第10話(その2)
「アニョハセヨ――、柿岡さん」
ロビーの奥で手を振るのは新日本の山岡だった。
帰国前日の夕暮れ、柿岡が時津と共に釜山国際ホテルへ戻ると、彼が待っていた。「やあどうも、ご無沙汰です」
「顔立ちも言葉も、韓国人そのものですね」
と、横から時津が口を挟む。
「いや、時津さんには言われたくないですね」
と軽く返す山岡。その二人のやりとりに、いかにも親しい関係が垣間見えた。
鞄を部屋へ置きに行った柿岡がロビーに戻ると、三人でホテルを出た。
「今夜も、あの店ですね」
と山岡が尋ね、「ええ」と時津が応える。
黙って二人の後を歩く柿岡に、山岡が説明を始める。
「この裏に公園という焼き肉レストランがありましてね。冷凍の肉ですが、けっこういけますよ。」
と、彼らしい気の使いようで、そこから三人、話ながら歩いた。
「それにしても、お二人が懇意の仲とは知りませんでした」
と、柿岡が切り出すと、時津が
「いや初めてのコンテナ船でね、設計の宮武が山岡さんを気に入ったとさ」
と言う。
「その話、私も宮武さんから聞きました」
と、柿岡もかつて宮武から聞いた覚えがあった。
向かう店は、ホテルの横合いから急な坂を登り、釜山タワーの丘の麓にあった。坂を上り、横道へ入ると、『PARK RESTAULANT』の看板が見えた。
入口は普通の民家のような横開きの玄関で、三和土のスノコで脱いだ靴を下駄箱に入れ、上がり框を登る。
案内された二階の部屋は十畳程で、床はオンドルであろう、黄色い柄のビニタイルが暖かかった。それぞれコートを脱いで、ネクタイを緩めながら座布団に座った。
「いや、オンドルが暖かいですね」
と、柿岡も関心仕切り。
「ほんと、日本の家屋より余程暖かいものです」
と、山岡が追随する。そこへ仲居が両手にお運び盆を持って入ってくる。
席は柿岡が窓を背にして、なぜか時津が山岡と並んで入口近く。その間へ割り込んだ仲居が、手慣れた手つきで膳を並べていく。その数たるや尋常ではない。
皿が並ぶ度に時津と山岡が掛け合い漫才よろしく何か言う。その度にアズマと呼ばれる仲居が嬌声を上げる。
夕食も進み、話題がひと段落した頃、時津が箸を置いて切り出した。
「そういえば山岡さん、桜丸の話、聞かせてください。」
山岡はグラスを持ち直し、微笑みながら語り始めた。
「いや、五井商船の船だから、五井造船が造ると思うじゃないですか……」
話はそこから始まり、
「上からえらく怒られました」と言う。
凡そ3年を費やした案件を、山岡はどこか漫談のように綴った。
「設計部長の鶴の一声で、フィンランドへ飛んで、色々デザインを受けたんですよ」
山岡曰く、美容室や洋服の仕立て工場、そして居室をデザインし、最終的にはフィンランド家具を重工神戸のモデルルームに入れたらしい。
そしてデザインコンペの日……。
(つづく)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます