第1話(その2)

「おい、今夜の歓迎会のあとで、一杯つきあえ」

 長崎湾を望む窓際に佇む男に、そう声を掛けたのは極東重工業長崎造船所の柿岡文隆、資材部客船課の課長で四十三才。一方、声をかけた相手は柿岡の同期で、本社客船建造プロジェクトチームの課長・宮島司である。


「今夜は無理に決まっているだろ、お前につき合っている暇はない」

  長身で細身の宮島は、銀縁の眼鏡に手をやり、顔を外に向けたまま無愛想にそう告げた。


「なん時になってもいい、俺につきあえ……」

  中肉中背の柿岡は宮島の横に立って、同じように窓の外を見ながら食い下がる。


「無理だ。明日一番のフライトで東京へ戻る」

  そう答えたまま宮島は動こうとしない。その横で柿岡は仏頂面で腕を組むしかなかった。


 場所は大波止にあるニューギヤマンホテルの最上階。10月の異動で交代した、長崎造船所の所長・鮫島の着任式が終わり、最上階のレストランで行われる歓迎式典を待っている。二人は式場のロビーで、長崎湾に面した窓際に立ったまま。それでも柿岡は話を続ける。


「なら、ここで言う。お前の力で、なんとか1番船の引き渡しを伸ばせ――」

「馬鹿なことを言うな。いまさらそんな泣き言が通じると思っているのか――」


 二人は長崎生まれで同じ長崎中央高校卒。宮島は野球部でピッチャー、柿岡はラグビー部の主将だった。そして帝都大学へ入った宮地は、関東大学リーグで優勝するエースとして活躍した。


 対して柿岡は京都の弘志社大学へ進み、4回生の全国大学ラグビー選手権に主将として勝ち抜き、見事優勝した。その二人が、期せずして極東重工業へ入社していた。


 同じ団体競技とはいえ、野球とラグビーでは性格が異なる。ある意味、両者は団体競技の対極にある。分厚いルールブックに基づき、心技体の調和が求められる野球。

 

 それに対して、ボールさえ握ればまるで自由なラグビー。力の限り走り続け、敵を蹴倒してゴールすれば、結果が出るスポーツである。 それは宮島と柿岡の違い、そのものであった。


「お前なあ、都会の真ん中で机にしがみついとらんと、現場へ出て現実を見てみらんね」


  腹の底からこみ上げてくる怒りを、必死で押さえながら柿岡は、言葉を紡ぎ出した。


「なにかと言えば現場……その前にお前は損益計算書の見方を覚えろ。資材の課長だろう」


「現場が駄目なら、あの船を見ろ。飽の浦岸壁に浮かんだ1番船を、もう一度、見ろっ」


「ああ、せっかくお色直しした白い船体が、真っ赤になってからでは、遅いんだよ」  

 そう言って、右手を眼鏡にやりながら宮島は、見下ろすように柿岡を見た。


「この野郎――」

 と言うと、柿岡は歯軋りした。

  握り締めた両手の拳の指先が酷く白んだ。


(つづく)

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