第3話(その4)
柿岡の転属先は再び長崎造船所の資材部、そして赴任と同時に主任の肩書がついた。また渡部は資材部部長の重責についた。資材部総勢四十名を超える大所帯の長である。
春4月、赴任早々柿岡の担当はコンテナ船に決まった。最終決裁は部課長だが、発注金額が1憶以下のメーカー選定は主任の柿岡に委ねられた。
だが主たる艤装品は同じグループ会社の逓信商事・長崎支店へ発注している。つまり典型的な帳合取引であった。
さっそくコンテナ船のキックアウトミーティングが、艤装設計との間で行われた。設計からは課長以下主任と担当3名が参加。その打ち合わせの際、柿崎は骨のありそうな人物を探した。そして目をつけたのは宮武主任、現場からの叩き上げで高卒の切れ者だった。
「宮武さん、コンテナ金物ですが、どこか良いメーカー、なかですか?」
「なに……、金物はたいてい、広島の三原金属に決まとるとよ……」
初対面とも言える柿岡に、宮武は警戒を緩めない。彼は意図を探るように訝った。
飽の浦本館の4階を占める設計部は、総勢二百人を超える大所帯。所狭しと大きな設計机が並び、絶えず現場との出入りも多く、所内でも特に熱気のある部署だった。
その窓壁際にあるミーティング机に座り込んだ柿岡は、疑心暗鬼の宮武に自分の思いを告げた。
「三原は逓信商事が頭ですよね、今回は、他もあたってみたいのですが……」
「なんでね、また……」
と、宮武は独白するように言う。
そこは学卒の課長らとは違い、素直な表情で聞いてくる。
酷く頑固そうな人相なのだが、その目はいかにも澄んでいた。
「いや、今度の船主は逓信海運とは違うし、別に三原でなくても良かでしょ」
「そいはまあそうよ。でも、なんでね」
という宮武は、ニヒルな笑みを浮かべる。
「もう帳合取引は止めて、適正購買を貫徹したかって、思うとですよ」
「ふふふ……、そげんこと言うて良かと、購買さんが?」
と、今度は含み笑いである。
『重工は九州の高卒でもっとる』と、柿岡は以前渡部から聞いたことがある。高度成長期、人手不足の重工は所長以下、九州中の高校を巡り学生の斡旋を頼んだ。
そこは九州でも名の知れた長崎造船所だけに、それ以降毎年優秀な学生が集まり、設計や現場を支えた。その人材がやがて重工の幹部となり、数多の新造船建造に貢献していた。
(やはり渡部さんの判断に間違いはない)
と、宮武と話している内に柿岡は確信した。
「宮武さん、どこか良いメーカー、ご存知なかですか?」
もう柿岡は迷わなかった。
渡部を頂点に新しい資材部を作る。その上で客船建造の夢を追う。その先は、渡部部長が役員になり……と、柿岡の夢への第一歩が始まった。
(第4話につづく)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます