第6話 幼馴染の愛は心地がいい

 俺は絵麻の家に寄ってから帰ることにした。


 契約上の約束では【共依存できる相手が他に見つかるまでは互いを利用する】ということになっている。


 この約束では、自身の依存を受け入れてくれるのならば『相手は誰でも構わない』という共通認識を持つことが重要だ。


 俺たちは、この共通認識によって自分の中で相手を代えのきく人間に止めている。



 「______ぇで!」



 それによって、『自分を犠牲にしてでも相手を一番に考える』などという愚かなことが起こらないようにしているのだ。


 そう、俺たちは『相手』に依存しているのではない。互いを利用することで保たれて、救われて、やっと取り繕えるような、そこまでして守る価値など到底ないというのに、どうしても執着してしまう。そんな、『自分』に依存しているのだ。


 「______」


 だから、より利用価値のある人間が見つかってしまえば、この契約は白紙に戻るだろう。だが、絵麻以上に俺の依存性を理解して補ってくれる相手は現れていない。そして、これから先も現れることは______


 「......。私を無視するなんて、よほど重要な考え事をしていたのでしょうね。一体、何を考えていたのかしら?」


 部屋に入ってから無言だった俺に絵麻が聞いてくる。さっきまでは絵麻のベットの上に俺が座っていて、その下のカーペットに絵麻が座っていたのだが、いつの間にか俺の隣に陣取っている。


 明らかに怒っている絵麻に対して「えっとね。これからの日本が税金問題や百○三万の壁を乗り越えるために、私ができることって何かなぁ〜なんて考えてたんだっ!やっぱり、日本人は危機感を持つべきだよね?!だから、ほらっ!絵麻も怒りなんて無意味な感情を漂わせてないで、日本の未来についてとか有意義なことを考えよっ!」なんて早口で捲し立てる俺。


 当然、絵麻の怒りは深まる。まずい、これ以上イラつかせるのは非常にまずい。


 俺は絵麻の機嫌を取るために、仕方なくベットの上で土下座をしながら魔法の言葉を使う。


 「愛しの幼馴染である絵麻様!どうか、いつものお願いします。契約の履行を申請しますっ!」


 俺がそういうと、怒りは収まった?みたいで、呆れた様子の絵麻が自身の膝の上をポンポンと叩く。そこに座れという意味だろう。


 俺は、ゆったりとした動きで絵麻の膝の上に腰掛ける。すると、両脇から絵麻の腕が伸びてきて俺の体をがっしりと抱きしめる。まるで、ジェットコースターの安全バーである。俺の力では絶対に振り解けないであろう。


 そして、俺がされるがままなことに満足したのか、絵麻が顔を近づけて耳元でささやいてくる。


 「楓は無理しなくていいのよ。楓が何をして、誰に嫌われても私がいるから」


 「大丈夫、楓は大丈夫。どれだけひどい奴だとしても、頭の中で何を考えていたとしても、いつでもこうやって抱きしめてあげるから」


 絵麻がそんなことを言いながら頭を撫でてくる。変な声が出そうになるのを必死に抑えながら身を預ける。


 こうしていると......。まだ、頑張れる。自分はきっと大丈夫。誰かに必要とされている。俺には価値がある。そんな気持ちになれる。


 たとえ、絵麻が思ってもないことを言っているとして、それに何の問題があると言うのか?


 嘘を信じて何が悪い?


 相手の行為に『それ』がないとしても、自分勝手に『それ』を感じて何が悪い?


 俺は、俺が幸せを感じられるならそれで良い。


 たとえ、誰に何を言われようと俺が『それ』を欲しているなら、絵麻を利用して『それ』を捻り出すだけだ。


 だってほら、今の俺は幸せだ。満たされている。悦びに満ちている。


 きっと、何も間違っていない。何も悪いことなんてないんだ。絵麻だってそう言っている。


 俺は正しい。だってそうだろ?さっきから感じている『これ』が否定されてしまったら。俺は、どうやって生きていけば良いと言うのか?


 ......。何も心配することはないのだ。きっと、俺の感じている『これ』こそが絶対的で揺らぐことの無い不変の価値を持つ、皆が俗に言うところの『愛』に決まっている。


 あぁ、絵麻の腕が身体を縛る感覚から確かな愛を感じる。こんな、どうしようもない人間なのに愛されている。この好意だけは上材木楓に向けられたものではなく俺に向けられたものだ。


 それが、たまらなく嬉しい。絵麻がくれる『誰に向けられたものでもない愛』だけは俺でも受け取ることを許される。


 今の絵麻は、誰にも愛を向けていないが誰にでも愛を感じさせてくれる。そのことに俺は......。名状しがたい安心を感じていられる。




~~~~~~~~~~~~~~~




「そろそろ私の番じゃないかしら」


 絵麻のその一言で安心に酔っていた頭が冴えていく。時計を見ると二十分ほどたっていた。名残惜しいが仕方がない。場所を交換して、今度は絵麻が俺の膝の上に座る。


 さてと、どうしようか?さっきの絵麻と同じように肯定感を高めるだけでは面白みに欠ける。ならば、少しだけ意地悪をするというのはどうだろうか?


 ……。うん、いいアイディアかもしれない。


 よし、そうと決まれば飴と鞭を使い分けて絵麻を楽しませるとしよう。

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