5話


「チッ……使えねえ野郎どもだ。 ガキだの、防衛隊の人形だのに簡単にのされやがって」


 視線は3人に向けたまま、吐き捨てるように男は独りごつ。

内容は制圧された部下への愚痴だ。それはあるいは、その敵意が消えていないことも示していた。


「情報照合完了。指名手配中のギャング『ブラスターズ』のリーダー、ゲルバだな」

「ああ、そうよ。俺様がゲルバ様だ」


 そのままノインの言葉を肯定する、ゲルバという男。

場面やその言葉からはまるで自首の意味さえ持ちそうな会話であるが、

しかしこの男の表情には、一切諦めや観念の意は見受けられない。

その真意を知ってか知らずか、しかしノインは言葉を重ねていく。

   

「既にグローリア防衛隊への連絡は行われている。

 抵抗にせよ逃亡にせよ、もはやお前に術はない。投降しろ」


 だがそれにさえも、ゲルバはただ不敵に笑った。

そして高らかに宣言するように、ゲルバは口を開く。

 

「術はない、だとぉ? 残念だったな、俺にはこれがある!」


 言葉とともに懐から取り出した、何かしらの小さな装置。

止める間もなく、それを押し込むように動かすゲルバ。

その瞬間、彼の周囲の空間がひしゃげたように歪む。

いや、違う。全く同じでないにせよ、リリアには、見覚えのある光景だった。

歪んでいるのは、空間ではない。


「うゔっ!? あ、ぐぅっ……!!」

「ニーコ!」


 その隣でニーコが突如伏せ、苦しみ始める。

倒れた彼女を抱きながら、リリアは記憶の中に思い当たるものがあることを思い出す。

ニーコやその仲間達……一般的に「妖精」と呼ばれるものは、精霊の変異体であり仲間である。

ネルやフェムトからそう聞いていた事を。

もう一度、歪んだ空間の方を見て。赤黒い光が現れていく光景に、それは確信に変わる。


「変異精霊反応……何が起きている?」

「あいつ、魔物を出そうとしてるの!」


 叫ぶように答えるリリアの顔には、強い焦りの表情が浮かぶ。

まだ店内には多くの人が残っている。むしろ出入り口付近で男たちが暴れていたのもあって、奥側に集まっているのだ。

そんな状況で、村のように凶暴な魔物が多く放たれれば。

惨憺たる光景が、その脳裏に浮かんでしまう。

だが、もはやそれに何も出来ない、それをあざ笑うかのように。ゲルバは醜悪な笑みをリリアに向けた。

  

「よく知ってんな、ガキ……それじゃ、パーティの始まりだ!」


 ゲルバの声を号令に、具現化した魔物が数体、大きな音を立てながら地面に着地する。

四足で立つ猪のような姿の魔物たち、いずれも、大の大人2人分以上の背丈があった。

数秒の威嚇のような様子の後、堰を切ったようにそれらが一斉に叫びだす。


「ブオオオオオオオオオオッ!」

「ギャオオオオオオオオオッ!!」

「ひゃっはっはッ……うおおおッ!?」

 

 そして、標的たるリリア達3人……ひいてはその背後の人々に向けて、一気に駆け出し始める。

店内に残った棚や机が紙くずのように吹き飛ばされ、店内はまるで嵐のような惨状に見舞われる。

それを作り出すのは巨大な体躯を持つ魔物の突進だ、まともに受ければ重傷は避けられないのは明らかだった。

意図を読み取ってか、今も悶え苦しむニーコを強く抱え、立ち上がるリリアの全身を精霊たちが包んでいく。

刹那。精霊たちの助力を最大限に受けて、リリアは弾けるように横跳びした。

直後に、先程まで彼女らが居た場所を魔物たちが通り抜けていく。

  

「くぅッ!」 


 勢いのまま、体勢を崩しながら背後を振り返るリリア。

見えた2体の魔物のうち、避けたこちらを再度捉えようとしているのは1体だけだ。

だがそれは単純な僥倖とは言い難い。こちらに来ていない魔物が何を狙うのか、言うまでもないからだ。

同じ様に身を躱していたノインが、彼女の身を案じる。 


「無事か、リリア」

「私は大丈夫! それよりあっちを! まだ人が残ってる、襲われちゃう!

 ニーコも連れてって! 残ってる人たちといっしょにそのまま逃げて!」 

「馬鹿な……! 何を」

「ばっか、お前何言って……やべッ!?」


 リリアはそのまま、ノインにその憂いを任せる指示を出す。

だがそれを裏返せば、この場は一人で残るという意志の表明でも会った。

一瞬固まったような様子を見せたノイン、そして抗議するニーコ。

だがその忙しい会話でさえ、この状況では許されないかった。 振り返っていた魔物が、既に勢いを持ってこちらに走り込んできていた。


「ブオオオオオオオオオオッ!」

「ーっ!」

 

 もはや言葉も返す暇もなく。リリアも同様に魔物の方へ飛び出していく。

その全身が、もはや光に包まれると言える程に現れていく精霊たち。

物言わぬ彼らの声も含めたかのように、リリアが、吠える。

 

「うおおおあああああああああああああ!!!!!」


 凄まじい気迫と体のまま、リリアは突撃する魔物にその両手を構えた。

そしてすぐ接触、そして周囲にも伝わる程の大きな衝撃が走る。

だが。まるで物理法則を無視するかのように。リリアの小さな身体は、その場に留まり続けていた。

そして逆に。巨大な魔物の体は、その細い腕によって動きを封じられていた。

 

「ブモオオッ!?」

「行って、はやくッッ!!」 


 動きを止められたことで相応の衝撃が帰ってきたのだろう、怯む魔物を尻目にリリアが叫ぶ。

切羽詰まった状況、言葉短く、ノインはニーコに尋ねる。

 

「……動けるか、妖精」

「ニーコ様、だっつってんだろ……! ぜぇ、はぁっ……ぜ、ぜんぜん余裕だって……」


 返した言葉に対して、ニーコの状態が芳しくないのはひと目でわかる。

そしてこの状況だ。彼は迷わなかった。有無を言わさず、ニーコを担ぎ上げた。


「リリア。直ぐに戻る」

「あうっ!? おいッ離せッ、おい!!」


 そのまま二人は宙を駆け、もう一体の魔物が向かった方へと消えていく。

目の端でそれを見送りながら、一先ず自分の理想通りに状況が進んだことを、リリアは心の中で喜んだ。


(店がめちゃくちゃになった時、あいつも巻き込まれてたし……この魔物さえ倒せばなんとか……!)


 首謀者たる男の姿は、魔物が出てきて以降見てはいない。逃げたか、あるいは巻き込まれて倒れたのか。

兎にも角にも、今ここに残る魔物を倒すのが先決であることは間違いないと言えた。


――――――――


 店舗奥側、魔物の向かった先へと駆けるノイン。

その腕の中で、烈火の如く激怒するニーコが叫び続ける。


「ふざけんなっ、お前ッ!! リリアを見捨てんのかよっ!!」

「怒る元気があるなら、この後に取っておく事だ。戦闘となる事は確実だ」

「うるせーっ!! 離せッこのバカバカバカ……!」


 温度差のある押し問答の中、急速に倒すべき敵である魔物への距離が縮まっていく。

ノイン、そしてニーコの視界に映った時。状況は既に、切羽詰まっていた。

魔物の目と鼻の先にある、逃げ遅れた市民たちの姿。

思考すらも許されない状況の中、ノインは既に魔物の背中へ右腕を向けていた。


「『使用申請、エネルギーカノン、レベル1-694。独立承認実行』」


 捉えた彼の"瞳"は、そのまま照準となった。その右腕の甲が展開し、砲門が姿を表す。

距離は未だある、彼は速度を落とさないまま、その砲口が輝いた。


「『ファイア』」


 直後、砲口から熱と光の、実体を持たない弾が数発放たれる。

いくつかの散らばりはあれど、いずれもそれは魔物へと狂いなく命中する。

小さな爆発と共に、魔物のうめき声が響いた。


「ピギィッ!?……ピギャアアアアアア!!」


 致命打ではなかった。だが敵が何であるか、振り返った魔物は認識したようだった。

着地しながら、ニーコを側に降ろして、魔物と相対するノイン。緊張が高まる中、ニーコに小さく伝える。


「市民と共に避難しろ。魔物は私がやる」

「命令してんじゃねえよっ、っておい!!」


 そしてそれは、返答を必要としていなかった。

彼女の言葉を待つこと無く、ノインは魔物へと突撃する。

腹立たしさの抑えられないニーコだったが、しかし彼の行動の目的だけはわかって、ただ悪態をついた。


「……あーもうッ!!」


 しかし、それに反目するわけにもいかない状況であることはわかっていた。

震える重い体を無理やり動かして、ニーコは一先ず逃げ遅れた者たちへと近づく。

第一声を迷う中。その中に知っている顔を見つけて、ニーコは先ず彼女らの名前を呼んだ。


「……ツキヨにベリーじゃん! 大丈夫か?」

「ニ、ニーコちゃんっ……!」


 先頭に居た老婆たちは、よく公園でニーコと会う者たちだ。

人ならざる者である彼女にとっては、老人と言えど友達と言える存在だった。

公園から近いこの店に居るのも不思議ではない。

ともかくこの状況においては、既に信頼が結ばれていることは僥倖と言えた。


「とにかくあのクソバカ……ええと、あいつが戦ってる間にみんな逃げな! 私が守ってやるからよ」

「でもニーコちゃん、貴方もすごく顔色が……」

「何でもねえよこんなのっ! さあ、みんな行けっ!」

「うん……ありがとう、ニーコちゃん!」


 痩せ我慢で隠しながら、半ば無理やりにでも人々の脚を動かさせるニーコ。

ともかく彼女の言葉を信じた二人が居たことが不幸中の幸いで、

二人を切欠に、流れるように避難が進んでいく。


 一旦息を吐きながらも警戒のため、視線を改めて魔物とノインの方へと向ける。

その直後だった。大きな影が、ニーコの側に落ちる。


「うわっ!? っておい、お前!」

「……」


 その衝撃に身を竦ませるニーコだったが、それが何であるかを認識すると、すぐに声をかけた。

それは、ノインの身体だった。吹き飛ばされたのであろうこの状況は、そのまま彼の旗色を表していた。

対する彼はニーコに目をくれる事も無く立ち上がると、再び魔物を見据える。


「お前も行け、邪魔だ」

「邪魔だあ!? こんな押されといてか!!」

「多少不覚を取っただけだ」


 ニーコの怒号に、苛ついているかのように吐き捨てて。

ノインはまたも魔物へと突撃する。

背後から続くニーコからの罵声を受けてなお、ノインはそれに耳を傾けることもなかった。


 真っ先にそこへ襲い来る魔物の攻撃を躱しながら、左腕の光の刃を振り払う。

僅かに散る精霊たち。魔物の体には、僅かな傷しか与えられていなかった。彼が苦戦した理由が、まさにここに現れていた。


(警備用の武器では効き目は薄い……だが、『レベル2』の承認が行われない) 


 ニーコへの態度は、それほどの余裕もなかった、というのが正しいかもしれない。

彼の持つ、"心境"とも言うべきものを、状況が苛んでいく。


(あくまで不要な存在であるからか? のために)


 そしてそれは、まるで人間の思考、あるいは心とそっくりに。

こんな状況でさえも、考えるリソースを奪っていく。

それ故か、ノインの動きが僅かに鈍った。そこに、魔物の咆哮が響き渡る。


「ブオオッッ!!」


 咆哮と共に放たれた轟撃。再びノインの鋼の体が弾き飛ばされる。

完全な直撃は避けられていた、だが。


(回避できる攻撃だった。余計な事を考えた。思考回路の無駄だ)


 彼の計算では、十分に対処が行える行動である事は判明できていた。

だがそれがわかっているからこそ、脳内の雑音は酷くなっていく。

冷静でない、という心境。人で言うそれに、彼は陥ってしまっていた。

その矛先はそうさせる、"それ"そのものへ向いていた。


(何の為に)

「ブオオオオオオオ!!」


 人で言う、怒り。姿勢を直した次の瞬間。彼の体は、思考を離れて動いた。

再び攻撃の準備を整え、咆哮を上げる魔物。その虚を突くような動きでは全く無かった。


(……何の為に、を!)


 それは、自暴自棄とも言える突進だった。

いくら鋼の体とはいえ、その体積は圧倒的に魔物のほうが大きい。

同じように突進を繰り出した魔物。結果は見るまでもなく、明らかだった。

刹那。屋内である店内に、突風が吹き荒れる。


「"アサルトバースト"ッ!!」


 その突風に小さな体を乗せた、ニーコが操る精霊たちによるものだった。

ノインの横腹へと突き進んだ彼女は、そのまま彼の体へとその勢いを乗せる。


「妖精!?」

「おっ……もッっ!!」


 そして間一髪、二人は魔物の突進を躱すことに成功した。

反対側へと倒れ込みながら、ニーコはノインへの叱責へと繋げる。


「しっかりしろバカッ……! ボーッと、してんじゃねえっ」


 多少なりとも無理をしたのだろう。その表情には今も、苦悶の色が浮かんでいた。

息も途切れ途切れで、体にかかる負荷が図り知れる。

対するノインの顔からは、当然思いを推し量ることなど出来ない。

だがまるで唖然としたかのように、彼女に尋ねる。


「何故だ。私は邪魔なのだろう」

「あーもー! 助けてもらっといてそんな事言うなっ!

 お前はムカツクけどな、眼の前でやられちまったら気分悪いっての!」

「憎い相手が倒れることがか? 理に適っていない」

「だーもーうっせー! あのな……!」


 言葉の応酬の最中、ニーコは手のひらへと風を集め、振り返る魔物へと放つ。

万全だった時に使った同型と比べると、その規模は比較にならないほど小さかった。

着弾も、意に介さない様子の魔物。ニーコは視線をぎゅっと鋭くする。

言葉の続きを、高らかに彼に告げながら。その右手を振り上げた。


「『そう思った』から、しょうがねーだろうが!!

 ……"エクスブラスト"ッ!!」

「ブオオオオオっ!?」


 彼女の叫びと同時に、着弾していた箇所から爆風が巻き起こる。

ここまでが、彼女の狙いとなる技だった。

不意の攻撃を受け、魔物は悲鳴を上げて態勢を崩す。決定打ではないものの、確かにダメージはあったようだ。

一方。彼女の言葉を受けたノインは静かにその様子を見つめる。

それはあるいは、言葉を失っていたのかもしれない。確かな間をおいて、ぽつりと返した。


「……そういうものか」

「ああ、そうだっての! まだなんか文句あんのか!?」


 だが、静かに言葉を交わせるほどの時間はなかった。

攻撃により消耗した様子のニーコに追撃を行うほどの余裕はない。

再び立ち上がった魔物が、二人へと再び猛進する。


「ブオオオオオオオッ、オオッ!?」

「お前に窮地を救われた事。お前の言葉に諭された形となった事。何もかもが、癪に障るが。

 ……だが、『そう思った』から、仕方がないのだろうな」


 その突進を止めたのは、今度はノインの砲撃だった。

正確に瞳を捉えた射撃。体の表面へは有効打を与えられない攻撃であったが、弱所である目であれば話は別だ。

不意に視界を失い、突進の勢いのまま魔物は再び倒れ込む。

その勢いは、地面との摩擦で削れていき……彼らの眼前で、その巨体が止まった。


「あん? 何の話……ま、今はいいか!

 よくわかんねえけどニーコ様に惚れ込んだってんなら、しょうがねえな!」


 絶好のチャンスだった。また冗談を交えた言葉を交わしながら、立ち上がったニーコが宙へと飛び上がる。

その瞳は今も態勢を崩している魔物、その頭部を捉えていた。その右足へ、精霊たちが集まっていく。

体を翻して、直後。ニーコはその一点へと急降下する。


「大人しくしやがれーっ! "テンペスト"ッ!」


 そしてニーコは勢いのままに、暴風を纏った足で踵落としを繰り出した。

風による穿孔、そして後押しによって、小さな彼女の足は簡単に魔物の顔面を撃ち抜いた。


「ピギャアアアアアアッ、アアアァ……」


その一撃によって、限界を向かえたようだ。魔物の体が、精霊へと戻り崩れていく。

だが同時に。無理をした動きだったのだろう、ニーコの体からもまた力が抜け、重力に従って小さな体が落ちていく。


(あっ、やべ……)


 だがそれを受け止めたのは、地面ではなく。


「お前……」

「『そう思った』。それだけだ」


 その下へと回り込んでいた、ノインの腕だった。

同じ硬質とはいえ彼の制御によって衝撃は十分に吸収されていたようで、ニーコへのダメージを防ぐ目的は果たされていた。

何かを言おうとしたニーコへ彼が返したのは、先程の意趣返しで。それには気付いて、にやりとニーコも笑った。


「1つ訂正しろ。誰が惚れたなどと言った? むしろ癪に障ると言っているだろう」

「ああん!? お前助けられといて、あいつも倒してもらっといてなんだその言い草!?」

「それとこれとは無関係の話だ。 魔物の撃破にお前の力が大きかったことは否定はしない。

 だが意味不明な妄言を肯定するわけにはいかない」

「てめー好き勝手言いやがってこのおたんこなす! やっぱお前嫌いだーっ!」


 だが、和やかな雰囲気もそこまでだった。

ノインの言葉を皮切りに、またも勃発してしまう罵り合い。

これが今日、この出来事の前よりも距離が縮まったかどうかは、未知数ではあるが。

いや、あるいはこれも和やかと言ってもいいのかもしれない。


「同感だ。やはりお前は――」

「……っ!?」


 故に。本当にそれが途切れたのは、「その声」が聞こえた時だった。

少女のもののような、高い声の悲鳴。いや二人には、その声色が誰のものであるかもわかった。

その意味を悟って、雰囲気が、暗く引き締まる。


「まさか、リリアっ!?」

「急ぐぞ」

「言われなくても!」


 言葉と共に、今度はノインがその体を浮かせる。 

ニーコもその腕から飛び立つと、体を翻して。

直後、暴風と共に。二人の体は入口側、リリアの残る方へと飛び立った。


――――――――


 時は少し戻って、ノインとニーコが店の奥へと向かったその直後。

精霊たちに包まれたリリアは、巨体の魔物と完全にその膂力を拮抗させていた。

彼女の体躯を思えば恐るべき様子ではある。だが、それだけで終わることはない状況でもあった。


(これからどうしようっ……!)


 脳内で思惑を巡らせる中、しかし拮抗していた状況が突如変化する。

リリアが加えた力を逃すように、魔物は上体を起こす。まずいとリリアが感じた時には、既に遅かった。

   

「ブ、オオッ!」

「えっ、きゃあああああっ!?」


 振り上げられた上体はそのまま、地面へと打ち付けられる。

直接潰されたわけではないが、その衝撃も大きなもので、

不意を突かれたリリアの体は簡単に吹き飛んでしまった。

とはいえ、纏った精霊がその衝撃も和らげている。それもあってか、リリアが立ち上がるのも早かった。

 

「いたた……とにかく、早くなんとか……えっ!?」


 そんな状況の中で周囲を見回して。思わず漏れた声と共に、リリアの動きが止まってしまう。

すぐ隣と言えるほどの距離で、視線が重なる。発声は、その先からだった。


「お前さんっ、何してるんだいっ……!」

「さ、さっきのおばあさん!?」 


その主は、先程リリアを咎めたあの老婆だった。

互いに案ずるような声を掛けた2人だが、

吹き飛ばされたリリアも兎も角、老婆も魔物の大暴れによる衝撃を受けたのか、地に伏してしまっていた。

そこへ、リリアを追う魔物も迫りくる。


「大丈夫!? 立てる!?」

「あたしの心配をしてる場合じゃない、早く逃げなっ!」

「……っ!」


 老婆が言うように、魔物はすでにリリアを捉えていた。

もはや視線を外すことも出来ず、リリアもまた睨み合う。

魔物の体躯を思えば、突進されれば間違いなく老婆も巻き込まれる。身を躱すことは出来ないと感じた。


「……大丈夫」


 だから。リリアは逆に、老婆の盾になるように立つ。

小さく、温かい声色でそう伝えて、表情を引き締めた。

ほぼ同時に飛び出す魔物。狙いは勿論リリアだ。その小さな身体に、もう一度精霊達が集っていく。


「お前さんっ」


 様々な思いの込められた言葉を背に、リリアもまた再び魔物へと突撃する。

ニーコ達が居たときと、殆ど同じ状況だ。その結果を思えば、一見悪手にも見える行動だった。

心中で、リリアは強く思う。


精霊たちみんな、もう一度力を貸して!

 今度は……今度は……!)


「ブモオオオオオッ!!」

「はああああああああああああッ!!!」


 魔物の咆哮、それに根負けしない程の雄叫びをあげるリリア。

その双方が、激突する。そして、それはまたも拮抗した。

至近距離で互いを睨みつけながら、当然同じ様に、魔物が動く。先程学習した様に上体を上げた、その瞬間。

リリアの視線が、ぎゅっと鋭くなった。


(今ッ!)


「うおああああああああッ!!!」


 再度の雄叫びと共に。

リリアは前に向けていた力を、押し上げるように全力で上に向けた。

丁度、上体を上げる魔物の動きと呼吸を合わせるような形だ。

魔物の膂力さえも利用する形になったそれは、容易く魔物の重心を崩し、上げた上体の制御を失わせる。


「ビギッ……!?」

「まだぁッ!」


 その隙を、リリアは逃さなかった。

彼女の意志に呼応して、今度は精霊たちが特に右腕に集中して集まっていく。

ふらつく魔物が体勢を整えきる前、再びリリアは吠えた。


「はああああああああああああッッッ!!!」


 そのままリリアは大きな跳躍と共に、強烈なアッパーカットをお見舞いした。

精霊たちの助力を受けた跳躍、そして一撃。ふらつく体勢で受けきれるものではなかった。

それは体格で極めて大きく勝るはずの魔物の体を、大きく吹き飛ばした。


「ピギャアアアアアッッ!!」


 その攻撃は、押し上げられて崩れていた体勢を、更に一押しするような形となり、

魔物はそのまま、仰向けに倒れてしまう。一撃を受けた場所を中心に、輝く精霊に戻り崩れていく箇所さえ見えた。

致命的な隙だった。リリアは息をつく暇もなく、剣を鞘から再び抜く。

無論、理由は1つだ。多量の精霊たちを纏わせながら、勢いを得るために身を回す。そして。


「"ステラドライブ"っ!!」


 その勢いのまま、自らの得意技である回転斬りを首元に打ち込んだ。

輝く光の剣閃は、太い魔物の首にさえも止まることはない。そして、そのまま容易く両断してしまった。

ついに力を無くして、巨大な魔物の体全てが、精霊に戻り崩れていく。


「やった……」


 その光景を見て、ようやく体から力が抜けるリリア。

渾身の反動か、どっと疲れに襲われてしまった。剣を杖に、片膝で伏せてしまう。

そんな最中でも、リリアは笑顔で振り返った。その先は勿論、背後の老婆に向けてだった。

彼女が返す表情は、驚きを含みながらも、リリアと同じく笑っていた。


「えへへ、見た?」

「ああ、大したもんだ……天晴だね」

「あれ、思ったよりびっくりしないんだ」

「フン、ババアを舐めるんじゃないよ。そんなにヤワな肝は持っちゃ……」


 そんな表情を通しての談話が、不意に途切れる。

老婆の表情から、ひゅっと笑みが消えた。

だが疲労の残るリリアには、それにも、続く声にも応えることが出来なかった。


「いかんっ、後ろだっ! 避けろっ!」

「え?」


 呆けた声を出したリリア、その背中に。

すぐ近くの瓦礫の中から、鉄製らしき棒が延びていた。

そのままリリアがそれに気づくのを待たず、その棒から、不意に稲妻が放たれる。


「あぐうううゔっッッ!?」


 それを防ぐ術は、リリアには無かった。

僅かに遅れて、彼女を守るように精霊たちがその身を覆うが、

ただでさえ激戦の後である彼女には、重い一撃となってしまった。

稲妻の放出が終わって、リリアの体が、うつ伏せに倒れていく。

そこまで来て、瓦礫の中からその犯人が姿を現した。


「はッ……あッ、ぐゔッ……!」

「クソッ! やってくれたなぁ、クソガキが」

「あッ、っ……」


 失神と苦痛による覚醒の狭間で、身を震わせながら悶えるリリアを見下すゲルバ。

奇襲を成功させた立場ではあるが、口調の通り、その表情には怒りと憎しみが滾っていた。

一瞬、その目を睨み返したリリアだが、そこまでだった。傾いた意識は、そのまま失神へと落ちてしまう。

反応を無くしたリリアを、ゲルバはそのまま担ぎ上げた。


使ってのは出来たから、良しとするか……

 だがテメエはただじゃ殺さねえ、生き地獄を見せてやるぜ!」


 そう勝ち誇るゲルバ。既に気を失ったリリアにそう宣言すると、自らの車へと振り返る。

だがこの場に居るのは、リリアだけではなかった。目を外した背中側から、物音が響く。


「がっ!?」

「待ちな、卑怯者!」


 苦悶の声を漏らすゲルバ。リリアと話していた老婆、その杖が背中に打ち付けられていた。

だが有効打とはならなかったようだ。すぐに振り返ったゲルバは、杖ごと彼女の体を拘束する。

大きな体格差に、怪我もあるのだろう。身じろぎ以上の抵抗のできない老婆は、しかし尚もゲルバへ敵意を向ける。


「くそっ、離せっ……! こんな子相手にコソコソ隠れて闇討ちとは、情けない奴だね!」

「あーん? いい度胸だ、ババア!」


 だが対するゲルバも、その様子を一笑に付して、老婆の体も担ぎ上げた。

なおも睨みつける老婆に下卑た笑みを返して、ゲルバは再び勝ち誇る。

 

「お前も同じ目に合わせてやるよ!」

「離せ、くそっ……!」


 抵抗など無いかのように、ゲルバが二人を抱え車へと乗り込んだ、その時。

店の奥側から突風が吹く。戻ってきたノインとニーコだ。


「リリア! てめっ……」

「次から次へと……こいつらと遊んでろ!」


 だが既にゲルバの手には、先程魔物を生み出したあの道具が握られていた。

自らを狙うノインの砲口が光るよりも早く、それを操作する。

その意図は、語るまでも無かった。再びその周囲、中空が歪んでいく。先刻と同じ光景だ。

そして同様に、ニーコも再び倒れ込んでしまう。


「っあ、ぐううう……!?」


 残ったノインへの牽制として抱えたリリア、そして老婆を盾にしながら、ゲルバは車へとそそくさと乗り込んでいく。

射撃も封じられたノイン、その思考回路に、再び怒りが混入する。平坦に告げる彼の言葉は、明らかにそれが滲んだものとなった。

 

「貴様……」

「ヒャハハハッ、あばよっ!」


 捨て台詞を放ちゲルバは車を店外へと走らせる。その車へと射撃するノイン。

だが鋼鉄の車に対して、目立った効果は見受けられなかった。

そしてノインは、追う事も出来なかった。

倒れたニーコ、そしてこの空間の歪み。これを捨て置くことも出来ない。状況は、最悪と言えた。

歪みが収まり、赤黒い精霊たちが、恐るべき姿を形作っていく。

それに向けノインは数度の射撃を放つ。だが僅かに精霊の列を乱しただけで、阻止は叶わなかった。

魔物たちが、次々と着地する。


「ブオオオオオオオ!!!」

「ギャガアアアア!!!」

「オオオオオオ!!」


 先程と同じ姿形の魔物が、3体。

今回はそのすべてが、ノイン、そして倒れたニーコへと敵意を向けていた。

そしてニーコはまだ、立ち上がる事も出来ていない。彼女の容態は先刻よりも悪化しているようだった。


(『レベル2』承認は……尚も行われず。戦闘による制圧は絶望的か)


 最悪の状況。そう判断してから、ノインの行動は早かった。

数度牽制として砲撃を打ち込むと、直ぐ様倒れ込むニーコの側へ寄り、その身を抱き上げる。


「う、ぐ……くそぉっ」

「来るぞ」


「ブオオオオオオオ!!」


 その身を思いやる時間も無く、魔物の突進が二人へと迫り来る。

咆哮のように推進器を稼働させ、ノインは抱えたニーコごと空へとそれを躱す。

だがそれで終わりではない。

別の方向から跳躍した魔物が、ノインを叩き落さんと飛び掛かる。

だがそれも、彼には見えていた。直ぐ様身を翻してそれさえも回避する。

その最中、彼は残り一体の行方を探す。次なる攻撃はどこか、それを探るために。


 だが彼が捉えた最後の一体は、こちらへの攻撃を構えてはいなかった。

しかし。それが更に、状況を悪化させた。


(まずい、外に……)


 残る一体の魔物は、店の外へとその身体を向けていた。

これだけの騒乱だ。普段の人通りではないだろうが、それ故に人を集める場合もある。

魔物が外に出れば、その被害は計り知れない。

直ぐ様ノインは砲口をそちらに向け、その背中へと射撃を繰り返した。

攻撃が通らない事は承知の上だ。ただ気を引ければというものであった。

だが、魔物が振り返ることはない。寧ろ外に、自らの獲物を見つけたような仕草さえ見せていた。

緊迫していく状況に、不意に腕の中のニーコが叫ぶ。


「お、おいあっち!」

「!!」


「ブオオオオオオオ!!!」


 それはノインに対する警告だった。直後、咆哮を上げながら魔物が再びノインへと飛び掛かる。

だがすんでのところで、彼女の声かけが間に合っていた。急速に向きを変えて、またもノインは魔物の攻撃を躱す。

ノインはここまで数度、いずれも攻撃を往なしている。

だがそれで状況が好転する訳でもなく、ただ劣勢を凌いでいるに過ぎなかった。


「どうすんだ、これ……」

「……」


 それはニーコにも伝わっていたようで、彼女も容態もあってからしくない弱気さえ見せる。

そして、それは無言のノインも同様だった。思考回路を回して、しかし解決策にはたどり着けない。


(このままでは……)


その時だった。 


「ピギャアアアアアアアアアアッッ……!!」


 まさしく不意に。店内へと凄まじい轟音、そして魔物の悲鳴が響き渡る。

青天の霹靂とも言える状況の変化。二人の視線は、音の発生源……店の入口側へと自然に向いていた。

顔面を大きく陥没させ、吹き飛ばされて倒れている魔物と、その先。

外から差し込む光を背中に、2つの人影が姿を表す。


「……やっぱやべえな、あんた」

「褒め言葉として受け取っておこう。

 ……遅くなってすまなかった、ノイン」


 店内へと歩みを進め、逆光が収まると、彼らの顔も明らかになる。

ノインの名を呼び、詫びる彼は。

戦いのための、その装いが示す。グローリアの防衛隊、その隊長。


「魔物相手に、警備用の装備でよくやってくれた。

 ……さあ! 次は俺達が相手だ!」

 

 身に付ける徽章が語る。

ゲイル1、ジスト。その人だった。


 彼の高らかな宣言、そしてその存在感によってか。

ノインを囲んでいた魔物たちも、ジストの方へ露骨に気を向ける。

同様にジスト、そしてその背後に立つ厚手の巨大なローブを身に着けた男も、続く魔物を一点に見つめて、そして駆け出す。

精霊へと戻りつつある魔物の屍を踏み越えながら、ジストは彼へと呼びかけた。


「ジェネ! 彼は仲間だが、今は攻撃力に欠けている。急いであちらの援護を頼む!」

「おうよっ!」


 返事と共に。

激しい動きによって、そのローブから人ならざる、龍人であるジェネの姿が露わになる。

彼の太い腕の双方へ集まっていく精霊たち。その姿を、炎の槍へと変えていく。


「りゅ、龍人!? グローリアになんて珍しいな……!」

「言っている場合か!」


「頼むぜ、"貫け"ッッ!!」


 彼らに声と思いをかけて、ジェネは直ぐ様それを投擲する。

炎の槍は1本ずつ、魔物の両方の胴体へと迫り。

回避の様子を見せようとしたその脇腹を、すでに捉えていた。


「ビィイイイイイっ!?」

「ピギャアアアアア!!」


 叫びながら悶える魔物、その隙に、ジストは至近距離まで近づく。

魔物が態勢を整える、その暇さえ与えなかった。剛拳が、続いてその脇腹へ穿たれる。


「ふんッ!」

「ビギャアアアアアアア!!!」


 あまりの威力に、再び轟音が鳴り響く。

その拳は、最初に葬られた魔物と同様に。巨大な体躯を持つ魔物を、大きく吹き飛ばしていた。

動かなくなったその巨体が、輝く精霊たちへと解けていく。

間髪入れずに、ジストは顔を上げる。その目先はノインの方だ。

懐の端末を見せるように掲げて、叫ぶように呼びかけた。


「ノイン! 俺が現場権限で承認した! 一発食らわせてやれ!!」

「了解した。 掴まっていろ」

「お、うわわ!」


 それを受けてノインは体を翻し、魔物に向けて急降下を始める。

ニーコを今度は右手で支えて、振りかぶった左腕から再び光の刃が伸びる。

だが先ほどと違い。輝く刃は橙色ではなく、水色の光を放っていた。


「『承認確認。レーザーブレード、レベル2-200G』」


 その勢いのまま、魔物の首元へとその刃を振り下ろした。

橙色の光と違い、この水色の刃は弾かれる事無く魔物の首を切り裂いていく。

そのまま両断するまでに、時間は掛からなかった。着地とともに、ノインは左手を振り抜く。

精霊の姿へと戻りゆく魔物の亡骸。それを見ながらジストはノインへと駆け寄った。


「これで全てか。本当によく戦ってくれた」

「おう、私もいるぜ!」

「ニーコか。 共に戦ってくれたんだな、感謝する」

「おうよ、ここだって私の縄張りだからな!」


 その最中、知り合いであるニーコとも言葉を交わす。

ノインから降りながら自分を主張するニーコ、

その背中からノインもまたジストへ言葉を返す。


「ジスト隊長、まだ終わってはいない。

 逃走したギャングのリーダー・ゲルバが、民間人を拉致している。救助しなければならない」

「そうだ、ゆっくりしてる暇なかったんだった! 

 私の友達のリリアって奴と、もう一人連れ去られてんだ!」


 その最中。ニーコの言葉から出た名前に、ジェネ、ジストの二人は同時に反応することになった。


『……リリア?』 


 確かに外出していた。そして自分たちが出てきた時も、すれ違っていない。

しかもあの気質だ。こういった出来事があれば、真っ先に立ち向かうだろう。

浮かび上がる、悪い予感。二人の顔に、強い緊張が走った。


「精霊を原体のまま操る力を持っていた少女だった。ジスト隊長とも面識が?」

「あいつ、戻ってこねえと思ってたら! おい、おっさん……」


 そして続くノインの補足は、その予感は的中していた事を示す。

焦りをそのまま顔面に浮かべて、ジストへと振り返るジェネ。

だがその先のジストの様子を見て、その焦りさえも凍りついた。


「……っ!!」


 激しい怒り、そして焦りか。

表情どころか、彼の放つ雰囲気にすらも現れるそれは、場の空気すらも変えてしまう。

その震える瞳に込める思いを、他の者が察せるような雰囲気ではなかった。

だが、纏う空気は滾る思いだけを含んだそれではなかった。

まるで何かに怯え、駆り立てられているかのような、暗い衝動。


「ジスト隊長」


あるいはその心配でもあるのか。ノインが彼に声を掛ける。

それに答える声は無かった。

いや、その時にはもう、彼の姿さえそこには無く。

彼は既に、店の外へと走り出していた。


「おい、おっさん! どこ行くんだよっ! ……くそっ!」


 リリアの安否がわからない中で、明らかに異常な様子を見せたジスト。

そんな状況に、ジェネも思わず悪態をつく。そして、長い溜息を吐いた。

どうするべきか、どう動くべきか。混乱した頭の中を、何とか整頓しようとするための行動。


「……なあ、龍人。お前もリリアのこと知ってたのか?」


 そんな彼に声をかけたのは、ニーコだった。

彼女もまた、眼の前のジストの様子に気圧されていた面があった。

旧知の存在であれば、尚更だろう。ともかくこの空気を変えたかったのかもしれない。

だがあるいは、彼にとってニーコからの言葉は救いでもあったのかもしれない。

段違いに落ち着いた様子で、ジェネはその言葉に返した。


「ああ、仲間なんだ。 俺はジェネ、お前は?」

「私はニーコ。 ここいらの精霊共と妖精たちのボス、大妖精様だ!」

「妖精……! へえ、グローリアにも居るもんなんだな!」


 その流れで軽く自己紹介を交わす二人。

あえて張り上げられた声は、やはり空気を一新するためのものだろう。

ともかく場の雰囲気は大きく和らぐ。口が軽くなった中、次に発言したのはノインだった。


「個体数は極めて少ないがな。 グローリア領地内では、確認できているのはここだけだ」

「うっせーな、私のこと勝手にぺらぺら話すな! 

 あ、コイツはノインな。 頭のかったいバカバカアホバカだ」

「下品で意味不明、聞く価値のない発言だ、無視してほしい。 

 私はノイン。 グローリアの精霊誘導機器『精霊機関』によって生み出された兵器、 『精霊機甲』であり、

 この近辺の警備を担当している。先ほどは協力感謝する、ジェネ。 乱暴な説明だが、状況は急を要する。どうか容赦を」


 流れるような罵倒の差し合いの後、ノインもまたジェネへと自らを説明する。

乱暴とは言ったが、彼の説明の塩梅に、ジェネが龍人であることが加味されていることは明らかだ。

その言葉はジェネの、初めて交わす種である彼に対しての緊張を解く材料になっていた。

むしろ精霊由来である事は、その取っ掛かりになっていたのかもしれない。


「ああ、こちらこそさっきは連携、ありがとな。

 ともかく! 俺はリリアを助けたい、あんたらはどうだ?」

「当然だっての! リリアは私の友達だ!」

「私も同じ思いだ。 暴徒の鎮圧も、民間人を守ることも私の使命。

 誘拐を許したのは耐え難い過失だ……このままでは居られない」

「よし、なら話は早え! 俺達は仲間だ! 一緒にリリアを救うんだ!」


 そしてその流れのまま、スピーディーに協力体制が結成される。

皆一様に、リリアの救助を誓っている。その障壁は、無いに等しかった。

ジェネの突き出された拳に、ニーコも、あるいは戸惑うようにしながら、ノインも拳を合わせた。

その拳を下ろして、そして。一行は、改めて現実の問題へと向き合う。


「問題はどう追うか、だ。私の持つ情報には、奴らの足跡を探るものがない。

 防衛隊・警備隊に共有されている情報も含めてだ……何か、策謀が巡らされている可能性がある。

 ジスト隊長は何かしら掴んだ可能性があるが、応答は未だに無い」

「あいつが逃げ出すなんて世界がひっくり返ってもねえよ!

 ……一人でなんとかしようとしてんのかもな、昔からちょっとそういうとこあるし」

「精霊の気配を読む……のは、あいつらが魔物出さなきゃわからねえしな」


(くそっ、ゆっくりできねえのに……)


 効果的な解決手段を探すが、彼らに与えられた情報はあまりにも少ない。

出し合う情報も、ギャングらの逃げた先に迫れるものではなく。

段々と焦りだけが積もっていく、その最中。静かになった店内に突然、新たな色の声が響き渡る。


「嘘っ、遅かった!!?」


 一斉に振り返る3人。

その先に現れた人物は、ジェネの知る人間だった。

そして逆もまた、ジェネの事を知る者だった。続いて、同じ声が彼の名を呼んだ。


「……って、ジェネさん!!」

「あんたは……ネルさん!」


――――――――


「ぐうっ……!」

「きゃあッ!?」


 所変わって、冷たい硬質の壁と床、鉄格子で区切られた牢の並ぶ薄暗い屋内で。

その牢の一室に放り込まれる、腕を縛られたリリア、そして老婆。直後にその扉が鍵ごと閉められる。

だが先ほどの出来事、そしてこの状況であっても、

リリアの表情には恐怖の欠片もなく、ただ強い意志でその外へと視線を向けていた。


「何するの! 出しなさいよ!」

「出すわけねえだろ、このガキが!!」


 その気迫を全面に出して吠えるリリアの言葉を、部下と共に立つゲルバは一蹴する。

当然、リリアの感情も昂るばかりだ。それに呼応して、再び姿を現していく精霊達。

縛られた腕に、力を込める。その意図は明確だ。

だが意図せぬ反応が、彼女のすぐ後ろから巻き起こる。


「ぐううっ……!」

「おばあさんっ!?」


 苦悶の声を上げる老婆。背中合わせの彼女の腕は、リリアを縛る綱でまとめて縛られていた。

複雑な縛り方をされているそれが、リリアが力込めることで老婆を苦しめるように作用していたのだ。

その様子に、下卑た笑みを見せる男たち。


「テメエの馬鹿力は知ってるからな、ちょいと工夫させてもらったぜ。

 無理に引きちぎろうとすれば、ババアの手もお釈迦って訳よ! ヒャハハハ!!」

「見下げた卑怯者だね……誇りの欠片も無さそうだ」


 それを高らかに語るゲルバに、老婆もまた毅然とした態度で言葉を投げ返す。

だが牢の中からの罵倒など、もはや論ずるまでもないとゲルバは態度を崩さない。


「勝手に言ってろ、ババア! どれだけ大口叩こうが、テメエ等はもう終わりだ!

 そのロープだって"精霊除け"のものを使ってんだ、もうどうしようもねえ!

 いくぞ野郎ども!」

『へい!』


 そう言い捨てて、ゲルバは部下を連れて牢屋を去っていく。残された二人は、まず互いに詫び合う形となった。


「おばあさん、大丈夫? ごめんなさい、こんな事になっちゃって……」

「謝るなんてよしとくれ。今やあたしの方が足手まといなんだ」


 ゲルバらにはあれだけ強い闘志を見せていたリリアだが、老婆を巻き込んだ事には心を痛めていたようで、態度にもその心境が出ている。

背中合わせで見えないその表情を悟ったか、あるいは。しかし老婆は、その口角を上げつつ言葉を続ける。


「……だけどね。お前さんにまだ戦う意思があるようで、安心したよ。それならまだ、芽がある」

「え?」


 笑うその表情には、この窮地に対する恐れや不安は全くない。その言葉が嘘ではないと示すようだ。

声を高くして反応したリリアに、老婆はその意図を説明していく。


「ババアになるまで生きてりゃ色々なことも覚えてね。

 ……このロープ、あたしならこのままでも切れる」

「え! ほんとに……!?」

「ああ、それこそ今すぐにでもね。

 重要なのはタイミングだ。先に解いたのを見つけられちゃ意味がない。鍵持ちを狙いたいとこだね。

 チンピラ共とはいえ牢屋なんだ、看守がいるだろうさ」


 老婆の言葉に、リリアの内心にも再び火が着く。

この状況でなお毅然として逆転の策を語るその心強さと憧憬。

それが彼女に、この窮地で戦う気合を与えていた。

まだ終わってはいない。


「大暴れするのはお前さんの方だ。仕掛けるタイミングは任せるよ」

「……うん!」


――――――――



――俺の失策だ。あの子であれば、守るための戦いから逃げるわけがなかった。俺が守らなければならなかった。


 思わず通行人が振り向くほどの、鬼気迫る様子で駆けるジスト。

彼もまたノインやジェネと同様、大した情報を持っていないはずだ。

だがその足取りには、全く迷いが無かった。入り組んだ道の分かれ道も、止まること無く駆け抜けていく。


――俺のせいで、俺の弱さのせいで、俺が守るべき人が傷つけられる。


 その心の殆どは、己へ向ける自責で埋まっていた。

全く余裕のないその表情は、その心境を表すかのようだ。

心の中を締め付けるほどに、駆ける脚は更に激しく、早くなっていく。 


――そんなことは、許さない。許せない。俺は人を、守れる存在でなければならない!


 誰にも見えないほど、小さく開いた拳の中。

その手のひらに、青い光が浮かび上がった。


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