16.対冒険者

 ボルトが声を上げた瞬間、鈍い音が響く。シュリムを捕まえていた男が膝から崩れ落ち、辺りが時が止まったように静かになった。


「何っ!?」


 みんなの視線が私に向く。だけど、今はそれに構っている暇はない。


「シュリムさん、早く防御魔法を張って」

「えっ、あっ……」


 自分が解放されるとは思ってなかったシュリムはとても驚いた顔をしていた。それでも、この状況は理解したみたいだ。固まっている神官見習いたちのところに駆け寄るとすぐに祈り始める。


「神よ、非力なる我々を守り給え」


 すると、透明な光が出現して神官見習いたちを取り囲んだ。それを見ていた冒険者たちがざわつき始める。


「ちっ、防御魔法を張りやがったぞ!」

「これじゃあ、手出しができねぇ!」

「あの子供、なんてことをしやがったんだ!」


 冒険者たちのヘイトが私に向く。リーダーであるボルトも怒りの形相でこちらを睨んでいた。


「ちっ、面倒なことになったな。まぁ、いい。そいつを捕まえて、奴の防御魔法を解けさせるんだ!」


 なるほど、そう来るか。まぁ、それが防御魔法を解くには手っ取り早い方法だろう。


「ユイさんもこの中に入ってください!」


 その時、シュリムの声がした。振り向くと、私が入れる穴が防御魔法にできている。だけど、私が中に入ったところで、この状況からは逃れられない。


「私はこいつらを叩く」


 この状況を脱するにはこいつら全員をぶっ叩かなくてはいけない。だから、私は戦う。


 敵の数は全部で十二人か……ゾンビだったら楽に倒せる数だけど、普通の人間が相手だから分からない。ともかく、知能がある敵だから用心するに越したことはない。


 冒険者たちが私との距離を詰めてくる。下卑た笑みを浮かべながら余裕の表情で近づいてくる姿を見ると、舐められていることが分かる。舐めてくれるなら、やりやすい。


「こんなちっこいの、武器を使うまでもねぇ!」


 一人の冒険者が走ってきた。両手を前にして、私を捕まえようとする。咄嗟に構えて迎え撃つ。伸びてきた腕を避けて、その腕を掴む。全身を使い、その腕を引っ張ってその冒険者を地面に投げ飛ばす。


「あだっ!」


 背中を強打して怯んだ隙に、腕を反対側に伸ばして思いっきり倒した。瞬間、骨が外れる音が響く。


「ひっ! いってぇぇっ! お、俺の肩がぁっ!」


 冒険者は地面の上で暴れ出した。これだと、反対側の肩を外せない。やはり、ゾンビの時とは勝手が違う。


「お、おい……こんな子供が簡単に骨を……」

「い、いや。今のは骨が折れた音じゃない」

「な、なんなのよ……この子」


 私が躊躇もなく肩を外したことに他の冒険者が戸惑い始めた。


「何をしている、早く捕まえるんだ!」

「で、でもよぉ……こいつに近づくと骨が」

「んなもの、まぐれに決まってる! 大人が子供相手に怖気づいてどうするんだ!」


 ボルトの叱責を受け、冒険者たちは怯えながらも私に近づいてくる。


「くそっ!」


 一人が駆け出してきた。対抗するために構えると、その冒険者は私の手首を握ってきた。


「捕まえた!」


 ニヤリ、と笑う冒険者。なんで私が手出しをしなかったのか、考えないのか? 掴まれた手首を腕ごと外に回すと、手首を掴んでいた冒険者の体がそれに引っ張られて態勢が崩れた。


 ここだ。足に力を入れると、顎に向けて足の裏で蹴り上げる。


「あがっ!」


 強烈な一撃でよろけた。その隙に釘バットを持つと、高くジャンプをして後頭部に重い一撃を入れる。鈍い音が響くと、その冒険者は地面の上に倒れて動かなくなった。


「こ、こいつ……また!」

「複数だ、複数で取り囲め!」

「そうだ、こっちには数の利がある!」


 今度は冒険者三人が私を取り囲んだ。じりじりと距離を詰めて襲い掛かるタイミングを計っている。すぐに襲い掛かってこないから、ゾンビよりは考える時間があって楽だ。


 すると、一人が襲い掛かってきた。暴走ゾンビに比べると圧倒的に遅い動きだ。簡単に避けると、次の冒険者が襲い掛かってくる。腕を掴もうと手を伸ばしてくるが、それも簡単に避ける。分かりやすい動きでつまらない。


 そして、最後の一人が私の後ろから襲ってきた。私はわざと捕まり、後ろから冒険者が抱き着く形になる。


「や、やったぞ!」


 喜んでいる所悪いね、もう私の手の内だよ。腕に力を入れて、肘で思いっきり冒険者の横腹を突く。


「ぐぅっ!」


 その衝撃で私の体を掴む腕が緩まる。すぐにしゃがみ、今度は足払いをした。冒険者は態勢を崩して地面の上に叩きつけられる。そして、相手が起き上がる前に、倒れた相手の頭めがけて釘バットを振り下ろした。


「このやろう!」


 すぐに他の冒険者が襲い掛かってきた。私を捕まえようと腕を伸ばしてきたが、その手を払って足を引っかける。すると、その冒険者が地面の上に転がった。


「こいつっ!」


 休むことなく次の冒険者がやってくる。私に手を伸ばしして、胸倉を掴む。


「よしっ!」


 誘われたことも知らないで呑気に喜んでいる。胸倉を掴んだ腕に自分の両腕をクロスさせて絡めた。がっちりと挟み込むと、腕を外側に倒す。


「いだだだだっ!!」


 関節を決められた冒険者は立っていられず、地面に倒れ伏した。その隙に釘バットを持ち直し、倒れた冒険者の頭に振り下ろす。これで、あと一人。


「捕まえた!」


 その時、後ろから冒険者が私の首に腕を巻きつけて持ち上げた。宙に浮いた私は落ち着いて、冒険者の腕を使って逆上がりの要領で腕から抜ける。


「何っ!?」


 くるりと回転すると、冒険者の肩の上に乗った。そのまま逆にこっちが冒険者の首に腕を巻きつけて、後ろに飛び降りる。その時、身体強化の魔法を発動した。全身に異常な力が宿り、その力に任せて冒険者の首を締め上げる。


 すると骨が折れる音が響き、後ろに倒れた冒険者は脱力して地面の上に横たわった。身体強化……初めて使ったけど、凄い力だ。小枝を折るくらいの力で簡単に人の首の骨が折れた。


 すぐに周囲を警戒すると、皆がこっちを見て止まっていた。


「こいつ……やりやがった!」

「どうして、子供が大人の首を折れるの!?」

「大人三人がかりで……」


 私があっという間に冒険者三人を倒したことで、他の冒険者が戸惑っているみたいだった。これで五人、後は七人か。黙って待っているが、他の冒険者は警戒して中々近づいてこない。ちょっと挑発をしてみようか。


「冒険者って言うから強いって思ったけど、この程度? 子供に負けて、情けなくない?」

「このガキッ! 言わせておけば!」

「おい、ボルト! こいつは殺してもいいんじゃないか!?」

「そうよ。殺せばいいのよ!」


 私の言葉に冒険者はいきり立った。今までの様子を見ていたボルトは難しい顔をした後、ため息を吐く。


「一人減るのは痛手だが、この際仕方がない。そいつは殺せ」

「もう、遊びはここまでだ!」

「謝ったって、もう許さねぇからな!」

「覚悟しなさい!」


 冒険者たちは剣を抜き、杖を構える。ボルトは見ているとして、六人と戦うことになるのか。まぁ、今までの動きを見ていたら暴走ゾンビよりも遅いしなんとかなるか?


「ユイさん! 魔法使いが二人います! 気を付けてください!」


 その時、シュリムの声が聞こえた。魔法使い? 漫画やラノベで見たような魔法使いなのか? ということは、あの杖を持った女性たちが魔法使いということか。


 魔法……まだどんなものか見たことがない。憶測で動くのは危険だが、注意しないとこちらがやられる。


「防御魔法を使いなさい! 祝詞は『神よ、非力なる我々を守り給え』でいいでしょう!」


 私が防御魔法? まだ使ったことがないのに、発動するかも分からない魔法に頼れっていうの?


「あなたならできます! きっと神も見守ってくれていることでしょう!」


 神様が見守ってくれているか……それが本当なら頼りにするからね。


「かかれ!」


 本気モードの冒険者が襲い掛かってきた。動きは暴走ゾンビに比べたら落ちるな。……いける。

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