第9話(その2)
初めて訪ねる釜山への道程、柿岡は戸惑いを感じた。車が左ハンドルで、道路は右側通行。市内へ入ると細くて高い建物が所狭しと立ち並び、その風景は見慣れないものだった。
だが街中へ入ると、そこは港町らしい雰囲気で、どことなく長崎と似通った佇まいだが感じられた。それでも車は工業団地らしき所から、やがて海沿いの工場へ入っていった。
「ここは近代造船の下請けで、大型ブロックを造っています」
助手席の時津が振り向いてそう言うと、ドアを開けて守衛所へ走った。
その途端、BGMの様に響いていた騒音が、あきらかに造船所と同じものだと、柿岡にも聞き取れた。
時津が戻ると同時に、車は奥へ向かう。
やがて建屋を抜けると、異様な光景が現われた。
「これは……」
と驚く柿岡に、
「ここで降りましょう」
と言って、時津は運転手に何か言う。
(時津さん、ハングルを使うのか)
と、一瞬柿岡は耳を澄ましたが、意味が分からない。それは当然だが、柿岡が思うに彼の使うハングルの発音は、あきらかに精錬されていた。
それはさておき、下車を促されて外へ出た柿岡は、驚きと興奮の入り混じる思いで現場へ足を進めた。すると時津が「これ被って下さい」とトランクからヘルメットをくれた。
立ち止まってそれを被る間も、柿岡は見上げるばかりの光景に目を奪われていた。
工場は海岸線沿いに広がり、船体ブロックと機関部内部そのものを製造していた。しかも2階建てで、その二重構造が視界の限りまで広がっている。思わず柿岡は叫んでいた。
「時津さん、これ、機関場のオモテから舵取り機室の前まで、ワンブロックですか?」
「ええ、そうです」
横に立った時津が、腰に両手を上げて、ブロックを見上げながら言う。
「これっ、こんなことが、可能なのですか……」
それが柿岡の、正直で率直な感想だった。
「ええ、私も最初ここへ来た時、同じ思いで見ていました」
「それにしてもワンブロック、何トンあるんですか、それにいったい何隻分!」
柿岡は興奮していた。初めて重工長崎の50万トンドックを見た時、柿岡は驚愕した。近代的な工場に、数百トンのブロックが所狭しと並んでいた。だが、目の前の光景は違う。
まるでSF映画のような光景だった。巨大なブロックが2段に連なり、非現実的な迫力を放っている。機関室の区画全部が、頭と尻尾をぶった切った鮪のように陳列されていた。
しかも内部の配管は終わり、発電機から主機まで搭載しているのである。そこへ多数の作業員が群れて、恐らく最終整備か試運転か、船の機関場そのものがそこにあった。
「彼らははっきりとは言いませんが、あのガントリークレーンは三千トン仕様です」
「三千トン……」
と呟いた柿岡は、更に尋ねた。
「これを近代造船まで運んでいくのですね」
「はい。ドックで船尾とオモテをつけたら、終わりです」
と、時津は言い放った。
(つづく)
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