第5話「立ちはだかる壁との闘い」(その1)
「柿岡君、コンテナ金物だけど、商事に決めたよ」
と、席に戻った柿岡に、中村課長が声をかけた。
その声は、待ち望んでいた知らせを伝えるように明るかった。
「商事に、というのはどういう意味ですか?」
と問い返す柿岡。
その険しい表情を察したのか、課長は一瞬間を置いて、
「君、会社の方針はコストカットだろう。商事の長崎支店長が、わざわざ来て下さって……」
と、軽く見下したような口調で続けた。
「もし改定見積があるなら、確認させてください」
と食い下がる柿岡に対し、課長は
「いや、私が支店長から直接説明を受けて、見積内容に問題はない」
と言い切った。
「ですが、課長のご判断は逓信商事の見積に基づくもので、SNTとの比較ではありませんよね」
長崎の資材に配属されて以来、柿岡が課長に公然と反発したのは、これが初めてだった。
課長は柿岡より一回り上の世代で、いわゆる団塊の世代だ。「赤信号みんなで渡れば怖くない」という大阪の漫才師の台詞が、誰もが納得する時代を象徴しているようだった。
しかし、柿岡には課長の判断がどうしても腑に落ちなかった。彼が主張する「会社の方針」という言葉には、表面的な理解しか感じられなかった。
真にコストを削減するには、取引先の選定においても公明正大な競争が必要だと柿岡は考えていた。
逓信商事の単なる帳合取引と、システム設計を熟知し、船級の承認や実船の知識を備えるSNTを、同列で比較することなど、到底許容できるものではなかった。
「比較はすでに終わっている。納期もあるし、内示はもう出した」
と課長は断言した。
「それは……」
と柿岡は唖然とする。
しかし、このまま引き下がるわけにはいかない。
「分かりました。明日、神戸へ出張します」
「なに――神戸へ?何しに行くんだ?」
課長の表情が険しくなる。メーカー選定会議を目前に、担当の主任が勝手に出張するとなれば、部長の耳にも入るはずだ。部長と柿岡の関係を知る課長は、自分の決定が覆される可能性を恐れていた。
「今さら神戸に行ったところで……」
「SNTに内示を出す件は、課長にも報告済みです」
柿岡の言葉に、課長は渋々と黙り込んだ。
その場の空気が一瞬、凍りついたようだった。
(つづく)
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