39.テスト(1)

 テストを言い渡して四週間が経とうとしていた。今日もいつも通りの練習か、そう思っていたが朝から二人の様子が違っていた。


 空気はピリリとしていて張りつめていて、二人の表情がいつも以上に引き締まっていた。覚悟を決めた顔つきになっている。その二人はお互いの顔を合わせると強く頷き、こちらに視線を寄越した。


「今日、私たちはそれぞれでゴブリンの巣の掃討を成し遂げてみせるわ」

「十分な練習を積めたと思います。私たちは掃討できる実力をつけました」

「ふーん、そう。なら、今日は防御魔法をかけない。今まで攻撃を受けていた二人には耐えられるかな?」

「今なら大丈夫よ。そう簡単にゴブリンの攻撃は受けないから」

「俄然やる気が出てきました。ゴブリンの攻撃を掻い潜り、討伐してみせます」


 二人のやる気は十分だ。それなら、本当のテストをしてもいい。


「分かった。じゃあ、行こう」


 そう言うと、私たちは宿から出て行った。


 ◇


 森の中に入り、ゴブリンの巣に向かう。すると、森の中に粗末な家が建ち並んでいるのが見えた。あれが、ゴブリンたちの巣だ。


「クエストによれば、ゴブリンの数は二十五前後。上位ゴブリンはいない、いたって普通のゴブリンの巣。それを協力なしで一人で掃討する。条件はいい?」

「えぇ、大丈夫よ」

「はい、大丈夫です」

「なら、誰が先にやる?」


 木陰に隠れながら訪ねると、先に手を上げたのはセシルだった。


「私からやるわ」

「そう、分かった。じゃあ、好きなタイミングで戦ってきて」

「分かったわ。見てなさい、かならず成功させてみせるんだから」

「頑張ってきてください」


 セシルは杖を握りしめると、自信に溢れた顔でゴブリンたちの住処を見つめた。スクッと立ち上がると、木陰に身を隠しながら住処へと近づいていく。


 住処の周りにはゴブリンが数体徘徊していて、このまま近づくと見つかってしまう恐れがあった。だけど、セシルは限界まで近づいて詠唱を唱える。


「溢れだす魔力よ、我が意志に従い、敵を切り裂く風の刃とならん。ウインドカッター!」


 木陰から飛び出したセシルは風魔法を解き放った。すると、複数の風の刃が飛び出して、ゴブリンの首目掛けて飛んでいく。風の刃は三体のゴブリンの首を切り裂き、ゴブリンは血しぶきを上げながら地面に倒れた。


 すると、すぐにセシルは木陰の後ろに隠れた。周りを徘徊していたゴブリンにはセシルの姿は捉えられず、ゴブリンたちは倒れたゴブリンに近寄った。そして、注目が倒れたゴブリンに向かった時、再びセシルは詠唱を唱えて木陰から飛び出した。


「……。ウインドカッター!」


 再び複数の風の刃がゴブリンたちを襲った。風の刃は的確に首元を捉え、血しぶきが吹き荒れる。ここから目に見えるゴブリン六体は倒した。次倒すには住処に飛び込む必要がある。ということは、不意打ちの攻撃ができなくなるだろう。


 セシルは木陰から住処の方を確認すると、住処の中心に向かって駆け出していった。


「あぁ、住処の中に行っちゃいました! 危険じゃないですか!?」

「……普通なら危険だろうね。防御魔法もないのに、どうやって戦うつもり?」

「見える位置まで行きましょう! 万が一の時に飛び出して行けるようにしないと!」


 セシルを心配したフィリスは立ち上がって、ゴブリンに見つからないように住処へと近づいていった。私もその後を追い、木陰に隠れる。


「あぁ……住処の中心に行ったせいで、ゴブリンに囲まれてます。一斉に飛び掛かれたら、怪我じゃ済みませんよ」

「一体どうする気?」


 住処の中心が見える位置まで移動をすると、セシルの姿が良く見えた。住処の中心に陣取って、ゴブリンたちに囲まれている。このままだと、ゴブリンに一斉に飛び掛かられて大けがを負ってしまうかもしれない。


 固唾を呑んで見守っていると、ニタニタと笑っているゴブリンが一斉に動き出した。それと同時にセシルが早口で詠唱を始める。


「漲る魔力よ、我が意のままに舞い踊り、敵をなぎ倒す力となれ。ウインドブロウ!」


 セシルが杖を掲げると、その杖を中心に風が吹き荒れた。強烈な突風が吹き荒れ、小さなゴブリンの体は軽々と持ち上がり、地面に叩きつけられた。


 すると、すぐにセシルが次の詠唱に入った。


「……。ウインドカッター!」


 早口で詠唱を唱えると、杖から次々と風の刃が飛んでいった。風の刃はまたしてもゴブリンたちの首元に突き刺さり、一瞬で命を奪う。


 そうしている間に他のゴブリンたちは起き上がり、再びセシルを標的に定めた。だけど、そうなると分かっていたセシルに焦りはない。また、飛び込んできたゴブリンたちに向かって詠唱を唱える。


「……。ウインドブロウ!」


 再び突風が吹き荒れ、向かっていったゴブリンたちは突風の力によって地面に叩きつけられる。その繰り返しを見ていた、フィリスは手を叩いた。


「なるほど、そういう手で行くのですね。これだったら、ゴブリンの攻撃を受けずに倒せます!」

「でも、どこかでタイミングをミスったら終わり。今のところ正確に風の刃はゴブリンを倒せているけど、その精度を保てられなくなっても終わり」

「大丈夫です! とてつもない集中力で魔法を唱えているじゃないですか。その凄い集中力が続くと思います」


 ……それはどうかな? 魔法を使うと一定の疲労が溜まる。だから、魔法を使った後にはクールタイムが必要だ。クールタイムがあるからこそ魔法を連発できるようになっている。


 その疲労を消化しないまま魔法を唱えると、どんどん魔法を唱えるのが辛くなってくる。そうなると、魔法の威力と精度が落ちていく。それが魔法を連続で使う時のリスクだ。


 だから、この戦法はジリ貧になることを覚悟の上でやらないといけない。どれだけ、威力と精度を保ちつつ、確実にゴブリンを仕留められるかが鍵となる。


 残りのゴブリンは十二体。セシルの様子は……足に力が入らなくなっている。連続で魔法を使ったせいだろう。立つことも辛くなっている。


 弱弱しくなるセシルを見ていたゴブリンの笑みが不気味に深くなった。武器をチラつかせて、今度はゆっくりとセシルに近づいていく。重たい体に鞭を打つように、杖を高く掲げて詠唱をした。


「……。ウインドブロウ!」


 突風が吹き荒れるが、どんどん威力が落ちてしまっている。ゴブリンは飛ばされずに、その場で尻もちをつくくらいの威力しかない。そして、休む暇もなく次の詠唱を開始した。


「……。ウインドカッターッッ!」


 気合を入れた詠唱が響く。風の刃は同じくらいの威力を保ったまま、尻もちを付いたゴブリンたちの首元を切り裂いた。そこで、ガクッとセシルの腰が落ちそうになる。震える足でなんとか体を支えて、なんとか立っていた。


 残りのゴブリンは八体。もうそろそろ、決めないと危険になる。


「が、頑張れっ! セシルさん、頑張れ!」


 応援なんて無駄だ。ここまで来ると自分との戦いになる。立ち上がったゴブリンがまた距離を距離を詰めていく。連続で魔法を使ったことにより大きな疲労に苛まれているセシルは、全身から力を振り絞って杖を高く掲げた。


「漲る魔力よっ……我が、意のままに舞い踊りぃっ……敵を、なぎ倒す……力となれ。……ウインドブロウーッ!」


 渾身の魔力を解放して、突風が吹き荒れた。突風の力で体を飛ばされたゴブリンは地面の上に転がった。そこにすかさず、セシルが次の詠唱に入る。


「あ……溢れだすっ魔力よっ……わ、我が意志に……従いっ、敵を切り裂く……か、風の刃とならん。……ウインドカッターッ!」


 全神経を注入した風の刃が次々と飛び出していく。地面に転がったゴブリンの首元を次々と切り裂き、血しぶきが吹き出す。だけど、まだ残っているゴブリンがいる。


 渾身の詠唱で倒したゴブリンは五体。残り三体残っていた。その残った三体のゴブリンは起き上がり、セシルを見て不気味な笑みを浮かべる。だって、セシルは地面の上に座り込んでしまっていたからだ。


 荒く呼吸をして、フラフラと頭を揺り動かしている。この状態で戦うなんて無謀だ。だが、まだテストは続いている。


「セシルさんっ! 立って、立ってください! 残り三体ですよ!」


 フィリスが声を上げるがセシルには届かない。もう焦点の合わない目をして空を見つめていた。そこに一体のゴブリンが急接近して手持ちの石斧でセシルの頭を殴った。


 倒れる……そう思ったがセシルは倒れる体を地面に手をつくことで阻止した。そして、キッと怒りの形相でゴブリンを睨みつけると、手に持っていた杖でゴブリンを殴る。


 かなり強烈な一撃が入ったのか、ゴブリンは地面に倒れた。そこにセシルが杖をゴブリンの喉元に押さえつける。


「……。ウインドカッターッ!」


 至近距離からの魔法発動。杖の先から風の刃が発生して、ゴブリンの喉元を切り裂いた。残り二体、今にも倒れそうなセシルは残り二体を睨みつけた。


 二体は戸惑いながらも、相手が弱っている姿を見て殺れると思ったのだろう……セシルに向かって駆け出した。


 ゴブリンの手に持ったナイフがセシルに向かって振り下ろされた。一本のナイフは杖で受け止め、もう一本のナイフはセシルの腕を切りつけた。


「……このぉっ!」


 最後の力を振り絞りセシルが杖を振り回した。リーチの長い杖はゴブリンの頭や体に当たり、その場にゴブリンが倒れる。すかさず、セシルは立ち上がり、杖の先をゴブリンの喉元に突き立てた。


「……。ウインドカッターッ!」


 ゴブリンの首元から血しぶきが吹く。そこでガクッとセシルの体が前のめりに倒れそうになる……が、寸前で踏みとどまった。必死に顔を上げて、最後のゴブリンを睨みつける。


 その時、ゴブリンはナイフを振り上げていた。ナイフはセシルの足を突き刺す。セシルの顔が痛みで歪む、がセシルも黙ってはいない。杖でそのゴブリンの頭を力の限り殴った。


 ゴブリンはナイフから手を離し、地面に叩きつけられる。すぐにセシルが杖の先をゴブリンの首元に突き立てた。


「溢れだす……魔力よっ、我が……意志に従いっ、敵を切り裂く……風の刃とならんっ。……ウインドカッターッ!」


 絶叫に近い詠唱を唱えると、杖の先から風の刃が飛び出してゴブリンの喉元を切り裂いた。もう、残っているゴブリンはいない。セシルは最後まで一人でゴブリンの巣の掃討をやり遂げた。


 それを理解した瞬間、セシルは力なくその場に座り込んだ。満身創痍のセシルを見ていたフィリスは真剣な顔つきをしていた。


「……セシルさん、やりましたね。次は私の番です」


 そう言ったフィリスは動けないセシルに駆け寄っていった。

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