29.洞窟の中の戦闘

「我が身に宿りし魔力よ、暗闇を照らす光となり、我が道を照らせ。ライト!」


 セシルが詠唱を唱えると、空中に三つの光の球が生まれた。すると、暗がりの洞窟内に光が溢れた。数メートル先まで光に照らされていて、これだけ明るいと暗闇からの奇襲はなさそうだ。


「これでいいわ。さぁ、中に進みましょう」

「とても明るいです。これなら安全に奥へ進めそうです」

「その前に並びを考えろ」

「並び……先頭はフィリス、真ん中に私、後方にユイでいいかしら?」

「先頭、任せてください! 前から来る敵を引き付けます」


 まぁ、その並びが妥当だろうな。敵は前から来る可能性が高いから、鎧を纏ったフィリスが受け持つのがいい。それにゴブリンがまだ外にいる可能性も捨てきれない。近接武器のないセシルが後方にいるよりは、近接武器を持っている私が後方のがいいだろう。


「先に進みます」


 フィリスが先頭になると、洞窟内を歩き始めた。数メートル先まで灯りで照らされているため、とても歩きやすい。


「あれだけ騒いだのだから、ゴブリンが飛び出してくるものだと思ったわ。全然来ないわね」

「きっと、仲間がやられたので怖くなって引っ込んでいるんですよ」

「……ゴブリンはそんなに臆病なの?」

「臆病というよりは、狡猾な感じだと思うわ。体は小さいし、力は子供並みだから、その分頭を使う感じね。でも、その頭も子供並みの思考しかないけど」

「なら、全然怖くないですね。子供相手なら負けませんよ」


 子供並みだとしても侮れない。武器を持っていて、それでいて残虐性がある……ゴブリンには人を殺せる力も思考も持ち合わせているんだ。殺意がある時点でどんな魔物も侮れない敵だ。


 そのまま進んでいると、違和感のある場所に気づいてしまった。


「止まって」


 思わず声をかけると二人は立ち止まる。


「どうしたんですか?」

「先に進まないの?」


 二人は不思議そうな顔をしてこちらを振り向いた。……しまった、つい呼び止めてしまった。


「……あそこ、通路の左右に変に石が積まれたところがある」

「あ、本当だ。なんだか、あそこだけ通路が狭くなっているわね」

「しかも、土も混ざってますね。石を積み上げるために、土を使った感じです」


 私たちの目の前には長く続く通路。その途中に一部通路を狭めている石が積み上がった場所があった。それは明らかに手が加えられている様子で、何かあるような気配だ。


「石が積まれた場所、ゴブリンが隠れるのには丁度いいとは思わない?」

「あ、確かに。あれくらいなら、数体のゴブリンが裏に隠れられるわね」

「ということは、このまま真っすぐ進んでいたらゴブリンの奇襲にあっていた、ということですか?」

「……その可能性が高い」


 厳しい現実を知るのにいい機会だったが、つい口を出してしまった。ここで怪我をして、現実を思い知る展開もいいんだが……知っているのに見て見ぬふりをする方が気持ち悪い。


「どうする? ここからだと、ゴブリンに攻撃が当たらないわ」

「まずはゴブリンをあそこから出さなきゃダメ。ゴブリンを引き付ける囮が必要だ」

「囮……私にピッタリですね! 鎧も着込んでますし、簡単な攻撃なら弾き飛ばせます」

「馬鹿か、鎧のないところを攻撃されたらどうする? 鎧を避けて攻撃してくる知能くらいはある。だから、私の防御魔法を張る」


 私はフィリスに向かって手をかざした。


「神よ、非力なる彼女を守り、拘束のない自由を与え給え」


 祈りを捧げて祝詞を唱える。すると、フィリスは薄い光に包まれた。聖魔法の防御魔法だ。


「この防御魔法は動けるようにしている。ゴブリン程度の攻撃なら簡単に弾いてくれる」

「おぉ、これが聖女の聖魔法! なんだか、強そうです。安心して行ってきます!」


 フィリスは感動すると、大剣を手に持ってずんずんと先に進んでいった。また、あの大剣を振り回すのか。多分、攻撃は当たらないだろうから、援護が必要だ。


「私たちは魔法で援護だ」

「えっ、でもフィリスもいるのに危なくない?」

「防御魔法が魔法を弾いてくれる。強めに防御魔法を張ったから、何度か当てても大丈夫」

「へぇ、そうなんだ。聖魔法って本当に強い魔法なのね。流石、異世界転移者のユイね!」


 私は手を構え、セシルは杖を構える。いつでも攻撃を放てるようにすると、フィリスが問題のところに差し掛かった。積み上がった石の場所を通り過ぎた時、石の影からゴブリンが飛び出して来る。


「ギャギャッ!」

「グギャッ!」


 飛び出してきた四体のゴブリンは一斉にフィリスに飛び掛かった。首、背中、両足に向かってナイフや手斧を振るう。接触した瞬間、張っていた防御魔法がそれらの攻撃を弾く。


「ギャッ!?」

「ギャギャーッ!?」


 ゴブリンたちは自分たちの攻撃が通じず、驚いた様子だった。もう一度、武器を振るおうとしたところにフィリスが大剣を構える。


「残念でしたね。今の私に攻撃は通じませんよ。これでも食らいなさい!」


 大剣を振るった瞬間、狭い通路の壁に当たってしまい大剣が止まってしまった。


「こっ、ここは狭すぎます! 大剣が思うように振るえません!」


 そんなことだろうとは思った。まぁ、元々大剣を当てられないから同じことだと思う。このままフィリスには囮になってもらって、ゴブリンは私たちで倒そう。


「神よ、聖なる力によって悪しき者を倒す矢を与え給え」

「溢れだす魔力よ、我が意志に従い、敵を切り裂く風の刃とならん。ウインドカッター!」


 私の指先に光が集まると、それは矢の形になってゴブリンに向かう。隣では、セシルが構えた杖の先から三日月状の風の刃がゴブリンに向かった。


 私の光の矢はゴブリンの頭を貫き、セシルの風の刃はゴブリンの背中を切り裂いた。だが、それで終わりではない。両手を構えると、先ほどの力を捻出して、再び光の矢を放った。


 飛んでいった光の矢は残りのゴブリンの頭を貫き、フィリスを囲んでいたゴブリンは全滅する。これでひと段落した。肩の力を抜いていると、その肩をセシルに叩かれた。


「えっ、最後の魔法……詠唱がなかったよね? どうして、発動できたの?」

「一度の詠唱があれば、そういうことができるらしい」

「そんな凄いことが……くぅー! 流石、異世界転移者は違うね! それも神の力を授かった影響なの!? それができるのに気づいたのはいつ!?」

「……うるさい。今はそんなことはどうでもいい」


 しまった、セシルの地球マニアの心に火を付けてしまった。詠唱がなくても魔法を発動できると知ったら、もっとうるさくなりそうだから今は黙っておこう。


 セシルにしつこく絡まれそうになるところを、フィリスが駆け寄ってきた。


「すいません、大剣を振ることができなくて」

「大丈夫よ。囮という仕事をしてくれたじゃない。お陰でゴブリンを倒せたわ」

「もう、大剣を振るわなくてもいいんじゃない?」

「そ、それだと私が役立たずみたいじゃないですかー! わ、私……頑張りますから、見捨てないでくださいね!」


 正直、攻撃が当たらない前衛って必要なんだろうか? まぁ、これはこれでパーティー解散の口実になるからいいか。


「もう、石の影に隠れているゴブリンはいなかったので先に進めますよ」

「なら、先に進みましょう」


 これで奇襲も受けずに先に進めることになった。前の世界でもそうだったけど、見えない場所にゾンビが潜んでいることが沢山あったから、今回はその経験が生きたな。


「そういえば、聖女のユイさんはゴブリンの死体にお祈りをしないんですか? アンデッドになっちゃいますよ」

「お祈りは戦闘が全て終わった後にする。そうじゃないと、安心できない」

「そうよね。お祈り中に襲われたら大変だもの。じゃあ、早くゴブリンの巣を掃討しましょう」


 死体に祈りを捧げなければ、アンデッドができてしまう。でも、今は戦闘中だ。祈りをしている時間があるんだったら、まずはゴブリンを掃討するのが先決。


 私たちはゴブリンたちの死体を放置して、洞窟の奥へと進んでいった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る