第6話(その3)
正直、柿岡は開いた口が塞がらなかった。中村課長の物言いからは、まるで課長自らが部下を神戸に派遣し、メーカー選定を指揮したかのような印象を受ける。
確かに、出張申請を課長に提出し、承認を得たのは事実だ。
だが設計部と相談しながら逓信商事の対抗馬としてSNIを選定し、予算達成に至ったのは、他でもない柿岡自身の功績のはずだ。そして、逓信商事が価格を引き下げたのも、柿岡がSNIに内示を出した後の話である。
柿岡は設計の宮武と、隣で胸を張る中村課長の顔を交互に見ていた。課長は目を細め、不機嫌そうな表情を浮かべている。一方、宮武は口元に薄い笑みを浮かべ、その対比が妙に滑稽だった。不思議に出て来る笑いを堪えながら、柿岡は自分のノートに目を落とした。
「では、新日本貿易のSNIで、ご異議ございませんね」
会議が始まってわずか3分で、この案件は決まりだと柿岡は確信した。しかし、その瞬間だった。これまで黙っていた検査部の吉田主席が、突然口を開いた。
「メーカー選定は資材の仕事やけん、それはよかばってん」
と、わざとらしい口調で言い始めた。
(何を言い出す気だ?)
と、柿岡は不安と疑念の入り混じった視線を吉田に向けた。
「SNIを使うのは初めてやけん、QC基本マニュアルを出してもらわんとねえ」
その吉田の言葉に、柿岡は思わず声を上げた。
「いえ、SNIは以前から使っていますが」
「そりゃあ、何番船の話かね?」
「えっと……1205番船です」
と、宮武が助け舟を出した。
「1205……そりゃあ飽の浦たいね」
「ええ、そうです」
と宮武が続ける。
「そりゃあ、いかんばい。うちの実績じゃ、なかけんね」
と、吉田はあっさり切り捨てた。
「しかし、飽の浦も深堀も同じ重工ではありませんか!」
少し感情的になりかける柿岡。
「君はまだ東京から来て日が浅かけん、よう聞かんね」
吉田はまるで子どもに諭すような、しかし慇懃無礼な口調で続けた。
吉田の主張はこうである。同じ長崎重工でも、飽の浦と深堀では品質管理要領が異なるため、新たにメーカーの品質管理マニュアルを精査する必要があるというのだ。
柿岡も、飽の浦が船台、深堀が50万トンドックで建造することくらいは知っている。だが、検査要領まで異なるとは予想外だった。
「まあ吉田主席、そこは簡易的な対応にはなりませんか?」
と、中村課長が割って入る。課長の意外な提案に驚いた柿岡だったが、それだけに課長の態度が信じられなかった。
「資材課長がそう言うなら、多少の加減はしても、やっぱ最初が肝心やけんね」
(この糞親父、一体何を……!)
柿岡は怒りを堪えきれず、奥歯を噛み締めた。
ふと渡部部長の様子を窺うと、何か言いたげな表情で腕を組むと、ようやく口を開いたのだった。
(つづく)
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