7話
吹き荒び、流星のように飛び出した暴風。
体の推進力をそれに任せながら、ノインは先頭のニーコに声を掛ける。
その目的は勿論、今後の動きについてだった。
「ニーコ。目標が近い、一旦着地するぞ。そこで内部の状況を探知する」
「そうね……あの倉庫の向こうとか良さそう!
施設入口とは真反対で管理棟の窓からは死角だし、運が良ければ全く見つからずに行けるかも!」
ノインのそれに加えて、抱えられていたネルからも提案が出る。
言外、あるいは暗黙の了解ではあったが、今回の突入は、潜入となるのが共通の認識だった。
ギャングとはいえそれなり以上に有名であるブラスターズの戦力、
そしてこちらがただ4人ということを思えば、必然的にそうした認識になるのも当然だった。
潜入としては、この暴風は派手すぎるきらいは在るものの……精霊は時として、独りでに自然現象へと姿を変える事がある。
特に風への変質は、発生頻度が高いものだ。姿さえ見られなければ、警戒を受けない可能性も大きかった。
そう言った事情も組んでか、普段は我儘で自我の強いニーコも、二つ返事でそれに返す。
「よし! まかせろ!」
返答は、少し食い気味だった。それにほんの少しだけ違和感を覚えたノインだが、言及は避けることにした。
そして突風は、ネルが指した倉庫の方へと向きを修正する。
建物が近づいていく中、少しずつ速度を落とす、はずだった。
「ニ、ニーコ? そろそろ着地の準備を……」
「まかせろ!」
不穏に思ったネルの言葉に、ニーコは再び同じ言葉で返した。
だがそれと裏腹に、突風の速度は全く落ちる様子がない。それどころか、勢力を増してさえいた。
そして突風の向く先は、指し示した建物の裏側ではない。その建物そのものを向いていた。
そう。突風の中心が故か、あるいは猛る闘志が故か。
ニーコは、全く話を聞いていなかった。
「き、貴様……!」
「ニーコ、お前話聞いて……」
やがてそれを察したノイン、そしてジェネがそれを咎めようとしたが、もう、何もかも遅かった。
一行を運ぶ突風はそのまま一切速度を落とすこと無く、流星のようにその屋上へ突き刺さった。
「うおおおおおおおおおああああああ!!!!!!」
暴風の先頭に居るニーコの咆哮。
彼女の入れた気合に呼応するように、巻き起こる風も更に強さを増して。
風の破城槌とも言えるそれに耐える事は叶わず、突き刺さった屋根はそのまま打ち貫かれていく。
それはそのまま建物一階部分、地上とほぼ同じ場所まで貫通して、ようやくその行進が止まった。
だが当然、荷物や瓦礫だらけの場所への突撃なのだ。完全に無事でいられるはずもなく。
ジェネとネルが、ノインの体から投げ出される。
「しまった……!」
「きゃあ!!」
「うおあっ!!」
だが直後。最後にもう一度大きな風が吹く。当然これも、ニーコの操る風だ。
それはニーコとノイン、そして二人を地面への衝突から守るためのものだろう。
投げ出された二人も地面に倒れ込みはしたものの、目立つ負傷などは負わずに済んだ。
背後の様子は知ってか知らずか。そのまま着地して、ニーコは自慢げに誇りだす。
「いよーし、着地成功! どんなもんだ!」
「どんなもんだじゃないでしょ! 任せろって何だったの!」
「独断、愚策、強行……お前に僅かでも信頼を置いたことが間違いだった」
「え!? なんか言ってたか、お前ら!?」
「もはや会話すらも放棄したい、そんな感情だ……呆れとは、ここまで脱力を誘発させるものか」
「おい! よくわかんないけど馬鹿にしてるだろそれ!」
「怒られるようなことをやってるって思いなさい!」
そして叱責に対するニーコの反応は、先程の杞憂が事実であることを証明していた。
そんなニーコに呆れか、あるいは怒りか。
辺りに噴き上がった埃が収まるのを待つこともなく、その応酬が始まる。
だが、状況はそれを続けることも許さない。それをジェネが口に出す。
「まあ文句は言いてえけど、後回しだ!」
「そ、そうね……! 見つかる前に……」
それで一旦矛を収めたネルが立ち上がろうとした、その時だった。
少しずつ収まっていく埃の合間。そこから、見えてしまった。
「いてて……え?」
最初に目が留まったのは、被った帽子から見える銀髪だった。
次に、それが男であることに気づいた。背丈や顔つきから、自分に近い年ではあるが、年下ではあるだろうか。
そんなことを考えている余裕は無いはずであるが、
この最悪の状況故か、ネルの思考はそんなどうでもいいことばかり考えついていた。
「あ。ど、どーもー……」
口から、何の意味もない言葉を漏らすネル。
そして晴れていく視界が、この状況を確かにしていく。
倒れ込んだ、その見知らぬ少年に。彼らは突入直後に発見されてしまっていた。
――――――――――――――――――――――――――
「はあああああああああああ!!!!」
「うぎゃあああっっ!!」
薄暗い監獄の中、輝くリリアの拳が、看守の男の顔面を捉える。
強烈なアッパーカットは男の体積さえにも打ち勝ち、その体を持ち上げ、吹き飛ばした。
僅かな滞空時間の後、男はそのまま仰向けに倒れ込む。完全にKOされていると言えた。
その様子を認めて、リリアの周囲、牢屋に囚われている者たちから上がる歓声。
彼女に駆け寄りながら、ギルダは嫌味そうに彼女にぽつりと話しかける。
「まるで見世物だね。まだ行けるかい?」
「ヒーローって言ってよ! もちろん!」
彼女らが今居るのは、自分たちが囚われていた場所から一階層上がった所だ。
リリア達とマイ、ミーアが囚われていたのみだった以前の階層とは違い、ここには数多くの女子供が囚われていた。
身代金目的の人質か、あるいは。
ともあれこのギャングらの凶行の象徴たる、この空間に囚われた者たちを助けない選択肢は、リリアには無かった。
そして大立ち回りを演じる彼女を捕らえんと、次々に男たちが立ちはだかる。
「何がヒーローだ、ふざけやがって……このガキが!」
「ただじゃ許さねえぞ! ブチのめす!」
直後、二人の男がリリアへと突撃する。
怒りに任せたような言動だったが、後ろに位置する男の歩幅はやけに整っている。
ギルダがそこに目をつけたタイミングで、リリアもまた前に出た。
「おらっ、喰らっ……」
「はぁッ!!」
「ぶ、ぶぅ、べぇっ!!!」
男が警棒を振りかぶった瞬間、それよりも何倍も早く、重い回し蹴りがその腹部に突き刺さった。
質量を遥かに超える一撃。全く耐えることができずに、男は力の向きの先にある鉄格子まで吹き飛ばされる。
だが。計画していたか、あるいは独断か。まさしくその攻撃に合わせて、もう一人の男が警棒を振り上げていた。
「このガキがっ……ああっ!?」
そしてリリアが反応するよりも早く、振り下ろされたはずの警棒。だが来るべき手応えは無かった。
一瞬の困惑の後。
男はその手に握られていたはずの警棒がないこと、握っていた警棒が床に落ちたこと、
手に走るじんわりとした痛みに気づいていく。
そしてそれが、自分に向け鋭く警棒を振るったギルダの仕業であることも。
「順番待ちも出来ないとはね。お前さんには過ぎた玩具だ」
「なっ、ババア!? てめぇ……はっ!」
その全てを理解して、策を挫いた上で嘲るギルダに激昂する男。
だがそれは、致命の隙に他ならなかった。
既に次の敵を捉えていたリリアが、軽く跳躍して右足を振り上げていた。
「ふんッ!!」
「ぶべっ!!」
それから声を出す隙も無く、精霊を纏った踵落としが脳天に打ち込まれる。
これもまた、凄まじい威力の一撃だ。抵抗することも叶わず、男は顔面を床に口付けていた。
再び巻き起こる歓声の中、一呼吸だけ挟んで。気を失った男のその腕を捕らえ、ギルダはロープを巻き付けていく。
「バカタレ。隙なんて見せてんじゃないよ……よし、こいつは当たりだね」
「ごめんなさい、助けてくれてありがとね。っと、マイ先生、ミーアさん! おねがい!」
「ああ、分かった!」
先の戦闘の失態を口に出しながら。ギルダは男の懐から鍵束を抜き取り、ミーアへと放り投げる。
勿論、この階層にある牢屋の鍵だ。そのまま手渡されたマイが、奥側の牢屋から鍵を試していく。
「よし、開いた! 動けますか? 今手枷の方も……!」
開いた牢のものだろう、より大きくなった歓声を背に受けながら、リリアは少しだけ表情をほころばせる。
精霊の助力はあるとはいえ、これまでもう何人もの看守を打ち倒している。
その表情にも、少なからず疲れが見え隠れしていた。
そんな彼女の様子を捉えてか、ギルダが歩み寄る。
「一旦、打ち止めのようだね。ここの様子が割れれば、追加も来るだろうが」
「そっか。じゃあ、私も牢開けて……」
「呆けたことを抜かすんじゃないよ。あたしらで十分な事に力を使うんじゃない。
お前さんの思うように全員助けたいのなら、尚更だ。
頭数がありゃあ、雑兵でもお前さんの助けになれるだろう。今は休んでおきな」
「言い方! ……でも、ありがとう」
独特の言い回しはあれど、掛けた言葉も彼女を案じるもので。感謝と共に、リリアは大きく息をついた。
ギルダ本人はあのように腐していたものの、間違いなく彼女の存在は、今のリリアにとっては大きな支えとなっていた。
出会ってまだそう時間も経っていないのにと、
「さて。今の分の鍵で、この監獄もから出られりゃいいんだがね」
「でも、倒した人は全部見たよね? 他にもう看守がいないのなら、絶対開くんじゃないの?」
「そうだといいんだがね……」
「……へっ、無駄だぜ、嬢ちゃん達」
二人で交わす会話の中に、不意に交じる他人の声。
一気に緊張が張り詰める二人。声の主は、ギルダによって既に縛られた男だった。
身動きすることは諦めているのであろう、抵抗する様子はなく、ただ嘲るように語っていく。
「威勢のいいことだが、お前らがここから出るのは無理だ」
「なんだい、芋虫にされた状態で負け惜しみか? 情けない奴だね」
「笑ってられるのも今のうちだけだぜ……鍵はな、バケモンみてえに強え変態獄長が持ってんのさ。
ちょっと腕っぷしが立つからって、敵う相手じゃねえ」
「何を……!」
問答を続ける中。新たな声が、その場に響く。
「おいおい、変態獄長はひどいじゃないか。 なあ、ダニエル?」
「ひ、ひぃ! エルフィン獄長!」
そして。その男の言う存在は、すぐに姿を現した。
牢屋に響いたその声は、成人男性としては高い音。
現れたのは、すらっとした優男だった。世間的にはむしろ、美形と呼ばれる方に入るであろう程の。
だがそれによって、この場の空気が急変する。あれだけ響いていた歓声も、全て止んでしまった。
「僕らはここの
なのに、言うに事欠いて『変態獄長』だなんて……僕は悲しいよ」
「ひいい!!申し訳ございません、お許しください!!」
一瞬、現れた男の言葉を全く理解できなかったリリア。隣のギルダに至っては、完全に顔が引き攣っていた。
たったこれだけ、わずか一言で。男の語った「変態獄長」の所以を思い知ることになっていた。
その暴言を吐いた当本人であるダニエルと呼ばれた男といえば、
体格で言えば勝るであろうエルフィンに完全に怯えきって謝罪を繰り返す。
それに対して、逆に困ったような、悲しむような表情を見せるエルフィン。そのまま右手に、懐から何かを取り出した。
「ダニエル、気づかなくてごめんね……君にも、もっと『愛』を与える必要があったんだね」
「も、申し訳ございません、申し訳ございませ……ぎゃあっ!」
直後。牢獄に弾けるような音、そしてダニエルの悲鳴が響く。
それがエルフィンが手に持った鞭によるものであると、遅れて理解するリリア。
ただでさえ寒気のするような言葉を吐き続ける彼の凶行に、ぞわりと全身が強張った。
その中でも、エルフィンはその手を止めることはない。的確に操られた鞭が、ダニエルを痛めつけていく。
「ぐぎゃ、ぎゃああっ! お許し、があ!!」
「駄目だ、ダニエル! もっと僕らは分かり合う必要があるんだ!
僕も逃げない! だから、君も逃げないでくれ!」
「……なんだい、こいつは……」
口を開けば開くほど、エルフィンは人格が破綻しているとしか思えない発言をエスカレートさせていく。
ギルダの口から漏れたのは、もはや戦慄といえるものだった。
その言葉の一片も、その態度の一片も、何もかも。
理解が出来る存在ではない。それは、リリアも同様に感じていた。
(……でも!)
だが。あるいはダニエルの悲鳴、そしてこの凄惨な光景は。
寒気に包まれた体を溶かすほどに、彼女の心に火を着けた。
「お許しっ……! な、あ……?」
「お前さんっ!?」
鳴り響いていた鞭の音が、急に止まる。
否。止まったのは音だけではない。鞭自体が、リリアに掴まれて止まっていた。
精霊と共に掴んだ鞭を握りしめ、リリアは直球の怒りをエルフィンにぶつける。
「……ふざけないで!」
格好いいという理由だけで着けていた手袋と精霊たちの助力、
そして燃え上がる怒りもあって、鞭を捉えた手のひらに痛みは感じなかった。
それ故に。振られた鞭を平然と掴む少女の光景に、
先程まで異常な発言ばかり繰り返していたエルフィンも、それには驚嘆する様子を見せる。
「……これはこれは。随分と素敵な、わんぱくなプリンセスが居たんだね。
失敬、あいさつがまだだったね。ごきげんよう、僕はエルフィン。君たちを愛したいんだ」
「意味のわからないこと言って、人を一方的に痛めつけて!
攫った人たちも、自分の部下も、そうやって虐めてきたの!?」
「虐める、なんて酷い事言わないでほしいな、わんぱくプリンセス。
ここに来たプリンセスも、プリンスも、そしてファミリーのみんなも、愛したいだけなんだ。
こうして愛せば、その愛の証が体に浮かび上がるんだ。そうしたら、もっと幸せじゃないか?」
「痛めつけられて、傷つけられて、幸せなわけが無いじゃない! おかしいことばっかり言わないで!」
ただの挨拶という体ですら破綻しているエルフィンの言動に、リリアももはや付き合うことなくその行いを糾弾する。
彼女の強硬な姿勢を受けてか、その表情に大きな悲しみを浮かべるエルフィン。
あるいは、本気で悲しんでいるのか。その声のトーンも大きく落ちていく。
「わからないかい……悲しいよ、わんぱくプリンセス……いや」
「変な呼び方も、やめてくれな……」
「……いかん、避けろっ!」
突然、警告を叫ぶギルダ。
その中に隠した所作に、ただ彼女だけは気付いていた。
「そんな君だからこそ、僕の愛を受け取ってほしい! 」
直後、突然敵意……いや殺意を表に出したエルフィンが、左手を振るう。
その手にも右手同様、鞭が握られていた。狙いは勿論リリアだ。
攻撃を妨げることを試みて、ギルダは鋭く警棒を突き出す。
だが、それは先程の援護のようにはいかなかった。受けた鞭の攻撃は非常に重く、その警棒を跳ね飛ばしてしまう。
「がっ……!」
「わあっ!?」
ただ、軌道を逸らすことには辛うじて成功していた。
リリアを狙った一撃は、その足元を打つ。
外れたもののその衝撃は、リリアに握っていた手を開かせていた。
解放された左右の鞭を巻き戻しながら、またも驚嘆……いや、もはや感動するかのような様子さえ見せるエルフィン。
「マダム・プリンセス! ああ、こんなに素晴らしいプリンセス達と会える日が来るなんて!」
「ババアなのか姫なのかどっちかにしたらどうだい。ああ、気色悪い。吐き気がするよ」
「ギルダさんっ、大丈夫!?」
「痺れただけだ、気にするな……だが奴が、今までのチンピラ共とは格が違うってのは確かだ。
あたしらはそれでも、お前さんに頼るしか無い。気合を入れな」
「……うん!」
ギルダからの気付け、あるいは激励の言葉を受けつつ、リリアはエルフィンへと構える。
異常者であるが、両手共に鞭を自在に扱う技術、膂力を持つのは明らかだ。この場においては、脅威に他ならない。
恐ろしい相手と相対している。リリアは息を吐いて、自らを奮い立たせた。
「さあ、プリンセス達……僕の愛を受け取ってくれ!」
「ああもう、意味わかんない! とにかく、あなたは許さない!」
――――――――――――――――――――――――――
「おいっ、何の音だ!」
「すみません、自分も何がなんだか。いきなり天井が崩れてきて」
「テメェ、そんな事あるわけねえ……って事もねえか。ここもオンボロだしなぁ。
よしレオ、お前が片付けとけ! 俺は呼び出しがあんだ」
「はいっ、承知しました!」
走り去っていく大男を見送って、レオと呼ばれた少年は再び、倉庫の方へ振り返る。
煩雑に置かれていた、そして今は完全に散乱した荷物の山。
言葉通りに片付けるとすれば、途方も無い労力を要するだろう。
だが。こと今の状況としては、それはあるいは僥倖でもあった。
「行きましたよ」
足音が聞こえなくなってから、その荷物の山へ向けて声を掛けるレオ。
その先から、先ほどこの部屋に現れた一行……ネルが、ジェネが、ノインが、ニーコが。その姿を表していく。
一先ずの危機が去ったことを察して、困惑混じりではあるものの、ネルは彼に感謝を伝える。
「あ、ありがとう……レオくん、でいいのかな。どうして匿ったの?」
ここで真っ先に目があったあの少年が、彼らを匿った理由はまだ分からないままだった。
それもそのはずで、まともな会話も無く身を隠す事を提案された、というのが現状なのだ。
自然とこの少年へも、疑問や困惑も向いていた。二の句がその確認になるのも自然ではあった。
「それは……」
その問いかけに、レオは僅かに押し黙る。
少なからず浮かび上がる、動揺の色。何か言い淀むかのような態度だ。
窮地は脱したとは言え気が抜ける状況ではない。ネルが、そして他のメンバーの視線が彼に集まる。
そして、その口が開かれた。
「……ここの人たちより、いい人だろうと思ったので!」
「何だそりゃ!」
彼の言葉を素直に受け取るなら。その理由は直感として、ということだった。
当然ながら、状況との整合性も何もない。
この場ですぐに納得、とは行きづらい回答であるのは間違いなかった。
「ただの直感としては聞き流せない発言だな。
客観的に見て。状況も外見も、我々を警戒しない理由もないはずだ」
「お前! 助けてくれた奴にも文句言うのかよ!
そりゃお前がめちゃくちゃアヤシくてインケンでおたんこなすなのはその通りだけど」
「話の軸がぶれる、無駄な口を挟むな。
ここに居るということは、少なからずこのギャングの関係者ではあるだろう」
「ギャング……? ああ、そういう事か」
して、ノインがそれを追及するのも無理のないことと言えた。
彼はそのまま、疑問点となるものを並べて言語化していく。
だがそれに対する返答は、まるで何かに合点がいったかのような言葉から始まった。
「俺はあの人達の仲間って訳じゃなくて、ただのバイトです。
ただの倉庫整理の割には時給が良かったから申し込んだら、
上司は血の気の多い人ばかりだし、話してる内容も整理する荷物も不穏だし、
その上家には帰してくれないしで……怪しいとは思ってたんですが、やっぱり犯罪集団だったんですね」
「ってえと……騙されて連れてこられたって事か?」
それに相槌、そして要点の確認を返したのはジェネだ。
問いかけを口に出したのはノインとは言え、やはり疑問自体は皆共通だったようだ。
それに頷いて答えるレオ。
「ええ、多分そうなんだと思います」
「間抜けなやつだなー、いだっ!」
「ニーコ! ……ごめんなさい、貴方だって騙された身なのに」
「あ、ああいや! 大丈夫です!」
そんな彼をなじったニーコが、直後にはたかれて悲鳴を上げる。叩いたのはネルだった。
言葉でもそれを咎めながら、続けて代わりに謝罪する。
対するレオも、大丈夫である事を示すように、返す言葉は努めて軽くしていた。
「まあつまり、騙されて連れてこられた立場としては、
ギャングたちより私達のほうが信頼できた、って事ね」
「そういう事です」
そして彼の語った言葉を総括するネルに、レオは頷いて答えた。
ともかく、最初に抱いた疑問が解けたということだった。これ以上に追及しないノインの様子が、それを物語っていた。
「ところで。それじゃあ逆に、皆さんは何者なんですか?」
逆にレオからも、一行への質問が投げられる。
これもまた、自然な疑問であると言えた。もっと言えば彼が答えた以上、これを回答しないのは誠実ではない。
今更引き下がることもなく、ノインが彼に返答を返す。
「レオ、このギャング『ブラスターズ』に誘拐されている者がいる。我々はその救助のために潜入を試みていた」
「! って、せ、潜入……?」
「試みていた、な。結果的にこんな事になっちまったけど」
して、ノインの返答は正確なものであったのだが。
現れた単語に疑問を示すレオに、ジェネ補足のような言葉を繋げる。
その視線は、ゆっくりとニーコの方を向いていた。
「おい、なんか言いたいことあんのか?」
「無限にあるっつうの!」
「むしろ会話を交わしたくない程にな。 ……すまない、話が逸れた」
尚も不遜な態度のニーコに立て続けに糾弾が飛んで、
しかしそこで一旦区切って、ノインは無理やりに話の軸を戻す。
ともかく重要なのはその目的だ。明確な反応を見せた、レオの返答は早口だった。
「ああいや。それより、誘拐された人が捕まってる所なら心当たりがあります!」
「えっ、本当!?」
「ええ。 この施設、地下に牢屋があるようです。
見慣れない人がそちらの方へ連れられていたのを見ました。内部までは見ていませんが……」
彼から提供された情報は、今まさに欲していた情報そのものだった。
リリアを救う上で、この小さくはない施設を探索するとなれば簡単ではない。
思わぬ足がかりに、この場の熱量がぐっと高くなる。特にそれを前面に出したのはジェネだった。
「場所はわかんのか!?」
「はい。 ええと……」
質問に答える意志を見せたレオ。
彼が辺りを見回す様子にその意図を悟って、ジェネは懐からメモ帳であろう冊子とペンを取り出す。
「ああ、ありがとうございます」
「すまねえ、頼む!」
その言外のコミュニケーションは合致していたようだ。
それを受け取って、レオは白紙へと地図を書き始めた。
かなり手早いその動作に反して、整った筆跡で地図が書き足されていく。
状況が状況であるが、動作も出来栄えも見事とも言える手際だ。その感心をニーコが素直に口にする。
「お前、絵うまいなー」
「はは、ありがとう。 まあ、ただの地図だけど……っと。こんな感じです」
そして僅かな時間で、レオは説明用の地図を仕上げきった。
あくまでレオの記憶を頼りに短時間で書き上げた、簡略化されたものではあるものの
所要時間に対しての情報量としては素晴らしいと言う他なかった。
二次元に落とし込まれたその地図を指さしながら、レオは説明を続けていく。
「現在地がここです。 高く伸びてる建物がこの向かって右側、牢屋があるらしいのがこの左側の棟です。
ここに階段があります。降りた先にあるという話を聞きました。 僕がわかるのはここまでです」
「助かった、ありがとよ! こうしちゃいられねえ!」
「おう! リリアを助けてやんないとな!」
そして手渡された冊子を受け取ると、先程の喧嘩はどこへやらジェネもニーコも同調して闘志を吹き上がらせる。
場の空気が目的たるリリア救出へと向く中、話を改めるように、ノインがレオに声を掛ける。
「協力感謝する、レオ。
我々は潜入にて誘拐被害者の安全確保が出来次第、施設ごとギャング制圧にかかるつもりでいる。
それまでは巻き込まれないよう、身を隠しておいてほしい」
「わかりました、そちらこそお気をつけて」
それは行動に移すに際しての、残る彼への助言だった。
頷いてそれに了承するレオ。そしてその脚を、倉庫の出口の方へと向ける。
「少し待っててください。外の様子を伺います」
そのまま少し開いた扉の間から顔を出すレオ。
辺りを見回して、顔を引いて扉を閉じる。振り返った表情は、少し訝しげだ。
「……妙に人気がないですね。普段はもう少し居るんですが。
そう言えば、『呼び出し』とか言ってたような……どこかに人員が集まってるのかもしれません」
「警戒するに越したことはないけど……人が居ないならそれはむしろチャンスかも、ってこと?」
「ああ、そうだよ! ちゃっちゃとリリアを見つけてやろうぜ!」
そのレオの報告を、ネルは一旦吉報であると受け取った。
ニーコもそれに同調する。 一同で頷いて、今度はレオ以外が扉の方へと近づく。
ついにここを発つ時だった。
「どうか、お気をつけて」
「そっちこそな!」
「匿ってくれてありがとう、また後で!」
最後に互いを案ずる言葉を交わし合って、一斉に外へと飛び出していく一行、そしてそれを見送るレオ。
ずっと静かになる倉庫の中。数度大きく息を吐いた。
不意に、外から何かの音が響いた。だが、それに反応を返すこともしなかった。
開いたままの扉を、閉めようとはしなかった。ただ一人、ぽつりと呟くように口にした。
「……今こそ、その時だな」
――――――――――――――――――――――――――
「何だおい、どうなってる!? 一体何があった!」
「カチコミだ! とんでもない化け物が来やがった!」
所変わって、こちらは施設正面の門、そこから続く施設の正面と言える場所だ。
怒号と銃声そして悲鳴が嵐のように飛び交う、まさしく戦場と化していた。
拉げ、吹き飛ばされた鋼鉄の扉を乗り越え、侵入者は止まること無く突き進む。
その結果となる、眼の前に並ぶ、大量の殺意。だがそれを見ても、ジストの心は何一つ揺るがなかった。
「てめえ何もんだ!! 好き勝手しやがっ……ぶぎぇあああッ!!?」
懐まで近づいてきた男を一瞥すらせず、腕だけの動きで顔面に裏拳を叩き込むジスト。
動きとしては小さなものだ。だがそれは爆音と共に、巨体を弾けるように吹き飛ばした。
一瞬で、場の雰囲気が彼一人に呑まれていく。
「サブロー!? クソが、近づかせんな! 撃ちまくれ!!」
遠巻きにそれを見ていた者たちが、今度は手に持った銃器、その銃口を彼に向ける。
直後、雑な合図によって一斉に引き金が引かれる。
巻き起こるけたたましい銃声と共に、力と化した精霊が放たれた。
だがほぼ同時に、ジストは今度は自分が弾けるかのように鋭く、大きく横跳びでそれを躱す。
(精霊機関型の小銃……ギャングだけでは、手が届くはずもないがな)
動作の激しさとは裏腹に、ジストは冷静に、もしくは呆れているかのように考え事をする。
グローリア預かりのはずの施設がギャングの根城になっていることもそうだが、
こうも自らが籍を置く組織との癒着を見せつけられると、義憤より先にそうした色の感情ばかりが浮かんできた。
だがそれが、動作に影響することはない。
横跳びの着地と同時に、その近くに転がる吹き飛ばされた大扉に手を伸ばすジスト。
それをまるで紙切れのように軽々と持ち上げると、銃口のある方へ盾にするように向けた。
「な、なあっ!?」
「化け物っ……!」
精霊の弾丸には、分厚い鋼鉄を貫くほどの力はない。扉の盾の前に弾丸は力なく弾かれていく。
そして大扉を抱えたまま、ジストは走り出した。向き先は、銃を持つ男たちのほうだ。
体よりも遥かに大きな扉を抱えているというのに、その足取りは全く重さを感じさせない。
ここにきて今まで目もくれていなかった男たち、その言葉の1つに反応する。
「ひいいいいぃぃ!! 止めろ、止めろおっ!!」
「わあああああああああああ!!」
「そうだ。俺は化け物だ」
その恐ろしい光景に、完全に恐怖に支配されたギャングたち。
もはや銃さえ捨てて逃げるものさえ出てきているその背中に、あるいは自らに向けて。
ジストは猛進の中で、小さく呟いていく。
そのまま大扉による突撃は止まること無く、男たちが構えていた陣地を完全に押しつぶした。
「ぎゃああああああああああ!!!」
「ひ、ひいいいいっ……ぶびぇえええッッ!!」
そして再び、扉を抱え上げるジスト。
群れて逃げていく男たちの背中に向け、扉をブーメランのように放り投げた。
これまでジストによって、軽々と扱われていた大扉であるが
敵うこと無く押しつぶされていく男たちの姿が、その重量が嘘ではないことを証明していた。
だが場が収まることはなく、ジストに向け次なる殺意が襲いかかる。
耳をつんざく轟音。ゲルバが操っていたような仰々しい意匠の車が、ジストに向け襲いかかる。
「クソがあああああああ!!!」
「死にやがれえええ!!!」
それを認めて、向かい来る車に体を向けるジスト。
より一層轟音を上げながら突進してくる車に、回避するような仕草は、全く見せかった。
鉄塊はさらに速度を上げ、ジストへと迫る。そして広場に響く、大きな衝突音。
「ハハハ……は?」
「ひ、ひえ……」
あれだけ速度を上げていた車は、ジストが伸ばした両手に完全に勢いを殺されていた。
どれだけその出力を上げようが、もはや僅かにも動かなかった。
ジストの瞳が、車に座る二人と合う。その瞬間、心は恐怖に支配された。
「ひっ、ひいいいいいいいいい!!!!!」
「……だがな」
目があったからこそ、ではない。言葉を紡ぎながら、ジストは片手を振りかぶる。
抑える腕が一本になっても、状況は何一つ変わらなかった。
外した腕に力が込められていく。彼の纏う空気が、静から動に変わった。
「……俺は、人を守るんだ!!」
そしてジストは、振りかぶった方の腕を車に打ち込んだ。
先ほどのものとは比較にならないほどに、巨大な衝突音が響く。力が伝わるまでの一瞬、その後。
その一撃は車を大きく拉げさせ、そして、まるで部品が解けたかようにバラバラに弾き飛ばした。
「ひ、ひいい……!!」
「無理だ……勝てるわけがねえっ……」
ジストの一連の大立ち回りによって、威勢のよかったギャングたちは完全に戦意を失っていた。
振り向いた彼が、一歩踏み出す度に。まるで蜘蛛の子を散らすように、過剰なまでの距離を取るため逃げ回っていた。
(戦意は奪ったか。 あとはリリアの場所を聞き出せば……)
一方、状況の変化によってジストの心境は特に変わることはなかった。
これからの計画を軽く考えて、その実行のためにまた脚を踏み出そうとした、その時。
それは、また新たな声色によるものだった。
「"ナチュル・バインド"!」
「っ!?」
響いた声と共に、突如ジストの周囲に現れる魔法陣。
そこから伸びる、非常に太い蔦がジストの四肢に絡みついていく。
拘束が目的であることは明確だった。 声の発した方へ、ジストの視線が向く。
積み上げられたコンテナの上、明らかに他と違う空気を放つ男二人が、彼を見下ろしていた。
一人は長く、細い刀を背負い。
もう一人は目立つ武器は持たないものの、この犯人であることを表すように、ジストにその手を向けていた。
「間違いあるまい、"英雄"ジストだ」
「なぜ防衛隊がここに来る……話が違うだろう、忌々しい」
この拘束、そして視線に込められた敵意が、彼らが何者であるかを物語る。
乱暴に腕を振り、蔦を千切るジスト。同じように、敵意を込めた視線を返した。
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