第26.5話 クリスマスパーティーへの想い(後編)
学校での日々は何事もなく過ぎ、クリスマス・イブ当日がやってきた。街中には、色とりどりのイルミネーションが瞬く中、内藤家では尚の手を借りながらパーティの準備が着々と進められていた。
インターホンが鳴り響くと、楓は嬉しそうに玄関へと駆けていく。金色の髪を揺らしながら、まるで妖精のようにはしゃぐ姿を尚は嬉しそうに見送っていた。
「メリークリスマス!」
楓の元気な声が、到着するゲストたちを出迎える。紺色のワンピースに身を包み、白いエプロンを纏った彼女は、少しいつもの雰囲気とは違い、どこかパーティの装いのようでもあり、家庭的にも見える。
最初に到着したのは、楓の親友である真由美と美咲だった。真由美は黒のタートルネックにチェック柄のスカートを合わせ、知的な雰囲気を醸し出している。一方の美咲は、真っ赤なワンピースに身を包み、トナカイの角みたいなカチューシャを頭につけていた。二人とも、プレゼントを抱えながら笑顔で楓に近づいてくる。
「おお、すごいツリー!」
リビングに飾られたクリスマスツリーを見て、美咲が目を輝かせる。真由美も感心したように頷いた。
「楓が、飾り付けしたの?」
「うん、尚くんと一緒にね」
楓が照れくさそうに答える。
次に到着したのは、麻衣と春日伶だった。麻衣はピンク色のワンピースに身を包み、サンタ帽を被っている。伶は黒のロングドレスに身を包み、赤いショールを羽織っていた。二人とも、プレゼントを持ちながら優雅に微笑む。
可愛らしい麻衣と大人な雰囲気を醸し出す伶の意外な組み合わせにちょっと驚きながら出迎える楓だった。
「駅でたまたま見かけたものですから、一緒にきました。お招きありがとう。楓さん」
楓の戸惑いを察した伶が、状況を説明してやっと楓は納得して迎え入れた。
楓に挨拶をすると、麻衣も元気よく手を振った。
「メリークリスマス、楓お姉ちゃん!」
その後、尚の友人である小野寺も到着し、パーティは賑やかになっていった。
「それでは、本日のケーキをご覧ください」
パーティが始まり、楓はメインイベントであるクリスマスケーキを披露した。
テーブルの上には、かなり大きなサイズのケーキが鎮座していた。
「わあ」
「これは、もしかして」
歓声が上がる。イチゴがたっぷりと飾られた、色鮮やかなショートケーキに、みんなの視線が釘付けになった。
「うちのお店のケーキです」
今やかなり有名なパティシエとなった父のケーキを、楓は自慢気に胸を張って紹介した。その横では、尚がみんなに配るためにケーキを切り分ける準備をしていた。
「おー。これが予約殺到だというケーキかあ」
初めて見る小野寺や伶は目を輝かせて、目の前にあるケーキをじっくりと観察したあと、スマホで色々な角度から撮影をしていた。
「それじゃあ」
「メリークリスマス!」
みんながジュースの入ったコップを掲げて、乾杯をした。
「わぁ、おいしそう!」
「久しぶりね。楽しみ」
美咲が目を輝かせる。真由美も、ケーキを前に笑顔を浮かべた。
二人は幼い頃から、よく内藤家のケーキを食べさせてもらっていた。以前よりも美しく盛り付けられたケーキに、懐かしい味を感じ、満面の笑みを浮かべる。
「松木はいないの?」
ふと、美咲が尋ねた。
「巨乳のお姉さんに誘われたらしいよ」
真由美がにやにやしながら答える。
「どうせバイトを手伝わされているとかそんなんでしょ」
美咲は呆れたように肩をすくめた。
「じゃあ、代わりに小野寺くんに相手をしてもらおうかな」
松木の不在を残念がりつつも、美咲はすぐに明るい表情を取り戻し、小野寺に声をかけた。
「えっ、な、なんですか?」
「素敵な男の子とお話ししたいなって思っただけです。こっちにきませんか~?」
可愛らしい口調ながらも、どこか圧を感じさせる美咲の言葉に、小野寺は言われるままにジュースの入ったコップを手に持ちながら、美咲の側へと移動した。
「え、僕ですか?」
女の子から素敵だとか言われたことのない小野寺は、戸惑いつつ美咲に話しかけた。
「だって~、最近、お兄さんに近づこうとすると楓が本気で睨んでくるから」
「ちょっと! そんなことしてないでしょ!」
尚の目の前で言われ、真っ赤になりながら楓は否定する。
ただ、そこまで深刻な雰囲気ではなく、みんなもからかうように思い思いの反応を見せながら、楽しそうに笑っていた。しかし、尚だけはジュースに口をつけたまま、少し気まずそうに視線を彷徨わせている。
「もう、小野寺くんも怯えているじゃない。はい、小野寺くんはここに座って」
真由美は自分が座っていた椅子を小野寺に譲り、自ら隣へと移動した。
「あれ~? 小野寺くんにも保護者がいるの?」
美咲は、珍しい真由美の反応に驚きつつ、楽しげな笑みを浮かべて二人を交互に見比べた。
「そ、そんなんじゃないから」
真由美は顔を赤らめながら、否定する。
しかし、それは最近の楓がよく口にする言葉と同じだったため、美咲は全く信じていない。
「学園祭で、色々と一緒に仕事したんですよ。それだけですよ。僕なんて相手にされるわけがないです」
小野寺はにこやかに、仲良くなったきっかけをそう説明した。
その屈託のない笑顔を見て、美咲はまだ二人の関係はそこまで深くないのだろうと判断した。
「じゃあ、私と仲良くするのは問題ないわよね」
美咲は少し悩んだ後、からかいつつアプローチしてみることに決めた。
椅子を少しずらして、ピタリと小野寺の横に密着する。
「あ、は、はい」
女性に免疫のない小野寺は、動揺しながらもうなずいた。
「でも小野寺くんは、本当に素敵だと思うのよね。メイド服姿、お兄さんと同じくらい似合っていたもの」
「あ、あれは、忘れてください!」
学園祭での気合いの入れた女装のことは触れられたくなさそうに、小野寺は大きく手を振った。
ただ、からかわれつつも美咲との会話は楽しそうに弾んでいた。
その様子を見た真由美は、とても嫌そうな表情を浮かべ、じっとりとした目で親友を見つめていた。
(なんだろう……予想外の戦いが始まっている……)
楓は親友二人の様子を横目で観察していた。美咲はいつものようにからかい半分なのだろうと思ったが、真由美が意外と本気モードなことに驚きを隠せなかった。
(一方、こっちは平和……なのかな?)
テーブルの反対側に視線を向けると、尚は最初から麻衣と伶に挟まれている状況だった。
ばちばちとやり合っている美咲たちとは対照的に、こちらはあくまでも穏やかに『ケーキ美味しい』『紅茶美味しい』と平和な会話を交わしている。
「尚くん、私のところにはチョコレートがのってるわ。太っちゃうから食べてくれる?」
伶はそう言うと、自分のケーキの上にのせられていたチョコレートを、そっと指先でつまんだ。尚の返事を待たずに、彼の唇の先へと持っていく。
「あーん」
伶は甘い声で尚に囁いた。
断ろうとしていた尚だったが、その言葉を聞いた瞬間、思わず口を開けてしまい、そのまま舌先にチョコレートを乗せられてしまった。
「あ、お兄ちゃん。私の苺、大きいのあるからこれもあげる。あーん」
すぐさま麻衣は、フォークに刺した苺を尚の口元へと運んでいた。
尚は、こちらも最初は断ろうとしたが、すでに伶からのチョコレートを食べてしまっていたため、麻衣を傷つけてしまうと思ったのか、黙って目を閉じ、口を開けた。
(麻衣ちゃんは焦っているなあ……)
楓から見ても、それは一目瞭然だった。
伶は今日は特別に大人っぽくて綺麗だと思うけれど、そんな女性がいつも尚のそばにいるのだと思うと、麻衣の気持ちも分かる気がした。
しかも、二人の距離はかなり近い。
いつもは、女性を苦手そうに避けている尚なのに、伶のことは避けないし顔がこわばりもしない。
家族以外の女性にそんな態度を取るのは珍しいことだった。真由美や美咲でさえまだどこか緊張したような話し方をしている。伶はもう友だちなのだ。それは喜ばしいことだと思いつつも、楓は自分だけが特別ではないことにちょっとした寂しさを覚えるのだった。
二人の男性を巡って、それぞれ二人ずつの女性が駆け引きを繰り広げていたけれど、楓が一人でぽつんと取り残されていたなどいうことはなく。パーティ自体は大いに盛り上がり、あっという間に時間が過ぎていった。
「それじゃあね」
「楽しかったです。お招きいただきありがとうございました」
楽しいひとときも、やがて終わりを告げる。
尚と楓は、玄関で友人たちを見送る。
「小野寺くん、じゃあ、駅まで送っていってね。頼んだよ」
「おおう。きれいな女の子ばかりだからね。責任重大だね」
あまりたくましくはない小野寺が気負いながらそう答えると、左右から真由美と美咲に背中を叩かれていた。
平和な住宅街で危ないことはまずないだろうけれど、みんなが小野寺を頼ってみせていた。
「麻衣ちゃん、勉強頑張ってね」
「うう。頑張ります」
楓は麻衣に優しく語りかける。麻衣は嬉しそうに頷き、楽しいひとときに感謝しつつ、現実に戻って頑張ると決意を込めて、力強く楓の手を握り返した。
扉が閉じ、静寂が訪れる。尚と二人きりになった楓は、ほっと息をついた。
「尚くん、準備を手伝ってくれてありがとう」
「どういたしまして。僕も楽しかったよ」
そう言って、尚は柔らかな笑みを浮かべた。
「それにしても、小野寺くんもだけど……」
「え?」
「両手に花で楽しそうだったわね」
尚が驚いたように目を見開く。
「楓さんと話すのが一番楽しいですよ」
楓の意外な言葉に、尚は動揺しつつも、彼女の頭に手を伸ばして優しく撫でた。
「……なんか、すねていると思われた?」
「そ、そんなことないよ」
「どう見ても、すねるさくらちゃんや大輝くんへの対応と同じなんだけど……」
「え、いや、違うって……」
慌てて否定する尚に、楓は小さく笑う。
「無意識なのかぁ……でも、私もちゃんと妹扱いしてくれているってことだよね」
そう言いながら、楓は幸せそうな表情を浮かべた。
「あ、うん。そうなのかな。家族だからね」
尚には楓が嬉しそうにするポイントがよく分からなかったけれど、機嫌は悪くなさそうでほっとしていた。
あまり意識していなかったけれど、このクリスマスの準備を通じて、すっかり家族らしい距離感になったような気がしていた。
照れくさそうに、それでいて優しい笑みを楓に向けるのだった。
見つめ合った瞬間、玄関のドアがガチャと音を立てて開いた。
「ただいまー」
由香と健太郎が戻ってきたのだ。
忙しい一日を過ごしたらしい両親の声は、いつもよりも疲れが滲んでいた。
しかし、玄関先で頭を撫でて見つめ合う義理の息子と娘の姿を目にした二人は、目を見開きながらも楽しげな表情に変わり、急にきびきびとした動きを見せ始めた。
「お邪魔だった?」
由香が楓の耳元で、そっと囁く。
声を潜めたつもりだったが、尚も健太郎もすぐ側にいるため、普通に聞こえてしまっていた。
「ち、違うから!」
楓は即座に否定する。だが、その頬は既に真っ赤に染まっていた。
「うちら、夫婦でしばらく外で飲んでこようか?」
健太郎は、少し戸惑いの表情を浮かべつつも、真面目な口調で子どもたちにそう提案した。
「私たち、そんなんじゃないから!」
楓の声が玄関に響き渡る。
健太郎は、咎めたりせずにむしろ応援するような両親の態度に驚いたように目を丸くしたが、由香は楽しそうににこにこと笑っていた。
尚は、最初から由香にからかわれていたのは分かっていたが、気まずかった空気がすっかりと和やかな雰囲気へと変わったことに感謝していた。
「おかえりなさい」
尚は微笑みを浮かべ、改めて両親を出迎える。
「ただいま。メリークリスマス」
クリスマスまであと数時間。
由香と健太郎は、子どもたちへのプレゼントを差し出しながら、玄関を上がっていった。
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