第8話(その2)

「何か思う所あれば、言って下さい」

 と、他のスタッフがいない中、柿岡は尋ねた。


「うちの注文書は、1通で8千円かかります。たった千円の物でも、8千円です」

 柿岡は伊藤の激する顔を見るのは初めてだった。

 背凭れに体を預けて、話を始めた。


「8千円……って、どこで調べた?」

「それ位、資材に7年も8年もいれば、分かります――」


 柿岡は(何を怒っているのだろう?)と思いながら、素直に聞いてしまった。

「君……、何を怒っているの?」

 そう聞くと、(しまった)とばかり、彼女は謝った。


「すみません……」

 彼女の放った言葉とは裏腹に、すっかり意気消沈していた。


「いや、私は怒っているのではなく、君が何に怒っているのかと思ってね」

「いえ……。ただ副所長室へ移ってから、毎日書類整理をするばかりで……」


(そこまでフラストレーションを与えているのか)

 柿岡は、いかに自分が室員の空気を読んでいなかったのかと、気づかされた。


 しかし、だからと言って、ここで渡部の意向や報告書の内容を知らせる訳にもいかない。情報と言うものは川上から川下へ流れる。何かで堰き止めても、必ず洩れてしまう。


 業務改革は人事異動に繋がり、結果的にリストラになる可能性が高い。その現実は柿岡もこれまで目にしてきたし、それが組織の鉄則であることは認識している。


(だが放っておく訳にも……)

 と、思案している所へ、デスクの電話が鳴った。


 ある意味、これ幸いと受話器を取った柿岡は、

「もしも―し」

 と、わざと明るく言った。


「室長……、すみません……、今日は早退させて下さい」

 その声は、新人の倉庫管理課から来た岡本、まだ二十代半ばの若者だった。


「なんだ――、どうした」

「いえ、今朝から腹が痛くて……」

「それなら、早退しても構わんが、今どこだ?」

「はい……、飽の浦の倉庫です」


「なんだ、それなら上がって来い。早退届を出しからでも、良かろう?」

「はあ……、分かりました」

 と言うと、岡本の電話は切れた。

 柿岡には訳が分からない。


「岡本君ですか?」

 と、前に立つ伊藤が、訳知り顔で聞いてきた。


「ああ、早退したいって。なんだ、あいつ?」

「先週からです」

「なに?君は、何か知っているのか?」

「はい……」

「なんだ、何かあるなら、言ってくれ」


「この前から倉庫へ行って、客船の納品書関係を調べています。それで……」

 伊藤は、何を覚悟したのか、能動的に話を始めるのだった。


(つづく)

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