36.あっちむいてホイ

 テストを始めて一週間が経った。大剣から双剣に変えたフィリスは見違えるほどに攻撃が当たるようになった。どうやらフィリスには大剣よりも双剣の方に適性があったみたいだ。


 大剣を手放すのにあんなに駄々をこねていた姿が嘘のように、今は双剣が好きすぎて剣を抱いて眠るほどだった。変わり身が早いというかなんというか……。


 だけど、ゴブリンの巣の掃討にはまだ至っていない。でも、二人はまだ焦っていない。期限は一か月もあるから、目一杯に修行をして強くなってから目標を達成しようとしているらしい。


 正直、一か月は甘かったか? と、少し後悔している。だけど、強引に解散するとしがみ付いて離してくれなさそうだった。だから、自覚を持つ時間を与えたつもりだが、二人とも失敗する気が全然ないみたいだ。


 私としては早く諦めてもらって、パーティーの解散をしたいところだ。このまま生温いところにいたら、自分が腐っていくような気がして嫌だから。人とは距離を取った方が良い。


 ◇


「今日も確実に強くなっている気がしました! 双剣があれば、私はどこまでだって強くなれそうです!」

「私も魔法の使い方が上手くなっているような気がしたわ。今まで細かいところを考えてなかったけど、考えることも必要だって思った」

「もっともっと経験を積むと、一人でゴブリンの巣を掃討できる気がしてきました!」

「そうね、私もできる気がしてきたわ。一緒に頑張りましょう。えいえいおー!」

「おー!」

「……うるさい」


 宿屋に戻ってきて、シャワーを浴び終えた私たち。まだ元気が残っていた二人は楽し気にお喋りをして、明日のやる気を漲らせていた。


「今日はまだ元気が残っています。今できるいい鍛錬はないでしょうか?」

「鍛錬ねぇー……ユイは何か知ってる?」

「知らない」

「そんなこと言わないで、何か教えてくださいよー! ユイさん、色々知っているんでしょ? だから、あんなに強いんですよねー!」

「こっちまで来るな! 鬱陶しい!」

「ユイは知っていても教えてくれないよね。あーあ、残念だなー。仲良くなって色んな話がしたいのにー、全然釣れない態度だしー」

「どうしてセシルもこっちに来る!? 邪魔だ、邪魔だ! 自分のベッドに戻れ!」


 二人が絡んできてうるさいし邪魔くさい! 二人の体を押してベッドから落とそうとするが、二人とも抵抗してベッドからいなくならない。


「ユイさんも一緒にお喋りしましょう? 友情を育めば、パーティー解散したいって思わなくなりますよ?」

「私は一人がいいんだ! 他人は信用できないから、いらない!」

「まだ出会って間もないから、信用がないのは仕方がないけど……。どうしたら、信じてもらえるようになるか教えてくれないかなー?」

「どんなことをしても信じられない! 他人は他人だ!」

「「えー……」」

「いいから、私のベッドから離れろ!」


 厳しい口調で言ったとしても、二人にはまるで堪えていない。それどころか……。


「あっ、そうだ! 良い鍛錬あるよ!」

「えっ、そうなんですか? 教えてください!」

「話を逸らすな!」

「地球の鍛錬みたいでね。一瞬の判断力と動体視力が必要な鍛錬なんだ」

「なんだか、戦いに必要な要素ですね。ぜひ、やりましょう!」

「ここでやるな!」


 二人は私の言葉を無視して、私のベッドに腰かけながら向かい合った。だから、なんでわざわざここでやるんだ!


「あっちむいてホイっていうものなんだけど。じゃんけんをして勝った方が相手の顔の前で指を差して、上下左右に指を動かすの。そして、じゃんけんに負けた人が指の差す方を向くの負けになるものなんだ」

「なるほど、指が向いた先を見たら負けってことですか。これは、一瞬の判断力と動体視力が試されます」


 あっちむいてホイってそんなゲームだったっけ? それはそういうのじゃなくて、駆け引きをするようなゲームだったような気がするけど……。


「ようは、指の先の方に向かなければ勝ちってことですね。やりましょう」

「ふふっ、あっちむいてホイの黄金の指先と言われた私に勝てるかな?」

「……何その変なあだ名。……というか、ここでやらないで向こうでやってよ!」

「「じゃんけーんっ!」」

「人の話を聞けー!」


 二人は全く人の話を聞かない。だから、二人の勝負を近くで見なくてはならなくなった。じゃんけんはセシルの勝ちだ。


「あっち向いてー……ホイ!」


 セシルが指先を右に向けると、フィリスも右を向いた。


「あぁ~! 負けましたー!」

「ふふっ、どう? 釣られちゃうでしょ?」

「指先を見てたら釣られちゃいました。だけど、次は負けませんよ!」

「次も私が勝つわ!」

「いや、だから……あっちで……」

「「じゃーんけーん、ポン!」」


 次もセシルが勝った。


「あっち向いてー……ホイ!」

「あぁぁっ、そんなあぁぁっ!!」

「また勝った!」

「私のバカバカ! どうして指先に釣られてしまうんだ! 次は負けない、次は負けない! 私の顔よ、オリハルコンよりも固くなれ!」


 フィリスは自分の顔を何度も叩くと、気合の入った顔面になった。変に凛々しいというか、なんか変な顔だ。


「じゃーんけーん、ポン!」

「はい、また私の勝ち!」

「ぐぬぬっ!」

「あっち向いてー……」


 セシルが指先に力を貯めていると、フィリスの顔が渋い強面になった。


「ホイ!」


 指先が向いた方向とは逆の方向に目が行くが、フィリスの顔は引っ張られる。その引力でフィリスの顔が渋く歪んだ。そして、フィリスは変顔をしながら、セシルの差した方向を向いた。


「あははっ、何その顔!」

「こ、これは……! セシルの指に抵抗しようとした後です!」

「まぁ、今度も私が勝ったけどね」

「ぐぬぬっ、今度は負けません! 次、次の勝負です!」


 それから、二人であっちむいてホイの連戦が繰り広げられた。どのじゃんけんもフィリスが負ける。そして、指先に釣られないように顔面に変な力を入れて変顔になるフィリス。


 負ける度に起こる、指が差した方向に力づくで抵抗をしようとしたフィリスの引力に引っ張られた変顔、変顔、変顔。これはもはやあっちむいてホイじゃなくて、フィリスの変顔独壇場になっていた。伯爵令嬢のする顔じゃない。


「あははははっ! フィリスの顔、おかしいー!」

「悔しいー! 精一杯抵抗しているのに、指先に引っ張られてしまいますー!」

「フィリスは変顔で抵抗して笑わせようとしてたんじゃないの?」

「そんなことしませんよー! 私はそっちを向かないように、顔に力を入れて抵抗していただけです! そ、そうだ! ユイさん、私の敵を取ってください!」

「嫌」

「そんなこと言わないでくださいー! セシルさんに一泡吹かせてやるのですー! お願いします、ユイさーん!」


 フィリスに両肩を掴まれて、ガクガクと前後に振られる。あー、もう! 鬱陶しい!


「分かった、分かった! やればいいんでしょ!」

「お願いします、ユイさーん!」

「何? 今度はユイが相手? ふふっ、ユイは私に勝てるかしら?」

「早く勝って終わらせる」

「さー、それはどうかな?」


 フィリスを剥がすと、セシルと向かい合う。セシルは不敵な笑みを浮かべて、黄金の指先と言っていた指先を自信気に立てていた。こんなの子供の遊びだ。簡単だし、こんなくだらないことはすぐに終わらせる。


「「じゃーんけーん、ポン!」」


 何、負けた!?


「ふふっ、じゃあ行くわよ。あっち向いてー……」


 セシルの指先が私の顔を差す。私はその指先をじっと見つめて、動きをしっかりと観察する。簡単だ、指が動いた方向とは逆の方向に動けばいいんだから。


 緊張感が漂う中、ごくりと喉が鳴った。


「ホイ!」


 右だ! 左を向こうとするが、目が右に引っ張られる。すると、左を向こうとしていた顔が右を向こうとした。頭では分かっているのに、目で追った方向に向きそうになる。くっ、顔が……右にっ……!


 見えない引力に引かれるように顔が右に向いてしまった。


「やった、私の勝ちね!」

「そ、そんな! ユイさんが負けるなんて!」

「くっ……」

「ふふっ、誰も私には敵わないのよ!」


 しまった、どうして右を向いてしまったんだ。右だと分かっていたんなら、左を向けばよかったのに……! 見えない力に引っ張られる感じがした。


「どう? 負けると分かって、もう一度やる?」

「なんで、勝つことが前提なのか分からない。……次は勝つ」

「そう簡単に勝てるかしら? ユイもフィリスみたいな変顔にさせてあげる」


 さっきのは何かの間違いだ。次はちゃんとやれば勝てる。だって、指先の方向が分かっているんだから、反対側を向けば済む話なのだから。


 そう、簡単だ。だから……フィリスみたいに変顔にはならない! あれは絶対に嫌だ!


「「じゃーんけーん……」」


 この戦い……負けられない!


 ◇


 結局、その日の夜は三人であっちむいてホイで白熱してしまった。こんなはずじゃなかったのに……。

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