第4話「影の奥に垣間見える闇」(その1)
柿岡は艤装設計の窓際、4人座るのが精一杯のテーブルで、宮武の話を聞いた。
「神戸に新日本貿易っていう会社があってね、そこの山岡課長が……」
そう言うと一旦自分の机へ戻り、キングファイルを持ってきた。
タックインデックスの「S」を開いた宮武は、一枚の名刺を取り出す。
(新日本貿易……)と、柿岡はその社名を口にしながら、ふと首をかしげた。
どこかで聞いたことがある名前だ。
「新日本貿易っていうのは、神戸のサプライヤーさ、知っとるね?」
「いや、どこかで……」
と自分の記憶はさておき、柿岡は宮武の話に耳を傾けた。
「5年前かな、うちで初めてコンテナ船を造る時、南米の船主がSNTを指定してきた」
宮武は、そう説明しつつ新日本貿易㈱が技術部を持ち、「Shin-Nippon Trading」の頭文字から「SNT」として知られていることを続けた。SNTは、歴としたメーカーだった。
「貿易会社がメーカーとは、驚きですね」
と、柿岡が言うと、宮武は肩をすくめて
「ヨーロッパのメーカーも製造は外注していることが多いけんね」
と、軽く答えた。
「三原金属は、自社製造ですよね?」
「ばってん、システム設計は弱かもんね」
「SNTというのは、システム設計も出来るのですか?」
「そこさね、山岡さんは工大出で、勤めた造船所が潰れてSNTに入ったらしか」
宮武の言う「工大」は長崎の者なら皆知っている。網場にある長崎工科大学という私大のこと。戦前は長崎に重工の規模を凌ぐ山波造船所というのがあり、工大の前身は山波の技師養成学校。国立の長崎大学を「長大」、長崎工科大学を「工大」と呼ぶのである。
「SNTは例え引合いでもロハでやる」
「へえ……他は、金が要るんですか」
「ヨーロッパなら1ケース50ドルは取るね」
「何ケースも、あるんですか?」
「今度は新型やけん、きっと天井知らずやね」
「えっ、それをSNTは、熟すんですか?」
「まあ、向こうから船主の意向を教えてくれるからね」
と、宮武はSNTを買っている。
元々新日本は、世界で600社以上の船社と船用品の取引がある。貨物船に代わりコンテナ船が入港する度、大量の金物が修理に降ろされ、それに目をつけて事業化を図った。それがSNTの前身で、船の大型化で船級の要求が増し、システム設計は絶対条件だった。
重工長崎は5年前に初めてコンテナ船を建造した。ただ重工神戸ではすでに幾隻もの実績があるのだが、その技術が全社で共有されることはない。
創業時から続く極東の歴史は複雑で、地域性は今も変わらない。
地域毎の異文化が、会社統合の障壁となっていた
(つづく)
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