3.地球人保護協会(1)

 ふと、意識が浮上してきた。あれ、私は何を……? 目を開けてぼやける視界で考える。すると、首筋に痛みが走った。そういえば、あの時……首筋に衝撃があって、それで……。


 それで、私は気絶した。


「っ!?」


 ガバッと起き上がり、現状を確認する。起き上がって分かったが、私はベッドの上にいる。私の上にはシーツがかけられていたみたいだ。


 誰がここに運んだんだ? 嫌な感じしかしない。そうして、顔を上げてみると――。


「これは……」


 取り囲むように見えるのは鉄格子。私は今、鉄格子の中にいる。


「……はぁ」


 面倒くさいことになった。どうやら、私は見ず知らずの人に捕まってしまったらしい。誰が連れてきたのかも、誰がここにいるかも分からない。


 ベッドに腰かけると、ベッドの下には履きなれたスニーカーがあった。変に律儀だな。一応、靴の中を調べてみるが、中には特に何も入っていない。すんなりと自分の靴を履くことができた。


 立ち上がって見ると、ベッドの近くにはカーテン付きのトイレがある。用を足すときにカーテンを締めろということか……牢屋にしては変なところが手厚いな。


 そして、周りに囲ってある鉄格子に手をかける。引っ張ったり押したりするが、全くびくともしない。どこか抜けれるところがないか探すが、そんなところはまるでなかった。


 あるとすれば、扉になっているところだが、そこはちゃんと鍵がかかってあって開かない。万事休すか? 私はベッドに腰かけて、上半身だけ寝転がった。


「でも、少し安心。この中なら誰も手出しもできない……ゾンビだって」


 鉄格子に囚われているが、この鉄格子が守ってくれている。ゾンビだって、鉄格子を破れない。つかの間の休息にはもってこいの場所だ。そう思って、目を閉じようとすると……微かに足音が聞こえてきた。


 どうやら、ゆっくりできないみたいだ。私は体を起こして、その足音の主を待った。


 しばらくすると、壁にあった扉が開いた。そこから現れたのは見慣れない服を着た男性だ。


「あぁ、良かった。起きていたんですね」


 その男性は優しい笑みを浮かべて、こちらを見て笑った。


「結構強い衝撃を受けられて気絶していたようなので心配しました。体は大丈夫ですか?」


 その男性は鉄格子の前に置かれたイスに座り、こちらに質問を投げかけてきた。ということは、こいつが私をこの場所に放り込んだ張本人か。全く持って信用できない。


「あぁ、すいません。自己紹介がまだでしたね。私の名前はウィリーです。地球人保護協会の協会員です」

「地球人保護協会……」

「あ、聞きました? そう、ここは異世界転移をしてきた地球人を保護するために作られた施設です」

「ここが保護場所……ね」


 保護場所とはよく言ったものだ。こんな牢屋が作られているんだから、地球人保護協会というのも信用に置けない。


「私たち地球人保護協会は異世界転移をしてきた地球人を保護し、この世界で生きていけるように手助けをするために作られました。異世界転移を果たした人たちが作った世界的な協会になります。その運営費は異世界人が今まで作った物で生み出された利益や権利で賄われているんですよ。あ、これは蛇足でしたね」


 異世界転移は漫画やラノベで見たことがある。よくある話で異世界転移をして活躍する話ばかりだった。でも、あれは物語だけの話の筈。それが現実に起こった?


「ともあれ、あなたは異世界転移を果たしました。異世界転移は別名神の意思と言われるもので、神が異世界転移をする人間を選んで転移させていると言われています。その証拠に神の力に触れた地球人には、色々な力が宿るとされています。きっと、あなたにも神の力に触れて通常ではありえない力が備わっていることでしょう」


 これも漫画やラノベでは良くある話だ。転生や転移をきっかけに、凄い力が備わる。そんなことが私にも? ……そんな美味い話があるわけがない。現に力は全然感じないし、いたって普通だ。


「そんな地球人も突然異世界に連れてこられて困っているところでしょう。ですが、安心してください。私たち地球人保護協会があなたの自立を支援します。この世界で生きていくのに必要な物や知恵を渡しましょう。まずはあなたのことをお聞かせ願えませんか?」


 にっこりと笑って、そう締めくくった。胡散臭い笑顔だ、取り繕っているのが見え見えだ。何が私のことを聞かせろだ、情報を抜き取りたいだけだろう?


「えーっと、お話を……」

「こんなところに閉じ込めている奴には話さない」

「あぁ、すいません! 保護した人の話を聞くと、あなたに攻撃性が認められたので、止む無くこういう処置を取らせていただいてます。ですが、決して危害を加えるわけではありませんので、安心してください」

「信用できない」

「そうですよね、分かります。突然やってきた私を信用する、という話は難しいと思います。今は信用しなくてもいいので、少し話をしませんか? まずはお互いのことを知りましょう」


 何がお互いのことを知ろうだ。さっき言っていることと矛盾している。自分のことを話すから、お前も話せ……というのは横暴だ。どうせ、そっちは大したことも話さないつもりなのだろう。


 私が黙っていると、ウィリーも何も喋らない。ほらみろ、私から話すのを待っているだけだ。そう簡単に喋ってたまるか。


「いやー、久しぶりの地球人なので何を喋っていいか分かりませんね。そうですねー、そうだ! 何か聞きたいことがあれば、なんでも聞いてください。何もかも分からなくて不安になってますよね」


 今度はそれか。だけど、これで私のことを喋らなくて済む。聞きたいこと、か……。


「いつまでこの中に入れておくつもり?」

「あなたが攻撃してこない、と信頼できてからになります。なんでも、勇者養成学校に通っていた勇者候補を沈めたとか。あなたを自由にした途端に攻撃されては困りますから」


 まぁ、それが妥当だろう。私だって襲ってくる人を簡単には解放しない。だからと言って、素直に話す気にはならない。話し終わった後にどんな扱いにされるか分からないからだ。


「それだとフェアじゃない。私は襲ってきたから、あいつを倒しただけ。それだけを見て攻撃性があると見られるのは心外。あれは立派な正当防衛だ。だから、私がここを出てもあんたを攻撃しない。信頼してほしいなら、先に信頼するべきだ」

「確かに無理やり気絶させるやり方は賢くなかったと思います。それにあなたの言いたいことも分かります。先に信頼するのは私の方ですね」

「だったら、やることは分かるはず」


 ウィリーは難しい顔をしてしばらく考え込んだ。まぁ、そう簡単に決断できないのも分かる。反抗的な私を出すにはリスクがありすぎるからだ。でも、そのリスクを背負ってでも、そちら側も吞み込んで貰わないとフェアじゃない。


 しばらく、牢屋には沈黙が下りた。私はそれから口を開かず、黙って待つ。すると、難しい顔をしたウィリーが真剣な顔になる。


「あなたをここから出します」


 そう言って立ち上がったウィリーは牢屋の鍵を開けた。音を立てて扉が開く。私はベッドから立ち上がり、その牢屋の外に出た。これで私は囚われの身じゃなくなった。


「早速なんですが、あなたの名前を教えてもらえませんか?」


 出てきて早々に質問か……いい性格をしている。まぁ、でも……それぐらいならいいだろう。


「鏑木ユイ」


 それが初めて出した情報になった。

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