28.ゴブリンの巣の掃討

 私たちは王都から外に出て、山が連なる傍にある森の中に来ていた。


「初めてのクエスト、頑張りましょう!」

「薬草採取なんていうクエストよりはやりがいがあるわね」

「ですね! パーティーでの魔物討伐……ようやくこの時が来て嬉しいです!」


 森の中を歩くフィリスとセシルのテンションが高い。その中でもフィリスが一番喜んでいるみたいで、重い鎧を着ながらスキップをしていた。


 私たちは冒険者ギルドに行くと、ゴブリンの討伐のクエストを探した。昨日の時点でゴブリンの討伐クエストを受けることを進言しておいたので、二人とも異議は唱えず賛成してくれたからだ。


 ゴブリンの討伐のクエストは沢山あった。数が多く不人気のクエストらしく、内容は選びたい放題だった。その中でも、面倒そうなものを選んだ。洞窟に住みついたゴブリンの掃討のクエストだ。


 洞窟というと、暗くて狭い。戦い辛いところだと思う。もしかしたら、中が入り組んでいて分かれ道になっているかもしれない。そうなると、色々と考えることができて攻略は難しいものになってくるだろう。


 初めてのクエストで満足な動きができる訳がない。だからこそ、現実を知るには打ってつけのクエストだ。ここで心を折るか、それとも実力不足だとパーティー解散のきっかけになればいい。


「それにしても、ユイさんも武器を扱えたんですね。前衛がもう一人いて助かりました」

「ユイを前衛って言っていいの? どちらかというと、攻撃や支援の魔法を使う方が良くない?」

「あー、そうでしたね。ユイさんはどちらをメインに使う予定なんですか?」

「状況による。手が足りない方に力を貸す」

「まぁ、それが妥当だろうね。前衛もできて後衛もできる。流石、地球人って感じだね! 地球人は凄い素質を持って異世界転移してくるって雑誌に書いてあったから、ユイと出会えて本当に幸運だったよ」

「……私の力だけあてにしないで」


 今回はできるだけ前に出ない。この二人に現実を思い知らせるためには積極的に戦ってもらわないと困る。


「私……落ちこぼれですが、精一杯頑張ります! 自分のやるべきことはやり通すつもりです」

「まぁ、見ててよ。得意な魔法を見せてあげるから。ユイばかりに良い恰好させないつもりだよ」


 二人のやる気は十分のようだ。これでゴブリンたちのほうが拍子抜けの戦力だったら笑ってしまうな。どうか、面倒な戦力でありますように。


「あ、目的地の洞窟ってあれじゃないですか?」

「そうみたいね。……見て、ゴブリンたちが見張っているわ」

「木の影に隠れましょうか」


 森の中を進んでいると、お目当ての洞窟を見つけた。私たちは姿勢を低くして物音を立てないように木の影に隠れる。


 ぽっかりと開いた洞窟の入口の左右に一体ずつゴブリンが立っていた。とてもつまらなそうな顔をして欠伸をしている。警戒心は薄いみたいだ。


「まずはあそこに立っているゴブリンを倒せばいいのね。私の魔法、見せてあげるわ」

「じゃあ、魔法を放った後にもう一方のゴブリンに私の大剣を叩きこみます」

「……じゃあ、私は横入りがないか見張っている」


 セシルとフィアナがゴブリンの討伐、私が周囲の警戒に役割分担した。セシルは杖を構えると、詠唱を始める。すると、杖の先に魔法が発現してきた。


「溢れだす魔力よ、我が意志に従い、敵を切り裂く風の刃とならん。ウインドカッター!」


 詠唱中に立ち上がり、呪文の名前を叫ぶと、杖をゴブリンに向けた。杖の先から三日月型の風が飛び出し、真っすぐにゴブリンに向かう。避ける暇もないゴブリンはその風を体に受けた。


「グギャァッ!」


 その体は風の刃で切り裂かれた。その一撃でゴブリンは脱力し、地面の上に倒れる。


「ここです!」


 その時、フィリスが大剣を担いで飛び出していった。鎧を纏い、大剣を担いだフィリスの速度は思った以上に速い。突然の事で戸惑っているゴブリンに向かって、大剣を豪快に振り下ろした。


 ブンッ!


 外した!?


「このっ、動かないで!」


 フィリスはもう一度大剣を振った。


 ブンッ!


 また外した!


「あ、当たれー!」


 大剣を左右に振るが、ゴブリンに全然当たらない。その一方でやられると思っていたゴブリンはそんなフィリスを見て笑っていた。


 ……なるほど、本人が言っていた落ちこぼれの意味が分かった気がする。攻撃が当たらないんじゃ、戦力にならない。そんな意味があったから、落ちこぼれなんて言われるようになったのだろう。


「ギャギャー!」


 ゴブリンが洞窟の中に向かって声を上げた。まずい、中にいる仲間を呼び出されてしまう。


「フィリス! 早く仕留めて!」

「わ、分かってます! てぇぇいっ!」


 声をかけると、フィリスは渾身の一振りをゴブリンに叩きこむ。脳天に向けて振り下ろした大剣はようやくゴブリンに当たった。重い一撃はゴブリンを豪快に切り裂き、オーバーキルをした。


「ふー、ようやく当たりました」


 フィリスはやり切った顔をしているが、正直言って先が思いやられる。これだけ騒いだんだ、洞窟の中のゴブリンには気づかれただろうし、洞窟の外にいるゴブリンにも気づかれたはずだ。


「もう、フィリス。攻撃が全然当たらないから、冷や冷やしたよ」

「ご、ごめんなさい。私……全然攻撃が当たらないんです」

「……正直、武器を見直した方が良いよ。合ってない」

「いや、我が家では大剣を使うのが習わしなんです! だから、私は大剣を使って成り上がるんです!」


 合ってないと分かっているのに、習わしだけで大剣を使っているのか。本当に馬鹿だ。そんなんじゃ、命がいくつあっても足りないのに。まぁ、でも……パーティー解散の口実は一つ手に入った。


「それじゃあ、洞窟の中に入ってゴブリンを掃討します?」

「洞窟の中に入るなら、灯りの魔法を唱えてあげるよ。その方が進みやすいでしょ?」

「……いや。周囲からこっちに向かってくる気配がする。このまま中に入ったら、挟み撃ちになる可能性がある。だから、まだここで迎え撃つ」


 遠くからゴブリンの声が聞こえてきたから、こっちに向かっていると思う。このまま洞窟に入るよりは、ここで迎え撃った方が良さそうだ。


「二人は洞窟の中に注意を払って。私は外から来るゴブリンと戦う」

「一人で大丈夫ですか? 助太刀しますよ!」

「いらない、邪魔。私の力も見せたほうがいいと思ってね」


 このクエストはパーティーを解散する口実を作るためのもの。だけど、だからと言って私が戦わないでいるのは明らかに不自然だ。それにある程度できるところを見せたほうが、口実を得るきっかけになる。


 二人に洞窟の中の警戒を頼んでいる時、とうとう森側からゴブリンが飛び出してきた。手にナイフや手斧を持ったゴブリンが四体現れる。こちらをニタニタと笑って見ていて、気持ち悪い。


「四体もいるけど、平気? 魔法で援護しようか?」

「いらない。これくらい、普通」

「えぇー! ゴブリンとはいえ、向こうの方が数が多いですよ! 油断したら、怪我しちゃいます!」

「たかが四体、どうにでもできる」


 前の世界に比べれば四体なんて可愛い数字。それ以上の数のゾンビと同時に戦ってきた私には四体は正直少なすぎる。そのゴブリンと対峙していると、ゴブリンがこちら向かって駆け出してきた。


 手ぶらの私に向かって、下卑た笑みを浮かべたゴブリンが襲ってくる。十分にゴブリンを引き付けると、手首に付けていた腕輪に魔力を通す。すると、腕輪は一瞬で二メートルの刃のついたメイスに変形した。


「ギャギャッ!?」


 それを見たゴブリンは表情を曇らせた。


「遅い」


 メイスの間合いに入ってきたゴブリンたち。そこ目掛けて豪快に巨大なメイスを横一閃に薙ぎ払った。何百キロもある巨大なメイスが鈍い風切り音を鳴らしながら、飛び込んできたゴブリンたちに触れた。


 その瞬間、強烈な衝撃がゴブリンたちに襲い掛かる。巨大な鉄の塊の衝撃に骨が一瞬で砕けた。そして、付いていた刃によって体を切り裂かれる。強い力によって吹き飛ばされ、壊れたおもちゃの様に木に叩きつけられた。


 一瞬でこの破壊力。骨を砕かれ、体を切り裂かれたゴブリンが起きる気配はない。戦闘が一瞬で終わってしまった。


「すごい……四体のゴブリンを一瞬で……」

「ユイさんっ! すっごく強い聖女なんですね!」


 二人は驚いて声を上げた。私としてはいつも通りにやったつもりだったけど、二人には大層な光景に見えていたらしい。まぁ、こんなでかいメイスを振っていたらそうなるのも仕方ないか。


「こっちは片付いた。洞窟の中、行くよ」


 これで、挟み撃ちの警戒をしなくても良くなった。あとは洞窟の中だけだ。私たちは洞窟の中に足を踏み入れた。

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