8話

 最近、組織がやけに慌ただしいのを感じていた。

お頭が妙に外に顔を出すと思えば、どこから手に入れたかもわからない新しい武器だの、

やけにおっかない用心棒だのを手に入れてくるようになった。

元々こんなとこをアジトにしてるんだ、ツテはあったんだろうが。

ただ気に食わないのは、そのせいか、そこから仕事が増えたことだ。

それも悪党らしく暴れろってんならわかるが、まるで誰かの使いっ走りみたいな事ばっかりで辟易する。

人を攫ってきたと思っても、俺のような三下じゃお零れにも預かれねえ。

だってのに、どこの誰かも知らんやつにお頭もペコペコしてばっかで、全く苛つくばかりだった。


「……ケッ」


 そんなもんだった。今の俺が、招集命令も、外からの喧しい音も無視してる理由は。

ここは建物の裏口、元々警備員が居るような所だ。招集は正門側で、真正面。

締め切ってりゃ誰にも見つからない。

ただでさえつまらねえ日々だ。わざわざ、見返りもなく面倒事に関わってたまるか。

そんだけのつもりだった。


「……ん?」


 静かなせいか、何か、窓がの揺れる音がうるさく感じた。

そんなに風は強かったかと少し考えて、そこで考えるのやめる。

と、そう行きたかったが、窓の音は思いの他、どんどん強くなっていきやがる。

流石に気にならずには居られなくなって席を経った。

嵐でも来るのか? それはそれでめんどくせえ。 ただ、今だけ揺れてるだけであってくれ――


「"アサルト・バースト・ストライク"ッッ!!」

「ぶげぇッッ!」


 ――そう気だるげにしていた男の顔面を、ニーコの脚が窓ごと打ち抜いた。

反応する間も無く、室内の奥側へと吹き飛ばされる男。完全に気を失っていた。

吹き飛んだおかげでガラス片の雨から逃げる形になった事だけは、幸運であったかもしれない。

一方のニーコはと言うと。纏う風が鎧となって、小さな破片からその身を防いでいた。

あるいはそれに気が回ったか、今一度、掃除をするように周囲に風を放つ。

ぽっかりと空いた窓の跡から振り返って、残りのメンバーにも呼びかける。


「よっし、開いたぞ! 入ってこい!」

「よし、じゃないでしょ……!」

「開けてくるって言うからどうするのかと思ったら、力押しじゃねえか……」


 そして。ニーコはやはり、現在の行動が潜入であることを完全に忘れていた。

返ってくる視線は、呆れを多分に含んでいた。

表情のないノインですら、それを感じられるほどに。


「潜入という言葉を知らないのか? あるいは既に忘れるほどに記憶力が弱いのか?

 いずれにせよ、お前という存在の理解は困難を極める」

「お前いちいちいちいちネチネチネチネチ……なんでそんなにインケンなんだよっ」

「それだけお前の行動が意味不明だという証左だ」


 あるいは嫌味かのようにそれを言葉にしながら、ノインもその身を屋内へと入れていく。

倒れた男が気を失っていること、そして一旦この場には他に敵が居ないことを確認して、

後続するため歩みだすジェネを、その場で静止する。


「ガラスを踏む可能性がある。 勝手口を解錠する。二人はそちらから入るほうがよい」

「あ、そうか。 出来るのか?」

「恐らくは」


 そのジェネの言葉に答えながら、ノインは室内の……施設と一体化した端末へと近づく。

僅かに眺めた後、迷いなく端末の入力機器たるキーボードを操作して、じきに高い音が鳴る。

解錠の合図だった。それを聞いたネルが、ニーコが破った窓の隣にある扉を開ける。


「ありがとうございます。いい手際ですね」

「廃施設だけあって、システムも旧型だった。 恐らく貴方でも造作ない物だったろう」

 

 して、一行は紆余曲折を経て施設への侵入に成功する。

またも派手に突入する形にはなったが、特に増援が近づくような気配もない。

幸運だったとはいえ、流石に訝しむのも無理はなかった。


「一応、警備役だよな、こいつ。なんで一人なんだ?」

「ここが施設の背面であること、そもそもまともな応対などしていないこと……

 理由は考えられるが、不自然と言えば、否定するだけの理由もない。

 レオが言っていた「呼び出し」と関係がある可能性もある」

「まあ何にせよ……ともかく、リリアの元に急がねえとな」


 その解釈もそこそこに、ジェネは手帳を取り出して、レオの描いた地図を広げる。

こうだな、と地図を回して方角を合わせる。隣に立つノイン、そしてネルもそれを覗き込んだ。

その意識は確認というより、どちらかと言えば記憶。寡黙な様子は、それを表していた。


「大丈夫か?」

「記録した。先導も可能だ」

「うん、覚えました。それじゃあ……」


 そのまま出立しようとする、その時だった。


「お、おい! お前らっ、これ見ろ!」


 輪に加わって居なかったニーコが、様子を変えて叫んでいた。

先ほどまで寧ろ自らのペースで居た彼女の急変に、場の空気も変わる。

そのまま、ニーコの方へ近づいていく3人。彼女が指差すのは、部屋に並べられたモニターだった。

いずれも違う景色が映されているそれの意図を、この部屋と合わせてノインが察する。


「……監視カメラのようだな。それがどうした」

「ほら、これ! と、これも!!」


 一方でニーコは焦燥したまま、そのうち2つを指差す。

どちらも、画面に移る光量が両極端だ。1つは特に明るく、もう1つは特に暗かった。

それに目を凝らして、そしてすぐに、ニーコの態度の理由は伝わった。


 一方。明るい画面に映るのは、施設正面、門から続く広場。

もう一方。暗い画面に映るのは、施設地下の牢獄。


「……おっさん!」

「リリア!?」


 そしてそれらには、今戦いの中にある、仲間の姿が映っていた。


――――――――――――――――――――――


 高所の二人を睨みつけるジスト。

彼の四肢に絡みついた蔦は、確かに彼の動きを鈍らせていたものの、

既にその膂力によって引きちぎられ、その力を失っていた。

その様子に、わかりやすく片方の男が顔を歪ませる。


「フン。その術ですら、か。よりにもよってとはこの事だ。忌々しい」

「流石は名の轟く英雄、と言ったところか。 腕が鳴るな」


 もう一人の男の視線が、敵意が鋭さを増す。

睨み合いの中、先に相手に向けた言葉を投げたのはジストの方だった。


「手配書で顔を見たことがあるな。ブラスターズの参謀、アーノルドか」

「ほう? これはこれは。あの英雄様にご存知いただけているようで、光栄だ」

「俺の事も知っているようだな。 ならば話は早い。

 その俺がここに来た、という意味もわかるな? 投降しろ」


 言葉と共に、ジストは全身から放つ威圧感を強めていく。

敵に囲まれたど真ん中という状況で、逆にその場を支配せんという程の存在感。

再び敵意が鋭さを増す。それは彼の言葉に、否を示していた。

呼吸する、僅かな間。直後、刀を持っている男の姿が消える。


「名前だけで勝ったつもりか、英雄ジスト」 

「……っ!」


 刹那、金属同士がぶつかる音が響く。

男の振るった刀と、ジストが咄嗟に懐から引き抜いたナイフによるものだった。

その刃渡りには大きな差があるとはいえ、先ほどまで荒くれ相手に鎧袖一触であったジスト。

そんな彼と今鍔迫り合いをしているということが、その男の実力を少なからず示していた。


「我のことは知らぬようだな、英雄ジスト。だが……

『止まり木』序列41、ショウジ。 貴様の首級を挙げれば、この名は世界に轟くだろう!」


 その体勢のまま、ショウジと名乗った男は刀を握り直す。

至近距離だ、再び緊張が高まっていくのがわかった。互いの判断は、ほぼ同時だった。


「"流刃"!!」


 瞬間。長い刀の重さを無視するような、閃光のように鋭い一閃が放たれる。

刃渡りの分の凄まじい攻撃範囲から、ジストは間一髪で逃れる事に成功していた。


「くっ……!」


 背後へ身を翻して、体勢を整えるジスト。

その心境は一転して騒がしくなっていた。

一筋縄ではいかないと、かの男の実力を悟ったこともあるが、

それに加えて彼の言葉にあった単語が、ジストをそうさせていた。


(『止まり木』だと……!? 傭兵集団とはいえ、簡単に雇える存在ではない、

 が関わっているのか……!?)


 知識として持つ単語であり、それによってまた頭から新たな人名を想起する。

だが、状況がそれ以上の思索を許さなかった。ショウジが再びジストへと迫る。

一旦頭の混乱を無理やり鎮めて、眼の前へと意識を集中させるジスト。だが、それもまた状況が許さなかった。


「"ナチュル・バインド"!」

「ぐうっ!?」


 そう、この場にいる敵は一人ではない。

アーノルドの精霊術による拘束が、このタイミングで行われた。

確かに先ほどジストが軽々と破ったものであるが、

この切羽詰まった瞬間では、その危険度は何倍にも高まっていた。

絶好のチャンスに、ショウジが刀を振り上げる。


「斬る」

「くっ……うおおおおっ!!!」


 ジストも直ぐ様窮地を悟り、咆哮を上げて全身に力を込める。

迫る刃、もはや猶予はない。渾身の力が全身を駆け巡り、こちらも前回の何倍も早く、右腕が絡みついた蔦を引きちぎった。

解放されたのはその右腕だが、確かに反転する状況。

ショウジが反応するよりも早く、ジストはその右腕で迫る刃をはたき落とす。


「なっ、ぐおッッ!?」


 それによって生まれた時間で、次は左腕が解放された。

間髪入れずに、ジストは左腕を打ち出す。

まだ脚の拘束が取れていないそれは、踏み込みも行えないものだ。

だが不意をつかれ、体勢を崩しことで近づいたショウジの顔面をギリギリで捉える。

無論、直撃には程遠い距離だ。顔を抑えながらも、ショウジは再びジストを睨んだ。


「おのれぇ……"流刃"!」

「甘いっ!」


 再び放たれた一閃、だがその時には既に四肢の自由を取り戻していた。

半ば乱暴に振られた技。この場に置いては、迂闊としか言えなかった。

今度は最小限の跳躍で回避するジスト。間合いを取らない回避は、無論反撃を目的としたものだった。

その肩口を目標に、空中でナイフを構える。作り出した絶好の好機だった、しかし。


「"ライトニング・ブラスト"!」

「くっ!? ぐあっ!」


 唱えられた呪文は、今度は強力な雷撃を呼び起こした。

凄まじい速度で伸びる稲妻は、そのまま空中に居たジストに直撃する。

少なからず質量もあるようで、ショウジを救うように体が吹き飛ばされる。


「私を無視するとは。つくづく、英雄様はご立派なことだ」

「くっ……!」


転がりながらも、すぐに立ち上がるジスト。

その身のこなしからはダメージは伺えないが、旗色は間違いなく良いとは言えなかった。

何より、この場を圧倒できないのであれば。


「すげぇ、さすが参謀、それに用心棒の旦那だぜ!」

「へへ……俺達も手伝ってやるかぁ?」


 敵地の中央であるという圧倒的に不利な状況を今まで覆い隠していた、その存在感。

今まで男たちを縛り付けていたそれが、明確に軽くなってしまっていた。


「……」


 それを身に感じて、ジストはより緊張感を高める。

だが、その闘志が揺らぐことはなかった。


――――――――――――――――――――――


 暗い牢獄を照らす、リリアの纏う溢れるような精霊たち。

猛る彼女に同調して、その身に力を与える。

それを受けて、大きく跳躍し距離を詰めるリリア。エルフィンに向け、その拳を振りかぶる。


「うおおおおおおッッ!!」

「おおっと! なんて激しさだっ、すごいっっ!

 それじゃあ次は、こちらが愛をあげる番だっ!」


 その一撃を、エルフィンは軽やかな身のこなしで背後へと避ける。

戯けているのか、本気で感動しているのか。

理解不能な言葉を吐きながら、そのまま右手のムチを振るう。


「っ! うわっ!?」


 迫る鞭を、リリアもまた背後に飛び退いて回避する。

そこへ更に1発。左手によるものだ、リリアはそれを再び掴んでいなす。

精霊によって守られた手であれば、十分に可能であることはわかっていた。

しかしその一方で、このリーチの差は明確な不利だ。それもまた、状況の中で理解していた。


(なんとか近づかなきゃ……!)

「わんぱくプリンセス! 愛の受け取り方は、そうじゃないんだよっ!」

「は、うわあっ!?」


 思考の中、闇に紛れて更に一発の鞭が放たれた。

支離滅裂な言葉に反して、極めて正確にリリアの指先を狙っていた。

咄嗟に手を離して、大きく避けるリリア。左手の鞭の拘束を解くためであるのはわかっていたが、

まんまと思い通りになった事に、リリアは唇を噛んだ。

一方で。自由になった鞭を一旦自らの方に寄せると、エルフィンは再び意味不明な言葉を紡いでいく。


「まったく……でも、このわんぱくさも素敵だ。

 そんな君には、『特別な愛』をあげるべきだね」

「要らないんだけど!」

「ふふ、そんなに恥ずかしがらないで」

「あーもー、やだ!!」


 言葉の意味が理解できるわけもないが、ろくな事でない事は確かだと、リリアは彼の言葉を否定する。

当然、まともに話が通じるわけもなかった。リリアは顔を引き攣らせながら、体勢を整える。

だがこの場においては、間違いなく脅威ではある謎の行動へ注意するためのものだった。

直後。あれだけ奇声を上げ続けていたエルフィンが、ずっと小さな声でつぶやき始める。


「78677、784993197……」


 それは、不規則な数字の羅列。

合わせて、彼の持つ鞭の周囲が歪み、整えられていく。

丁度。先程マイが唱えていた『それ』のように。


(演算型の精霊術!?)


 それは、既に、リリアの知識としてもあるものだった。


「"ラブユー・ダンス"!!」


 号令のように叫ぶエルフィン。

それと同時に、両手の鞭の挙動が変貌する。

今まで、あくまでも加えられた力と慣性によって動いていたはずのそれらが、

まるで生きているかのように、独りでに、舞うように動き出していた。


「うっ……何あれっ……」


 それはエルフィンの性根への印象もあって、あまりにも悍ましく感じられた。

ただでさえそうなっていたリリアの顔が、更に引きつっていく。

対するエルフィンは笑顔そのものだ。


「ふふ……見るだけでわくわくするだろう? こんなに素敵な愛があるんだよ、プリンセス」

「するわけないでしょ! もう鳥肌ばっかりでしょうがないんだけど!!」

「ああ、ゾクゾクするのかい!? それは素晴らしい! ああ、早く君に愛を届けたくてたまらない!」

「あーもう……ああああー!!」


 そんな中でも破綻した発言ばかりを繰り返すエルフィン。

リリアの感性も、もはや限界と言ってよかった。大声を上げて、怒りを顕にする。

もう静かにさせてやる。凶行への義憤以上に、憤りを感じてしまっていた。

再び、精霊がその四肢を包んでいく。そして飛び出した、その時。


 憤ったリリアは、少なからず冷静さと判断力を失っていた。

あるいは、狂っているのでなければ、それもまた策略だったかもしれない。


「さあ、この愛を受け取ってくれ!」


 リリアを迎え撃つように、エルフィンは右手の鞭を振るう。

その挙動は、腕による力が加わったそれと一見なにも変わらないように見えた。

それどころか。今までよりも遥かに横薙ぎに振られていた。左右には牢がある、その鉄格子に絡め取られてしまうような角度だった。

だが、そうではない。立ち向かうリリアの背後、突然ギルダが叫んだ。


「受けるな、避けろっ!」


 あるいは、その叫び声に反応したのか。エルフィンの笑顔がさらにぐにゃりと歪んだ。

鞭の軌道は、やはり鉄格子と重なるものだった。

だが、それらが重なった時。歪みを見せるのは、鉄格子のほうだった。


「えっ……うわあッ!?」


 間一髪で間に合った警告で、脚を止めていたリリア。

そのすぐ手前を、鉄格子を薙ぎ倒してきた鞭が打つ。いや、穿つ。

その重さは、先程までとは比較にならなかった。鋼鉄の床が弾け飛び、窪みすら生じさせるほどの一撃。

理外の、余りに重すぎる衝撃が伝わって、リリアは思わず体勢を崩してしまった。


「さあ!さあさあさあ!! 君に浮かぶ証は、きっと本当に美しい!!」


 それにさらに破顔しながら、エルフィンは残る一本を振るった。

同じように大回りで、鉄格子を大きく歪ませながら、それはリリアへと迫る。

脳の全てが警告を上げても、衝撃の影響で脚でも、腕でも、回避するには間に合いそうもない。

彼女を庇おうと溢れる精霊たち、それらを引き裂きながら、鞭が迫る、迫って―― 


「があああああッッ……!!」


 思わず目を瞑っていたリリア。その瞳が、飛び込んできた苦悶の声で開かれる。

倒れた彼女を庇うように、覆いかぶさったギルダのものだった。鞭は、その背中を打ち付けていた。


「……っ! ギルダさんっ!!」

「目を閉じるなっ、しっかり、しろ……!」


 状況を理解すると同時に、一気に脳内が回転を取り戻していく。

直後。溢れ出る精霊たちの力を受けて、直ぐ様ギルダを背負って立ち上がる。


「ああ……ああ、ああ、ああ!! こんな、こんな、こんな!!!

 ああ……ああああああああああああああ!!!!!」


 一方で。エルフィンはその光景に、もはや言葉さえ無くしていたようだった。

おそらく、それは歓喜よりの感情ではあるのだろう。

追撃のことも忘れて。恍惚した表情を浮かべ、完全に絶頂の彼方に行ってしまっていた。

悍ましさと怒りで憤りも凄まじいものだが、リリアにとっては僥倖といえる隙ではあった。

一気に飛び退いて距離を取り、ギルダを介抱する。


「ギルダさん!!」

「御婦人、大丈夫か!?」


 背後に控えていたマイ、そしてミーアも彼女を案じて駆け寄る。

ギルダの状態は明らかに悪かった。当然だ、鋼鉄を砕く一撃をその身に受けたのだから。

その状態を改めて確認して、悲しさと不安と自責と、それから。

呼吸も、思考も、何も整わない。

何もかもがいっぱいになって、リリアの双眸から溢れるように涙が流れる。


「ギルダさんっ、ギルダさんっ……ごめんなさい、ううっ……、うっ!?」


 その言葉を止めたのは、頬に飛んだギルダの拳だった。

彼女の状態もある、力は殆どなく、痛みの生じないものであるが。

それが叱責であることは、リリアにも伝わった。


「馬鹿がっ……! 涙なんて流してんじゃない、自分から目を潰してどうする!」


 痛みを堪える様子と共に、ギルダはそれを口にも出していく。

それこそ震えながらも身を起こして、厳しい視線でリリアを直視するギルダ。


「だっ、だって……ギルダさん……」

「あんな変態から一発貰ったからって死んでたまるか……!

 いいか、お前さんもその気持ちで居な……あんな奴に、自分の命を握らせるんじゃない」

「……っ」


 ギルダが強かに、はっきりと言葉をぶつけていくにつれ、リリアも少しずつ落ち着きを取り戻していた。

あるいはそうした丈夫を見せるための言葉でもあった。

それを一押しするように、ギルダは再び試すような笑みを見せる。


「大丈夫だ。 牢を曲げたからってなんだい。こっちは素手でぶち破れるんだ。

 お前さんの拳が届けば、倍返しにしてやれるだろうさ。

 さっさとあんなおかしいのは黙らせてやろうじゃないか」

「……うん!」


 そのギルダの様子は、あるいは、その裏面までリリアに伝わっていたようだ。

瞳に溜まった涙を、ぐっと拭って。息を大きく吐いて、その嗚咽を止める。

もう一度合わせた瞳は、また勇気と強さが宿っていた。それを見て、ギルダも更にその笑みを深めた。

そして。ギルダの献身と闘志は、リリアだけではなく周りにも勇気を与えていたようだ。


「リリアちゃん、私も協力させて。

 相手が演算型を使えるのなら、こっちだって使っちゃうわ!」

「私も引き下がるわけにはいかない! 何でもいい、君の力にならせてくれ」

「ああ……雑兵にだって、出来ることがあるってわけさ。だが、お前さんたちは肌で受けるのはよしときな。

 枯れ果ててるあたしのと違って、その肌にはまだ使い道があるだろうさ」


 場の切迫さに見合わない冗談っぽい言葉は、無論、彼女らを勇気づけるためのものだ。

それにリリアも深く頷くリリア。とある発想を胸に、口を開く。


「ありがとう……それじゃあ、1つ思いついたことがあるんだけど……」


――その一方で。

しばらく悶絶し狂乱の彼方にあったエルフィンも、少しずつ落ち着きを取り戻し始めていた。


「はぁっ、はぁっ……しまったしまった、余りにも"良"すぎて、取り乱してしまった……

 でもその『証』が残っていると思うと……! あああああっ……!」


 本来の目的を思い出す……という訳でもないようだが。

ともかく、エルフィンも牢獄の奥側、リリアが隠れた方へと歩き出す。

この休戦状態の、終わりが近づいていた。その奥へ、再び意味不明な言葉を投げ始める。


「もう待ち切れないよ、さあプリンセスたち、全てを曝け出してくれ! そして、愛し合おう!!」


 直後、牢屋の中が激しく輝く。精霊たちが姿を現した、その証だ。

リリアの戦意を表すに等しいそれは、彼女の精神状態を同時に示す。

はっきりと通った声で、リリアは言葉を投げ返した。


「どうせ伝わらないだろうけど! 口説いてるつもりなら、お返事させて!」


 そして再び、牢の中から姿を現すリリア。

エルフィンと向かい合うその表情には、先刻彼女を支配していた、苛つきと憤りはすっと影を潜めて。

溢れる自信と、そして真剣な闘志がその視線に乗っていた。


「ごめんなさい、って言わせて貰うね! 私、あなたの事……絶対許せないから!」

「ああ、ありがとう! 最高の愛を、ぶつけ合おう!!」


――――――――――――――――――――――


「おらあああああ!!」

「ひゃははは! 死ねええええええ!!」


 防戦一方。今のジストの戦いぶりは、まさしくその言葉で表せた。

ギャングらに手出しを拒ませていた威圧感は、既にもう霧散してしまっていた。


「死ねえっ、ぶげぇ!?」

「オラアアアあぶううぅッッ!!?」


 360度からの攻撃に晒されるような形となった状況。だが三下に簡単に遅れを取るようなジストではない。

背後から襲ってきた二人に一発ずつ、一瞬で薙ぎ倒してしまう。

だがそれでも、状況は好転しない。

特に強敵たる二人には、到底手が届かないままだった。それが、さらに状況を悪化させていく。

その更に背後から飛びかかる影。 ショウジだ。その凶刃が、ジストに向け振るわれる。


「っ! うおおお!」

「何っ……!?」


 それも既の所で反応して。ジストは直ぐ様振り向くと、白刃取りの要領で刀を止めた。

そのままショウジを睨みつける瞳。そこから闘志は、一欠片も消えてはいない。

だが、この状況こそが不利そのものでもあった。ショウジが、アーノルドがにやりと笑う。


「かかれ!」

「うおおおおお! 死にさらせええええええ!!」

「ぐうっ!? くそっ!」


 アーノルドの合図と共に、ショウジと重ならない範囲、側面から銃声が鳴り響く。

直ぐ様刃を振り払い後ろに飛び退くジスト、だがほぼ同時に、その刃が横薙ぎに払われた。

その切っ先を示すように、着用しているアーマースーツの胸元に傷が入る。


「掠ったのみか。 ええい、しぶとい男め」

「……っ」


 自分の劣勢はどう見ても明らかだ。ジストは奥歯を噛みしめる。

そんな中でも脳はある程度冷静に動いた。このままでは。

だがそれ以上に冷静でないのは、心と魂だった。


(負けないぞ……)


 顔を出したその感情は、自尊心からくるものではない。プライドでもない。

強いて言えば。駆られている、という言葉が近かった。

状況は悪くなるばかりだ。それが、心を更に重くしていく。


「オラアアア! 撃ちまくれええ!!」

「死にやがれえ!」

「……うおおおおおおっ!!」

「はぁ!? ま、まっ……ぎゃああああああああああ!!!!」


 放たれる銃弾の激流にすら、怯むこと無く突撃するジスト。

身に付けた装甲はどんどんひび割れ、崩れていく。それでも彼は戦いをやめない。

寧ろそれ以外の選択を、恐れるかのように。


(駄目だ、負けるな、俺は人を守る存在なんだ……) 

 

 それは、あるいは。彼の恐れる敗北は、眼の前のギャングたちに向けられたものではなかった。

尚も襲いかかってくる男たちに、再び声を上げながら立ち向かう中。


(悪党であれば打ち倒す、悲しむ人があれば助ける、俺はそういう存在でなければならんのだ……!)


浮かび上がる、「それ」を、塗りつぶすように奮戦を続けていくジスト、だが。

それは諦めのように、不意に。彼の心の表へと躍り出る。


――俺は、そうはなれない。わかっているはずだ。

俺は、なのだから。


(……――)


 その、僅か一瞬。魂が心から手を離した、その瞬間だった。


「……っぐおおっ!?」

「な、何だっ!?」

「う、うわああああっ!!」

「ぎゃああああああ!?」


 突如。爆発のような轟音が、開けているはずの広場に響き渡る。

同時に巻き起こる、大地の震え。まるでこの地面が揺れたかのように。

否、まさしくその言葉通りだった。

踏み込んだジストの足元から広がるように、舗装されていたはずの地面が激しく、かなりの広範囲で隆起していた。

その振動は体にダメージを与えうるほどの規模で、距離の近かったギャングがその餌食と化していた。


「馬鹿なっ……」


 遠巻きに眺めていたため、その被害から逃れていたアーノルドが戦慄する。

特殊な武器を使ったのかとも疑ったが、地震の精霊使いとしての才覚、

そして目撃していたジストの挙動自体が、この光景が物理法則に反したものでないことを残酷なまでに伝える。

ただの、余りにも力の強すぎる、大地への足踏み。それがこれを巻き起こしたのだと。


「ぐ、ぐうう、……ぬうっ!」


 逆にその一撃を大きく貰ったショウジ。

苦悶の表情を浮かべながら、刀を杖に身を起こす。

その犯人たるジストを睨みつけようとして、そして、その体が再び固まる。


「……」


 本能の中にある恐怖が、他の感情や理屈を飛び越して、直接呼び出されるような感覚に襲われていた。

纏う雰囲気が一変したジストの、あるいは冷静に思えるような、感情を読み取れない表情が。

彼の返した視線が、そうさせていた。

そして。あれほど激しい戦いを繰り広げていた最中であったにも関わらず。

ジストは穏やかとも取れるようなゆるやかな態度で、思考の海の中に沈んでいく。


 彼の、魂と言える場所は今も叫ぶ。

駄目だ。駄目だ。なっては駄目だ。

俺は俺の力で、世界を、人を救うのだ。だからこそ、こうして強くなったんじゃないか。


(……いや。逆、なのだろうな)


 あるいは、目を逸らしていただけだったのだと、自嘲気味にたどり着く。

これらの話は彼にしか分からない理屈であり、理由である。

だが、だからこそ、一度落ち始めた思考を救うものは、他にはない。


――俺がこれほど強くなったのは、強いのは、世界を――



だから。


「……"荒ぶれ"ッ!!」


 自分ではない、誰かのその声が。

彼を現実に、その心を水面へと引きずり出すきっかけになった。


「ぎゃああっ!?」

「ぐううっ!!」


 ジストの周囲、近いギャングやショウジを吹き飛ばすように暴風が襲いかかる。

大規模ながらも意志を持つそれらは、その中心に立つジストを傷つけることはなかった。

それを追うように、1つ、いや。重なった2つの影がジストの側へと近づいていく。


 逆光を受けながら、現れたのは。


鋼鉄の装甲によってその身を形作る、心を持つ精霊機甲、そして。

もう反対に抱えられていた「彼」が地に降り立つと、高らかにジストへ呼びかけた。

 

「助けにきたぞ、おっさんっ!!」

「……ジェネ!!」

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