第6話(その4)

「吉田主席……、私からひとつ、よかですか?」

 一度組んだ腕を解いた渡部は、神妙な表情で話を始めた。


 声を掛けられた吉田も、相手が資材部長だけに

「はあ、なんでしょうか?」

 と、構えて答えた。


「まだ非公式ですが、今の五井海運向け2隻に、後船2隻が逓信海運で決まりましてね」と、一気に言う。


「ほう、そりゃよか話ですたい」

 と、吉田の顔に嬉しさがにじみ出た。


 思いもよらぬ話に、中村課長を除き吉田と宮武が「ほう」と呟いて居を正した。(なるほど、朝の課長の浮かぬ顔は、これが原因だったのか)

 と、柿岡は得心した。


「そこで柿岡君、改めて新日本貿易に2+2で、吉田主席の話をしてみて下さい」

 旧態依然の帳合取引に固執していれば、新規メーカーの開拓は頓挫する。


 それは柿岡だけでなく、渡部も危機感を抱いていたのだろう。

 ただ渡部は、

「それに新日本は新しい提携先だからね」

 と付け加えた。


 一瞬柿岡は、尾崎部長の工作が頭を過ったが、即座に答えた。

「分かりました。都合4隻であれば、彼らもQCマニュアルの提出を受けると思います」


 柿岡は山岡ならやると確信した。彼は中途採用だけに、そのアグレッシブさには柿岡も感服していた。柿岡は、新日本とはこれから長い付き合いになるだろうと予感がした。


「なんか分からんことがあれば、その新日本に深堀の方へ来るよう、言うてくれんね」


 対面する吉田主席が、打って変わって温和な表情でそう言う。その目は、柿岡の浅はかな心情を抉りだすように、まるで鋭い切っ先の日本刀を突き付けられているようだった。


「はい、よろしくお願いします」

 と、柿岡は腰を浮かして、吉田主席に頭を下げた。


 そして(事は成った)という思いで感無量だった。東京の資材で5年、海外メーカーを巡り周った柿岡だが、同じ資材でも内実がこれほど違うというのは、考えもしなかった。


「では、次にハッチカバーですが……」

 と、会議は中村課長の音頭で、進んでいった。

 

 その年の暮れ、都合4隻分を発注したSNIが、順次1番船から納品を始めた。まずは船体に溶接する金物1隻約200トン、ブロック毎にトレーラーへ積んで順次入荷していた。


 それは暮も押し詰まった日、柿岡が所用で設計に入ると、宮武主任が声をかけてきた。


「柿岡さん、聞いた? 逓信商事の課長、子会社に飛ばされたらしかばい」

 そう呟く宮武に柿岡は言葉がなかった。


 彼曰く、件の課長は三原金属に拘り、社内でも問題だったらしい。

(いつか村上主任を……)

 と、クラブへ誘う男の後姿が脳裏に浮かんだ。


「親方日の丸も、どげんかせんといかん時代になっとうね」

 と、宮武は呟くのだった。 


 サラリーマンの悲哀とは言え、それで割り切れるほど単純な話ではない。

 柿岡は去来する複雑な思いを抱えたまま、設計室を後にしたのだった。


(第7話へつづく)

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