10話

 液晶に映る、各地の情報。

自らの劣勢を伝えるそれらを、ゲルバは焦りきった表情でそれを見つめる。

主力たるアーノルド、そしてショウジ、エルフィンも倒れた。今の状況は、窮地という他ない。

そのまま手元の端末を手に取ると、耳に当てる。そこから相手方の声が出た瞬間、ゲルバはその思いを吐き出した。


『どうした』

「どうした、じゃねえ!! どうなってんだ、防衛隊の首根っこは押さえてるって話しじゃなかったのか!?

 あのジストだぞ! なんで最悪の奴がここにきてんだよっ!!」

『奴は異常者だ。自らの正義のためであれば理屈など通じない、抑えるとなると限界はある』

「だったらどうしろってんだ!! もうどいつもこいつも……」


 そのフラストレーションごと、ゲルバは電話の先の男にぶつけていく。

一方で男は冷静そのものだ。ゲルバの窮地は、自らに共有されないものであるかのように。


『案ずるな。はそのままにしてあるな?』

「……! そ、そりゃそうだけどよ……」 


 それを現すかのように、男の発した発言に、ゲルバは急にトーンを落として答える。

この一言で、主導権を握り返したかのようだった。電話先の男は、そのままゲルバへの命令のように伝える。


「ならば簡単な話だ。あれを起動しろ。

 もしジストが巻き込まれたのであれば、尚更好都合だ」

「はぁっ!? それじゃ俺の部下やアジトが……」

『また集めればいいだけだ。 何、我らに協力するならいくらでも用意してやろう。

 実際、ショウジは役に立ったろう?』

「ま、まあそうだけどよ……」


 その内容は、あるいは。彼を信じた部下に対する裏切りでもあった。

だがそんなことも知らず、もしくはわかっていながらその選択を承諾するゲルバ。

それもまた、この場の上下関係を明らかにしていた。


「そんなら、次は防衛隊にも負けねえようなやつを手配して貰うからな!!」

『いいだろう。では、行動に移せ』

「へっ、言われなくてもよ!」


 それを知ってか、あるいはそれすらもわからずに居るのか。ゲルバは、それを承諾する。

愚策ともいえる対応ではあるが、ある意味、仕方のない一面もあった。

彼が率いてきた存在というのは、その程度であったのだから。

そして切れる通信。ゲルバは端末を叩きつけると、誰に言うでもなく呟いた。


「どうせ全部ぶっとばすんだ、も使わせてもらうぜ……!」


―――――――――――――――――――――――


「……やったか! ジェネ、ノイン!!」 

「何だっ……アーノルド殿、どうした!?」


 先ほどまで広場を包みこんでいた、激しい稲妻。

それが消えた事は、互いに意識を集中をさせていた二人にも、それぞれ別の形で影響を与える。

ショウジには動揺、そしてジストには高揚を。

そしてそれは、拮抗していた状況を動かすに十分だった。


「馬鹿な……ぐわぁっ!?」

「そこだッ!」


 動揺が態度にも出てしまったショウジと、その隙を逃さなかったジスト。

即座に打ち込まれた鉄拳が、ショウジの腹部に深く入った。

交戦を始めて以降では、最も重い一撃だった。

凄まじい打撃音の後、ショウジの腕から落ちる、刀の音が響く。


「が……は……」

「勝負あったな、『止まり木』の傭兵。俺達の勝ちだ」


 そして他ならぬジスト本人が、その手応えを感じていた。

全身から脱力して、倒れていくショウジを一瞥すると、顔を上げる。

まずは遠くのジェネらに視線を向けて、その後。

周囲で隠れるようにこちらを見ている、ギャングらへと目を配る。

その視線は、彼らに敗北を感じさせるものだった。


「ひっ、ひいいいっ……!」

「たっ、助けてくれぇぇっ!!」


 そして怖気は伝播し、ギャングたちは全員逃げ出し始める。

とはいえならず者、犯罪者達だ。逃がす理由はどこにもなかった。

それらを追うために走り出したジスト。だが、その足はすぐに止まることになった。


「……"六道縛"ッ!」

「えっ、アアッ」

「ひいいっ!」


 不意に現れた黒い影。先ほどジェネらに、怪盗シェイドと名乗っていた彼だ。

そのまま彼は、逃げるギャングらを次々に拘束していく。

瞬く間にジストの見える範囲、十人余りの残るギャングらは全て捕らえられてしまっていた。


「何だ……!?」

「おーい、おっさん! 大丈夫……っぽそうだな!」


 そんな彼に声を掛ける、走りよってくるジェネ。そしてノイン。

彼の様子に圧されているジストに寄って、ノインは状況の説明を始める。


「ジスト隊長、報告が3件ある。

 1つ。ブラスターズ参謀・アーノルドは拘束した。

 2つ。ネル女史から連絡があった。リリアを始めとした誘拐被害者を発見、保護したとの事。

 そして3つ目は彼の事だ。心配はいらない。彼は仲間だ」

「そ、そうか! 助けられたか! まずは一安心だ……ところで、仲間とは?」

「ああ。ここで知り合った……」

「ま……待て待て待て!」


 が。それを遮る声を乱入させながら、怪盗シェイドを名乗る彼が駆け寄って来る。

その理由は、やはりその正体に関わるものだった。


「レ、レオ君とは関係ないと言っているだろう!

 確かに彼とは先程話して、君たちをよろしくと託されて――」

「いや、仮面それだけで通すのは無理があるだろ……髪も声も一緒だしよ」

「諦めろ、レオ。生体反応が完全に一致している。私を欺くのは不可能だ」

「そっ、それは卑怯だろう……! と、とにかく彼とは別人で……!」


 そして彼らに異論を並べていくが、既に二人は取り合う気も無く、完全に彼をレオとして扱っていた。

尚も足掻こうとする怪盗シェイド……レオであるが、もはや反応から何まで、それを通すのは不可能という所まで来てしまっていた。

その様子をしばらく眺めていたジストだったが、やがて自分もその輪へと歩み寄っていく。


「まあ、お前達の既知の人物であるのは分かったが……」

「い、いやだから……! ……え?」


 そしてレンジに入った瞬間。それは、完全にレオの不意を付いての行動だった。

振り抜いたジストの腕の先に、その仮面が握られていた。つまり、怪盗シェイドの素顔が場に晒されていた。

無論、それにジェネもノインも、ほんの一部すら驚きを見せることはない。


「……よっ」

「これ以上、無駄な言い逃れはやめる事だな」


 むしろ呆れのような視線を、その素顔へとぶつけていた。

露骨に曇るレオの顔にクスリと笑いながら、一度剥ぎ取った仮面を差し出しつつ、ジストは改めて彼に話しかける。


「協力感謝するぞ、レオ君、で良かったか。グローリア防衛隊、隊長のジストだ」

「あ、ああ……どうも」


 そうもされては、レオもこの場の流れに身を任せるしかなかった。

照れているのか、気まずいのか。そんな態度だ。

ジストはより笑みを深めていく。彼への興味を表すように。それも理由があった。


「それより俺が気になるのは、君があの『怪盗シェイド』の当人でよいのか、という所だな」

「何だ、こいつ悪名あったのか?」


 そして。シェイド……いや、レオが名乗ったその人間を既知の存在であるように語るジストへ、

つられてジェネも興味を向ける。そしてジストも、それに答えていく。


「有名な大怪盗の名前だ。長きに渡って世界中に逸話を残す、世襲のな。

だが一昔前からぱったりと消えたていたんだが……

ここ数年になって、グローリアに今代が現れた。それも、かなり特異な形でな」

「特異な形?」

「……ああ、そうだ」


 続くジェネの問に答えたのはノインだった。

それは彼にとっても、『怪盗シェイド』が既知の存在であることを示していた。

語られた特異なる点を、引き続きノインが解説していく。


「先代まではともかく。グローリアの……今代の怪盗シェイドは、義賊、ともすれば名物とも言える存在だ」

「あ? ってえと……」

「窃盗犯の確保、事故の救助活動、行方不明者の救護。今回のような、ギャング等反社会勢力に対する反抗。

 果ては老人の荷物持ち、イベントの後のゴミ拾い。

 それで名前を挙げているのが、今の怪盗シェイドという存在だ」


 そして彼が読み上げていく怪盗シェイドの活動は、いずれも。

怪盗という二つ名からかけ離れた、慈善活動と言えることばかりだった。

あるいは恥ずかしさもあるのか、レオは少し照れながら視線を逸らす。

そんな彼に、ジェネは当然のように朗らかにそれを讃えた。


「なんだよ、いい奴じゃねえか! なんでわざわざ、身分隠そうとしてんだ?」

「ま、まあ、色々あってな……家庭の事情という奴だ」


 しかし続いた、その理由への問についてははぐらかすレオ。

表情に混じる、先程のような照れではない、複雑な色。

それはそのまま、彼が明言を避けた理由になるのだろう。

それを知ってか知らずか、次はジストがそこに口を挟んだ。


「まあ。先程の手捌きを見ても、君がそうであるのは違いないのだろう。

 ……怪盗シェイドには、言いたい事が2つあった。いい機会だ、聞いてもらおうか」


 口調は穏やかだったものの、言葉の10割がそうである、とは言い難かった。

言いたい事。その内容を仄めかすかのように、ジストの表情が引き締まる。

対するレオも、見守るジェネ、ノインも。一気に緊張感が高まる場を感じ取っていた。


「1つ。色々と協力してくれるのはいいが、毎度毎度話を聞こうとしたら逃げるのはやめろ! 

 協力するつもりならそこまで協力してくれ!」


 そして、それは空気が語るように。叱責の色を含む要望だった。

口調も表情も厳しいそれは、ジストの真剣な思いを示すものでもある。

流石に反論もできず、レオはバツが悪そうに俯いて聞いていた。


「うっ……そ、それはまあ、悪いとは思ってはいたが……」

「へっ、叱られてやんの」

「うるさいな君は!」


 そこに飛び込む、ジェネからの茶々。間髪入れずにレオもそれを咎めて反撃する。

学生であるレオと、ジェネの年齢自体はかなり近い。

既に打ち解けたと言える態度には、そんな要因も含まれていた。

あるいは、助け舟であるとも言えた。このやり取りは、場の雰囲気、そしてレオの心境を大きく和らげた。


「……もう1つは」


 そして、それは。表情を和らげたジストにも、好都合だったのかもしれない。


「人々を守ってくれて、ありがとう。そう伝えたかった。この場もそうだ。君のお陰で、俺達は助かった。

 君の勇気が、多くの人を救っている。それは俺にとって、何よりも尊敬に値することだ」


 そんな彼がレオに続けたのは、感謝と称賛だった。

一転した表情も、瞳が映す思いも。その言葉が、一切の世辞もない本心であるということを語る。

こちらもまた、先程とは違う意味で固まるレオに、ジストはそのまま右手を差し出した。

グローリアにおいて、ジストという存在からそう言われることの重み。それがわからない年齢ではない。

しばらく反応を返せなかったレオ。思惑を続けた、その末。

だが思考よりも先に、心が動いた。それが、レオにその手を握り返させた。


「‥‥光栄です、とても!」


 返した大声は、かなり上ずっていた。緊張がそのまま現れているのだろう。

自覚して、赤くなった顔を更に色を強めるレオ。

その肩が叩かれる。ジェネの手だ。言うまでもなく、労いを示す意味だった。

そうして振り向いた彼を、ノインが頷いて出迎える。言葉は無かった。

彼が思い悩むそれである、心……あるいは魂が故というような行動。だがそれが何より、レオの心を温めた。

その様子を、少し離れたところから眺めるジスト。

龍人、人、精霊機甲。全く異なる存在たる彼らの、垣根無く朗らかな様子。

若者たる彼らがそうした様子を見せることに、確かに感じ入るものがあった。

ともかく。話を一区切りして、ジストは再び話し出す。


「さて。それじゃあ、あとは畳むだけ……」


……こうして状況は、一段落を見せたと言えていた。

激しい戦いを終えた後だ。各々もようやく、自らの精神に落ち着きを取り戻すことが出来ていた。


(……!?)


 だからこそ、気づく物もあった。


「……待ってくれ! 精霊たちの様子がおかしい!」


 落ち着きつつあった雰囲気を破るように、ジェネが声を上げる。

彼の視線がこの施設で最も高い建物、監視用の建屋へと向く。

少し遅れて、ノインも同じ方を向いた。それは、原因を同じくしていた


「変異精霊反応……!」

「魔物だ!」


 叫ぶ彼ら、それとほぼ同時に。

彼らの言葉を体現するように、広場の上空、赤黒く変色した精霊たちが姿を現していく。

広場から見える、空を覆わんとするほどに。それは、これから起こり得ることの規模を示していた。

それに対応する間もなく、精霊たちがそれぞれの身体を成型していく。そして。


「……ブオオオオオオオオオ!!」

「ギャアアアアアアアア!!」

「ボオオオオオアアアアアア!!!!」


 広場に次々響く、地鳴りのような音、そして咆哮。

無数の魔物が、一瞬でこの場を支配してしまっていた。


――――――――――――――――――――――――――

 暗く閉ざされた牢獄の、その入口。

虜囚達の希望を奪い続けてきた重い鉄の扉。

それが今、開かれる。


「リリアっ、大丈夫!?」

「リリアーっ! お前、やっぱ最高だぜ!」

「ニーコっ、ネル姉っ!」


 扉を開けて現れた二人を迎えるリリア。

そしてその光景が表す意味に、獄中からより一層歓声が上がる。

既に牢のほとんどを解錠している。夢にみた解放が、現実のものになっていた。

当然ながら、堰を切ったように囚われていた者たちがその入口へと走り出す。


「うわわ、ちょっと待てっ!」

「ああもう、"98番、反式"!」


 人の濁流に押し流される。

それを予期して二人は宙へと身を浮かせ、それを躱していた。

しばらく経って。それが収まったあたりで、リリアもようやく二人へと駆け寄る。

そのままネルの胸に飛び込んで、満面の笑みを彼女に返した。


「助けに来てくれたんだ! ありがとーっ!」

「もう、無茶ばっかりして……! でもやっぱり、あなたは凄いわ」

「いやー、さっきはビビったぜ。 こうして見ると、今度も大暴れしたみたいだな?」


 囚われていた者たちが殆ど出ていって、残るのはリリアに倒され、縛られた男達ばかりだ。

小さな彼女がどれだけ獅子奮迅の活躍をしたのかは、それを見るだけでもわかった。

その中で、駆け出したリリアの背後、マイとミーアが遅れて合流する。

流れのまま、マイはリリアの背中に更に抱きつく。


「ミーアちゃん、助かった、助かったよぉっ!!

 うわああああん! リリアちゃん、ありがとおおおおお!」

「先生、落ち着いて。 ……本当にありがとうございます、貴方達は?」

「リリアのダチだよ! グローリアで暮らしてるなら、ニーコ様の名前は覚えなきゃな!」

「あはは。そうね、私達はリリアの友達……って、ミーア……?」

 

 やり取りの中。ネルがその中に出た名前、ミーアについて特別に反応を見せる。

一瞬の思索の後、改めて彼女に視線を合わせる。

 

「私は『アーツ』、62番精霊研究室所属のネルです。

 人違いだったらごめんなさい。あなた『スメラギ技研』のゼイン所長のとこのミーアちゃん?」

「ええ。 ……囚われてそれなりに経っているとは思っていましたが、やはり大事になってしまいましたか」

「一週間ほどかな……スメラギ技研は大変な事になってたわ。

 でも無事でよかった、これできっとゼイン所長も安心するわ」


 そしてネルの確認に、ミーアは認めて深く頷く。

顔見知りではないようだが、既知の存在ではあったようだ。

その会話の内容自体は、経緯を知らずとも理解できるものではあったが、

現れた固有名詞に疑問符が浮かんだリリアが、そのまま口に出す。


「スメラギ技研……って何だっけ?」

「……グローリアの成り立ちって、初等部の範囲で習うはずなんだけど。

 リリア、あなたまた好きな授業以外まともに聞いてないわね」

「あっ……」


 そんなリリアに返されるのは、先程までとは一転したネルの厳しい視線。

またその手の墓穴を掘ったことに気付いて、リリアは視線を何処かへと飛ばしている。

分かりきった彼女の様子。ため息をつきながらも、ネルは微笑を見せた。


「まあ、歴史の授業はあとにしましょ。今は脱出を急ぐわよ」

「あ、うん! でもちょっと待って、お世話になった人が、怪我して休んでて……」

「あたしの事かい、そりゃ」


 会話に飛び込む、新たな声。

そこへ、更に牢の奥側からギルダが姿を表した。

態度には苦痛が現れているものの、鉄格子を手すりに一人で歩み寄っていた。

強かだが危うい態度に、リリアは大きく焦りを見せる。」


「や、休んでていいよ、ギルダさん! あとで私がおぶってくから……!」

「いくらお前さんが馬鹿力とはいえね、恥ずかしげもなくガキに担がれるような性根じゃあないよ。

 ……お前さんたちがこのお転婆の仲間かい。ありがとう、この子のおかげで助かった」

「え、ええ……」


 そんな彼女の心配を一蹴しながら、ギルダはネルたちに声を掛ける。

やはり彼女の雰囲気には独特のものがあるのだろう、ネルは若干、気圧されているようでもあった。

あるいは助け舟かのように、リリアは説明を付け加えていく。


「えっと、この人はギルダさん! すごい沢山助けてくれたの!」

「あたしは何もしちゃいない。この子が大暴れして、それで終わったんだ」

「あはは……でも、ありがとうございます。 リリアと一緒に居てくれて」


 それも否定するギルダに対しても、ネルは重ねて感謝を伝える。

初対面ではあったが、彼女に対するリリアの態度からか、その緊張もだいぶ解れていた。

とは言えどこか排他的な、孤高の空気までは崩れていない。

だがもうそれは、リリアには障壁にはならないものだった。リリアはそのまま、笑顔で彼女の元へと寄っていく。


「まあでも、そんなこと言わないで。ほらほら」

「ああもう、いいって言ってるだろうが……」


「ひうっ!?」


 直後。突然、ニーコが反応と共に大きく跳ねた。

他所を向いていたリリアにさえ分かるほどの反応だ。

当然ながら不思議に思って、リリアが声を掛ける。


「ニーコ、どうしたの?」

「わ、わかんねえ……でもなんか、いきなりびっくりして……」


 だがニーコの回答は、全くと言えるほど要領を得ないものだ。

そして、状況の急変はこれだけで終わらなかった。

直後、ネルの端末が鳴り響く。画面に映し出されたその連絡の主は、フェムトだ。

ネルは手早くそれを起動する。


「フェムト教授……? なんだろう……もしもし、ネルです!」

『フェムトです。 

 ネル、貴方の周囲の様子を観測していましたが、特殊な精霊反応……

 人為的な精霊増大、それも以前、兵器開発で使われていた類の爆発的なものを検知しています。

 何が起きていますか?』

「異常? そんな、今リリアを助け出したところで……」

「わわわっ、何か光ってる!?」


 フェムトと会話を続ける最中、次に叫んだのはマイだ。

彼女が指さしたのは、一行が囚われていた深層に繋がる側の道だ。

下層と繋がる階段、薄暗い闇に覆われていたはずのそこを、今は眩しい光が包んでいた。

それは、フェムトの発言とも繋がるものであった。ネルの表情に、一気に緊張感が張り詰めていく。


「……確認します!」

『お願いします。 通話は繋いだままで』

「あ、私も行く!」


 直後にそちらへ駆け出すネル、そしてリリアも彼女を追っていく。

この暗い牢獄だ、リリアもこの光の原因として思い当たるようなものは無かった。

そのまま飛び降りるように階段を駆け下りる二人。

そして。その原因はこれでもかと言うほどに存在を主張して、二人の目に飛び込んだ。


「わっ、眩しっ……ええっ!?」


 牢獄の最奥。

その一角全てを埋め尽くすほどの巨大な機械が、今、激しい虹色の光を放っていた。

音や光の動きからして稼働もしているのだろう。


「こんな大きいのが、こんな所にあったんだ……」


 この暗闇もあって、囚われていた間は完全に闇に潜み続けていた巨大な機械。

端末のカメラ部分をそれに向けながら、ネルはフェムトとの通話を続ける。


「フェムト教授、これは……」

『……見覚えがあります。これは……精霊増大型の爆弾です』

「ば、爆弾!?」


 だが。フェムトから帰ってきた言葉は、その場に大きな衝撃を与えるものだった。

大きく反応するリリア。それと対照的に、フェムトは淡々と説明を続けていく。


『私が開発部に所属していた時のデータがあったはずです……確認できました。

 開発中止された精霊爆弾、A-90-43455。

 カタログスペック上では、このグローリアの1割を吹き飛ばすほどの出力があります。

 運搬が困難なサイズであり、小型化の見通しが立たなかったことから開発中止となった代物ですが……

 もし想定上の威力を達成することが出来ていたのなら。爆発すれば、被害は計り知れないでしょう』


 だが。その内容は、淡々と語るには余りにも絶望的な言葉が並べられていた。

それほどの破壊兵器が、今、見るからに起動している。


「そ、そんな……!」


 言葉を失うリリア、そしてネル。そして彼女らを追ってきたニーコらも、その言葉を聞いていた。

最初に言葉を口に出せたのはニーコだった。

ネルの持つ端末にぐっと身を寄せて、フェムトへと叫ぶ。


「ば、爆弾って! おいっ、何とかならないのかよ!」

『開発記録では、起爆準備時間は15分と設定されていたようです。

 開発中止後に設定を操作するのは困難と思われることから、変更されている可能性は低いでしょう』

「で、でも……グローリアの1割が吹き飛ぶ被害じゃ、とても逃げ切るのは……!」

『ええ。であることから、爆発を止める以外に方法はないと思っています。

 この爆弾は暴発を防ぐため、起爆準備の進行と起爆装置が紐づけとされていたようです。

 つまり、起爆装置が万全である状態でのみ、起爆が進行する。

 起爆装置からの反応がなければ、自動で停止する。というように』 


 冷静に、そして絶望的なことばかり話していたフェムトだが、遂に希望となる言葉も口にする。

彼が語った言葉を咀嚼して、要約した言葉をリリアが口にする。


「つまり……起爆装置を壊せばいいの!?」

「でも起爆装置ってどこにあるかわかんねーんだろ! これを直接ぶっ壊すのは駄目なのか!?」

『既に精霊増大反応を確認出来ています。 

 外部からの刺激によって誘爆する可能性も十分にあり、危険です』

「起爆装置を探すしかない、ってことですね……」


 フェムトとの会話によって、切羽詰まった状況の中、しかし着実に次の目標は固まりつつあった。

しかし。状況の変貌はこれだけに留まらない。

その状況を再び揺るがすように、牢獄中に地鳴りが響いた。


「わっ、次は何!?」

「妙に外が騒がしいみたい……こんな時に、何かしら」


 反応する余裕もない中、リリア達は状況を探る。

だが、それも直ぐに理解することになった。不意に脱力したように片膝をついた、ニーコによって。


「ニーコっ!? どうしたの、大丈夫!?」

「……ちく、しょっ……! さっきと同じだ……!

 精霊どもが、……!」

「変わってるって……魔物のこと!?」


 それを認知すると、外から牢獄に向けて響き始めた音が何であるか、分かるようになってしまった。

それは、人の悲鳴だ。魔物が現れたというニーコの言葉の証左、そのものだった。


(そんな……どうしたら……!)


 状況は、余りに絶望的と言えた。

魔物の発生は、間違いなくゲルバが仕込んだものだ。この爆弾を起爆するための時間稼ぎとして。

ニーコの言うようにどこにあるかも分からない装置を、魔物の跋扈する中、わずか15分で探さなければならない。

それだけではない。囚われていた者たちは、魔物に太刀打ちすることはできないだろう。守らなければならない。

見通しも何も、あったものではない。溌剌で前向きなリリアにさえ、この状況は重くのしかかる。

普段はあんなに輝くリリアの瞳が、今、不安と迷いの色で満たされて震えていた。


「リリア……」


 その状況を共有して、そして彼女の普段の性根を知っているからこそ、という所もあった。

ネルもニーコも、そうなった彼女に声をかけられなかった、その中で。


「……どうやら大ピンチのようじゃないか、ヒーロー」


 再び、彼女の背後から声が響く。

ギルダのものだ。状況には見合わないような軽い口調に、リリアが振り返る。


「……ギルダさん」

「ハッ、なんて顔だい。びっくりする程似合ってないね。

 自分の倍はある大男だろうが薙ぎ倒す、あの傍若無人な自信はどこに落としたんだ?」

「でも……」

「どうせ魔物を出してるのも、装置を持ってるのもあのボス猿だろう。

 さっきと同じだ。ぶっ飛ばせばいい、それだけさ」

「……」


 口調は軽いものの。彼女の言葉は、リリアを激励するものに他ならない。

だがのしかかった現実は、そう簡単にはリリアを希望へと歩みださせなかった。

俯くリリアに、不敵に笑って。ギルダは言葉を繋げた。


「『光なき夜には、私が闇を照らす月となる』……だろう?」

「……っ!」


 そうして口に出した格言。それにリリアが大きく反応する。

彼女の様子に、ギルダはニヤリと笑みを深める。

あるいは、その反応は予想通りと言えたのかもしれない。


「ギルダさんも、知ってたの……?」

「ババアを舐めるんじゃないよ」


 そう。その格言は、リリアの愛する英雄、紡ぐ星の剣士エレナの言葉だった。

そしてそれは、リリアにとっては何よりも、心の支えとなる言葉に他ならなかった。

紡ぐ星の剣士の伝承の、この土地における立ち位置もある。

他人からそれを投げかけられる機会が、決して多くなかったのもあるのだろう。


「……うん!」


 すこし目を閉じて、言葉を噛み締めて。

そして開いて、リリアはその言葉に強く頷く。

開いた瞳には、勇気、自信、優しさ、そして強い意志が取り戻されていた。

ギルダの笑みもまた、それに合わせてか色が変わる。


「いい顔に戻ったじゃないか。

 こんな状況で、また泣き出すようなら張っ倒してやるとこだったよ」

「ふふん。でもねギルダさん、『私が闇を照らす"星"となる』が正しいよ」

「うるさいね。ババアの朽ちかけの脳みそなんだ、大目に見とくれよ」


 そして軽口すらも叩きあって見せるリリア。

もう一度ギルダと頷きあうと、再びネル、ニーコの方へと振り向いた。

そして。明確な展望へ向けて話し始める。


「ネル姉。捕まってた人たちのことをお願い。魔物に襲われちゃうかもしれないから!

 爆弾と魔物が出てくる元は、私がなんとかする!」

「……ええ。あなたが行くって言うなら、そうするわ」


 ネルが答えるまでの間、そして言葉。裏に込めた思いが無いわけはない。

それでも。彼女はリリアを送り出すことを決めていた。

それは、リリアへの信頼でもあり。

彼女の信念が、そうするに足るだけのものであると感じているが為でもあった。


(本当に、無茶ばかりして……!)


 その思いもまた、リリアの精神性を本当に尊く思うが故のものだ。

何を言うでもなく、ネルはリリアを抱きしめてそれに答える。


「1つだけ。ボス猿って要するに、ブラスターズのリーダーのことだと思うけど。

 この施設で司令塔がいるとすれば、きっと監視部……ここで一番高い建物、その一番上よ」

「うん、わかった! ありがとう、それじゃ行ってくる!」


 付け加えるように、ネルは助言となる言葉を繋げる。

それに感謝して、駆け出すリリア。

そこに流れる突風。気づけばその隣に、ニーコが並んでいた。

魔物の発生の影響か、その顔色は良くはなかった。だが、リリアには笑顔を見せてみせる。


「よっし……! やるんだな、リリア……!」

「ニーコ、大丈夫なの!? 辛かったら、休んでても……」

「ばかやろっ! ニーコ様がこんなもんで倒れてたまるかよ!

 急がなきゃいけねえんだろ、私が連れてってやる!!」


 心配するリリアに対しても、ニーコはその高い士気のままに自分の万全さを主張する。

それが苦痛を隠した、痩せ我慢と言えるものであることはリリアにもわかっていた。

だからこそ、彼女のへの反論はしなかった。彼女にも深く頷いて、リリアはそれを承諾した。


「……わかった! でも、無茶しちゃ駄目だよ!」

「へっ、リリアこそ!」


 そして。ニーコと共に風を纏って、リリアは駆け抜けていく。

状況が好転したわけではない、それでもその足には、全力が込められていた。

願うように、だが乞うわけではなく。疾走の中でリリアは、心の中で唱えた。


(エレナ。どうか私に、力を貸して!)

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