37.かつ丼

 テストを言い渡して二週間が経った。二人の動きはかなり良くなっていて、確実にゴブリンを仕留める方法を編み出したようだ。一撃でゴブリンを倒すことができると、展開が早くなって討伐する回転が早くなる。


 でも、複数で襲われた時は対処が甘い。咄嗟の判断ができていない証拠だ。まだまだ、私と一緒にいるくらいには届かない。このまま、パーティーを諦めてくれればいいのに……そう思いながら二人の戦いを見ていた。


 そして、今日も一日中戦って二人はクタクタになりながら町に戻ってきた。


「体が重いー、あちこちが痛いー、お腹が減りましたー……」

「魔力がすっからかんで頭が痛いわ。それに空腹が強くて辛い……」


 愚痴を言いながら二人はトボトボと歩いていた。あんな程度でこんな風になるなんて、まだまだ鍛え方が甘い。休みなく一日中動いたとしても、全力疾走できるくらいの体力は付けて欲しいものだ。


「今日は力の付くものが食べたいです。ついでに運気も上がって、目標達成ができるようになるような食べ物がいいです」

「……そんな食べ物があるか」

「そうねぇ……あ! 丁度いい、食べ物があるわ!」


 ……あるのか?


「ちょっと待ってね、今スマホで検索するから……」


 セシルがポケットからスマホを取り出すと、文字を打って検索をし始めた。私たちが待っていると、何かを見つけたらしい。


「うん、流石王都ね。その食べ物があるみたい」

「本当ですか! 食べたいです!」

「それじゃあ、行きましょう。こっちになるわ」


 そんな食べ物があるなんて信じられない。セシルの先導に私たちは疲れも忘れて付いていった。


 ◇


「ここが、その食べ物を提供しているお店よ!」

「凄い、ガラス張りで中が丸見えです! ガラスにも美味しそうな写真がいっぱいで興味をそそります!」

「……前の世界でも見たような光景」

「そう、ここは地球グルメを堪能できるお店。かつのや、よ!」


 セシルが案内してくれたのは、地球グルメを提供しているお店だった。正面はガラス張りになっていて中は丸見え、だけどそのガラス張りのところには料理の写真がいくつも張られている。


 この光景、前の世界でも見た気がする。店を作った人は前の世界にあったお店をそっくりそのまま再現したんだろうか?


「さぁ、中に入りましょう」


 セシルを先頭にしてお店の中に入ると、すぐに機械音がした。


「いらっしゃいませ。まずは食券をお買い求めください」

「わっ! あ、あの箱が喋りましたよ!」

「人が通ると録音された声が出るようになっているみたい。まずはそこの食券機で食券を買うわよ」

「ふーん……」


 前払い式ということか。私たちは食券機に近づいて、光が出ている画面を覗いた。そこには、色んな食べ物の写真が並んでいて、とても分かりやすい。


「これって、タッチパネルっていう奴ですよね」

「そうよ、スマホと同じね。この中から食べたいものを選んで押すだけよ。で、今日私たちが食べるものは……これよ!」

「……かつ丼?」

「深い皿に食べ物が全部乗ってますね」


 セシルが指差した先には、どんぶりの中にご飯が敷かれて上に卵でとじたカツが乗っている食べ物だった。私はその食べ物を見たことがある、友達とグルメの漫画に載っていたはずだ。


「じゃあ、かつ丼を三つ買っちゃうわねー」


 セシルは私たちの返答も聞かずにかつ丼を選択して、食券機にお金を入れた。すると、払い出し口から三枚の券が払いだされる。これが食券か……。


「後は空いた席に座っていれば、店員がやってくるわ」

「じゃあ、早く行きましょう! お腹がペコペコです!」


 お店の奥へと行くと、席は七割埋まっていた。その中で空いていた四人席に座ると、すぐに店員がやってくる。


「いらっしゃいませー。食券をお預かりします」

「はい、これで」

「ありがとうございます。かつ丼が三つですね。お水はセルフサービスになってますので、あちらからどうぞー」

「分かりました」


 そう言って店員はお店の奥へと消えていった。


「セルフサービスってなんですか?」

「要は自分でやってね、っていうこと。ほら、あそこに箱があるでしょ? あそこから水が出てくるんだよ。私が取りに行ってくるね」


 セシルは立ち上がり、箱に近づいて備え付けのコップを片手に箱から水を入れている。あの機械……どうなっているんだ?


「本当に水が出てますね。どんな仕組みになっているんでしょうか? ユイさんは分かります?」

「さぁね。多分、前の世界にもあったと思うけど、使ったことがないから分からない」

「そうなんですねー。地球って不思議なものがいっぱいありますね。いつか行ってみたいです」


 そんな事を言っていると、セシルが水を持って戻ってきた。私たちの目の前に水を置くと、自分の席に座る。すると、フィリスが不思議そうな顔をして口を開く。


「それにしても、かつ丼ってどんな運気があるんですか?」

「これは地球式……ううん、日本式のヤツなんだけど。験を担ぐっていう言葉があって、良い結果になることを願って行う行為っていうのがあるんだ。それで、今回の料理なんだけど……かつが入っているじゃない? そのかつを勝つっていう意味に重ねているんだ。だから、このかつ丼を食べてゴブリンに勝つ! っていう意味を籠めようとしたの」

「おお、そんな運気の上げ方があるんですね」


 かつで勝つか……。そういえば、友達のグルメでもそうだったな。高校生編で部活の試合間近でかつ丼を食べに行く話があったっけ。みんなで気合を入れてかつ丼を食べるシーンは面白可笑しかったな。


 試合には勝って、験担ぎに行ったお店にお参りをしていたシーンで終わった。なんで、お参りするのって笑ったっけ。グルメシーンは美味しそうだけど、他のシーンは笑えるからあの漫画が好きなんだよね。


「お待たせしました、かつ丼三つになります」


 そんなことを考えていると、もうかつ丼が届いた。店員は私たちの前にお盆を置く。お盆の上にはどんぶり、味噌汁、漬物が丁度良く配置されていた。


「わぁ、美味しそうですね! この匂い……食欲をそそります!」

「でしょ! 日本のグルメはどれも美味しい物ばかりなの! さぁ、食べましょう!」


 かつ丼……そういえば食べるのは初めてか? 前の世界で食べた記憶がない。それとも覚えていないだけか? まぁ、いい。久しぶりの日本食だ友達とグルメのように堪能しよう。


 箸を持って、どんぶりを手繰り寄せる。醤油と出汁の匂いに混じる、かつを揚げた油の匂いが食欲をそそる。色どりを気にしてか、ちょこんと乗った三つ葉が可愛らしい。


 箸でかつを持ち上げると、肉厚なかつの断面が見える。衣はタレを吸っていて少し衣の色が濃くなっていた。しっかりと味が染みているようで美味しそうだ。そのかつを口に入れて噛んだ。


 肉厚なのにスッと歯で噛み切れた。その途端、タレと肉の脂が重なって強烈な旨味が口に広がる。しっとりやわらかなかつの肉を噛むごとに肉の甘味がじわっと広がり、柔らかい卵がその中に乱入する。


 肉、卵、タレが合わさるとこんなにも美味しく感じるなんて知らなかった。でも、一番印象的なのはタレを吸った衣の美味しさ。口の中でタレの美味さを十二分に味合わせてくれる。


 米、米が欲しくなる。急いで米をすくって口の中に放り込むと、幸せのグラデーションが完成した。肉、卵、タレ、そして米。それらが合わさった味と感触は堪らなく美味しい。


「むっ! 肉が柔らかです! それに、この味……病みつきになりそうな塩気ですね!」

「うん、美味しいね! 油で揚げているから油っこいのかなって思ったけど、全然違うわ。このタレがいい仕事しているのよ」

「これは無限に食べれます。肉、米、肉、米。むっふー、止まりません!」


 二人も一口食べて、この美味しさのグラデーションを堪能したみたいだ。フィリスは凄い勢いでかきこみ、セシルは丁寧に箸ですくっては素早く食べ進める。


 私もかつ丼を食べ進める。卵がまとわりついたかつを一口食べると、すぐに米を放り込む。そして、かつ丼のグラデーションを堪能する。うん、美味しい。このかつ丼の美味しさを決めているのはきっとタレに違いない。


 絶妙な塩気を感じて、その中に出汁の味が混ざっている。ただの醤油味じゃない、複雑な味がいくつも混ざってこの味を出しているんだ。醤油ラーメンでは味わえなかった、味のグラデーションを感じる。


 だけど、食べ続けると口の中がしょっぱくなってくる。たしか、友達のグルメでは箸休め的なイベントがあって、みんな違う物を時々挟むように食べていた。そして、その後は美味しそうにまた食べ進めていた。


 そうか、箸休めか。そのために、味噌汁と漬物があるんだ。私はしょっぱくなった口の中をリセットするために、味噌汁を手に取った。味噌汁にはわかめが入っている。その味噌汁を飲むと、優しい塩気が私の口の中を洗い流してくれる。


 ホッとするような感じだ。違う味を感じることでリセットされてまた食べたい、という気にさせてくれる。これはいい、無限に美味しいが続く。


 味噌汁を飲んだ後に食べるかつ丼は始めに食べた時と変わらない美味しさだ。不思議だ……違うものを食べて、始めて食べた時と変わらない味を出せるなんて。人の口と舌はどうなっているんだ?


 不思議に思いつつも、かつ丼を頬張ればそんな疑問が薄れて美味しさしか感じない。漬物も食べると、違う塩気で逆に食欲が湧く。またかつ丼を美味しく食べられた。


 気づいたらどんぶりの中は空っぽで、箸で残った米粒を寄せ集めて食べていた。


「ぷはー! 美味しかったです! お腹も満たされて、お口も満たされて……すっごく幸せですね!」

「ね、こんなに満足した満腹は久しぶりよ。ね、日本グルメは美味しいでしょ?」

「はい、とても美味しいです。前回食べた醤油ラーメンと同じ醤油味だったんですが、これはまた違う醤油でしたね」

「そうなのよ。多分入れているものが違うから、同じ醤油でも違う味なったんだと思うわ。日本グルメには醤油を使った料理が沢山あるから、全部制覇してみたいわね」

「まだ違う醤油味があるんですか? ……地球、恐るべし。いや、日本ですか?」


 二人とも満足そうな顔をして、食器を置いて好きなように語っている。友達とグルメでも、食後に会話劇が繰り広げられていてそれも面白かったな。まぁ、私は交流を深める気はないから……。


「ユイさんはかつ丼はどうでした?」

「……美味しかった」

「ですよね! どんなところが美味しかったですか?」

「……別に」

「おやおや、また友情を育まないユイさんですか? 困りましたねー、ユイさんを懐柔できません」

「でも、ユイも夢中で食べてたよね。それだけ、美味しかったってことよ。ちょっと笑ってたし」

「人を勝手に見るな!」

「わっ、照れてる! 可愛いー!」

「照れるユイさんも貴重ですね!」

「うるさい!」


 やっぱり、一人で食事をしていたほうが静かでいい!

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