!」

「もちろん、一緒に食べる方ですよね!」

「……うるさい」


 あー、しつこい。二人に邪魔されずにパンケーキを堪能したい。フワフワのパンケーキにたっぷりのホイップクリームを付けて、可愛く切られたフルーツを乗せて食べる。フワフワの食感とフルーツの甘酸っぱさ、滑らかなホイップクリームが舌の上で滑る。


 パンケーキがこんなに美味しいものだったなんて……。家で食べていたのも美味しかったけど、これは別次元だ。この世界には前の世界では体験できなかったものが沢山あって、楽しい。


 うるさい二人を無視して、パンケーキを堪能した。とても良かった。

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