2.異世界転移(2)
突然、光ったと思ったら別の場所にいた。今までビルの一室にいたはずなのに、今は石造りの家に囲まれた通りで立ち尽くしている。これは一体どういうことだ? 頭の中が混乱する。
その時、声がした。
「異世界転移! 今のは絶対に異世界転移よ!」
人の声? 視線を下げると、私の周りには大勢の人が立ち止まってこっちを見ていた。誰もが驚いた顔をしてこちらを見ていて、一人の女性が私を指さして声を上げている。
「私、初めて見た! 地球人ってこんな風に転移してくるのね! 雑誌で読んだ通りだわ!」
その女性はテンション高めに声を上げていた。すると、周りにいた人たちはざわつき出す。
「まさか、こんなことがあるなんて……」
「本当に地球人? 魔法使いの魔法じゃない?」
「突然人が現れるなんて……魔王とかの仕業じゃないのか?」
言っている意味が分からない。魔法? 魔王? そんなものは、漫画やラノベの中だけの話だ。現実にあるわけがない。でも、良く考えてみるとこの状況には既視感がある。
突然光ったと思ったら別の場所にいた、それは何度も読んだ漫画やラノベの定番の展開だった。でも、それは必ず召喚者という人がいたはずだ。
私の周りには私が召喚されることを察知した人はいない。じゃあ、私をここに呼び寄せた人は誰だ? いるなら出てきて説明して欲しい。そんな私の心の声は誰にも届かない。
「ねえ、あなたは地球人よね」
すると、初めに声を上げていた女性がゆっくりと近づいてきた。私は落ちていた釘バットを拾って、その女性に向ける。
「近づくな」
「あら、これは雑誌に載っていたこととは違う展開ね。うーん、どうすれば……私はあなたの味方ですよー」
そんなもの信じられるか。初めて会った人にそんなことをいうのは、しょうもない下心がある人だけだ。この女性も私に下心があって近づいてきているに違いない。
「そんなに睨まなくても……そうだ! 写真撮らなきゃ! えーっと、こうして……」
すると女性はバックの中から長四角の薄い板を取り出し、指先で突いている。私に背を向けたと思うと、薄い板を押した。途端にカシャッと音がする。この女性、何をした!?
「キャー、地球人と写真撮っちゃった! あとでZに投稿しちゃおうっと!」
「お前、何をした!」
「何ってスマホで写真撮っただけだけど……。まだそんなに普及してないから、分からないのも無理ないかー。でも、地球人ならスマホのことを知っているはずだけど?」
「スマホ?」
スマホ……どこかで聞いた覚えが。そういえば、ゾンビが現れる前に人はそれを使っていたと大人たちから聞いたことがある。廃ビルにも似たようなものが散乱していたような……。漫画やラノベにもそんな描写が……。
「お、おい。結局、その子はどうするんだ?」
周りで見ていた男性が女性に話しかけてきた。女性のペースで話が進んだため、周りにいた人はどう対応するのか分からないらしい。私もどう対応していいのか分からない。
「突然現れたんだぞ、その子はどうなるんだ?」
「家にちゃんと帰れるのかしら?」
「おい。自分の家の場所は分かるか?」
周りにいる人が心配してくれるが、大きなお世話だ。それに、優しいふりをして付け込む奴らもいる。そんな表面だけの優しさなんかいらない。近づいてくる奴はみんな敵だ。
「私に近寄るな。近寄ったら、これで殴る」
「見て、あれに血が付いているわ!」
「魔物を倒したんじゃないのか?」
「武器を持っている、近づくのは危険じゃないか?」
釘バットで警戒すると、周りにいた人たちは距離を取り始める。そう、それでいい。私に近づくな。先ほどの女性も血の着いた釘バットを見て、ちょっと引き気味だ。
「そうだわ! あなたを保護してくれるところがあるのよ。地球人保護協会って言って、そこに行けば面倒を見てくれるわ!」
地球人保護協会? なんだ、その怪しげな名前は。
「そんなところ、絶対に行かない」
「異世界転移した地球人はみんなそこで保護されているの。だから、大丈夫。きっと、仲間がいるはずだからお姉さんと一緒に行こう?」
「黙れ! そう言って、騙すつもりだろう!」
「だ、大丈夫よ。悪いようにはならないから」
「うるさい!」
絶対にそんなところに行くものか。何が保護だ、そう言って自分たちの都合のいいようにするに決まっている。私は周囲の人に捕まらないように、釘バットをチラつかせた。
すると、群衆の中から数人の人が前に出てくる。
「なるほど、話は聞かせてもらった。あの少女を保護すればいいんだろう? だったら、勇者養成学校に通っていた俺に任せな」
長身の男性が自信満々な顔をして前に出る。そして、鞘付の剣を構えてきた。こいつ……やる気か?
「確か地球人を保護すると報奨金が貰えるんだったよな?」
「え、えぇ……そうよ」
「少女は安全に保護されて、保護した俺たちはお金が貰える。双方にメリットのある話じゃないか」
保護すると報奨金が? やっぱり、保護をするのは親切心なんかじゃない、お金欲しさの下心があったから。やっぱり、人は信用できない。
男性が私ににじり寄ってくる。
「ちょっと気絶してもらう。少し痛いかもしれないが、我慢してくれよ」
「手を出してきたら、私も手を出す」
「素直になればいいのに……なっ!」
男性が駆け出してきた。鞘付の剣を大きく振りかぶり、こちらを狙っている。私はその動きをよく見た。そして、振りかぶった鞘付の剣を体をずらして避ける。
その瞬間、男性に踏み込んで脇腹に肘を深くめり込ませた。
「いっ!」
男性の体が曲がる。態勢が崩れたところに、しゃがんだ私は力強い足払いをした。男性が体をぐるりと回転させ、地面に叩きつけられる。
その男性に向かって私は釘バットを振り下ろし――寸止めをした。
「こいつがどうなってもいいのか?」
周囲からどよめきが起こった。
「あんな少女が、大人の男性を?」
「勇者養成学校に通っていたんじゃないのか?」
「今の動き、全然分からなかった……」
私の力を警戒してか、周りの人たちが少しずつ離れていっているのが分かる。この男性と一緒にいたと思われる人たちも戸惑っているみたいだ。
とにかく、ここを離れないと……そう思っていると、先ほどの女性が前に出てきた。
「そんなことをしても、あなたは助からないわ。お願い、私を信じて一緒に地球人保護協会に行きましょう?」
「黙れ! 私を連れて行くと報奨金が貰えるってこの男が話していた。金欲しさに私を売るつもりなのだろう?」
「そんなの関係ないわ! ただ、私はあなたを心配して……」
「はっ、そんな言葉を信じられると思うの? おめでたい頭」
何が信じてだ、何が心配してだ。価値がないそんな言葉には惑わされない。私は私だけを信じていく。
周囲を警戒し睨みつける――その時。
ドン!
「えっ……」
首筋に重い衝撃が走った。そんな……後ろには誰もいなかったのに……。
薄れ行く意識の中、後ろを見るとそこには誰もいなかった。ただ、離れたところから杖を向けた人だけは見えていた。
意識はそこで途切れた。
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