17.聖魔法の実戦

 四人の冒険者たちが剣を手にこちらに駆け出してくる。その後方では二人の魔法使いが私の隙を狙っているみたいだ。近距離と遠距離の攻撃……両方相手どるのは厄介だ。


 先に潰したほうがいいのは、魔法使いのほうか? 魔法がどれだけ威力があるものか分からないし、危険な気配がする。


「くたばれ!」


 剣を持った冒険者たちが一斉に切りかかってくる。その動きは暴走ゾンビよりも遅く、剣の軌道も読みやすい。次々と振ってくる剣は簡単に避けられる。


「このっ!」

「大人しくしてろ!」


 簡単に剣を避ける私を見て、冒険者たちが焦り出す。これが、漫画やラノベで読んだ冒険者の実力? 異世界というのは、私がいた世界よりもぬるすぎない? この程度の実力なら、私の世界では生きていられないだろう。


 こんなのに構っている暇はない。襲い掛かってくる冒険者の攻撃を避けると、一気に距離を詰めた。


「なっ!?」


 私の動きを理解した瞬間、側頭部を釘バットで思い切り叩きつけた。その衝撃で冒険者は白目を向き、体から力が抜けて地面に倒れる。


「こいつっ!」


 堪らずもう一人の冒険者が襲い掛かってきた。乱雑に剣を振り回すだけで、全然脅威じゃない。振り回す剣を避け続け、ふとした瞬間にしゃがみ込む。そして、足払いをすると、その冒険者は盛大に背中を地面に打ち付けた。


 そこへ追撃とばかりに頭に向かって、力いっぱいに釘バットを振り下ろす。鈍い音が響くと、その冒険者は動かなくなった。その時、嫌な気配がした。


 顔を上げて見てみると、魔法使いの二人がこちらに向けて何かブツブツと呟いている。これは、魔法が来るか?


「ファイヤーアロー!」

「ウィンドカッター!」


 とっさに気絶した冒険者を持ち上げて盾にした。すると、盾にした冒険者に火と風が襲い掛かる。その体は火で焼かれ、風の刃で切り刻まれた。


 魔法……思った以上に威力があるみたいだ。これを避けるのは難しいかもしれない。となると、防御魔法の出番になりそうだ。


「なんて奴だ、人を盾にしやがった!」

「早く殺すぞ!」

「次の詠唱に入るわ! その子を引き付けて!」


 残った二人の冒険者が私を引き付けようと近づいてくる。後方では魔法使いの二人が再び詠唱に入っている。詠唱が完成するまえに防御魔法を張りたい。となれば、先に二人の冒険者を沈めよう。


 ここは速攻で決める。身体強化の魔法を発動させると、地面を蹴った。十メートル以上も離れた位置を一瞬で移動すると、問答無用で冒険者の頭に釘バットを振り下ろした。


 鈍い音を響かせて、すぐに次の冒険者に向かう。そこでようやく、その冒険者は私の存在に気が付いた。


「なっ!?」


 驚いている隙に振りかぶった釘バットを振り下ろす。後頭部に釘バットを当てると、鈍い音が響いて冒険者は地面に倒れた。これで残りは魔法使いだけだ。


 魔法使いを見ると詠唱中だったが、魔法が発動する寸前だった。咄嗟に祈りのポーズを取る。大丈夫、私は神様を信じている。だから、防御魔法はきっと発動する。


 心を静め、雑念を払い、目を閉じて神に祈りを捧げる。


「神よ、非力なる我を守り給え」


 心からの祈りを捧げると、私の中で力が溢れてきた。温かい、まるで守ってくれるような安心感が胸に広がった。その力は私を包み込んだ。


「ファイヤーアロー!」

「ウィンドカッター!」


 その時、詠唱が聞こえた。ふと、目を開けると目の前から火と風が襲い掛かってきた。ぶつかる、そう思った瞬間――体を守るように光の壁が現れた。


 放たれた魔法は光の壁にぶつかると、雲散する。あれだけ威力があった魔法がこうも簡単に無効化できるとは……聖魔法が最強の魔法を言われるのも納得ができる。


「そんな、防御魔法なんて使えないんじゃなかったの!?」

「なんで、今回に限って規格外がいるのよ!」

「早く次の詠唱に入るわよ!」


 魔法が簡単に防がれると魔法使いたちは焦り出した。すぐに詠唱に入るが、それは大きな隙だ。釘バットを手に持つと魔法使いに向かって走り出した。


 そして、詠唱に入っている無防備な魔法使いたちの頭に釘バットを叩きこむ。同じ女性だとしても手加減なんてしない。魔法使いたちはその一撃で気絶して地面に倒れ込んだ。


「ふー……」


 これであらかたの敵は倒したはずだ。周りを見て確認するとリーダー以外は全員地面の上に倒れている。と、なると残ったのはリーダーだけだ。


 そのリーダーであるボルトを見てみると、怒りの形相でこちらを見ていた。剣を抜き、距離を詰めてきている。どうやら、やる気みたいだ。


「くそっ! 派手にやりやがって! 勘弁しておけねぇ……俺の剣技を食らいやがれ!」


 剣技? まだ知らない力があるみたいだ。


「くらえっ、スラッシュ!」


 ボルトは離れたところから剣を振った。なぜ、そんなところで? そう思ったがすぐにその理由が分かった。振った剣から透明な衝撃が飛び出してくる。


 私はとっさに横に転がった。すると、私がいたところに透明な衝撃が通り過ぎ、後ろにあった木にぶつかった。木は抉れ、その衝撃の強さを物語っていた。


 これが剣技……詠唱が必要ない分、出が速い。それに、魔法と同じくらいの威力がある。これは魔法よりも脅威だな。


「どうだ、俺の剣技に恐れ入ったか! この剣技でお前を殺す!」


 離れたところに陣取ると、ボルトは再び剣を構えた。そして、一度、二度と剣を振るう。透明な衝撃が二つも襲い掛かってきた。私はすぐに横に飛び込み、その衝撃から逃れる。


 だけど、このまま逃げていたんじゃ埒があかない。どうにか突破口を見つけないと。


 威力は魔法と同じくらいだったから、防御魔法できっと防げると思う。問題は防御魔法を展開した時、その場から移動できないことだ。もし防御魔法を張りながら移動できるようになれば、剣技を気にせずボルトとの距離を詰めれる。


 防御魔法をその場で張るのではなく身にまとえれば……。やってみる価値はあるか。しっかりと祈りを捧げ、魔法のイメージを強く持つことが大事だ。


「どうだ、手も足もでないだろう!?」


 ボルトがまた剣技を使って透明な衝撃を飛ばしてきた。その衝撃を避けつつ、私は祈りをこめる。


「神よ、非力なる我を守り、拘束のない自由を与え給え」


 イメージするのは、自分の体に纏う防御魔法だ。祈りを捧げてイメージを膨らませると、今まで円形状に膨らんでいた防御魔法が形をかえる。私の体にまとわりつくように、防御魔法の形を変えた。


「次こそ、当てる!」


 そこにボルトが剣技を放ってきた。私に向かって放たれた透明な衝撃、それを避けずに受け止めた。しかし、その衝撃は私の体には届かない。防御魔法が衝撃を雲散してくれたみたいだ。


「あ? 当たったのに、なんで立っていられる!?」


 剣技を正面から受け止めても倒れもしない私を見て、ボルトは困惑していた。この防御魔法を纏ったままなら、剣技に当たりながらでも距離を詰められる。釘バットを手に持つとボルトに向かって走りだした。


「くそ! スラッシュ! スラッシュ!」


 真っすぐ走る私に向かって、ボルトは剣技を連発した。透明な衝撃が跳んでくるが、全て防御魔法が弾いてくれている。


「な、なんで倒れねぇんだよ! おかしい、こんなはずじゃなかったのに!」


 なおも剣技を放つボルト。その表情は酷く焦っていて、追い詰められている証拠だ。


「なら、これでどうだ!」


 一気に距離を詰めた私に剣を振り下ろされた。剣は私の首元を狙ってきたが、その剣が首元で止まる。


「嘘だろ! なんでだよ!」


 絶望に顔を歪めた。残念だったね、あんたの攻撃は全く届かないよ。


 動きを止めたボルトの顔面に向かって釘バットを全力で叩き込む。釘バットはボルトの顔面にめり込み、強い衝撃を受けて白目を向いて後ろに倒れていった。


「終わった」


 辺りを見渡しても立ち上がっている冒険者はいない。どうやら、このピンチを切り抜けられたみたいだ。ちらりと、シュリムたちの方を見ると防御魔法は解かれ、神官見習いたちが警戒しながら私を見てくる。


 まぁ、それもそうだろう。大勢の冒険者を一人で倒してしまったのだから、私を恐れているに違いない。やっぱり自分たちとは違う異質なところがあると、人は嫌煙してしまうのだろう。


 躊躇もせずに暴力を振るった私を見て、きっと――


「ユイ、凄く強いんだね!」

「凄いぜ、お前がこんなに強いなんて知らなかった!」

「ユイがいなかったら、私たち奴隷になってたよ! 助けてくれて、ありがとう!」


 嫌煙していない、だと!?


 わっ、となって私の周りに集まり出した。どうして、こうなる!? 普通なら暴力を躊躇なく振るった私に恐怖の念を抱くところじゃないのか!? 漫画やラノベじゃ、そういうシーンが沢山あったのに!


 いやいや、人を助けたんだからこうやって感謝されるシーンもあったはず……今の状況はおかしくはない? むしろ、普通? でも、そんなぬるいことがあるわけないじゃないか。


 現実は厳しいことばかりなはずだ、だからなんか違う!

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