第4話(その4)

 翌週から柿崎は仕事のピッチを上げた。やはり長崎だけに、同じ課のメンバーには親近感が沸く。東京と違って方言を気にすることなく、存分にリーダシップを発揮できた。


 資材が入る大部屋は、腰の高さまでのロッカーが通路を仕切っているだけで、常に誰かが出入りする。それだけに、常に誰かに見られているような緊張感があった。中には部外者もいる。アポなしで面会を求めてくる者もいる。それも資材の重要な仕事だった。


 ただコンテナの建造は始まっている。広い船台に鉄板1枚を置き、神主が祝詞を上げ、それで船の一生がスタートしていた。それだけに柿崎のメーカー決定は待ったなしだった。柿岡は船級承認の実績を細かく調べると共に見積比較の上、宮武主任に問うてみた。


「結果的にSNTが安いので、これで上にあげますね」

 と問う柿崎に、

 「それが良か」

 と、簡単明瞭。


 ただ一言、

「チャチャが入らんうちに、はよ決めて」

 と、背後を見ながら言う。


 宮武が振り返る、ひとつ向こうの島には村上がいる。同じ主任の肩書があるだけに、窓を背にして一般課員と向き合う形で座っている。その無言の背が、何か言いたそうだった。


「さっき逓信の課長が来て、何か言いよったとさ」

 と、皮肉交じりに言う。


「何をですか?」

 と柿崎が問うと、


「神戸で造る逓信海運は三原金属ですから、ってさあ」

 と、宮武が笑う。


「ああ、神戸の2700個積みのことですか」

「そうそう。だけんうちは神戸と違いますけん――って、言うたと」

 と、宮武は吐き捨てるように言う。


 もちろん彼の声は大きく、間違いなく村上の耳に届いている。恐らく逓信の方へも届くことを承知である。


「じゃあ、私の方から新日本へ連絡して、来週ミーティングで良かですね」

 と、柿岡が立ち上がりながら言うと、


「ああ、そげんして下さい」

 と答える宮武の向こうで、村上が受話器を取った。


 恐らく宮武主任の判断を、逓信に報告するつもりかも知れない。その情報提供の代償が夜の接待なのかと思うと、柿岡はやるせなかった。旨い魚で酒を飲み、クラブで美女に囲まれるのは楽しいであろう。だがそれで船の装置が決まるとしたら、堪ったものではない。


 柿崎はエレベーターを避け、⑹階の設計から1階へ降りながら、父の言葉を思い出した。『一歩外へ出れば七人の敵あり。だが一人味方がいれば、充分に生き抜ける』と、柿崎が二十歳を越えた頃、酒を飲んで父がそんなことを言っていた。今その言葉を味わっていた。


 それにしてもコンテナ船に必要な艤装品は数百種類に及ぶ。機関室や配管関係は除き、マストだけでも船首・レーダー・船尾とある。大物ではハッチカバーがあるが、それは億を超える。柿崎の仕事の要はコンテナ金物、その固縛金物だけでも数千万円になる。


 柿崎は、新日本のSNTにコンテナ金物を発注することを決意し、静かに席を立った。


(第4話おわり)

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