50.静かな怒り(2)
「ユイッ!」
声がして振り向くと、弱弱しい足取りで顔見知りが近づいて来る。傍に寄ってくると、私の服を掴んで頭を寄せた。
「助けてくれて、ありがとう……。ユイが来なかったら、私……」
服を掴んでいる手が震えていて、相当な恐怖を感じていたことが分かった。その怯え方を見て、前の世界の事を思い出してしまう。私もゾンビと対面した時はこんな風に怯えていたっけ。
だから、気持ちは分かる。他人だと突き放すこともできるが、その姿に昔の自分を重ねてしまって突き放せない。他人はどうでもいいと思っていたけれど、今はそんな風に思えなかった。
「その……体は無事?」
「攻撃を受けただけだから……」
「そっか……」
ゴブリンには暴力は振るわれたが、乱暴な行為はされていないみたいだ。そういうことにならなくて本当に良かった。もし、そうなったら精神的なダメージが大きすぎてまともじゃいられない。
それにしても、傷が目立つな……。
「まずはその傷を癒してあげる」
「……いいの?」
「神よ、慈悲に溢れた聖なる光によって彼の者の傷を癒し給え」
問答無用で祝詞を唱えると、温かい光が顔見知りを包み込む。破けた服から覗く腫れた肌は次第に元の肌に戻っていく。数秒後、顔見知りの体に白い肌が戻ってきた。
「凄い……こんなに早く傷が治るなんて。流石はユイだね、聖女に選ばれたことはあるね」
「しっかりと祈れば誰でもできる」
「それができるから凄いんだよ」
顔見知りはホッと安堵をした表情をした。その顔を見て私の心もホッとしたのはなんでだろう。私はその人じゃないというのに、どうしてそんな気持ちになるのかが謎だ。
その気持ちを振り払うように、私は疑問に思ったことを口にする。
「こんな危険なところにどうして来た? 冒険者ギルドから、この場所は危険だって聞かなかったの?」
「……聞いたわ。でも、私たちじゃクエストを受けさせてもらえなかった」
「ということは……」
「うん……冒険者ギルドの注意を無視して来たんだ」
どうやら、本当に腕試しにこの場所に来たようだ。
「どうして、止めなかった?」
「私は止めたの。実力が足りないと思われているんだから、行くべきじゃないって。でも、仲間はそうは思ってなかったみたいで……」
なんとなく想像がついた。自分たちの実力を試すためにクエストを受けようとしたが、冒険者ギルドの判定は実力不足だった。それが悔しかったから、見返してやろうと思ったのだろう……勝手にこの場所に来た。
その結果がこれだ。仲間と思われるメンバーは袋叩きに合い、顔見知りはあと一歩の所まで乱暴にされた。明らかに、助長したせいだ。
前の世界で嫌というほどに見た展開だ。自分たちはやれると思った人たちがゾンビを倒しに行って、ゾンビになって帰ってきた。本当に人はなんでこんなに愚かな考えをするか分からない。
他人なんかどうでもいいけれど、命を粗末にする行為は見ていてムカつく。しかも、今回は止めた人を巻き込んでいるから質が悪い。フツフツと怒りがこみ上げてきた。
「ねぇ、仲間たちのところに戻っていいかな? きっと、傷ついているはずだから癒してあげたいの」
「……分かった」
自分があんな目に合ったのに、まだ仲間たちのことを心配するの? その人たちのせいで自分があんな危険な目にあったのに、どうしてそこまで他人に優しくできるか分からない。
私はゴブリンたちへの祈りを後回しにして、先にメンバーがいる場所へと戻っていった。
◇
元の場所に戻ると、そこには横たわった顔見知りの仲間と立っていた私のパーティーメンバーがいた。
「ユイさん! 攫われた人を取り戻したんですね!」
「ゴブリンはどうしたの? 他にもいるはずだけど……」
「全部倒してきた」
「ぜ、全部ですか!? 一人でやったんですか!?」
「もう、勝手に飛び出していって、勝手に倒しちゃうんだから! ユイってば勝手すぎ!」
……怒られた、何故?
「みんな!」
すると、顔見知りが横たわっている仲間に駆け寄った。
「今、傷を癒すから!」
そう言って祝詞を唱えて仲間の傷を癒していく。痛みで苦しんだ仲間の顔が次第に穏やかになっていき、時間はかかったが傷を癒すことができたみたいだ。
「傷ついた人がいる場合はユイが残るべきなんだよ。それなのに、放って先に行くなんて……」
「まぁまぁ、セシルさん。こうして無事でいてくれた訳ですし。でも、私たちも連れていって欲しかったです」
「……自分でやったほうが早かった」
「ユイが強いのは分かるけど、それじゃあ一緒にいる意味がないわ。なんでも一人でやるよりは、頼ってくれた方がいいわ」
「今の私たちでもお役に立てたと思いますよ」
あぁ、うるさい。そんなにいうなら、こんな人たちなんて放っておいてこれば良かったのに。ぐちぐちという二人から視線を外して、顔見知りの方を向く。そこでは、顔見知りの仲間が体を起こしていた。
「その……無事か?」
「う、うん。傷は癒してもらったし、それ以外も……大丈夫だよ」
「そ、そっか……良かった。本当に良かった」
ちょっと微妙な雰囲気が流れている。その微妙な空気をどうにかしたかったのだろう、他の仲間が口を開く。
「みんなが無事で良かった! いやー、一時はどうなるかと思ったけど、なんとかなったな! 今回は油断したけれど、今度はこうはいかないからな! 次があったら、また挑戦しようぜ!」
「今回はちょっとミスっただけだって! 俺たちの実力を十分に発揮できれば、こんな事にはならなかったよな! こういう時に備えて、お前も直接の攻撃手段を持った方がいいぞ」
「わ、私?」
「お、おい……」
陽気な態度で無神経な言葉が飛んできた。それを聞いていたら、自然と体が動く。顔見知りの仲間の胸倉を掴んで、その頬を力いっぱいにぶん殴ってやった。
「い、いってぇ!」
「な、何をすんだ!?」
地面に倒れた二人が声を上げて起き上がる。その頬は腫れ、鼻血を垂らしているがどうでもいい。
「無神経なことを言わないでくれる? こうなったのは、お前たちの実力不足だったからだ。自分の力を計り間違えたせいで、その子は酷い目にあった。それを本当に分かってる? その子を傷ついたのは、全部お前たちのせいだ」
自分の実力を理解しないで、無謀なことに挑戦するのは勇敢じゃない。ただの馬鹿だ。そんな馬鹿に巻き込まれて酷い目に合わされたその子が不憫でならない。そんな馬鹿な考えにならなかったら、その子は必要以上に傷つかなくて良かったのに。
「雰囲気が悪いからって無理に明るくすることが必要なんかじゃない。傷ついた心を労わってやることが重要なんじゃない?」
微妙な雰囲気から逃げて、問題を直視しないのは愚かだ。一番大切なことから目を逸らして、この先もやっていけると思っているのか? その傷を早めに癒さないと、手遅れになることだってあるのに。
「心から反省しろ。そして、誓え。もう二度と、その子に酷い目に合わせないと」
そう言うと、顔見知りの仲間たちは俯いた。しばらく静かだったけど、仲間が顔を上げて顔見知りを見た。
「ごめん……考え無しだった。今度からはちゃんと考える」
「嫌な思いをさせてすまない。もう、無謀なことはしないから許してくれ」
「戻ってきてくれて本当に嬉しい。どうか、見限らないでこれからも一緒にいて欲しい」
それぞれ、心底反省した表情をして顔見知りに謝った。その言葉を受けた顔見知りはくしゃりと泣きそうな表情を歪めた後、精一杯の笑顔を浮かべた。
「……うん。これからもよろしくね」
本当はそんなパーティーから離脱して欲しかったが、個人的な意見だ。そこまで面倒を見る必要はないから、勝手にすればいい。私には関係のないことだから……。
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