35.フィリスの決断
二人の挑戦が始まって三日が経った。私は基本手を出さないが、怪我をされたら面倒だから防御魔法を二人にかけている。そのお陰で、二人は多少無茶をしてでもゴブリンを倒していった。
それでも一人で複数のゴブリンと戦う術のない二人はあっという間にゴブリンに囲まれて、タコ殴りになってしまっている。これで防御魔法がなければもう死んでいただろう。ここで力の無さを感じて諦めてくれればいいが、二人は全然諦めなかった。
まだまださまになってはいないが、確実に強くなるための準備を踏んでいっているように見えた。正直言って、ここで心が折れることを予想していたが、二人はしぶとかった。
体力の限界、魔力の限界まで戦い続けた二人はフラフラになりながらも三日目の討伐を終えて宿屋へと帰ってきた。
「もう無理……動けない……」
「私も……腕が上がりません」
ベッドの上で突っ伏した二人は身動き一つ取らずに寝そべっていた。二人でゴブリンの巣を二つも戦ったのだから、その疲労はかなりのものだろう。二人の顔が死んでいた。
「諦めてもいい。っていうか、諦めろ」
「い、いやよ。絶対に一人でゴブリンの巣の掃討を果たして見せるんだから! ユイ、見てなさいよ! 私の成長録を!」
私の言葉にセシルが過剰に反応した。疲れた体を起き上がらせて、私に向かって指を差した。なんだ、まだ元気が残っているじゃん。
その一方、フィリスは突っ伏したまま動かない。相当疲れているのか? そう思ったら、のっそりと体を起き上がらせた。その顔は神妙な様子で何かを思い悩んでいる様子だ。
「えっ、ちょっと……。まさか、諦めるっていうんじゃないでしょうね」
その様子を見て心配になったセシルが話しかけた。すると、フィリスは首を横に振った。
「いいえ、違います。この三日間、戦って分かったんです。私に大剣は合わないって」
「それは前からも言ってたはずだけど」
「身に染みて感じたんです。今までは何とかなるだろうっていう根拠のない自信があったんですが、この三日間でその自信が打ち砕かれました」
「まぁ……フィリスの大剣は全然ゴブリンに当たってなかったもんね」
この三日間、フィリスはゴブリンに囲まれながら大剣を振るった。だけど、大剣は全然ゴブリンに当たらず、虚しく空を切るばかりだった。正直言って殴った方が早いと思ったぐらいだ。
「家の威信にかけて大剣で成り上がってやろうと思ってましたが、私には無理だとはっきり分かりました」
「へー、それでどうするの? 諦める?」
「……いいえ、真の勇者の道は諦めませんし、パーティー解散も諦めません。だから、私は武器を変えようと思います」
あんなに大剣に固執していたのに、そっちを諦めるんだ。フィリスの考え方の変わりようは正直驚いた。大剣を持つことは頑なだったのに、パーティー解散をしたくないがために諦めるなんて思わなかった。
「お二人とも、明日……私の武器選びに付き合ってください」
どうやら、決意は固いようだ。とうとう、フィリスが大剣を捨てる時が来た。
「分かったわ、協力する。良い武器を選びましょう」
「……見るだけだからね」
「ありがとうございます! 明日、自分にピッタリあった武器を選んでみせます!」
◇
翌日、貴重な一日を潰して武器屋へと訪れた。まずやることは大剣の査定だ。武器屋の主人にフィリスの大剣を見て貰うことになった。
「ふむ、かなりの業物だな。これだったら、百六十万オールで買い取れるぜ」
「それくらいですか……」
「どうする? 売るか? 止めるか?」
主人に問われて、フィリスが押し黙った。大剣に未練があるのか、すぐに決断できないでいる。セシルが心配そうな顔で見つめていると、俯いていたフィリスの顔が上がった。その顔は決意に満ち溢れている。
「売ります! それで、新しい武器を買います!」
「よし、分かった。大剣は預かっといてやるから、ウチの武器を好きなだけ見ていきな!」
「はい!」
どうやら、踏ん切りが付いたみたいだ。スッキリした顔になったフィリスは早速店内に飾ってある武器を見始めた。これで新しい武器が手に入る、そう思って見守っているとフィリスが店内を一周して戻ってきた。……早くない?
スッキリした顔のままフィリスは口を開く。
「どれを見ても大剣が一番いいって思いました。やっぱり、大剣にします!」
「……はっ? 馬鹿?」
「フィリス! 戻っちゃダメ!」
この期に及んでそんなことを言うなんて……。セシルがフィリスの体を揺すって正気にさせようとしたが、逆にフィリスがセシルを掴んで、涙ながらに声を上げた。
「今更、どんな武器を使えばいいのか分かりません! ずっと大剣を振ってきたので、それしか知らないからっ!」
「だ、大丈夫よ! 一つずつ手に取って確認してしましょう! ユイもそう思うよね!」
「どうでもいい」
「もう、ユイったら! さぁ、選ぶわよ!」
「私には無理です~っ」
適当にあしらうと、セシルがフィリスを引っ張って武器の前に立たせた。それから、一つずつ武器を手に持たせようとする。
「まずは剣ね」
「……軽そうなので嫌です。大剣みたいな重たいものがいいです」
「じゃあ、戦斧」
「なんか、先っぽが広がりすぎて嫌です」
「次は槍!」
「なんか、今にも折れそうじゃないですか?」
「これでどう!? メイス!」
「それだと、ユイさんと被るので嫌です」
「あーもう! 何がいいの!? まずは自分で持ってみないと分からないじゃない!」
「でも、どれもしっくりこなさそうで……」
「持たないとそれも分からないでしょ! さぁ、持って!」
セシルは強引に武器を持たせ始めた。一つずつ持たせると、フィリスは微妙な顔をして首を横に振る。すると、他の武器を新たに持たせるが、それでもフィリスは首を横に振る。
「なんか、どれもしっくりきません。やっぱり、大剣じゃないとダメなんです!」
「そんなこと言っても、攻撃が当たらないのは問題よ! 絶対に違う武器の方がいいわ!」
「うぅ、本当に他の武器が使えるようになるのか分かりません! あぁ、私はどうしたらいいんだ~っ!!」
「どうもこうもないわよ! 違う武器を使いこなせるようにならないと、パーティーが解散しちゃうでしょ!」
泣き言をいうフィリスのケツを叩くように言うセシル。今になって泣き言を言うなんて、馬鹿じゃないか?
呆れた目で見ていた時、フィリスが両手に武器を持った。その時のフィリスの姿は一番さまになっているのに気づく。姿勢も良いような気がした。もしかして……。
「ねぇ、両手に剣を持ってみて」
「えっ? 両手に剣ですか?」
「ほら、なんでも試してみるわよ!」
戸惑うフィリスにセシルは強引に両手に剣を持たせる。両手でしっかりと剣を握り、腕を下ろした状態で立って見せる。背筋がスッと真っすぐで姿勢がいい。ただ突っ立っているだけなのに、威圧みたいなものを感じる。
「……あれ? なんか、いいかも?」
「……うん。さまになっている」
「フィリスはどう? 両手に剣を持ってどんな感じ?」
セシルの問いに無表情だったフィリスが重い口を開く。
「凄くしっくりきます。な、なんででしょう?」
「大剣も両手で持っていたから、そのせいとか?」
「あー、ありえるわね。大剣は重心を取るのが難しそうだけど、両手に剣だったら重心が安定するのね。これだったら、攻撃を当てられるようになるんじゃない?」
フィリスを取り囲んで話していると、カウンターから声がかかった。
「気に入った武器が見つかったか? なら、店の後方にある試し切りで試してみると良い」
試し切りか……いいかも。私たちはお店の後方に移動すると、そこには藁で作られた人形が数体並んでいた。
「さぁ、フィリス。試し切りよ」
「え、でも……両手に剣を持った状態で剣を振るったことがありません。どうやっていいか……」
「しっくり来ているんだったら、体が自然と動くんじゃない? やってみればいい」
「そうよ。まずは何事も挑戦よ!」
「は、はい……。やってみます」
私たちに背中を押されたフィリスは藁人形の前に立った。深呼吸をすると、剣を構える。左手の剣を前に構えて、右手の剣を後ろに構えている。うん、両手に剣を持っているとさまになっていた。
「はぁ!」
声を上げるとフィリスは藁人形に突っ込んでいった。右の剣を縦に振り、今度は左の剣を横に振る。藁人形に剣が当たり、藁が切られた。それで止まることなくフィリスは動く。
クルリと回転すると、平行に構えた剣を同時に藁人形に叩きつける。すると、今度は縦に腕を回転させて、剣を叩きつけた。どの攻撃も藁人形に当たり、どの攻撃も流れるような動きができていた。
一通り感触を確かめたフィリスは剣を握りしめて突っ立っている。
「フィリス! 今のはすごかったわよ! 攻撃が当たらなかったのが嘘みたい! ユイも凄いって思うでしょ!?」
「……まぁ、いいんじゃない? フィリスはどう思ってる?」
「……私は」
声をかけると、呆けたような表情がこちらを向いた。だけど、その表情が次第に喜びへと変わっていく。
「今までにないくらい、自然と体が動いた感じがします! まるで、ずっと使っていたような心地がしました! 私……私……両手に剣が合っているような気がします!」
どうやら、フィリス自身も両手に剣が嵌ったように感じたようだ。確かにあの動きは自然だったし、しっかりと攻撃が当たっていた。これ以上にない成果だろう。
「私、両手に剣……双剣でやってみようと思います。これで必ず、パーティーを継続させてみせます!」
自信に溢れた顔をしたフィリスは力強く拳を握った。まぁ、これでまともに戦えそうで良かった。……良かった? いや、私にとってはダメじゃないか。私は何を言っているんだ……。
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