3話

「こちらだ。ついてきてくれ」


 ジストの操る車に乗り、暫く経った後。

彼の先導に従うまま、リリアとジェネは建物の廊下を歩いていた。

鉄、あるいはそれに近い物質で作られた施設。窓もなく、外の様子も見えなかった。

そういえば来る最中、車は地下に潜っていたかもしれない。静かな廊下の中、リリアはそんなことを考えていた。


「……」

「大丈夫?」

「あ、ああ……だが、凄いとこだな。まるで鉄の城だ。それなのに、精霊の気配だらけだ」


 あからさまに落ち着かない様子のジェネに声をかけるリリア。

彼にとってはまさしく未知の光景だった。リリアの言葉に助けられてか、その違和感を口に出していく。

前方を歩くジストからも、その話への言葉が飛ぶ。


「無理もない。これほどの施設はグローリア以外には存在し得ないだろうからな。

 そしてこの施設もまた、精霊機関なしでは成り立たないものだ」


 軽く説明をしながら、ジストは足を止める。そのまま通路脇の端末に手を触れた。

何をしているかはリリアにも、勿論ジェネにも分からなかった。

やがて小さな電子音が鳴ると、そのすぐ隣の扉が独りでに開く。


「俺の部屋だ。外の目を避けられる場所が、ここしかなくてな」


 招くジストに連れられて、その部屋に身を乗り入れるリリア。

思わず、その光景に目を見開いた。


「えっ……」


 驚くほど、殺風景な部屋だった。

小さな机と収納棚、そして禄に使われた様子のない、簡素なベッド。

机に立てかけられた板に飾られた大量のバッジだけが、この部屋の装飾とも言えた。

壁に寄せられていた小さな丸椅子を2つ持ち上げて、ジストは机の近くへ置く。


「こんな部屋ですまないな。座ってくれ」


 そんなリリアの気持ちを推し量ったか、あるいは自覚もあるのか。

苦笑しながら差し出した椅子に、二人とも座る。

ジストもまた、机に備えられた椅子――これもまた簡素なものである――それに座る。


「あんた、英雄って呼ばれるほどなんだろ? なんでこんなとこに住んでんだ」

「住んでいる、というのも怪しいな。立場上、この部屋で過ごすことが殆ど無いものでな。

 だがお陰で、隠れ蓑として使うには最適だった」


 その感想は、ジェネも同じだったようだ。

そのまま疑問を口に出したジェネに答えながら、改めて二人を見据えるジスト。

懐から小さなメモ帳を取り出しつつ、本題に入っていく。


「それでは早速話を聞きたい所だが、あんな事があった後だ。

 まずは君たちに、俺を信用してもらう所から始めよう」

「ーってと……」

「あの場のガストチーム……バストール達は、明らかに強情的だったろう。

 任務の遂行があるとはいえ、君たちの話も聞く耳を持たず、一方的に犯人と断定していた。

 俺の目から見たその理由と、今のグローリアの状況について、まずは説明させてくれ」

「!」


 彼の提案した内容に、リリアも思わず背筋を伸ばす。

真剣な様子は、その提案への肯定でもあった。それを持って、ジストはその内容を語り始めた。


「まず、ジェネ君、だったか。君の存在は我々も把握していた。

 グローリアの勢力内に入った時点でな」

「ジェネ、でいい。 まあ、そうだろうよ。あいつらもそう言ってた」

「そうだな。そしてその前後から、変異精霊の反応……魔物だな。その存在を領内で捉え始めた。

 君たちが居た村、アトリア以外でもな」

「え!? そうだったの……!」

「ああ。勿論、15年前を最後に姿を消したはずの魔物が再発生したとなればグローリアでも重大な問題だ。

 俺達グローリア防衛隊もまた、一丸となりその解決の為に動く。……そのはずだった」

「そうじゃなかった、って事か?」


 挟まれたジェネの相槌に、ジストは頷いて答える。

その目に込められた力が、だんだんと強くなっている事。

この話には彼も強く思うところがあるのだと、リリアにも伝わった。

 

「ああ。この魔物騒動が発生して以降の話だ。防衛隊への指令に、不可解なものが増えた。

 犯人と思わしき存在の目撃情報があるのに、俺達に下されるのは発生した魔物の対処ばかり。

 消極的な姿勢だと思っていれば、今度は逆に君へはかなりの強硬姿勢を見せた」

「あいつらの、あの態度か」

「ああ。早合点が過ぎると、君には既に話したな。

 実際、があるとはいえ、今更グローリアに龍人が危害を加える理由もない。

 だのにまるで、君が犯人だと特定しているかのような……」

「はいっ」


 ジストの話の中。それを遮るように、リリアが挙手と共に声を出した。

突然の発声に、ジストも半ば驚きながら彼女にその意図を尋ねる。


「どうした?」

「村の時にもたくさん聞いたけどさ。精霊戦争ってなんだっけ? 

 それが龍人とグローリアと、関わりがあるの?」


 それを聞いたジストは思わず、ずっこけていた。

無論座っているので地に伏せた訳ではなかったが、それほど驚くほどの質問だったようだ。

体勢を整えながら、ジストは逆に問い返した。


「アトリアの村は教育実施対象だろう? 初等部で学ぶはずだが……」

「あっ……そ、そうだっけ?」


 半ば呆れたようなジストの様子に、また墓穴を掘ったことを自覚したリリア。

隣のジェネも、村から繰り返し彼女の様子に、既に彼女の学業が如何なるものか悟っていた。

呆れ半分、驚き半分の視線が向けられるの見ながら、咳払いと共にジストは口を開く。


「グローリアが成立するよりずっと前の話だ。300年前、精霊法国エシュロンと大国アスタリトによる国家間戦争のことだな。

 この敗北によりエシュロンは大きく衰退することになったのだが……

 アスタリトの勝利の裏には、エシュロンが当時行っていた研究の精霊の強化改造、

 それに憤った龍人たちの協力があったと言われている」


 説明の最中、ジストはジェネをちらりと見る。

異文明たる龍人の反応を見るためのものだったが、彼からの明確な反応はない。

異論なしと見て、ジストはそのまま説明を続けていく。


「エシュロンは勢力図の表舞台に立つことは出来なくなったが、存続はしていた。

 そしてグローリアの成立後に連合に加わり、その勢力の1つとして存在している。

 正直な所、エシュロンは今のグローリアの情勢に大きな影響力を持つわけではないが……グローリアと龍人には遺恨がある、と見ることも出来るな」

「それがあいつが言ってたのの根拠……ってこと?」

「……アホくせぇな」


 黙って聞いていたジェネが、鬱陶しそうに吐き捨てる。

リリアはふと、村での彼の様子を思い出した。

彼の事情を聞いたわけではないが、ただならぬ理由があるのは察する事ができた。


「ごめんなさい、話反らしちゃった」

「ああ、それでは話を戻すぞ。

 俺はこの強硬姿勢は、丁度良く訪れた君に罪を被せるための動きではないかと睨んでいる。本来の犯人を逃すためのな」

「するってえと……グローリア、だったか。その中に黒幕が居るってことか?」


 ジェネの言葉に、ジストは首を縦に振る。

立場が故もあるのだろう、その動作は重い。言葉もまた、重く繰り出されていく。

 

「あるいは、外部の者だが防衛隊を操ることが出来るほどの人物。

 何かを目的にこの魔物騒動を発生させ、そしてその解決を拒んでいる……全て、俺の想像ではあるがな。

 だがそれほどまでに、防衛隊への指令は不可解なものが続いていた。特に俺と、直属の部下であるゲイルチームに対してはな。

 今回のガストチームへの指令に至っては、俺は話も聞かされていない」


 語りゆくジストの手のひらが、強く握られる。

憤り。彼の語気にもその色が強く混じり始めて、思わずリリアも息を呑む。

  

「バストール達が君たちに無礼を働いた手前、こういう事を言うのも何だが……

 本来。防衛隊は皆、グローリアを守る事に死力を尽くす戦士であり、仲間だ。

 それを我欲のために使うなど、誰であろうと絶対に許すわけにはいかない……!」


 淡々と、しかし確かに強い感情が吹き上がるその言葉は、その思いの強さをこれでもかと二人に伝える。

文字通りの鬼気迫る様子、部屋に満ちる緊張感が、リリアもジェネも黙らせていた。

やがて我に返ったかのように、ジストは息を吐くと、微笑を浮かべて話を区切る。  

 

「すまない。俺もこの件に関しては、中々冷静になれなくてな……

 ともかくこれが、君たちを助けた理由というわけだ。

 その思惑に巻き込まれていた君たちを、放って置くわけには行かなかったからな」


 その顔には、申し訳無さも浮かんでいた。言葉通り、威圧するような真似のつもりは無かったのだろう。

あるいはそんな気を察してか、先んじて声を返したのはリリアだった。

 

「これから私達って、どうなるの?」

「ああ。少し前にも言ったが、君たちは今防衛隊への攻撃により罪を課せられている状態だ。

 だが今、その権限は俺に委ねられている。そこを不問として片付ける、という算弾だ。

 何度も言うが、下らない思惑に巻き込まれた君たちに罪など元よりないからな」

「おいおい、大丈夫なのかよ?」


 そんな彼から平然と放たれた、無法の作戦に思わずジェネは突っ込みをいれる。

グローリアに詳しくない彼であっても、ジストの立場がどのようなものであるかは、もう何となく理解できていた。

それも加味しての言葉ではあった。

それに対したジストは、今までとは少し違う色の微笑が浮かべて答える。


「生憎、苦手な物でな。納得できない仕事を黙ってやる、というのは」

「え?」


 思わず声を漏らしたリリア。彼の表情はいわゆる、悪い顔、として見えていた。

その色の感情を浮かべたまま、ジストは言葉を続けていく。


「英雄、なんて過ぎた名だと言ったろう。 

 軍人としては、俺は素行不良もいいところだ。だが、だからこそこんな異名も役に立つ」

「……ハッ。とんだ英雄も居たもんだな」

「全くだ。とはいえこんな性分が知られてるせいで、俺は悪巧みから省かれたのだろうな」


 つられてか、ジェネも思わず一笑する。半ば冗談っぽく、ジストも笑った。

説明の少ない言葉であったが、その意図については伝わっていたようだ。

そして、今の彼が置かれている複雑な関係の理由も。


(……もしこのおっさんが俺達を捕らえるのが目的なら、そもそもあの場でわざわざ助ける事もないはずだ)


 談笑の中、これまでの情報を脳内で組み合わせるジェネ。

色々な可能性を浮かび上がらせて、消してを繰り返して。そして一旦、その腹づもりを決める。


「ああ、確かに分かった。

 あんたの目的も。ジストのおっさん、あんた自身もな。……リリア」


 一旦そう宣言すると、ジェネはリリアの方へ振り向く。


「なに?」

「村であったこと、話そうと思う。いいか?」

「うん!」


 あるいはジェネの言葉が、そう来ると分かっていたかのように、リリアの返答も迷いは無かった。

元より、彼らにとっては一度窮地を救ってもらった立場の身でもある。

教わった情報、そして彼の垣間見えた人間性は、その信頼を増すのに十分なものだった。


「ええと、ジストさん。でいいんだっけ」

「ああ」


 その名を呼びながら、リリアは彼の顔を見据える。

決して若くはない、四十路にも入ろうとせんほどの年齢であると察せるが、

その瞳には途轍もないほど、強い意志が宿っているのが見えた。


「えっと――」


 それはどこか、危うささえ感じさせるほどに。


――――――――――――――――――――――――――――――


 それから二人は、ジストにアトリアの村での事を伝えた。

決して多くはない、しかし確かに接触した犯人との会敵の時間。

そして自分たちもまた、ジストと同じく魔物騒動の解決を望んでいるということ。

その時間が故に長くはならなかったその話を聞いて、ジストはそれを総括する。


「……ああ。防衛隊犯人と思わしき存在のシルエットと類似している。

 恐らく他の魔物の発生被害も、こいつが共通の犯人であると見ていいだろう。

 なるほど、魔物をその場で変質させていたとはな……」


 メモを記入していた小さな手帳を閉じつつ、ジストは立ち上がる。


「ありがとう。ここまでに近づいた例は、防衛隊の中には無かった。極めて大きな情報だ」

「何も出来なかったけどな。傷の1つも与えられねえまま逃げられてる」


 彼はそのまま感謝の言葉へと繋げるが、ジェネは言葉に悔しさを滲ませる。

易易と逃がしたことは、彼の中でも引っかかりになっていたようだった。

その気持を思いやるように、ジストは言葉を重ねていく。


「それでもだ。今まで、戦闘能力の有無すら確認できていなかった。

 俺はそもそも、接触することすら避けられているだろうしな」

「でも、これからどうするの?」

「勿論、色々と手段は考えているさ。何時までも大人しい真似を続けるわけにもいかない。

 思えば君たちを逃したのも、その第一歩という形だな」


 にやりと笑うジストに、二人もまた微笑を向ける。


「あはは、なら色々と丁度よかったね。これから私達が協力出来る事もあるかも」

「あんたも難儀な立場だな。ま、目的は同じなんだ、これからも――」

「いや。君たちはもう関わるべきではない」


 そのジェネの言葉は、ジストの低い声によって遮られる。

気がつけば彼の表情は、ずっと厳しいものになっていた。言葉によってジェネの視線も、より鋭くなっていく。

場の雰囲気は、一瞬にして急変していた。


「……あん?」

「君たちもまた、この魔物騒動の解決のために動いているとは聞いた。

 だが。先も言った通り、今この魔物騒動の解決を図るというのは、

 この大陸の大勢力であるグローリアと敵対するということになる。一個人が対抗できるものではない」


 明らかに不服を含んだ声を発したジェネに、

しかし声の調子を変えることなくジストはその理由を述べていく。

その内容自体は、客観的にも納得のいくものだろう。

だが、その様子は説得というより、威圧という言葉のほうが近かった。

だがジェネも、今度は一切怯む様子も、引き下がる様子も見せなかった。


「それはあんたも一緒だろ」

「俺は幸い立場も知識も力もある。グローリア全土が敵になろうが、抗う術は持ち合わせている。

 だが君たちは違う。グローリアが本気になれば、簡単に叩き潰されてしまうだろう。

 アトリアの村でも、それは分かったはずだ……手を引くべきだ」


(っ……!)


 重いジストの言葉。先程までの優しいそれとはかけ離れた目は、承諾以外を許さない事を語っていた。

その目に射抜かれて、リリアは思わず言葉を詰まらせる。

英雄と呼ばれる程までに修羅場をくぐり抜けて来たであろうジスト。

この強烈な威圧感は、まさしくそれを感じさせる程のものだった。


「助けて貰った立場で悪いが、それは聞けねえ」


 だがその隣。ジェネは臆する事なく、その言葉にNOを突きつけた。

ハッとして、リリアは彼に視線を向ける。

そのジェネの藍色の瞳には、強い思いが込められていた。


「あんたの言うことだ。脅しじゃねえってのも、何となくわかる。

 だけどな。ずっと一緒に生きてきた精霊たちが苦しんでるんだ。

 自分が危ないからって、何もしないでいられるかよ!」


 威圧感を跳ね返して、ジェネは彼に言い返していく。

リリアが眺める、人とは違う龍の顔。馴染のない風貌であるが、その横顔からは強さ、そして誇り高さを強く感じた。

だが対するジストは、その言葉に態度を軟化させる様子は見せない。

それどころか彼の放つ威圧感は、より一層強くなって。ジストの口が再び開かれる。


「ならば。このグローリアと敵対して、君は何ができる?

 相手はこの大陸を二分する大勢力の片割れだ」 

「知らねえな。だが、それは辞める理由にならねえってだけだ」

「分かってくれ。感情だけでなんとか出来る相手ではない……!」

「村じゃ無様を晒したけどな、不覚を取られなきゃまだやれたんだ。

 俺も龍人だ。精霊術には自信だってある。侮ってもらっちゃ困るぜ……!」

「君こそグローリアの戦力を侮っている、拘束が目的だったからこそあの程度で済んでいたんだ!」


 その言葉にも最早一切怯むことのないジェネ。

ジストと互いに意見が曲がることは無いまま、言葉の応酬が続いていく。

むしろ、固いジストの態度が、かえって彼をそうさせていた。

心に火が付いたように激化していく語気は、互いのその意志の強さが現れていた。


「言ってるだろ、だからって止まる理由にはならねえんだよ!」

「だが進む理由もまた、強情なだけだ! 無駄に命を散らすな……!」


 だが。言葉が飛び交う二人の間、それがリリアにも見えた。

相反する意志が、やがて敵意へと変わっていく、その瞬間。

まずい、と感じて。リリアは二人を制する為に発声する。


「ちょ、ちょっと二人とも、熱くなりすぎっ」

「ああ!? 無駄になるかどうか、試してみるか……!?」

「強情な……手荒な真似などしたくはないんだがな……!」

 

 だがそれさえも、椅子を蹴って立ち上がるジェネの言葉に阻まれてしまう。 

売り言葉に買い言葉を返しながら、対するジストも立ち上がる。完全に一触即発の状況となってしまった。

体格自体は、龍人であるジェネのほうが。だがジストの放つ闘気は、全くその不利を感じさせない。

吐息すらも届きそうな間合いでにらみ合いながら、二人は舌戦を続けていく。


「だがお前のような青い奴には、こうしたやり方が手っ取り早いのかもしれんな……!」

「けッ、ほんとにとんだ英雄様だぜっ……!」


 あるいは言い争いを始めた時から、この展開自体は望んだ一面もあるのだろう。

激突を直前にして、二人は互いに笑みさえ浮かべる。

相手を見る目が、敵意を含んだものへと切り替わって。その挙動を捉えるために焦点が集中していく。

交戦を行う、まさにその様子だった。


 そう。視線は全て、互いが互いに注いでいる。

だからこそこの場で、しかし致命的なものを二人は見逃していた。


「ああ、もう……!!」


 この場で、更にもう1つ。

怒りのボルテージが、閾値まで達した存在がいる事に。


 もう場の雰囲気も、威圧感も闘志も関係なかった。


「はなしッ、きけーーッッ!!」


 リリアの怒号に呼応して、姿を現した精霊たちが彼女の四肢に纏われる。

彼女はそのまま二人に視線が並ぶ高さまで跳躍すると、二人の頭に腕を回す。

そして精霊と共に力を込めて、その頭同士をぶつけ合わせた。


「ぐああっ!!?」

「がっ!?」

 

 二人は完全に不意打ちで、額をぶつけ合う事になった。

壁や、防衛隊の盾を砕いたそれよりは幾分抑えられているが、

やはり少女のそれとは思えない程の力だったようで、苦悶の声が二人から漏れる。

その声は、ジェネのほうが大きかった。

ダメージの具合も同様のようで、額を抑える程度のジストに対して、ジェネは痛みに悶絶して床に転がっていた。


「いってええぇっ……!! 何すんだよっ、リリア……!」


 先ほどまでの闘志に溢れた姿はどこへやら、涙目になったジェネが改めてリリアに問いただす。

相対するリリアは毅然とした、しかし怒りを浮かべた表情で二人を見据える。

 

「もう! なんで助けた助けられたから、こんな殴り合いになりそうになるのよ! 

 二人とも熱くなりすぎ! ちょっと頭を冷ましなさい!」

「痛くてむしろ熱くなるっての……」


 リリアの言葉に、頭を抑えながらそんな事を呟くものの。

幸か不幸か、彼女の言葉通りに、既に二人は冷静さを取り戻しつつあった。


「むう……いや、その通りだな。すまなかった。リリアも、ジェネもな」

「いや、俺も血気に逸って、悪かった……もう大丈夫なのか、おっさん」

「ああ。頑丈さだけで英雄になった身だ」


 その流れの中で、ジェネとジストもまた互いに謝罪する。

いつしか部屋の空気も、元の様子に落ち着いていた。

結局の所このリリアの凶行は、結果的に良い方へ向かわせたと言わざるを得なかった。

落ち着いた二人を前に深呼吸して。リリアは続けて、宣言するように言う。


「『この凍える世界で燃えゆく君と、松明を分かつことはない』!」

「……あ?」


 そのリリアが発した一文。

しかしそれは、ジェネの知識の内には無かったようた。

彼が呆けた声を出す中。逆にジストが、ふっと笑う。


「『紡ぐ星の剣士』の言葉か。 精霊戦争も知らないのに、よく知ってるものだ」

「紡ぐ星……ああ、『永き冬』のか。そんな言葉も残ってるんだな」


 そのジストの言葉がヒントとなって、ジェネも納得した様子を見せた。

二人の言葉に照れるような様子を見せつつ、リリアは大きく頷いて答える。


「うん。 私の大好きな偉人……いや、『英雄』の言葉だよ。

 ジストさん、この言葉がどこで、誰に向けたものかも知ってる?」

「……ああ」


 そのリリアの言い回しは、あるいは、ジストに重ねることを意図したものでもあった。

その問いかけを肯定するジストには、それもまた伝わったのだろう。

言葉少なくなる彼の代わりに、リリアは言葉を重ねていく。


「"長年続く大寒波に対抗するため生み出された、炎の精霊人形ブレイ。

  彼はその国土を暖め、人の住まう地とすることを使命とされていた。

  寒波による亡国の後もなお使命に殉じる彼に、紡ぐ星の剣士エレナはこう告げて救世の旅へと誘う――"

 『永き冬』二七版、第二章、83ページから引用! ……どう? 完璧でしょ」

「……まあ、そうだろうな」


 リリアの述べる言葉に、ジストはもう笑うしかないという態度だった。

どう、の言葉通り、採点が出来るわけでもないが。

他ならぬ彼女の自信溢れる言葉こそが、その内容に間違いがないことを証明していた。

言い終えると、リリアはずっと柔らかくて大きな笑顔をジストに向ける。


「ね。 目的も気持ちも一緒なのに、わざわざ別れちゃうなんて勿体ないよ。

 この後、ブレイはエレナの欠かせない仲間になったでしょ?」

「……俺は『紡ぐ星の剣士』のようには成れない」


 しかし、対するジストは俯きながらそれを否定する。

現代で英雄と呼ばれる彼にも、何か事情があるのだろうとはリリアにも伝わった。

だがそれでも、リリアも励ますように説得する。


「そんな事ないよ。私達を助けてくれたじゃない! それに……」


 そのリリアの言葉は、その全てを伝えることは出来なかった。

それをかき消したのは、轟音。

彼女らの背後……この部屋の出入り口の方から鳴り響いた轟音だった。

突然の異常事態に、3人ともそちらの方へ振り返る。


「何っ……!?」


 その先の光景に、ジストが驚愕する。

外界とこの部屋を隔てる扉は、内側へ弾き飛ばされてしまっていた。

いや。もはや扉どころか、壁ごと吹き飛ばされていた。

壁から覗いていたもの、それは。


「ギャガアアアアアアアアアアアアアアア!!」

「魔物かッ!! でけぇッ……!」


 叫び声を上げる、魔物。一見猿のようにも見えるそれは、しかしそう呼ぶには異常な風貌だった。

壁に空いた大穴は、ジェネやジストの縦幅、横幅共に二倍ほどの尺になる。

魔物の大きさは、その穴にぎりぎりに収まる程度のもの。

アトリアの村で現れた――ジェネと同じか、あるいは小さい――程度のものよりも大幅に、巨体の個体だった。


「隠れ蓑か……あんまり宛てになってねえんじゃねえか」

「小言は後! 今はあいつを倒さなきゃ……」


 それに反応して、リリアは剣を抜き、ジェネは周囲に精霊を浮かび上がらせる。臨戦態勢という形だ。

そして互いに、攻撃に移ろうとして。


「……二人とも。重ね重ね、すまなかった」


 刹那。その二人の間を抜けて、1つの影が魔物へと接近する。

二人共、そして魔物すらも反応出来なかった。それほどまでに疾く、彼は駆けていた。

気づけば、既に魔物の懐へ。ジストの大きな、しかし魔物に比べれば小さな身体がそこにあった。

振りかぶった腕、次の瞬間、それは魔物の下半身へ突き刺さる。


「……ハァッッ!!!!」


 そのインパクトと同時に響き渡る、爆発のような音。

一撃によって、背丈で言えば倍はある魔物の体が固まる。そのまま浮かび、そして。


「ゲ、ギャアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ……!!!」


 魔物の巨体が吹き飛び、その背中側の壁へと叩きつけられた。

凄まじい破壊力によるものか、魔物は既に輝く精霊の姿へと戻り始めている。

リリアもジェネも、何が起きているのか分からなかった。

一撃の下に、巨大な魔物を下した。それだけの事を理解するのにさえ、時間を要していた。


「……1体で終わり、ではないようだな」


 息を吐きながら。ジストは壁の大穴から続く、新たな魔物へ視線を向ける。

同じ体躯の魔物が、2体。だがジストは怯む様子など、欠片も見せなかった。

まるで威嚇するかのように指を鳴らしながら、今度は背後の二人に向けて言葉を繋ぐ。


「約束しよう。この場では必ず、君たちを守り通す。……その後の話は、また今度だ」


 直後、魔物が出入り口に到達したと同時に、ジストもまた飛び出していく。

だが今度は反応した魔物が、迎撃の蹴りを繰り出す。


「危ねぇっ!」


 その様子を見ていたジェネが援護の術を唱えようとした、その時。

再び起こる爆音。だがその結果は、先程の真逆だった。

ジストは、魔物の足を受け止めていた。寧ろ逆にその膂力によって、足の自由を奪いきっていた。


「ゲ、ギャ……」


 それどころか、そこを支点として魔物の体が浮いていく。

二人とも、今度はすぐに理解できた。ジストが持ち上げている、という事に気づくのは。


「……うおおおおおおおおおおおお!!!!!」

「ガギャアアアアアアアアアアアア!!!」

「ゲギャアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!?」


 そのままジストは、もう一体の魔物へ鎚のように振り下ろした。

魔物の悲鳴が響く。いずれも甚大なダメージを示すものだった。


「凄い……」

「……なんてこった」


(……そういう、事なんだ)


決着を示す、現れる輝く精霊たち。

このわずかな時間の出来事は、しかしジストという人間を示すのに十分な時間だった。


 内心。リリアは、幾つかの納得をしていた。

まず1つは、アトリアの村での出来事。精霊による拳の一撃を受け止められたことだ。

壁すら打ち砕く精霊の一撃は、並の男であれば受け止めるどころか体が吹き飛ばされるほどのもので、

リリアも止められたことなど今まで無かった。

だが今、眼の前で起きた光景を思えば、それもわかる。

精霊の力を借りたとしても、自分に同じことが出来るとは思わなかった。


 そして、もう1つ。それは――

その思考が、突如巻き起こった振動によって遮られる。


「……きゃあッ!?」

「なんだっ!?」

「この揺れは……まさか!? いかん!!」


 その振動から、この後に巻き起こることを察して。

ジストは二人の元へ体を向け、大急ぎで駆け出す。


「がッ、何ッ!?」


 だが、それは叶わなかった。

既に体の殆どが輝く精霊に戻った魔物の、残ったその腕だけが、

ジストに独りでに飛び掛かり、意趣返しのようにその動きを拘束していた。


「おっさんッ!」

「ジストさん!」

「くそッ……!」


先ほどは完全に力勝ちしていたジストだが、完全な不意打ちによって体勢を崩してしまう。

倒れ込みながら、ジストは尚も二人に顔を向け、叫ぶ。


「天井が落ちる! 頭を守れ、隠れろッ!!」


 彼が叫んだ、その瞬間。ジストの言葉のように、天井に亀裂が走っていく。

直後、天井の崩落が始まった。その天井全てではないが、瓦礫が部屋へと降り注ぎ始める。

ジストの声掛けもあってか、ジェネはそれに反応して掌を上へ向け、術を唱える。


「"渦巻けッ"! くそっ、おっさん!」


 詠唱に呼応して精霊が変質し、ジェネの腕を中心に燃え盛る炎の渦が現れる。

それは頭上に降り注いでくる瓦礫を溶かす炎であり、砕き、破片を弾き飛ばす風だった。

まさしく傘のように、ジェネとその近くにいるリリアを守る。

だがジェネが叫ぶように、ジストが伏せる場所には到底届かない大きさだった。


「俺は大丈夫だ、そのまま……」


 その中だった。あるいは無情にも、ジストの頭上へ一層大きな瓦礫が落ちていく。

彼ほどの勇士でも、無傷では済まない。そう思えるほどの大きさだ。

リリアは、それを見逃さなかった。


「ジストさん、危ないッ!!」


 彼の名を叫んで、リリアが逆にジストの方へ飛び出していく。

目的は明確だが、余りに無謀と言えた。その双方から怒号が飛ぶ。


「リリア!? 馬鹿野郎ッ!!」

「何してるッ!!?」


 その声も、リリアの足を止めるものにはならなかった。

彼女の全身を、精霊たちが包み始める。彼女の思いが燃えている、その証だ。

心の中。リリアは先ほど途切れてしまっていた、思考の続きを思い浮かべる。


(だって、ジストさん。 あなたは、きっと――)


 直後、瓦礫が一斉に落ちていく。

二人の叫び声も、リリアを包んでいた光も、全てが瓦礫の音と埃に遮られて。

静寂と暗闇が、この場を支配した。


 それから、少し経って。


(……体は動くな、だが……?)


 背中を押さえつけていたであろう魔物の腕も消え去って。

しかし、体に痛みはない。不思議に思ったジストの耳に、声が飛び込む。


「……もう1つ。伝え忘れてたよ、ジストさん」


 いや。それよりも先に飛び込んできたのは、視覚への光だった。

やがて目が情報を受け止められるようになって、その光景が分かった。

全身を無数の精霊に包まれたリリアが、ジストに落ちてきた巨大な瓦礫を受け止めていたのだ。


「強くて、優しい人って。全部自分で抱え込んじゃうから。

 だから、少し強引でも助けてあげなきゃいけないんだ」 


 精霊の力を受けているとはいえ、その全身には渾身の力が込められているのが見て取れた。

それを表す、絞り出したような声。だが、彼女の強い意志が込められた言葉だった。

その光景に、言葉に。まるで呆然としてしまったジスト。

それは、心に受けた衝撃の大きさを示していた。


「……俺は丈夫だから、大丈夫って言ったろう」

「そこだよ。自分が強いから、守らなきゃいけないものの勘定から自分を外しちゃう。

 私のおじいちゃんもそんな人だったから、よく分かるの。そして……」


 リリアの持ち上げていた瓦礫が、不意に軽くなる。

振り向くと、ジェネがその背後まで近づいていた。

彼の使役する精霊たちによって、その瓦礫もまた刻まれて細切れとなっていく。


「バカヤロ、無茶するぜ……」

「ごめん。ありがとう」


 呆れたような、しかし確かに笑みを浮かべるジェネに、謝罪と感謝を伝えるリリア。

そして二人して、ジストに笑顔を向けて。リリアは言葉を繋いだ。


「……そしてね。『永き冬』で、エレナがブレイを旅に誘ったのも、同じだったんじゃないかなって思うの。

 真面目で、他の誰にも出来ない力を持つブレイが……一人で燃え尽きてしまわないように、って」


 先刻の例え話を、今度は違う内容として繋げるリリア。

話の内容以外で、大きく違う事があった。その例えの配役だ。

先ほどジストには、英雄たるエレナをなぞらえていた。だが、今は。


「……そうかもな」


 だが、今のジストには寧ろ、そちらのほうが納得できていた。

あるいは表情からそれを読み取ったか、不敵な笑みを浮かべたジェネが近づき、問いかける。


「どうだ? すごいやつだろ、リリアって」

「……ああ、よく分かった。 そして、君もな」


 その返答に、ジェネも誇らしげにする。

彼も先ほど叱るような口調を見せたものの、リリアの心意気自体は気に入っていた。

この無茶もまた、その発現であるのは確かだ。彼が浮かべた笑みも、それが故だろう。

あるいは、ジストが浮かべた笑顔も似た理由だったかもしれない。

大きく息をついて。ジストは立ち上がると、二人に向き直る。


「まず、巻き込んですまなかった。

 この魔物の急襲、そして天井の爆破、共に魔物騒動調査の妨害、そして証拠隠滅を狙ったものだろう。

 その上で。改めて俺から言わせてくれ。この魔物騒動の解決のため、君たち力を貸してほしい。

 俺も君たちのために、全力を尽くそう」

「……もちろん!」


 そうして差し出された手を、リリアは強く握り返した。

続いて、ジストはジェネとも拳を突き合わせる。


「先程はすまなかった。これからよろしく頼む」

「ああ、よろしく頼むぜ、英雄」

「ちょっと待って! 私もそれがいい! かっこいいし!」

「あまり大声を出すな。埃を吸い込むぞ」

「あ、はいッ……」


 瓦礫の山の中、結ばれた新たな仲間達の、明るい声が響く。

素直に口を抑えるリリアに笑いかけながら、ジストは話を切り替えた。


「救護班は呼んでいる。信頼の置ける、俺の直属の部下のな。

 目立つ怪我が無いとしても、こんな環境に居たんだ。一旦ちゃんと診てもらう事にしよう」


――――


 それから。

間もなく到着したジストの部下達によって、3人はまた違う場所へと移動することになった。

ジスト曰く、ゲイルチームの部隊専用の拠点だという。

搬送されてすぐ、診察と検査を繰り返すことになったリリアだったが、いずれも問題なしとして解放されるのは早かった。


 そこまでは、完全に平和と言えた。そこまでは。


「な、な。バストールの奴ぶっ飛ばしたのって、キミなんだろ?」

「え!? いや、本人には当ててないっていうか」

「シールドをぶち破ったんだってね。技術部の奴ら、女の子にやられたって報告聞いて発狂してたよ」

「え、いや女の子って言われてもちょっと違って、精霊たちが……」

「まあでも、あの仏頂面のバストールがどんな面食らったツラしてたかのほうが気になるね……! 」


 その後のリリアを待っていたのは、ジストいわく信頼のおける直属の部下たる、

ゲイルチームの面々からの質問攻めだった。

その原因は1つ。アトリアで起きたことが、彼らに全て伝わっていたが故だ。

とはいえその色は聞き取りというよりは、彼女への興味が故という方が強い。


「ゲイル2、ゲイル3。その辺にしておけ」


 村の老人たちとも子供たちとも違う、かなり押しの強い者たちに困り果てていたリリアに、ジストはそろそろだと助け舟を出す。

小さな返事と、半ばぶっきらぼうな敬礼、そしてリリアへの別れのハンドサインを最後に去る彼らを尻目に、

ジェネはその様子にけらけらと笑っていた。


「いいじゃねえか、人気で」

「もう! 他人事だからって」


 むくれるリリアに尚更笑いながら、そのまま横目でジストに目配せをするジェネ。

無言でそれに頷くジスト。

話したいことがあるという彼の意図を察して、二人とも真剣な表情に切り替えた。


「さて、これからだが。中途半端に身を隠すと先程のように襲われる可能性がある。

 俺が部屋に君たちを連れることは部下達にも教えてはいなかった。敵はかなりの諜報力を持つ可能性がある」

「うん」

「そこで拠点はそのまま、ここを使うこととしたい。隠れ蓑にはならないが、

 ここは常にゲイルチームの人員で守られている他、グローリアの要害を担う場所でもある。

 奇襲にも相応以上のリスクを要する上、証拠隠滅も相当に難しい。先程と違い敵も手出しはし辛いはずだ」


 ジストの言葉を、頷いて聞いていく二人。

先ほどは困る状況に陥ったとはいえ、人柄自体はリリアも悪い印象は持たなかった。

あるいはこういう状況になるからこそ、彼らはそんな態度でリリアに接したのかもしれない。


「この隠れ蓑にはならない、というのを基本方針としよう。

 このグローリアは監視にせよ住民にせよ、基本的にかなり目の多い街だ。

 中途半端に隠れるよりかは堂々としたほうが敵も手出しはし辛い。水面下で動きたいのはあちらのほうだろうからな。

 なお、君たちの捕縛命令については既に無実として処理した。この街を歩いても問題ないはずだ。

 ……ただ龍人となると、エシュロン出身に出くわすと面倒かもしれん。

 まあ龍人に因縁を付けるような奴は、あまりグローリアの街には来ないがな。気をつけてはいてくれ」

「ああ、了解だ」

「同様に。リリアには申し訳ないがそうした都合上、もう暫くグローリアに居てもらうことになる。

 家族も心配するだろう。俺の部下から無事は伝えるつもりではあるが……手紙なりは送ったほうがいいだろう」

「うん!」

「あと生活についてだが……この拠点の空き部屋に君たちの部屋を割り当てていた。

 話は通してあるから、好きに使ってくれ。 多少の規則は守ってもらうことにはなるがな」


 長い説明の後、ジストは二人に鍵を手渡す。

同時に息を吐いて、話を切り上げる方向へと向かわせた。


「……まあ、今日は色々ありすぎて疲れただろう。ゆっくり休むことだ。以上。

 これからの具体的な動きについては、明日また話すとしよう」


――


「……って言ってたのに、全然ゆっくりって感じじゃないんだけどー!?」

「ハハハ、人気者はつれーなぁ」


 その後。その立場上、極めて多忙なのだろう、そそくさと自分の仕事に戻ったジストを尻目に。

二人はこの拠点に滞在するゲイルチーム一行の派手な、あるいは手荒い歓迎を受けることになった。

元より色々と話題を持っていた二人だ、彼らの興味を引くには十分すぎる存在だった。

とりわけリリアに至っては、元より朗らかな彼女の性格や、

あるいは14歳というこの場で断トツの最年少ということもあってか、散々可愛がられて今に至る、という具合だった。


 ようやく静かになった拠点、だがそこら中から漏れる光は、

この場を動かす者たちが絶えることなく、常に存在していることを示している。

自室への帰路に付きながら、リリアは深呼吸をした。


「……でも、凄い一日だったな」

「ホントにな。 俺も旅を始めてから、一番物事が動いた日だったよ」


 相槌を打ちながら、ジェネはちらりとリリアを見た。

流石に疲労している様子が隠せてはいないが、その口元には笑みが浮かんでいる。

その表情に、不意に、ジェネはある問を投げかけたくなった。


「だけど……よかったのか? こんな大事に巻き込まれてよ」


 そのジェネの表情にせよ、声にせよ、決して明るいものではない。

それは彼にとって、リリアの立場に思う所があるからだろう。

それに自分が絡んでいるとあれば、尚更だった。


「……巻き込まれた、なんて思ってないよ。

 私が精霊たちに助けられて生きてきたのも本当で、精霊たちが苦しんでるのも本当だったんだから。

 もし、今日違う事が起きてたとしても。私なら、精霊たちを助けたいって絶対思うもん」

「だけどよ、割と危ないこともあったろ?」

「……心配してくれてるんだ」

「そりゃあ……俺が誘ったようなもんだからな。」


 彼が最後に呟いたそれこそが、この質問の真意だった。

一息をつくリリア。しっかり彼の方に向き直ると、笑いかけて答える。


「勘違いしてほしくないから、ちゃんと言うね。

 私は今日、ジェネに会えて本当に良かったって思ってるよ。

 精霊の声を聞けたのも、あの時トムさんやガイさん、おじいちゃんを守れたのも。

 ジェネのおかげだもの。……それにね」


 一呼吸と共に、満面の笑みが彼女の顔に咲く。

少し照れたような様子と共に、リリアは言葉を続けた。


「せっかく仲良くなれたんだから。

 どれだけ大変だったとしても。今日が「そうじゃない」ほうが良かったなんて、言いたくないよ!」


「……そうか」

「うん」


 果たしてその言葉は、ジェネの気がかりを消すものになったのか。

あるいは彼の浮かべた微笑が、それの結果を示していた。


「つくづく、精霊たちがお前を気に入るのも分かるな。 

 ……これからもよろしく頼むぜ、リリア」

「え、うん!」


――


「そういえばジェネって、何歳なの?」

「17だよ」

「え、意外と歳近い!? そんなに大きいのに……!」

「ハハ、ちょうどお前ぐらいの妹が居てな……」

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