49.静かな怒り(1)

 ゴブリンの住処の中に飛び出していくと、周囲にゴブリンはいなかった。瘴気に当てられて凶暴化しているはずなのに、一体も襲って来ない。これはおかしい。


 不意に嫌な想像が頭を過る。ゴブリンはあの男性たちに集っていた。だから、他のゴブリンは神官に集っているんじゃないか? そこまで考えると嫌悪感がこみ上げてきた。


 もし、神官に集っているのだとしたら……。洞窟で見たアンデッド化した女性を思い出してしまう。あんな風になる前に助け出さないと。


 そう思って周囲を確認していると、人の叫び声のようなものが聞こえた。もしかして、あっち? 叫び声が聞こえた方に走って行く。すると、その先にゴブリンが集まっている所に出くわした。


 そして、その中に人の手が上に向かって伸ばされているのが見えた。


「いやぁっ! だ、誰かっ! 助けてぇっ!」


 瞬間、身体強化の魔法で体を覆い、その手に向かって全速力で駆け出す。一気に距離を詰めると、ゴブリンたちがこちらに気づいて振り向く前に頭に向かって渾身のメイスを叩きこんだ。


 パァンッ!


 一撃でゴブリンの頭を破裂させた。ゴブリンたちは私の存在に気づいたけれど、もう遅い。周囲にいるゴブリンの頭に向けて渾身の一撃を叩きつける。


 パァンッ! パァンッ! パァンッ! パァンッ! パァンッ!


 圧倒的な力を解放して、一撃でゴブリンの頭を破裂させた。周囲にその肉片と血が飛び散るが、些細なことだ。集っていたゴブリンを排除すると、倒れている人に目を向ける。


「ひ、人っ……? た、助け……ユイ?」


 服を乱暴に破かれ、体中を殴られた顔見知りがそこにいた。咄嗟にその体に手を伸ばし、その体を抱え上げる。そして、ゴブリンたちが集まっている所から離れた。


 突然の乱入者を見て、陽気だったゴブリンたちの様子が変わった。だけど、乱入してきた私の性別を確認すると、下卑た笑みを浮かべて喜びの声を上げ始めた。気持ち悪い、早く排除したい。


 離れたところに顔見知りをおこうとすると、その人が首に抱き着いてきた。


「こ、怖かった……怖かったよ、ユイッ!」

「……もう大丈夫」

「うん、うんっ……! ユイが来てくれたんだもんっ、大丈夫だよねっ!」


 こういう時、どうしていいか分からない。だから、親にあやされたように背中を優しく叩いてあげた。


「グゴーッ!」


 でも、そんな時間はないらしい。


「ちょっと離れて」

「怖いよっ……」

「……もう、手出しはさせないから」


 その子の体を優しく離すと、その体に上着のパーカーを被せた。そして、立ち上がりゴブリンたちを見る。小さないつものゴブリンの他に大きなゴブリンが三体いた。あれは、冒険者ギルドの資料室で見たことがある。


「ホブゴブリン」


 ゴブリンの上位体だ。ゴブリンの二倍近くの身長があり、細いゴブリンに比べて恰幅のいい体格をしている。上位体がいるなんて聞いてない。ちゃんと情報収集をしなかったな?


 よく見ると、その内の一体の手に紫色の濃い霧が発生していた。どうやら、瘴気の原因になる物を持ち出したのはこいつららしい。じゃあ、手に持っている物を浄化すれば仕事は完了だ。


 でも、その前にこのゴブリンたちをどうにかしないと。


「グゴグゴッ!」

「グゴーッ!」


 ホブゴブリン同士て何か話し合うと、私を指差した。すると、ゴブリンたちは武器を片手にこちらに向かって来た。


「ひっ……」

「……任せて。報いは受けさせる」


 いつものゴブリンよりも速く感じる。その圧力にその子は恐怖を覚えたみたいだけど、私は平気。その子の前に立ちふさがって、駆け出す。


 確かにゴブリンは凶暴化して、強くなっていると思う。だけど、私はこう思った。その程度? と。前の世界の暴走ゾンビに比べれば、遅く感じる。


 だから、力の差っていうものを叩きこんでやろう。


 飛び掛かってきたゴブリンはナイフを振り下ろしてきたが、動きが遅い。簡単に避けると、すれ違いざまにメイスを頭に叩きこむ。


 パァンッ!


 ゴブリンの頭を破裂させた。今度は三体が同時に駆け出してくると、メイスを特大サイズまで巨大化させ、三体同時に叩き潰す。


 そのメイスを越えて次のゴブリンが襲い掛かってきた。咄嗟に拳を握りこんで、その顔面に叩きつける。限界まで引き上げられた身体強化。その体から放たれた一撃はゴブリンの頭を破裂させた。


 まだ、ゴブリンは来る。凶暴化しているせいか、怯む素振りは見せない。特大のメイスに刃を出すと、飛び出してきた二体のゴブリンに大振りのメイスを当てる。刃でずたずたに引き裂かれ、肉塊になって地面を汚す。


 その後ろから、またゴブリンが走ってきた。だから、もう一度メイスを振った。豪快な風切り音を立てながら、メイスが横一閃に薙ぎ払われる。メイスの刃に触れたゴブリンは体を引き裂かれ、一瞬で絶命した。


 そこでようやく、メイスの動きが止まる。辺りにはメイスによって潰され、切り刻まれたゴブリンの死体が散乱していた。その中で立っているのは、ホブゴブリンだけだ。


 怒りの表情を滲ませながら、こちらを睨みつけている。すると、手に持っていた瘴気の原因を地面に置き、棍棒を構えながらこちらに向かって走ってくる。巨体なのに速い。


「ユイッ、気を付けて!」


 顔見知りが叫んだ。分かっている、油断はしてない。だから、全力を持ってこいつらを駆逐する。


 特大のメイスを構えて、ホブゴブリンが近寄るのを待つ。そして、メイスの間合いに入った瞬間、目にも止まらぬ速さでメイスを振り切った。


 グチャッ!


 恰幅のいいホブゴブリンの体が一瞬で肉塊になって潰れた。残り二体。その二体は私に向かって棍棒を振るう。豪快な風切り音を鳴らしながら、左に右に棍棒を振った。速いけど、私にとっては遅い。難なくその棍棒を避けた。


 夢中で棍棒を振っているとところに、特大のメイスを横に薙ぎ払う。恰幅のいいその体はぬいぐるみのように軽々と飛ばされた。地面に倒れたところを追撃する、そう思っていた……。だが、ホブゴブリンは地面に足を付いて倒れるのを阻止した。


 すぐに地面を蹴って、こちらに向かってくる。なら、それよりも速く潰せばいい。またメイスを構えて、ホブゴブリンが間合いに入るのを待つ。


 間合いに入った瞬間、全速力にメイスを振り下ろした。その速さと力に抗えないホブゴブリンは頭から潰れ、物言わぬ肉塊になり果てる。だけど、まだ一体残っている。


 メイスを振り切った私にホブゴブリンの棍棒が襲い掛かった。私はとっさにメイスを離し、宙に飛んだ。棍棒が振られたが、もう私がいなくなった後だ。


 そして、ホブゴブリンの頭まで飛ぶと、その首に腕を巻きつける。そして、全力の力で頭を回した。


 ゴキィッ!


 ホブゴブリンの頭がおもちゃの様に回り、中の骨が折れた音が響き渡った。その途端、ホブゴブリンから力が抜け、その巨体はゆっくりと倒れていく。


 ドスン、とホブゴブリンが倒れると辺りに静寂が下りた。辺りを見渡すが、見える範囲に他のゴブリンたちはいないようだ。瘴気に当てられた魔物か……まぁ、こんなものかな。


 さっさと仕事を終わらせよう。瘴気の原因となる物に近づく。よく見ると、それはただの石のように見える。こんな石ころが瘴気を生み出すなんて、どうなっているんだ?


 まぁ、考えても仕方ないか。私の仕事はこれを浄化することだ。その石に向かって手をかざし、祝詞を唱える。


「神よ、悪しきものを払い、清浄なる息吹を与えたまえ」


 神への祈りを籠めて唱えると、光が石を包み込み辺りを明るく照らしていく。波のように光が辺りに広がると、紫色の薄い霧が次第に晴れていくのが分かる。そして、原因となっている石が纏っている瘴気が薄れて消えた。


 完全に瘴気の気配が消えた。それを確認すると、浄化魔法の力を止める。それから辺りを見渡しても、瘴気がある嫌な感じはしない。これで瘴気の浄化クエストは完了だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る