32.後処理

 動かなくなったオークに注目がいく中、初めに声を上げたのはフィリスとセシルだった。


「やりました! アンデッドオークの討伐です!」

「流石、地球人ね! 神の力を授かった地球人はとっても強いのよ!」


 二人で喜びの声を上げる。すると、今まで余裕な顔をしていたゴブリンたちが焦り気味で顔を歪めた。ゴブリンたちは倒れたオークを信じられないような表情で見て、頭を抱えている。


 オークとの戦いは終わったけれど、このクエストの成功条件はゴブリンの掃討。ここからゴブリンを逃さずに討伐しなければいけない。


 私がオークと戦っている時に二人で倒したゴブリンは一体。正直、期待外れだ。一体、この二人は何をやっていたんだ。だが、パーティー解散の口実が手に入った。後で強く追及しよう。


 慌て出すゴブリンを見て、私は唯一の通路の前に立ちはだかった。ここを通らなければ外には出られない。ということは、ここに居ればゴブリンは逃げ出すことは不可能だ。


「二人とも、ゴブリンをこっちに向かって追い立てて」

「分かりました。そういう事なら、大剣を振り回します!」

「私は杖をぶん回すわ!」


 指示をすると、二人は生き生きと声を上げた。そして、慌て出すゴブリンに向かって大剣と杖を振り回した。いきなり攻撃されたゴブリンはビックリして、この場から逃げ出そうとする。だが、唯一の逃げ道には私が立っている。


「……来いっ」


 こちらに向かってくるゴブリン。そのゴブリンの頭に向かって、メイスを思いっきり振りかぶった。骨が砕ける音が響き、その体を遠くに飛ばす。もう一体の頭にもメイスを振りかぶり、頭を粉砕した。


 逃げ腰の敵ほど、やりやすいものはない。今までは向かってくる敵だったから、相手の攻撃も考えないとダメだった。だけど、逃げることしか考えていない敵からは攻撃をされない。


 我先にと通路から逃げ出そうとゴブリンたちが駆けてくる。私はタイミングを見計らい、それに合わせてメイスを振るだけだ。メイスを振るたびに骨が砕ける音と吹き飛ばされたゴブリンが地面に転がる音が響く。


 気づいたら最後のゴブリンが飛び込んできた。そのタイミングに合わせてメイスをフルスイングすると、骨の砕けた音が響いてゴブリンは吹き飛ばされた。


 地面に転がる無数のゴブリン。みんな、頭を粉砕されて絶命していた。普通のゾンビと戦うよりも簡単に討伐することができた。これも初めにアンデッドオークを倒したお陰だろう。それでゴブリンが戦意喪失したから、後は流れ作業のようだった。


「全部のゴブリンを倒しましたね!」

「初めての討伐とは思えないほどの手際の良さだったわ! 流石、地球人ね!」


 すると、二人が笑顔で近寄ってきた。正直、このゴブリンの巣は私一人でもなんとかなっただろう。二人は完全にお荷物状態だった。これじゃあ、パーティーを組んでいる意味がない。


 でも、そのお陰でパーティーを解散する口実が手に入ったようなものだ。二人が全然役に立たなかったことを責めて、パーティーを解散させよう。


「初めてのクエストでしたけど、なんとかなりましたね! アンデッドのオークが出てきた時はどうしようかと思いましたが、ユイさんがいてくれて本当に良かったです」

「だね。やっぱり、異世界転移をしてきた地球人には神の力が授かっているから、凄い力があるのね。地球人とパーティーを組めたことが私にとって幸運だったわ」

「……そう。……ん?」


 二人の話を適当に流した時だ、どこからか声が聞こえてきた。


「どうしたんですか?」

「微かに声がする」

「えっ、でも……ゴブリンを打ち漏らしたとか?」

「……あそこだ」


 微かに聞こえる声を辿ってみると、壁に布がかけられたところがあった。きっと、あの後ろが空洞になっていて何かが潜んでいるんだろう。私はできるだけ足音を消して近づき、布を剥いだ。


 そこは思った通りに空洞になっていて、空洞を塞ぐように木の檻がはめ込まれていた。宙に浮いていた光の球をその空洞の中に入れると中が良く見える。


「……人がいますよ!」

「ゴブリンに捕まったのね……」

「だ、大丈夫ですか!?」

「きっと、ゴブリンが繁殖のために捕まえたんだと思う」


 壁に寄りかかった、裸の女性がそこにはいた。その体は傷つき、足の付け根からは赤い血が流れているように見える。漫画やラノベで見た、ゴブリンは人間の女性を繁殖するために捕まえる。きっと、同じ理由でこの女性は捕まったのだろう。


 だけど、可笑しい。この女性は何も反応しない。もっと良く空洞の中を見てみると、奥の方で動く気配を感じた。そこにいたのは、小さなゴブリンたちだった。良く見れば、生まれて間もない小さなゴブリンも見える。


「……酷い。本当に繁殖していたんですね」

「惨いことをするわ。早く、この人を助けてあげましょう。ねぇ、あなた。ここから出してあげるわ。もう、大丈夫よ」


 セシルが話しかけるが、その女性は何も反応しない。何かが可笑しい。その女性を良く見ると、呼吸をしているように見えない。


「呼吸をしていない。死んでいるみたいだ」

「そ、そんなっ!」

「間に合わなかったのね……」


 場が悲壮感に包まれた時、その女性の手が動いた。嘘……生きていた? その女性はゆっくりとこちらに体を向けると、俯いていた顔を上げた。


「うあ……あぁっ」


 その目は死んでいて、顔にはすでに精気はなかった。


「……遅かったみたいね。アンデッド化しているわ」

「そんな……。ゴブリンに利用されただけじゃなくて、アンデッドになるなんて……惨すぎますっ」


 ……とことん報われない結果だったみたいだ。乱暴されただけじゃなくて、ここで良いように利用されて、苦しみながら死んで。最期はどんな思いだったんだろうか?


 誰だって死後は安らかになりたいだろう。前の世界でもそうだ。感染した人はみんなゾンビになりたくなくて、人間のまま死のうとしていた。でも、できない人が大半でみんなゾンビになってしまった。


 どんな思いでゾンビになっていったのか……。それを思うと辛い気持ちになる。


「ねぇ、ユイ。浄化魔法をかけて、救ってあげましょう?」

「そうです。ユイさんの浄化魔法がありましたね」

「……分かってる」


 メイスで木の枠を壊すと、空洞の中へと入る。その女性は唸りながらこちらに手を伸ばしたが、その手は縄で岩肌に拘束されていた。こんな状態で死んでいったのか……。


 女性の頭に手で掴む。心を静めて、祝詞を唱える。


「神よ、無垢なる魂をお送りします」


 手から浄化魔法の光が飛び出し、その女性の体を走り抜けた。


「あっ、うっ……」


 女性は体を震わせ、短い声を出した。すると、体から力が抜けて地面の上に倒れた。これで、女性の魂は浄化されてあの世に行っただろう。


 この力を手に入れて思う。もし、この力が前の世界であって、ゾンビに効いていたら……。そうしたら、お父さんもお母さんもお姉ちゃんも安らかにいけただろうか? 安らかにいかせてあげたかったな……。


「奥のゴブリンの子供はどうします?」

「小さいから殺すのは戸惑うわね……」


 その話にハッと我に返った。今はそんなことを考えている時間じゃない。気を取り直すと、改めて空洞の奥にいる小さなゴブリンたちを見る。


 どのゴブリンもこちらを怯えた目で見ていた。一番小さなゴブリンはこの状況を理解できていないようで、キョトンとしている。どのゴブリンもか弱い存在だった。


 だけど、これは魔物……ゴブリンだ。どれだけか弱い存在だとしても、その本質は変わらない。ここで見逃したら、このゴブリンたちは成長して、また人を襲うことになる。


「このゴブリンは殺す」

「えっ、こんなか弱い存在を?」

「まだ、生まれて間もないゴブリンもいるのよ」

「それがどうした。ここで見逃したらどうなると思う? 成長して、大人のゴブリンになって、人を襲う。また女性を捕まえて乱暴するかもしれない。誰かが被害者になってもいいと思ってる?」


 厳しい視線を送ると、二人は苦々しく顔を顰めた。


「確かにそうですが……」

「それとも、このゴブリンが助けてくれたことに感謝して改心すると思っている?」

「それはないと思うけど……。ユイはできるの? こんな生まれて間もないゴブリンを殺すことなんて……」

「できる」


 今までどんなゾンビも倒してきた。老人も子供も……この手で倒してきた。今更、人間じゃない生き物を殺すのに躊躇する心はない。やらなければ、やられるのはこちらなんだから。


「見たくなければ、顔を背けてて」


 それが私にできる最大の良心だ。メイスを片手に空洞の中に入り、奥にいるゴブリンに近づく。ゴブリンたちはとても怯えていて、体を震わしながら声を上げていた。


 そんなゴブリンを見ながら、私はメイスを力いっぱい振り下ろした。骨の砕ける音、ゴブリンの悲鳴が響く。


「ひっ」

「やっ」


 後ろからそんな声が聞こえてきた。だけど、そんなのお構いなしにメイスを振り下ろす。狭い空洞の中では骨が砕ける音とゴブリンたちの悲鳴が淡々と響く。


 そして、一番小さなゴブリンに最後のメイスを振り下ろした。悲鳴はなく、骨が砕ける音が響いて終わった。淡々とした後処理が終わる。

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