4.地球人保護協会(2)

 それから私はこの世界のことを知った。聞いた話は私が今まで読んできた漫画やラノベのものとそっくりだった。


 魔王や魔物がいて、人々の生活を脅かしている。それと対抗するために人々は勇者みたいな力を持つ人々を作り出した。そう、この世界は魔王と勇者が戦っている世界だった。


 私はそんな世界に異世界転移をしてきたみたい。今でも異世界転移をしたなんて信じられないくらいなのに。でも、大勢の生きている人がいて、見慣れない建物があって……信じるほかなかった。


 明らかに私がいたところとは違う。私がいたところは高いビルがあって、生きている人がほとんどいない終わった世界。死臭が充満し、ゾンビが僅かに残った生きている人間を求めて徘徊している。


 絶望しかない、それが私がいたところだ。明日の食糧を求めて、ゾンビが徘徊する町を歩く。いつ襲われるかも分からない恐怖に怯えながら、日々を生きる。それが毎日だ。


 そんな生活をしたのに、異世界転移をして私の生活は激変した。ゾンビを恐れる心配のない世界、それは小さい時に味わっていた平和な日常に似ている。まぁ、人への恐れは無くならないけれど。


 そんな私にウィリーは色んなことを話してくれた。世界のことから今日の晩御飯の話まで。重要な話も、重要ではない話も色んな話題を提供してくれた。


 この異世界は異世界転移してきた地球人によって、急激に発展した世界みたいだ。様々な知識を得た異世界では、地球にあったもので溢れているらしい。


 食べ物、機械、文化。私が生きてきた時代には失われたものがこの異世界にある。それを聞いて、少しだけワクワクとした気持ちが芽生えた。そんな気持ち、とうに枯れたと思っていたのに。


 少しずつ世界のこと、自分の立場のことが分かってきた。不服だけど、ここに保護されなかったら私は外に出て野垂れ死んでいたかもしれないことが分かった。


 町の外には魔物がいて、普通の人では太刀打ちできないということらしい。この目で見ていないから、全部は信用できないが。もし、話が本当だったら、私が外に逃げたら魔物に襲われていただろうということだ。


 だからと言って、ここに保護されて良かったとは思わなかった。まだ何かを隠している感じがして、信用できなかったからだ。その理由が分かったのは、ここにきて数日が経った頃だ。


 国の機関から人がやってきた。その人たちは私にどんな力が授かったか調べる鑑定士と私の世界のことを知るために送られた役人だった。ようは、私が利用価値のある人間かどうか図るようだ。


 何かあるとは思っていたけれど、そういうことね。ウィリーはただの検査だと言っていたが、これを受けさせるために今まで必死になって私を引き留めていたようだ。


 結局、そんなものだ。下心なく近づくなんてありえない。やっぱり、人は信用できない。近づいてきた人間は特に。


 国の機関から来た人たちはまず私を鑑定した。それで分かったのは、私には尋常じゃないほどの魔力があるということだけ。役人が言っていたが、特別なスキルとか魔法とかは使えない平凡な神の力を得た地球人らしい。


 とても残念そうにしていた役人の顔を見ると、笑いそうになった。残念だったね、望んだ力のない地球人で。


 次に役人は私の世界のことを聞いてきた。どうやら、まだ知らない新しい知識がないか知りたいらしい。地球人の知識によって発展してきた異世界だ、まだ見ぬ知識を求めているんだろう。


 小さい頃からゾンビが徘徊している世界で生きてきた私にそんな知識はない。だから、正直に私が生きてきた世界のことを教えてあげた。すると、役人たちは驚き、それが真実であるか魔法で確認した。


 魔法で嘘を言っているか分かるなんて、人権を無視したとんでもない魔法だ。でも、私は嘘を言っていない。それに気づいた役人はさらに表情を変えた、もちろん悪い方に。それを見てとても愉快な気持ちになった。


 あんたたちが求めた力も知識もない、私は平凡な地球人。そういう烙印を押されて、どんなことが待っているのか気になった。すると、役人たちは何事もなかったかのように建物から立ち去って行った。その時、ウィリーに何か言ったみたいだ。


 役人たちが去った後に残された私たち。さて、ウィリーが受けさせたいものが済んだし、どう態度を変えるか楽しみだ。


「ユイさん、検査に付き合ってくれてありがとうございました。今後のことは、正式に地球人保護協会預かりになりました」


 じゃあ、今までは仮の保護だったっていうこと? それは初耳だけど、他にも預かりになることを聞いたことがない。情報を全部ださないなんて……ますます、信用できない。


 ウィリーの態度は以前と変わらなかったのが不気味だ。国の預かりになってもならなくても良かったってこと? 私みたいな面倒ごとを背負いこむなんて、変人なのかもしれない。


「では、今後のことを話しましょう。これからユイさんは自立に向けて進んでいくことになります。自分でお金を稼いで、生活をしていくのが目標ですね。幸い、大量の魔力が検出されたので、魔力を使ったお仕事はできるでしょう」


 元居た世界とは違う生活になるのか。漫画やラノベにも書いていたけれど、異世界転移をした人たちは働いていた。中には働いていない人たちもいたが、その人たちは違う手段でお金を手に入れていた。


 今更、私に普通の生活をしろと? 今までゾンビを倒して生きてきた私に、ゾンビが現れる前に似た生活を?


「年齢は十二歳でしたね、それでしたら早い子は働いている年齢です。どんな仕事があるか紹介しますね。えーっと、まず……」

「働けない」

「えっ?」

「ウィリーが思っている仕事なんてできない」


 そういうと、ウィリーは目をパチクリして固まった。しばらくの静寂の後、ウィリーは笑った。


「そうですよね、この世界に来てすぐ働くなんてことはできませんよね。だったら、しばらく世界に馴染むためにここで寝泊りしましょうか。仕事はそれからでも……」

「私は今までゾンビを倒して生きてきた。今更、それ以外のことはできない」

「ゾンビ……ユイさんが言っていた不死者ですね」


 真剣な顔になって今度は考え始めた。また良からぬことを考えているんじゃ?


「不死者はこの世界にもいます」


 ……ゾンビがこの世界にも?


「アンデッドと呼ばれる魔物の一種になります」


 アンデッド……それも漫画やラノベで読んだ覚えがある。確かにその括りにゾンビがいた。


「そのアンデッドを倒せる力を持つ職業があります」

「力を持つ職業?」


 この世界のアンデッドは普通では倒せない、ということ?


「その職業の名は、神官です」

「神官……」


 そんな専門職があるなんて知らない。何もかも漫画やラノベと一緒じゃない、ということか。


 そんなことを考えていると、ウィリーは真剣な顔をした。


「ユイさんでもできることを見つけました。それは神官になってアンデッドを倒すことです」

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