38.二人の夜(セシル視点)
ギィィ……バタン。
ふと、扉が閉まる音で目が覚めた。暗闇の中、目を開けると……隣のベッドで寝ていたユイの姿が無い。トイレにでも行ったのかな? そう思ってもう一度寝直そうとした。
うとうととしていると、いつまで経ってもユイが戻ってこないことに気づいた。もしかして、トイレじゃない? じゃあ、なんでこんな時間に起きたの?
気になった私は起き上がり、靴を履いて部屋を出て行った。廊下をキョロキョロと見渡すと、廊下の奥の扉が少し空いているのに気づく。
もしかして、外に出たのかな? そう思って、その扉に近づいて開けた。その先は中庭になっていて、端に置いてあった長椅子にユイが座っているのに気づく。ユイは夜空を見上げてこちらには気づいていない。
だから、そっと近づいて驚かせてやろうと思った。だけど、数歩歩いたところでユイの顔がこちらを向く。その途端、嫌そうに顔を歪ませた。全く、ユイはそういうところを隠さないんだから。
「ユイ、こんな夜にどうしたの?」
「……はぁ、関係ないでしょ。ほっといて」
「ユイが出て行く音で目が覚めちゃったんだから、責任取ってよ」
「起きたのはそっちの勝手」
「いいや、ユイのせい」
そういうと、ユイが渋い顔になった。本当に他人と交流するのが嫌なんだから。分かりやすくて、ちょっとだけ寂しい。こっちは仲良くしたいんだけど、ユイがそれを許してくれない。
だけど、そう簡単には諦めきれない。私はユイの許しを貰う前に、勝手に隣に座った。それだけでユイは重たいため息を吐く。そして、私を意識しないように夜空を見上げる。
とことん、私と交流しない気ね。ユイがそうなら、私にだって意地があるわ。
「ユイの地球での話、聞きたいなー」
「……」
「どんな物があって、どんな人がいて、どんな事があったのか知りたいなー」
「……前も言った、ゾンビが蔓延る世界だって」
「それしか聞いてないよ。もっと、違うことが聞きたいの」
「それ以外に答えるものはない」
しつこく話しかけると、ポツリと言葉を返してくれる。こうして会話ができるのは貴重でそれだけでも嬉しくなってしまう。これで全く返答がなかったら、心が折れていたところだ。
「どんなことでも知りたいのよ。ゾンビが蔓延った世界っていうけれど、具体的にどんな世界だったの? ゾンビが世話をしてくれるとか?」
「……どうしてゾンビが世話をしてくれるんだ。そんなこと、するわけないだろう」
「そうそう、そういうの! そういう話を聞きたいのよ」
「こんなどうでもいい話は無駄」
「私にとっては無駄じゃないのー! もっと地球のことを知りたいし、ユイのことも知りたいのー!」
相変わらず素っ気ないユイの体を掴んで揺すってみる。ユイは無気力にされるがままになっていた。私に全然興味を示さない。どうしてユイがこんな感じになったのか、知りたいよー!
「あー、うるさい。明日も討伐があるのに、こんな時間まで起きていて平気? とっとと、明日に備えて寝ろ」
「えっ、私のこと……心配してくれてるの!?」
「なっ、そんなつもりじゃ!」
「えへへ、ユイも優しいところあるんだね」
平気とか言われて嬉しいな。ユイは交流を嫌がるけど、嫌味な人じゃない。だから、冷たくされても平気だし、ユイの心を開かせたいなって思うんだよね。こんなに冷たくされているのに、そう思うのって不思議。やっぱり、憧れの人だからかな?
「……寝不足になって、討伐が失敗すればいい」
「そう言ってても、防御魔法でしっかりと守ってくれるよね」
「……怪我をされたら面倒なだけ」
「まぁ、そういうことにしておきますか。見ててよ、必ず一人でゴブリンの巣を掃討できるくらいになってみせるから。そうしたら、ユイとこれからも一緒にいられるよね」
ようやく掴んだ、憧れの人との時間。絶対に逃すものですか!
両手を握りしめて強い気持ちを吐き出すと、ユイがジト目でこちらを見てくる。
「なんで、そんなに執着をする? こんなに冷たくしているのに……」
「なんでって……それは憧れの人だからかな」
「本当にそれだけ?」
「うーん……。あのね、私が暮していたエルフの国は昔凄く排他的だったんだって。他種族を見下して、エルフが一番だっていう考えだったみたい。そのせいで他の国と上手く関係を結べなくて、魔王に滅ぼされる寸前まで追い詰められたの」
そっか、まだユイには言っていなかったね。私が地球人を好きになった理由。だから、この機会に知ってもらおう。夜空を見上げながら、ゆっくりと話し始める。
「そのエルフの国を救ってくれた人がいたの。それが異世界転移してきた地球人なんだ。その人は排他的だったエルフの考えを改めさせて、他の国と協力することの重要性を説いた人。その活動のお陰でエルフたちは考えを改めて、他の国と協力し始めた。魔王の侵攻を食い止めて、エルフの国が持ち直したの」
「……ふーん」
「だけど、それだけじゃないの。続々と来た地球人はエルフの国に色んな知識を教えてくれた。そのお陰でエルフの国は発展して、考え方が変わって、幸せな人が増えたの。あのままでいたら魔王によって滅ぼされていたかもしれないエルフの国だったのに、地球人のお陰で変われたんだよ」
もう随分と昔の話だけど、本当の話だ。エルフが変われたのは、全て異世界転移をしてきた地球人のお陰。
「その頃の話を沢山聞いたわ。話だけじゃなくて本でも読んだし、劇でも見たりした。そうやって地球人の話に触れてね、私は地球人に憧れたの。その中でも特に日本人に憧れたわ。日本人は凄いのよ、あの排他的だったエルフを変えちゃったんだから。それに日本文化がエルフに衝撃を与えてね、その文化に感銘を受けて日本文化が広まったの」
「……地球人が活躍をする話を沢山聞いたせいで、地球に関係した人や物に傾倒したのか」
「まぁ、早い話がそうかな。だって、純粋に凄いって思ったんだもの。凄いものに憧れるのは普通でしょ?」
「それは、別に私が凄いから憧れている訳じゃないよね。誰でもいいんだったら、他の地球人の所にいけばいいのに……」
熱く語ったが、ユイの心には響かなかったみたいだ。でも、だからと言って一緒にいることを諦めることはない。
「だって、他の人に出会う前にユイに出会っちゃったんだよ。他の人のところに行く必要がないでしょ。目の前に最推しがいるのに、見て見ぬふりをするなんて事はできないわ。だから、絶対に逃がさないわ!」
そうよ、これから出会おうって思っていたところにユイに出会っちゃったんだもの。これを運命と言わずなんという! きっと出会うべきして出会ったんだわ! これも日頃の行いがいいせいね!
強く主張するとユイは心底嫌そうな顔をした。
「最推しって……。はぁ、とっととパーティーを解散したい……」
「そんなことはさせないよ! ユイとは色んなことが聞きたいから!」
「……じゃあ、色んな話をしたら離れてくれる?」
「それは無理!」
いやいや、それはありえないでしょ。そりゃあ、話をしてくれることは魅力的だけど……折角傍に居られるんだから離れるなんてできない!
「……別の地球人を見つけて、なすりつけなきゃ」
「そんな寂しいこと言わないでー! 折角出会えたんだから、もっと交流しようよ。フィリス語でいうと友情を育もう、うん」
「信用してない相手と育むものはない」
「どうやったら、信用してくれるの? 仲良くなるきっかけが欲しいよー!」
ユイの体を揺するが、こっちに興味を示さないのでされるがままになっている。
ユイは他人を信用していない。だから、傍に他人がいるのが嫌らしい。どんなことがあってユイがそうなっちゃったのか知りたいけど、今のままでは教えてさえもくれない。やっぱり、少しずつ交流をして友情を育まないとね。
「ユイの態度が変わるまで、私はめげないからね。絶対に楽しくお喋りできる仲になってみせるんだから!」
「……その前にゴブリンの巣の掃討」
「それは任せて! 文句のない戦い方を見せてあげるから!」
まずは目先のゴブリンの巣の掃討。大丈夫、この短期間で私は成長したんだから。それをユイに見て貰って、頼りになる仲間だって思ってもらおう。
見てなさい、ユイ。私の力、見せてあげるわ!
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