第2話「雨に隠された真実」(その1)

 時は1982年(昭57)7月23日、雨が激しく降る金曜日の夕刻、極東重工業㈱長崎造船所の資材に勤める柿岡文隆は入社2年目の24歳。この日は定時で退社。いつもなら正門から長崎湾が一望できるのだが、激しい雨で対岸の街は濁ったような煙に包まれていた。


「よう今日は早いな」

 と、守衛所の奥から声が掛かる。

 思わぬ所からの声に、

「あっはい、ちょっと所用で」

 と答えた柿岡は、声の主を知っている。


 頭髪に白いものが混じるその男は元上司でラグビー部の先輩・時津。まだ40過ぎだが以前は資材部の課長だった。


 だがこの春、彼は総務部預かりとなり、なぜか今日は守衛室にいる。

「お疲れさん」

 と、彼の口から出た言葉に、

「はあ、どうも……」

 と柿岡は答えるしかない。


 自分も同じ運命に遭うのではないかという不安に、圧し潰されそうになる。何ともいえぬ違和感と懐疑心が胸の奥で疼く。だが柿岡はそこで立ち止まることはせず、シャツの胸ポケットから社員証を出すと、守衛所の前の警備員に翳して通り過ぎた。


――俺も下手をしたら、ここへ追いやられるのか――と、組織の怖さに柿岡は恐れ戦いた。


 早足で正門前の県道下を潜る地下道を通る。退社時間だけにバス停へ急ぐ社員が多い。柿岡は地下道から歩道に出ると、バス停とは反対側に屯するタクシーの列に向かった。


「思案橋まで」

 と行き先を告げると即座に

「柿岡さん、早かですね」

 と、声が掛かる。

 柿岡は造船所でも一二を争う有名人なのである。


 かつて柿岡は長崎中央高校から弘志社大学へ進み、大学を日本一の座に押し上げた。その彼が極東重工業のラグビー部へ入り、初年度に九州リーグの覇者となった。


 入社早々、地元の新聞・テレビで名を売ったばかりで、派手好きな長崎人のホープとなっていた。だが年明けに腰を痛めた柿岡は、この春から所属の資材仕事に専念するしかなかった。


 だが大学を出たばかりで経験のない資材の仕事は、柿岡には荷が重かった。仕事はゴマンとある。だがその内容は会議と見積査定、平凡で単純は作業の連続でしかなかった。


それに時津の左遷はショックだった。事の顛末を知る柿岡は、組織の怖さが身に染みたのを忘れはしない。あきらかに時津の移動は懲罰人事だった。


 考えられる理由は業者との癒着だが、柿岡の知る限り時津に限って、そのようなことはあり得ないと信じている。


 それだけに資材の上層部の判断には、深い疑念があった。長年主将としてラグビー部を率いてきた時津は、資材課長としても優秀だった。だがその彼が突然閑職に飛ばされた。まるで人格を無視したような移動に、体育会系の行く末を思い知らされていた。


(つづく)

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