30.分かれ道
洞窟内を進んでいく。ゴブリンはあれ以来出てこない。時折、声みたいなものは聞こえるが、それはとても小さなものだった。奥の方にいるのは間違いないが、誘い出されているようでいい気分はしない。
「あ、分かれ道ですね」
前方を見てみると、通路が二手に別れていた。どちらも似たり寄ったりの形をしていて、どちらを行ったらいいか分からない。
「適当に選んで進む?」
「そんなことをして、罠に嵌ったらどうする?」
「じゃあ、どうしますか?」
しまった、また話題に乗っかってしまった。ここは無視して、罠にはまり、現実を見て貰った方が良かったんじゃないか? だが、今更何も言わないのは変か。くそっ、神官養成学校に通ったせいで人との距離が縮まっているようだ。人とは離れたかったのに……。
「ユイ?」
「……まず、地面を見る。ゴブリンの痕跡があるはず」
「地面ですか? ……あ、足跡が残ってますよ」
「……本当ね。左の方が足跡が多くて、右の方が足跡が少ないわ」
「これで左の方にゴブリンが沢山いて、右の方がゴブリンが少ないことが分かった。後は行く先の大きさを計る。フィリス、大剣を左側に向けて」
「こう、ですか?」
フィリスが大剣を横に構えて持つと、私は腕輪を一メートルくらいのメイスに変形させた。そして、大剣を思いっきり叩く。
キィィィンッ!
けたたましい音が辺りに響き渡った。耳を左側に向けて音を計る。
「音の反響でその先がどれくらい大きいのか分かる。左側は音の反響が小さかった。だから、左側には大きな空間がある」
「へー、そんなことが分かるんですね」
「流石、地球人ね! 頼りになるわ!」
「……今度は右側だ」
フィリスが剣を右側に向けると、メイスで剣を叩く。またけたたましい金属音が鳴り響き、反響する音を耳で拾った。
「右の道は跳ね返ってきた音が左よりも大きかった。だから、右は小さな空間」
「じゃあ、左は大きな空間にゴブリンが沢山いて、右は小さな空間に少しのゴブリンがいるってことね」
「進むべき道が分かりましたね。左です!」
「馬鹿? 左に進むと、右にいるゴブリンが出て来て挟み撃ちになる。ここの構造はゴブリンが良く知っている。だから、どんな風に動けば相手が嫌がるかも分かっている」
「後ろを取られるのは危険だものね」
「それだと、私たちは左に行ったら右にいるゴブリンが来るんじゃないですか?」
「これだけ騒いでも、ゴブリンたちは現れない。きっと、何かを企んでいるに違いない。私たちを引き付けたい理由があるんだと思う。きっとその理由がゴブリンが沢山いる方にある。だから、先に潰すなら挟み撃ちを狙っている右側の方」
これだけ騒いでもゴブリンたちは現われもしないし、騒ぎもしない。私たちを奥へといざないたい何かがあるのは明白だ。奥に何があるかは分からないが、それがあるとしたら大きな空間の方だと思った。
「でも、右に行って左にいるゴブリンが来ない保障はない。二人には左の道を見張ってもらって、私一人で右のゴブリンを潰す」
「えっ? 一人で行くの? それは危険だわ。せめて私を援護に連れて行って」
「狭い空間で二人で戦うのは危険だし、自然とゴブリンとの間合いも狭くなっている。魔法を使っている暇はない。ここは近接武器を持っている私が行くのが適任」
「わ、私も近接武器なんですが……」
「あんたは攻撃が当たらないでしょ」
「……しょぼーん」
フィリスは分かりやすく落ち込んだが、それに構っている暇はない。左の道の警戒を二人に頼むと私は右の道に進んでいった。腕輪を一メートルぐらいのメイスに変形させて奥へと進んだ。
微かにゴブリンの声が聞こえる。宙に浮いている光の球を先に行かせると、すぐにその空間が見え始めた。
「ギャギャッ!」
「グギャー!」
光に照らされて、狭い空間にいるゴブリンが姿を現す。四体のゴブリンが手に武器を持って待機していた。私の姿を見ると、武器を構えて様子を窺ってくる。
ニタニタと笑いながら、どう攻撃しようか考えているみたいだ。気持ち悪い。さっさと飛び掛かってくればいいのに。そう思っていると、二体のゴブリンが飛び掛かってきた。
ナイフを振り上げ、私に向かって振り下ろす。それを後ろに飛ぶことで避けると、すぐに一歩を踏み出してメイスを頭めがけて振り下ろした。
ゴチャッ!
重量のあるメイスはゴブリンの頭を簡単に粉砕した。そのメイスを横に振ると、もう一体のゴブリンの側頭部にぶち当たる。
ゴキィッ!
ゴブリンの頭が変形するほどの威力だ。一瞬で絶命したゴブリンはその場に崩れ落ちた。
「グギャッ……」
「ギャギャッ……」
一瞬で粉砕された仲間を見て、残りのゴブリンは怯んだ。怯んでいるなら、やりやすい。二体のゴブリンに向かって駆け出して距離を詰める。
急に距離を詰められたゴブリンたちは焦り出すが、すぐに対抗しようとナイフを前に構えた。だけど、リーチが短くて私には届かない。そのリーチの隙をつき、メイスを思いっきり振り下ろす。
その一撃でゴブリンの頭は粉砕され、もう一度メイスを振ると他のゴブリンの頭も粉砕された。ゴブリンたちは一瞬で絶命して、地面に倒れてピクリとも動かなくなった。
倒れて動かなくなったゴブリンを見た。ゾンビと比べれば、かなり楽に倒せた。というか、全然手ごたえがなかった。正直、この程度ならパーティーを組まなくても一人で楽勝だったんじゃ。
「あ、しまった……」
そう考えていると、あることを思い出す。結局、分かれ道で口を出してしまい、現実の厳しさを見せつけることができなかった。これじゃあ、別れる口実が手に入らないじゃないか!
漫画やラノベで見たゴブリン攻略の展開だったから、つい嬉しくなって出しゃばってしまった。慣れ親しんだ展開の中に自分がいて、ワクワクしてしまったせいだ。
いけない、しっかりするんだ。状況に流されずに、パーティー解散の口実を手に入れるんだ。じゃないと、あの二人がこの先もついてくることになる。それは嫌だ、絶対に一人で行動するんだ。
気を引き締めると、来た道を戻っていく。通路を進んでいくと、分かれ道のところが光っているのが見えた。どうやら二人はちゃんと通路を見張っていたみたいだ。
「あ、ユイさん! 大丈夫でしたか?」
「……平気。ゴブリンは全部倒した。」
「無事で良かったわ。これで安全に左の道に行けるわね」
「いよいよですね! 一体、何が待ち受けているのか……ドキドキします!」
「何があっても大丈夫よ! なんてったって、地球人のユイがいるんですもの! 授かった神の力でどんな困難も乗り越えられるわ!」
「……じゃあ、行こう」
罠があると知って飛び込むのは賢明な判断じゃないけれど、クエストを成功させるためには踏み込まないといけない。まぁ、この二人に現実の厳しさを知るにはいい機会なのかもしれない。
私たちはとうとう左の道に進んだ。だんだん近づいていくと、ゴブリンが沢山いる気配がした。囁くように言葉を交わすゴブリンの声がここまで聞こえてくる。
そして、とうとうこの洞窟の最奥まで辿り着いた。大きな空間に十体以上のゴブリンが待ち受けていて、みんなニタニタと気色の悪い笑みを浮かべている。
「結構いますね。これだけの数で取り囲もうと考えて、この奥まで誘っていたことなんでしょうか?」
これだけの数を当てにして誘いこんだ? この数で勝てると思って誘いこんだってこと? そうだとしたら、知能が足りないのはゴブリンたちのほうだ。こんな程度で私たちを倒せると思い込んでいるほうが、頭が弱い。
「グギャッ!」
一体のゴブリンが声を上げた。すると、他のゴブリンたちが動いて、洞窟の奥の壁に近寄る。その壁を見てみると、私たちは驚いた。
「あ、あれは……」
「嘘……オーク?」
壁に張り付けにされた魔物がそこにいた。二メートルを超える巨漢で豚の顔をした二足歩行の魔物だ。そのオークと言われた魔物は拘束されていて、その拘束をゴブリンたちが解いていく。
拘束が解かれたオーク。首に巻いた縄をゴブリンが引っ張るとオークはゆっくりと歩き出して、私たちの前に移動をした。その様子にセシルが疑問の声を上げる。
「なんで、オークがゴブリンのいうことを聞いているの? オークはゴブリンよりもっと上のランクの魔物のはず。ゴブリンの言う事を聞くなんて信じられない。何か様子が……あっ!」
「ど、どうしたんですか?」
「オークの目……死んでる。あれは、オークのアンデッドよ」
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