4話
激動の日から、一夜が明け。
変わらず訪れた明日に、しかしリリアは今、与えられた部屋の中で思い悩んでいた。
「……」
昨日、襲い来る状況に即決を繰り返した彼女。
だがその顔に浮かぶ表情は、今の悩みのタネが難しいものである事を示していた。
自分がやった事、巻き込まれた事に、今更怖気づいた訳でもない。
年相応の家恋しさに襲われたわけでもない。
理由はただ一つ、彼女の視線のその先にあった。
「おーい、リリア? まだかかるのか?」
「やだーっ!!」
扉の向こうからのジェネの呼びかけで、決壊したようにリリアが叫ぶ。
視線の先でリリアを悩ませる存在、それは。
部屋と共に貸与された、上下の迷彩服だった。
――
「ハハ、元気出せよ。悪かねえって、その格好も」
「うう……」
ジェネからの励ましも虚しく、リリアは露骨に気分を沈ませる。
あるいは昨日からの選択においての、初めての後悔であった。
彼女が村から持ち出してきたものは、あの直剣と僅かな荷物だけだ。衣服の類を持ち合わせる余裕など無かった。
とはいえ、あれだけの激動を繰り返した昨日だ。それなり以上に衣服の汚れもあった。
それを案じたのだろう、それに代わる衣服については、ゲイルチームが用意してくれていた。の、だが。
「貸してくれたものだし、あんまりこれに文句もないけど……
"あれ"じゃなきゃやる気出ないぃ……」
今、所作の全てに出るほどにリリアが沈んでいるのもまた、それが故だった。
彼女がこう言うように、今の服自体を嫌っているわけではないようで、
それは昨日の格好をそれだけ気に入っていたという事が分かる。
「なんだ? 結構こだわってた服だったのか。確かに立派な格好してるなと思ってたが」
「そーなの……村出る時に持ってくればよかった……」
溌剌、毅然としていた昨日のリリアからは想像できない沈みように、思わずジェネも笑みが止まらなかった。
対するジェネの格好は、昨日とあまり変わらない。
旅を続けてきた彼だ、着替えの持ち合せも当然あるのだろう。
とはいえ方向性が同じだけで、完全に同じ衣服というわけでもなかった。彼は逆に、そこまでこだわりもない事が伺える。
「どうした、朝から。随分元気がないようだが?」
そんな場面で、前方からジストが姿を表す。彼もすぐ、リリアのへこみきった様子には気づいたようだ。
俯いていたため、リリアは彼に気づくのが遅れる。しかしその顔を少し見つめると、再び顔を下げながら答えた。
「なんでもないー……」
「その萎び方で何もないことは無いだろう」
だがリリアはそれを口にすることはなく、誤魔化す。
とはいえ前述したように、彼女が今身に着けている服はゲイルチームの備品、あるいは彼女の身を案じた隊員が用意したものだ。
それ自体には大変感謝しているは確かで、不満のような言葉をその隊長たる彼に口にするのは、リリアも流石に憚っていた。
とはいえジストも、リリアのその様子自体を無視するようなことはしない。助け舟として、ジェネが口を開く。
「はは、色々あんのさ。 大丈夫だよ」
「うん、だいじょうぶー……」
その言葉に続く、リリアの萎びきった言葉。
おおよそ大丈夫には聞こえない。聞こえはしないが、声色自体は深刻ではないことを伝えていた。
笑うジェネの態度も合わせ、ジストも一先ず息をつく。
「そうか……まあ、無理はするなよ。
ところで話は変わるが……丁度、俺の協力者と会っていてな。君たちにも紹介したい」
ジストはそう言うと、その背後のほうへと視線を向けていく。
よく見れば、彼の後ろにはもう一人立っていた。体格にせよ身長にせよ、あまり大きくない影だ。
ジストの体格や存在感のせいで隠れていたという面もあるのだろう、
しなしなのリリアはともかく、ジェネもこのタイミングになってそれに気づいた。
三人の視線が1点に重なる頃、ジストは"彼女"に声をかける。
「ネル女史。彼らが先ほど話した、私の新たな協力者です」
「はい」
明るく答えながら、ジストの陰からその女性が身を乗り出す。
幼さを残す顔だ。だが外見からも分かる程度には、リリアよりも年上のように見えた。
あるいは着用している眼鏡が、そうした印象を与えているのかもしれない。
彼女はそのまま、続けて口を開く。
「アーツ・62番精霊研究室所属、助手のネルです。以後、お見知りおきを――って!?」
「――っぅえ!?」
それは普遍的な自己紹介、ただそれだけのはずだった。
見回した視線が「そこ」にあった時。まるで遮られたかのように、眼鏡越しの目が見開かれる。
そして、それと鏡写しのように。重なった視線でリリアもまた、その目を見開いていた。
続いてその口もまた、同時に開かれる。
「ネル姉っ!?」
「リリアっ!? なんで!?」
互いの口からは、互いの名前が飛び出す。
それは周りの二人にも、この態度が何を示しているかを悟らせる。
それを口に出したのは、ジェネからだった。
「何だ、知り合いか?」
「うん! 私が小さいころからの友達!」
「あはは、そんな感じです」
対する二人の態度と言葉からも、どうやら良好な仲であることが伝わった。
しかし落ち着きを取り戻してきて自省したのだろう、ネルはジストへ振り返ると、自分の態度を詫びる。
「と、取り乱してすみませんジスト隊長……びっくりしちゃって」
「いえ。ただ私も驚きです。妙な縁もあるものだ……」
ジストの言葉に、ジェネも小さく頷く。
直接目を合わせた二人ほどでないものの、眼の前に起きた偶然は驚愕に値するものではある。
「3ヶ月ぶりぐらいだっけ! 久しぶりー!」
「わ、ちょっと! 落ち着いてー!」
とはいえ驚愕が落ち着いて、リリアの表情に浮かぶのは喜びだった。
極一部を除きずっと朗らかな彼女であるが、より一層のこの明るさを見ていれば、
これが良い偶然であるかといえば、もう愚問であるとも言えた。
ふっと笑いながら、ジストは二人に声をかける。
「ともかく、気心知れる仲であったのなら寧ろ好都合です。我々は仲間、信頼が深い事はそれだけで強さになる」
「まっ、そうだな。俺はジェネだ。よろしくな、ネルさん」
「あ、はいっ! よろしくお願いします」
言葉と共にジェネが差し出した手を、ネルは握り返した。
所作や態度から、ジェネは真面目な印象を彼女に覚えていた。
「はは、気楽にしてくれよ。リリアの友達だってんなら、俺も仲良くさせてくれよ」
「ネル姉より年下だよ? ジェネって」
「えっそうなの!? ごめんなさい、龍人とお話するのも初めてで……」
「はは、それもそうでしょう」
ともあれ、雰囲気はかなり和らぐことになった。
だが雑談ばかりしている訳にもいかないと、ジストは咳払いと共に話題を変える。
「俺との関係についても説明しておこう。俺が以前から魔物騒動解決のために動いていたことは、もう話したな」
「うん」
「魔物は精霊の変質したものだ。故に、精霊学の観点からもこの事件を調べる手が欲しいと感じていた。
だが誰が黒幕かわからん以上、俺が表向きに軍直属の研究室にコンタクトを取るわけにもいかない……
そこで個人の、小規模な研究室を頼ることにした。そこで縁があったのが、62番精霊研究室だった」
「ああ、あの!」
ジストの言葉に、まるでこの時点で合点がいったような態度を見せるリリア。
その理由も、察しは十分についた。ジストはそれをリリアに問いかける。
「62番精霊研究室も知ってるのか?」
「うん! フェムトおじさんの研究室でしょ? あのすごいちっちゃい部屋の!」
「ちっちゃいとか言うなっ! ……まあ、はい。教授とこの子も、面識があります」
リリアの言葉遣いを咎めながら、ネルはその答えを補足した。
「フェムト、ってのは?」
「私の上司で、62番精霊研究室のリーダーです」
ネルは続けて、ジェネの質問にも答えていく。
それにジストも頷く。彼にも面識がある人間のようだ。
「確かな実力がありながらグローリアの要職とは縁遠いフェムト教授は、
今の俺にとっては渡りに船とも言える存在だった。
まともに追跡も許されない俺達に代わり、情報を分析してもらっていた」
「私達も助かってるんですよ。
ご存知の通りフェムト教授って地位とか全然興味ない人なので、研究室自体はすごい貧乏で……」
ネルの言葉にうんうんと頷くリリア。
その言葉、そして所作からも、彼を知らないジェネにもその内容は伝わっていた。
恐らくそのフェムトなる人物が、どうした人となりということかも。
「まあ……そうした訳で、フェムト教授にはかなり助けられている。
情報が遮断されていた中で俺がアトリアの村へ向かえたのも、彼の探知情報のおかげだ。
面識があるなら尚更、次に会った時は礼を言っておくことだ」
「そうだったんだ……!」
しかしジストから語られたその顛末には、リリアは素直に驚きを見せた。
なまじ知り合いであるからこその態度だった。そしてそれにも、ネルは突っ込みを入れていく。
「そうよ。 ああ見えても教授は凄い人って、ずっと言ってるでしょ?」
「はいはい、いっぱい聞いたよ」
それもまたリリアにとっては聞き慣れたことのようで、軽く受け流して苦笑する。
対するネルはちょっとむくれていた。
「でもあの研究室、最後に行ったのいつだっけなー……って、そうだっ!!」
しかし穏やかな談笑が続く中、急にリリアが叫びだす。
そのきっかけは、自分の語った言葉だった。その様子にネルが声をかける。
「どうしたの?」
「そういや前行った時、雨で濡れちゃった服預けたままだったよねっ!?」
「え、ええ。確かそうね」
半ば困惑するネルとは対照的に、リリアは顔も声も明るかった。
そしてそのまま問いかけ返した内容は、服の話。
どういうことかを理解して、ジェネは思わず笑った。
「ハハハ、そういうことか?」
「うん、そういうこと!」
具体性を圧倒的に欠く言葉であったが、リリアにもそれは伝わった。
その二人の様子に一瞬困惑したネルだったが、付き合いの長さが故だろう、
リリアの格好を見て、その言葉の意味に遅れて気付いた。
「そういうこと? って、ああ。そういうことね」
「……どういうことなんだ?」
そうした訳で。この場でただ一人、ジストだけが分からないままだった。
とはいえ伝えてないのも、元はと言えばその気遣いが故だ。
リリアは彼には明かさないように、更に言葉を続けていく。
「ジストさん、ちょっとフェムトおじさんの研究室に行っていい?」
「ああ、俺は構わんが……ネル女史、問題はないか?」
「ええ、大丈夫です」
ジスト、そしてネルの許しも得て、次はジェネの方に向き直る。
「ジェネも来る?」
「んにゃ、俺はいい。 グローリアで龍人がほっつき回るのもな。
それに、ちょっとやらなきゃいけない事もある。
それでおっさん、後でちょっと相談したい事があるんだが」
「ああ、聞こう」
続くジェネからの問いかけにも、ジストは肯定を返した。
それにリリアも頷いて返すと、ネルの手を掴んで振り返る。
「それじゃあ行こっ、ネル姉!」
「ちょ、落ち着いて! すみませんジスト隊長、一旦これで失礼します」
「ええ。フェムト教授にも、よろしくと」
最後にネルが返した会釈も、引っ張ったリリアに遮られると。
弾んだ足音が施設の中に響いていく。通路の門を曲がった二人を見送ると、
残ったジェネとジストの視線が向き合う
「さて、相談というのは?」
「ああ、ちょっと本を用意してほしくてな……」
――――――――――――――――――――――――――――
研究室。リリアが語っていた通り、そう呼ぶには余りに小さな部屋。
集合住宅のうち一室、というのが正確だった。
その小さな部屋の中で、1つの叫び声が響く。
「……ふっかーつっっ!!!」
「うるさいっ! 教授は今も研究中なの!」
快活な姿を取り戻した、リリアの声だった。
青を基調にした、統一感のある服装。各部のリボン、スカート、膝上までの靴下。可憐ながら、どこか勇ましさも感じさせる装い。
昨日に身に着けていたものと、とても良く似ている装いに戻っていた。
そのこだわりが、先程のあの様子さえ生み出していたのだろう。
そんな彼女の大声を咎めつつ、ネルは呆れるように言う。
「しかし、まったく。呆れるぐらいの『紡ぎ星』ファンね……」
「うん! やっぱり似てるでしょ、これ!」
その口から出たのは、かの英雄の名前だった。
その名にリリアは、むしろ喜びさえ見せる。服装へのこだわりも、どうやら彼女への憧れがそうさせるようだった。
しかし対するネルはまだ言いたい事があるようで、その表情は険しい。
そのまま続けて、ネルはそれを口に出していく。
「まあ、それは置いておくとして……何があったか、ジスト隊長から聞いたわよ。
いったいどうしたの、防衛隊に喧嘩売るなんて!」
「え、あれはあっちが……! いや、手出したのは私かもしれないけど……!」
「もー! どういうことなの!」
それは、リリアがアトリアの村で引き起こした一騒動についてだった。
親しい身である彼女にとっては、やはり言わずにはいられないものだったのだろう。
要領を得ない返しをするリリアに重ねて詰めかけていく。
そんなリリアも大きく息を吐くと、真剣な目を向けて改めて答えた。
「だって、ジェネに酷い事言ってたもん。許せなかったよ」
「ジェネって、あの龍人の? グローリアを龍人が訪れるなんて、珍しいと思ってたけど」
「うん。 私も昨日初めて会ったばかりだよ。
でも私ともすぐ仲良くしてくれたし、魔物が出てきた時は一緒に戦ってくれたし。
なのに、龍人だからって悪く言われててさ。 ほんとに頭にきちゃった」
その結果は、知る通りである。
その顛末も知っているのだろう、ネルは呆れ半分、心配半分といった態度を返す。
恐らく、リリアのこうした事に巻き込まれるのも一度や二度ではないのだろう。
「そうしたとこも、いつまでも変わらないね、ホントに……
精霊が助けてくれるって言っても限度があるんだし、そもそも原理も分からないものじゃない。
あんまり無茶ばっかりしたらダメだよ。アスラさん達も心配してるだろうし。
私からも無事を伝える手紙は出しとくからね?」
「あはは、ごめん……あ」
そんなやりとりを繰り返している中、不意にリリアの言葉が遮られる。
その視線が、僅かにネルからずれて、その背後へと伸びていた。
意味に気づいてネルが振り返るよりも前に。その先から、声が掛けられる。
「おや、リリアさん。お久しぶりですね」
「フェムトおじさん!」
その声の主である男性。
背丈も特別高くなく、容姿も掛けた眼鏡を覗いて、特別な印象を与えるような工夫は見られない。
おじさん、という様に年齢もリリアから何回りか上であろうが、
ジストのように年相応の覇気や鍛え上げた肉体があるわけでもない、全体的にかなり地味な印象を与える存在だった。
しかしそれが彼、フェムトの人物像なのだろう。
笑顔で呼び替えしたリリアに続いて、ネルも慌てて振り返る。
「教授! すみません、うるさくしてしまって」
「そうですか? 気づきませんでした」
「あはは、フェムトおじさんも変わんないね」
ネルの謝罪に、フェムトはしかし合点のいっていない様子を返す。
研究に没頭していたため、ということなのだろう。
リリアにとってはまさしくよく知るフェムトの姿で、思わず笑ってしまっていた。
そこでリリアは、先のジストの言葉を思い出す。アトリアの村の一件についてのものだ。
「そうだ、フェムトおじさんが助けてくれたんだよね! ありがとう!」
しかしそれにも、フェムトは一瞬思い当たらないような様子を見せる。
そこでリリアも気づいた。研究に没頭していたのだから、まだネルがジストから聞き、持ち帰った情報については触れていないのかもと。
しかしそれは杞憂に終わったようで、すぐにフェムトは答え始める。
「ん……ああ、アトリアの件ですか。 まだネルからの報告書は読んでませんが、
伝え聞いた特徴から、防衛隊に攻撃した少女とはあなたではないかと思っていましたよ。
図らずですが、知人である貴方の助けになったのであれば何よりです。
それでは研究がありますので、これで」
その話を結ぶと、フェムトはまたそそくさと自分の部屋に帰っていってしまった。
その様子に、リリアもネルも苦笑する。これもまた、彼の人となりそのものの行動だった。
「……でもフェムトおじさん。
あんまりお金に興味なさそうだし正義って感じの人でもないけど。
なんでジストさんに協力してるんだろ?」
「精霊の魔物化って、ここ15年殆どなかったからね。そうした所への好奇心もあるのかも」
「ああ、確かにそれっぽい」
そうして彼の事で笑い合って。
一息つくと、リリアは体を玄関のほうへ向ける。
その視線だけは、ネルに向けたまま。
「とにかく。ネル姉、ありがとね」
「これからどうするの?」
「ジストさんのとこに戻るよ。ふらついててもよくないし」
そのまま言葉を数度交わしながら、玄関へと向かうリリア。
それを見送るネルの顔には、まだ不安の色があった。
それは言うまでもなく、リリアに向けられたものだ。
「一人で大丈夫?」
「大丈夫だよ。 私、防衛隊に歯向かっても大丈夫だったでしょ?」
「ああもう……! 調子に乗らない!」
それも冗談と共に、笑顔を見せてリリアは返す。
そのままドアノブに手をかけて、その背中に再度、強められた語気の声が飛んだ。
「リリア!」
ネルの声だった。だが先程までの談笑とは、込められた思いが違っていた。
思わずリリアも、体ごと振り向く。向かい合った彼女の顔は、もっと複雑な感情が浮かんでいた。
「ネル姉?」
「友達だから、あなたが強いのも知ってる。こんな立場でも、怖がったりしないのも知ってる。
でも覚えていて。こうして同じ立場になったのは偶然だけど……
その前に、私はあなたの友達だから。あなたが辛い時には、絶対に味方になるから」
ずっと真剣な表情になったネルに、リリアの顔もきゅっと引き締まる。
しかしやがて、再び微笑みを浮かべる。強い意志と、思いのこもった笑みだった。
「……うん、ありがとう」
ネルの言葉に対しての、リリアの感謝もまた、ずっと大きな思いが乗っていた。
最後に頷き合って、再びドアを開くリリア。
まだ高い陽の光が差し込む、その外の世界へと踏み出して行った。
――――――――――――――――――――――
この世界でも随一の技術力を持つグローリアの街は、それだけ人口も多い。
人混みの中をまるで流されていくかのように進む感覚は、リリアはあまり好きではなかった。
とはいえ幼いころから何度も来た道であるし、
昨日初めて訪れる事になったゲイルチームの基地も、場所自体は知っていたのもあって、その足取りに迷いはない。
「こんな立場でも、か」
その最中、リリアはネルの言葉を反芻する。
昨日からの決断の連続は、そのどれに対しても本気で当たってきたつもりだった。
そこに軽い気持ちはなかった。だからこそ、今日もむしろ冷静でいられた。
だが確かに思えば、昨日までの自分とは大きく立場が変わっていた。
平和な村で過ごす一市民だったはずが、その平和さえ壊れつつあり、その分岐点に立つ存在になってしまった。
それを思えば、不安が無いと言えば嘘になる。
(……でも)
昨日初めて会った、ジェネ、ジストも。
幼い頃からの友であるネルも、フェムトも。そして言葉なく永遠の隣人である、精霊たちも。
その不安と天秤にかけても、代え難いものであると感じていた。
だから昨日の出来事と、それから続いたこの今も。それ自体を否定したくはなかった。
あるいはその割り切り方さえも、彼女の人間性の発現なのかもしれない。
そんな事を考えていた道すがら。
不意に通りを全て覆うほどの風が吹いて、流れる人の波が僅かに乱れた。
それはリリアも例外ではない。立ち止まって顔を腕で守る。
だが、それだけでは終わらなかった。
ただ風から身を守っただけのリリアの周囲に、その周囲に精霊たちが姿を現していく。
「……あ」
思わず声を零すリリア。自分の意志によって彼らを呼んだわけではない。
だがその表情には、疑問も浮かんではいなかった。その理由も分かっていた。
リリアは風の吹いた元……通りに面している公園の方へ視線を向ける。
「ニーコ、また何か暴れてるのかな」
ため息の後、誰かの名前を口に出すリリア。その足取りが、向いた先へと変わっていく。
公園の敷地に入って、なおも真っ直ぐ進んでいく。
あまり大きくない公園ではあるが、まるで鋼の森のように背の高い人工物ばかり並ぶこのグローリアにとっては、
木々や草花、湖のあるこの公園は確かに重要な場所で、今も決して人が少ないわけではない。
だが今、この公園は不自然な程に静まり返っていた。
そしてまるで、何かを囲うような人だかりがあるのが見えて。
そこからまた突風が吹いて、リリアは苦笑と共にため息をついた。
「もう、今度は何をやってんだか」
だがその口調は、どこか楽しそうに。
リリアはその人混みの中へと、更に歩みを進めていく。
「すみませーん、通して、通してくださーい!」
乗って進んだ先ほどとは逆に、今度は人混みを掻き分けて進むリリア。
その中心が見える場所まで進むまでに、そこまで時間はかからなかった。
最前線に到達したのと同時に、またその中心から突風が吹き荒れる。
「わとっ……!」
また同じ様に、腕で顔に当たるそれを防いで。リリアはようやく、その中心を見ることが出来た。
まず最初に、中央で向かい合う2つの影が見えた。
「お前、いい加減にしろ! 私のダチまで!」
1つは子供のように小さい、結んだ緑色の髪を持つ少女だった。
その背中には、描いた風のような翼が生えていた。
そしてその背後に、同じような背丈で、同じ様に背中に羽を持つ女の子達が集まっている。
彼女らは震えていて、それがこの状況においての、彼女の言葉を補足するものとなっていた。
「何度も警告したはずだ。お前達が行ったのは詰所への不法侵入に他ならない。
当然の実力行使を行ったまでだ」
そしてもう1つは。まるで全身が鎧で覆ったかのような、鋼鉄で構成された体を持つ存在だった。
四肢を持ち二足で立つそのシルエットは人間に近いが、その顔も、機械的な節々も、青を中心に彩られた装甲も。
おおよそ、彼を見て人間性を感じることはない、そんな意匠であった。
恐らく彼が発した声、あるいは音声も。人らしい抑揚に欠けた、機械的な音声だった。
それはあるいは、状況がそうさせているのかもしれない。とにかく、険悪な雰囲気が流れていた。
「……っ!」
そんな一気に緊張感の上がった現場だが、それがリリアの足を止めることは無かった。
むしろ、今この場が一触即発の事態であることも悟って。
それを遮るためという意味合いも込めて、リリアは早々に声を投げかけた。
「ニーコ! 何やってるのーっ!」
その声に反応したのは、緑髪の少女の方だった。
状況に水を刺されたという気分だろう、怒りを込めた表情と共に彼女が振り返る。
「あんっ!? 今大事な……って、リリアじゃん!」
「そうだよっ。リリアちゃん登場ですっ」
だがその表情も、その声の主がリリアである事を認めると、一気に笑顔で塗りつぶされていった。
軽口を返しながら、リリアもその中央へと歩んでいく。
対するニーコは、完全に喜びの顔に変わっていた。
「丁度よかった! よし、お前の精霊パンチでこいつぶっ飛ばしちゃえ!」
「待って待って、いきなりそんな事しないよ」
そのまま強力な助っ人が来たと湧くニーコに、リリアはその意図を否定する。
当然ではあるが、この状況については何も理解できては居ない。
ただニーコと、正面の「彼」が敵対しているであろう、ということだけだった。
その意味もあって。リリアの瞳が、ニーコと相対していた彼へと向く。
全く人間のそれとは異なる、装甲に包まれた顔。恐らく「目」であろう箇所が、より強く光った。
「一般人。ここは危険だ、すぐに離れろ」
「大丈夫。私はニーコの友達だよ。喧嘩してるみたいだけど、一体どうしたの?」
そしてそのまま、彼とも言葉を交わすリリア。
一旦話が出来たことに安心すると、 そのままこの状況について聞こうとして。
最初にそれに答えたのは、その背後から突っ込んできたニーコだった。
「こいつ、前の奴の代わりに何日か前から詰所に入ってきたんだけどさぁっ!」
「うん」
「私達が詰所のお菓子食べてたら、追い出そうとしてくるんだよっ!」
「うん……うん?」
「だからしょうがなくちょっとだけ取って外で食べてたけどさ!
今日も私のダチがお菓子取ろうとしたら、とっ捕まえて外に投げ出しやがった!」
「……」
「だから今日という今日は許せねーって! 果たし状を出してやったんだ!
その真っ最中ってわけよっ!」
して、ニーコはかなり正直に自分の立場を喋っていた。
決闘の途中であればそもそも助力を借りるのはどうなのか、とか思ったりもしたが、それ以上に。
正直すぎて、自分の罪の自白にしかリリアには聞こえなかった。
して、もう一方への聞き取りをする前に。リリアはこの状況に審判を下した。
「うーん、ニーコが悪い!」
「えー!?」
『なんでー!?』
「なんでーじゃない!!」
ニーコと、その背後で衝撃を受ける少女らにも突っ込みを入れながら。
リリアは改めて、彼へも問いかける。
「前はちょっと太ったおじさんの警備員さんが居て、その人がニーコたちと仲良くしてたと思うけど。
今は貴方がこの公園の警備員さん?」
「理解が早くて助かった。私の名は『ノイン』。この公園の警備を命じられている」
「あはは、ありがとう。私はリリア、よろしくね」
彼の口調に迷いはなかった。
無論迷いというのがあるのかさえ分からない相手であるが、
ともかくそれへの肯定は得られたとして、リリアは今度は不満そうな顔を向けるニーコ達へと振り向く。
「ともかく。今までお菓子が貰えてたのって、今までの警備員さんの厚意なんだから。
それを当然だと思って、誰にでも押し付けたりしちゃだめだよ」
「むー……」
リリアの説教に対して、へそを曲げるニーコ。
とはいえ反論しないのは、それが正論であること自体は分かっているからだろう。
そんな彼女に、リリアは話を続けていく。
「というかニーコ、お金はあるって言ってたじゃない。
グローリアから貰えるけど別にご飯食べなくてもいいから溜まってくばっかりだーって。
お菓子なら買えばいいじゃないの」
「並んだり選んだりするのめんどくさい! あのカードの使い方もよくわかんないし」
「もー、前も同じこと言ってた!」
開き直るニーコに、リリアは呆れと叱責が混じった言葉を返す。
二人の背丈は似たようなものだが、リリアのほうが少し高い。
彼女に叱責する姿は、どことなくネルの、リリア自身へのそれを彷彿とさせる。
しかしニーコはニーコで言い返す言葉も無くなってしまったようで、
その視線と次の言葉がノインへと向かう。
「いいじゃんかー! どうせお前食べないだろ!」
「お前達に配布する理由もない。誰からも布施を受けられる立場であるなどと、驕らない事だな」
「うがー! やっぱお前、それ以前にムカツクー!」
しかしその言葉のやり取りは、一度鎮火していた二人をまた燃え上がらせてしまう。
態度にも敵意をむき出しにするニーコに対して、どうやらノインも引き下がるつもりはないようだった。
「実力行使のつもりか。 ならばこちらも受けて立つまでだ。お前の監視もまた、私の使命の1つ」
「んだとごらー!? そこまで言うならっ」
「はいストップー!」
「んえっ!?」
また燃え上がろうとする雰囲気は、しかしリリアの強引な介入によって遮られる。
本当に強引で急な乱入になったが、それがかえって功奏したようだ。場の緊張感は、再びほぐれていく。
(こういうの、早めに止めなきゃって思ったもんなぁ……)
彼女の脳裏に浮かんだのは、丁度昨日のジェネとジストの言い争いだった。
燃え上がった敵意は、そうそう鎮火することなどない。
そして火が大きくなれば、もう外野の声など届きもしない。
それから思えば今回は、言葉で落ち着く段階で行けただけでも成長だと思っていた。
「もう、喧嘩っ早いんだから」
そしてもう1つ。
ここまで来て、リリアはノインについても違和感を感じ始めていた。
数度彼と言葉を交わし、その所作を見た今。
彼がおそらく、グローリアの発明した機械であることは分かっていた。
だが、彼の判断や言葉、態度は。どうにも、合理的に判断を下すだけの機械のそれとは違うと、なんとなく感じていた。
まるで、ニーコの事が「癇に障っている」かのようで。
「うーん……」
とはいえ、見過ごすことも出来なかった。
今は自分が居たとはいえ、今後どうなるかを思えば、当然だ。
ノインはともかくと言いたいが、このニーコの強硬姿勢に、彼からの態度が関係ないとは言えない。
恐らくこのままでは何度も衝突が起きてしまうだろう。
口から漏れた声が示すように、リリアは頭を悩ませる。
(ニーコって自分と仲いい子にはおおらかだから、ノインさんも仲良くしてくれればいいのに……ん?)
と、したところで1つ。
もう一度、ノインのその態度について心を配った時。あることが思い当たった。
それは、癇に障っているとした、彼の態度についてのものだった。
「ノインさん、1つ提案があるんだけど」
だがそれは、リリアとしては。むしろ今の状況の、希望のように思えた。
――――――――
そうして、リリアが訪れたのは。
公園のすぐ向かいにある、少し大きめの小売市場だった。
リリアにとっても、グローリアではよく見るが、
グローリア以外ではほぼ見ないタイプの店だという認識だ。
その入口で、明るいニーコの声が響く。
「よーし、このカゴ全部埋めてやるぜっ」
「買い占めのような真似をするな。非常識だぞ」
「……うっせーなー」
しかし。僅かとはいえ公園を離れたこの場所で、彼女の隣に立つのはノインだった。
当然少し口を開けるだけで口論へと発展する危険性はそのままで、
二人を先導していたリリアが振り向いて、戒める。
「もう、喧嘩しない! 仲良くなるための時間なんだから」
「よけーなお世話だっつの!」
「私も正直、同意しかねている。この行為に何の意味が?」
「ニーコもノインさんも、結局公園で過ごしてくしかないんでしょ?
今みたいにすぐ喧嘩しちゃうと、二人ともいがみ合ってばかりになっちゃうじゃない。
そうなると都合よくないでしょ、どっちも」
リリアの語った理由は、先程の懸念そのものだった。
それをそのまま伝えた形になるが、どうにも二人の顔色はよろしくない。いや、ノインのそれはわかりようが無いのだが。
「公園の治安を乱しかねない存在と迎合するというのも、正しい選択とは思えないが?」
「ああッ!? 私がお前連れてきてやってんのも、リリアが言ってやってるからだぞ!
というかリリア! こいつにさんとかつけんな!」
「ええ?でも失礼だろうし……」
「呼びやすければ構わない」
「あ、そう? ……ってそうじゃなくて!
二人とも、第一印象に引っ張られすぎって言いたいの!
そんなにぶつかり合うことばっかり無いよ、きっともっと話したら、そんな事もなくなるって。
だから……」
二人の説得を続けるリリア。その手がそれぞれ片方ずつ、二人の手を握る。
それが何を意味するのか、付き合いの長さで理解したのだろう。
げっ、という顔を見せるニーコだったが、遅かった。リリアの周囲に、輝く精霊たちが姿を現し始める。
それはつまり、その手を引く力は。
「ほらほら、だから行こ!」
「馬鹿な、何だこの膂力は!?」
「わわわわっ、ちょまてまて!!」
半ば強引に、リリアは二人を店内に引きずり始めた。
小さなニーコはともかく、大の男程度の大きさに全身が鋼鉄のノインすらも、それに抗う事が出来ない。
リリアの異能も知っているのであろうニーコよりも、ノインのほうが驚きを見せていた。
その様子に、リリアは自分の想像が間違っていないと微笑を見せる。
「精霊術の行使か、リリア! 攻撃ということであれば、こちらも……!」
「違いまーす!ただ手繋いで連れてってるだけでーす! 精霊術なんて知りませーん!」
「うわわわ!わかったわかった、行ってやるから!
おいお前、ええと、ノイン! 一旦お前もそうしろ!」
その中で、先に音を上げたのはニーコの方だった。
同時にいがみ合っていたノインにも同様の勧告を送る。
その様子を見て、リリアは両手を離した。
「はい、それじゃあ文句言わずに。レッツゴー!」
そのまま先頭を歩いていくリリア。
背中を見ながらまるでぼやくように、ノインが声を発した。
「まさか、こうも強引な人柄だったとは……
確かに第一印象とは、宛にならないのかもしれない」
「あいつ、いい奴だけど意外と強情なんだよ。
……しょーがねえ」
そして、それに同調するニーコ。
して、ここで二人は初めて、敵意でない会話を交わすことになった。
こうなった事も、その理由が自分であることも、リリアは知ってか知らずか、であるが。
それから。目的の場所たる、菓子の陳列棚まではすぐだった。
「はい、到着! ニーコ、好きなの入れていったら?」
「ああ、そうだな……」
妙に楽しそうなリリアを尻目に、棚を見回して、目に留まった菓子を手に取っていくニーコ。
カゴを持つのはノインだった。無言で意図を察して差し出されたカゴに、ニーコはそれを詰めていく。
まるで、流れ作業のように。
「……」
「……」
「なんか話せばいいじゃない!!」
「うるせーな!!」
その無言のやり取りに乱入するのは、やはりリリアだった。
とはいえ流石に今回はニーコも反撃する。
先ほどまでは反目し合っていたとはいえ、流石に今回はノインもそれに同調した。
「乱暴な言葉遣いをしたくはないが、その通りだ。特に話すべき事項もない」
「もー! そんなことないでしょ! なんか天気とか、そういう話したらいいじゃん!」
「晴れてるなー」
「そうだ」
「むーっ!!」
そしてそれは、半ば強引なリリアの前に、奇妙な結束さえ見せていた。
それはあるいは、リリアの目論見通りといえる状況なのかもしれない。
だが今のリリアにはそれを察するほどの冷静さはないようだった。
そんなリリアの、またもや暴走が始まろうとしたその時、その背後から新たな声が響いた。
「やれやれ、喧しいガキどもだね」
少ししゃがれた、女性の声。
だが妙に、覇気さえ感じるほどに存在感のある声だ。
リリアが振り向くと、その声の主はすぐにわかった。
杖を突く、しかしすらっとした老婆だった。
すこし、リリアのことをじっと見つめたように見えて、対するリリアも思わず、息が詰まった。
彼女はそのまま話を続ける。
「元気なのはいいが、ここは公共の場だよ。弁えな」
「申し訳ない、御婦人」
「ご、ごめんなさい。私も舞い上がっちゃって」
続く叱責に、ノインもリリアも続いて謝罪を返す。
これまで暴走列車と化していたリリアだったが、おそらくこれでようやく、静まったと言えた。
明確に沈んでいくリリアに、老婆はそのまま不敵な笑みを返す。
「まあ、気をつけることだね。今回はこんなババアでよかったが、
下らん大男だのに因縁付けられちゃ、堪ったもんじゃないだろう。邪魔したね」
そんな言葉を最後に、彼女はそのまま踵を返して歩み去っていく。
その背中を見つめながら、呆然とするリリア。
一先ず状況が落ち着いたことに内なる喜びを見せながら、ニーコは彼女に声をかける。
「ま、こーいう事もあるさ」
「……今のおばあちゃんさ、すっごいかっこよくなかった!?」
「そっちかよ! ……でも、見たことない奴だったなぁ。
人間のジジババってよく公園来るから、割と顔覚えてるんだけどな」
そのニーコの労いも、完全に不発に終わったようで。リリアはその背中に、完全に目を輝かせていた。
呆れながらも、ニーコも先程の老婆へと思いを馳せる。
今度はノインも、その話に加わっていく。
「グローリアの登録情報はある。不審な人物ではない」
「へー、そんな事もわかるんだ。警備の人だもんね」
「人ではないが」
「とにかく、さっさと買って戻ろーぜ。あいつらも待ってるしよ」
「はいはい、わかりました……なかよし作戦がぁ」
「なんだ、その気持ち悪いの!」
先ほどの出来事もあって、リリアは半ば諦め気味に言葉を返した。
老婆の言葉通り、ここで大声を上げて暴れるのも許されることではないのもそうだし、
本人の気質自体に頑固なところがあるとはいえ、あまり他人に無理やりさせるというのも気分は乗らないものだった。
先んじて会計に向かうリリアを追って、二人も歩んでいく。
「これで一時休戦は終わりだぞ。このやろ」
「挑発のつもりか。先程はお前の不条理な理論に無駄に憤ることになった。
今度は相手にするつもりはない」
「なんだ? お前みたいな奴にも、怒るとかあったのか?」
その言葉のやり取りは、今も少なからず棘のあるものではあったが。
リリアの暴走もあってか、しかし先程対峙したときよりは、随分と会話の形になっていた。
そのおかげでもあるのだろう、ニーコは彼の言葉に疑問を呈する。
それは詳しいことは分からずとも、彼が人間によって、何かしらのため造られた存在であると分かっているが故の問いだ。
だがそこで一旦、会話が途切れる。不思議に思って、ニーコはすぐ隣のノインへ振り向く。
顔と呼べるような部分はあれど、輝く2つの機械の目だけを持つ彼は、表情を持つことはない。
だがニーコは今、瞳に映ったノインから。どこか哀しそう、そんな印象を受けた。
「私には、『ある』。 ……不可解ではあるがな」
ふと静かになったタイミングなのもあって。その内容は、二人の様子を伺おうとしていたリリアにも聞こえた。
それはあるいは、先程までリリアが感じていたもの、その答え合わせでもあった。
「余計な話をした。詮索はするな」
まるで人間が我に返り、取り繕うように話題を終わらせるノイン。
それもまた、彼の言葉を肯定するようだった。
「なんだよ、それ――」
ニーコもそれに対して適当な相槌を返した、その時だった。
「っ!?」
「きゃっ!!?」
その声をかき消すように、何かが割れたような大きな音が店内中に響き渡る。
音は出入り口の方から響いていた。張られたガラスが割れたのだということは、察しが付いた。
怯んだ二人に先んじて、ノインが音の方へと駆け出す。
「事故か、あるいは」
「え!? 私も行くよっ!」
「あ、おい!」
遅れて彼を追うリリア、そしてニーコ。
悲鳴と逃げ惑う人々を掻き分けた先、その正体を確認するのは以外にも早かった。
「あれは……!? おっきな、車っ!?」
それほどまでに、巨大な影だったからだ。
リリアが口に出したように、それは昨日、ジストと共に乗ったそれと構造は似ている。
だがそれよりも、ずっと巨大で、そして荒々しい意匠で飾られていた。
「改造車両か。規定に従っているものでも無い。であれば……強盗か」
「んだとっ!?」
「えっ!?」
その風貌からのノインの分析に、少なからず二人は驚きを見せる。
だが、それが正解であると悟るのに時間は掛からなかった。
その車の中から、この犯人が姿を現したからだった。
「お前ら! あれを使う以外にゃ注文はねえんだ、
好き放題暴れるぜ! 奪れるもんは奪っちまえ!!」
『オッス!!』
力強く叫ぶ大男に、彼に従っているであろう3人の男。
おおよそ荒くれと呼ぶに相応しい風貌に、その言葉の内容。
もはや、弁明の余地すらない。そう判断したのだろう、
彼らが散って動き始めたその瞬間、ノインの背中の機関、噴出孔が光を持ち始める。
その背中から流れるように、風が吹く。いやその機関が、風を吹き起こしていた。
それが何であるか。同種とも言える存在であるニーコには、既に分かっていた。
「
「『使用申請、警備用レーザーブレード、レベル1-2001。独立承認実行』」
ノインの言葉に呼応して、その左手から橙色の光が伸びる。
それは武器であった。眼の前の無法者を滅するための。
彼のその態度は、相手にも伝わったようだ。4人の視線が、一点に集められる。
「何だっ、お前っ――」
「制圧開始する」
それとほぼ同時に、ノインの背中の機関がけたたましい音を上げ。その鋼鉄の体が、文字通り飛んだ。
標的は、最も近い箇所に居た男だ。
「いいっ!?」
その速度に驚きながらも、手に持っていた得物である片刃の剣を、迎撃するように振るう。
ノインも同様に左腕を振り抜く。その一合の明暗は、くっきりと分かれた。
剣はその根本から、あっさりと両断されてしまっていた。
丸腰と化したその男を、ノインはそのまま地面へと抑えつける。
「なっ……があッ!!」
「1名確保」
懐に格納していたのだろう、ノインが取り出した手錠がそのまま男に繋がれる。
だがそれも束の間、その仲間がノインの側面へと回り込んでいた。
今度の得物は大きな鎚だ。鋼鉄の体であるノインにも、ダメージが入りかねない。
それを大きく振り上げて、男は恨み言を叫ぶ。
「テメェ、よくも! くたばりやがっ……」
そこへ飛び込む、新たな影。
光を、精霊たちを纏ったリリアだ。既に抜刀した剣には、溢れんほどに精霊たちが集まっていた。
跳躍の勢いのまま体を回し、その力を持って剣を振り下ろした。
「”ステラドライブ”っ!!」
「ぎゃっ、ひぃ!!?」
インパクトと共に、床に亀裂と窪みが生じ。男は悲鳴を上げながら地に伏した。
丁度大槌の柄へと振り下ろされたそれは、鉄で出来たその柄を砕きはしなかったものの、
むしろそれが故に、剛力は逃げ場なく男を襲うことになったようだ。
文字通り泡を吹いて倒れている様子からも、その一撃の重さが伺えた。
「何をしている、危険だ」
「協力させて、ノイン! 私もこういうの、許せないの!」
ノインの警告に、毅然と応えるリリア。その瞳には、やはり迷いも恐れも無かった。
だがその声は、逆に男たちを逆上させる。残り一人の男が、リリアの方へと駆けていく。
「調子乗ってんじゃねえぞ、ガキがッ!」
しかし。人員が残っているのは、あちらだけではなかった。
不敵に笑いながら、ニーコは右腕を構える。その周囲に、風が渦巻き始めた。
「リリアが行くなら私も乗るぜっ! 行くぞ
呼びかけたのは、もはや語るまでもない、風へと変質する精霊たちへのものだ。
ニーコの周囲が、構えた左腕を中心に吹き荒んでいく。
「喰らえ、"ワールブラスト"ッ!」
そして集まった風は、ニーコの号令に合わせて放たれた。目標は当然、3人目の男だ。
風の槍……もはや、風の砲弾とも言えるほどの大きさとなった突風は、
反応すらも許さぬ速さを持って、男へと襲いかかった。
「あ、ぎゃああああああああああああああああ!?」
吹き荒れる突風は、そのまま男に直撃する。
そして並以上の体格はある男を、店の外まで一気に吹き飛ばした。
圧力も相当のものだったのだろう、遠くで倒れ込んだ男が、完全にダウンしているのが見えた。
そして三様に男達を倒した3人が、今度は1箇所に集まる。
「こんな場面まで、実力行使で治安を乱すなとか言わないよな?」
「……」
「もう、こんな場面まで突っかからない!
……さて! あとはあなただけよ!」
リリアが言葉と共にきっと睨みつける、その先の男。
虫を噛み潰したような表情と、そして強烈な敵意が、3人へと向けられていた。
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