第26話 クリスマスパーティーへの想い(前編)

 街中がイルミネーションに彩られ、クリスマスソングが流れる中、内藤楓はショーウィンドウに飾られたクリスマスツリーを見つめていた。

 金色の髪をなびかせ、紺色のコートに身を包んだ楓の瞳には、ツリーに灯る光が煌めいている。

 楓は幼い頃からクリスマスパーティに憧れを抱いていた。小さなケーキ屋だった内藤家にとってクリスマスは一年で一番忙しい日だった。家族や友人と過ごす温かな時間、プレゼント交換の喜び、美味しい料理の数々。そんな夢のようなひとときを、いつかはと願っていたのだ。

 

「パーティか……」

 

 今年はお店を手伝わなくてもよさそうだ。サッカーの大会もなく、他に予定もない。

 楓の表情に、期待に満ちた笑みが浮かぶ。しかし、ふと足を止めて考え込んだ。

 

(でも、誰を呼ぼうかな……)

 

 悩ましげに眉を寄せる楓。家族だけでのパーティも悪くはない。むしろずっと憧れていた。義兄の尚や再従姉妹の麻衣と過ごす時間は、楓にとってかけがえのないものだった。ただ、両親の健太郎と由香は、昔のように何から何まで自分たちでやるということはないのだけれど、結局はお店の準備で忙しそうだ。

 

(尚くんと麻衣ちゃんの3人でも、楽しいとは思うけれど……)

 

 楓は空を見上げながら考えこんでいた。家族だけでも十分だと思う反面、どこか心に物足りなさを覚えていた。


 

 いつものファミレスで、親友の山本真由美と小林美咲と語らう楓。ふと思い立って、二人をパーティに誘ってみることにした。

 

「ねえ、クリスマスイブに、うちでパーティを開こうと思うんだけど……」

 

 切り出した楓に、真由美と美咲は嬉しそうな表情を見せる。

 

「あ、いいね!」

「本当? 絶対行く!」

 

 真由美に続いて、美咲も明るい声で即答した。キュートな笑顔を浮かべながら、楓に確認をする。

 

「お兄さんたちと一緒ってことでいいのかな?」

「もちろん、尚くんもいるけど……」

「夏祭りで一緒だった、おにーさんの友達は?」

 

 美咲は少し前のめりになって尋ねた。

 

(小野寺くんと松木くんだっけ……そんなに気に入ってたのかな?)

 

 楓は夏祭りでの美咲を思い出す。確かに、尚の友達とも仲良く話していた気がするけれど、いつも明るい美咲のことだから、特別な意味はないだろうと思っていた。

 

(でも、美咲がそう言うなら……きっと楽しくなるはずだし)

 

 楓は同じ学校とはいえ、クラスも違うので学園祭で勝手に仕事を引き受けた時以外は、尚の友人とそれほど親しく話したことがない。けれど今は、美咲の好奇心に後押しされるように、美咲と彼らを応援したい気持ちが芽生えていた。

 

「尚くんに聞いてみるね」

 

 そう答える楓の表情に、柔らかな笑みが浮かんでいた。


 

 翌日の昼食時、楓に頼まれた尚は、友人の小野寺と松木に相談してみることにした。

 

「クリスマスイブに、うちでパーティをするんだけど、二人もどうかな?」

 

 尚の言葉に、小野寺の瞳が期待に輝く。

 

「いいね! 僕、行きたいな」

 

 一方の松木は、なぜか怪訝な表情を浮かべた。

 

「え、男ばっかりのパーティってこと? いやあ、俺はもうそんなステージから卒業するから。悪いな」

 

 妙に自信ありげな松木の態度に、尚も小野寺も不思議そうな目を向ける。

 

「いや、楓さんやその友達の女の子たちも来るんだけど……」

 

 尚が説明しようとするも、松木の耳には届いていないようだ。

 

「俺はもう知り合いのお姉さんに、『クリスマス・イブって空いてる?』って聞かれちゃったからね。巨乳のお姉さんに」

 

 煩悩にまみれた顔を隠そうともしない松木に、尚と小野寺は呆れ顔で視線を交わす。

 

「すまないな。せっかくのクリスマスだからさ。お姉さんと過ごしたいんだ。おっと、さっそく連絡が!」

 

 そう言いながら、松木はスマートフォンを取り出してそそくさと廊下へと出ていってしまった。

 松木の予定を知り、尚は松木が一番喜んでくれると思っていただけに、少し残念そうに肩を落とす。だが、無理強いはできない。

 

「まあ、予定があるなら仕方ないか……。じゃあ、小野寺は来てくれる?」

「もちろん! 楽しみにしてるよ」

 

 小野寺の明るい返事に、尚の表情もほころぶのだった。


 結局、クリスマスイブのパーティメンバーは、尚、楓、麻衣に加え、真由美、美咲、そして小野寺となった。

 楓は、紙に書き出した名前を見つめながら、ふと考え込む。

 

(春日さんを誘うべきかな……)

 

 春日伶は尚の友人ではあるのだけれど、最近は楓も親しくしている。ミステリアスな雰囲気で少し近寄り難いと思っていたけれど、最近では妙な親近感が生まれていていた。

 それに最近は放課後に文芸部の部室に三人でいる時間が、日常になってきている。

 楓は小さく頷き、スマートフォンを手に取った。伶の連絡先を見つめながら、ゆっくりとメッセージを打ち始める。

 

『春日さん、クリスマスイブにうちでパーティを開くんだけど、よかったら来ない?』

 

 送信ボタンを押す前に、楓は一瞬躊躇った。けれど、思い切って送信した。

 数分後、伶からの返信が届く。

 

『あら、嬉しい。でも、いいの? 私たち、尚お兄さんを巡るライバルでしょ?』

 

 その返信に、楓は一瞬驚くも、思わず笑みがこぼれる。

 思いの外にストレートな言葉に、不快感は微塵もなく、むしろ楽しさが込み上げてくる。

 楓は、伶へすぐに返信した。

 

『私は、尚くんとはそんなんじゃないから。それに春日さんは尚くんと私の共通の友人だから』

 

 メッセージを送ると、楓の心は穏やかなものに包まれていく。

 

『ありがとう。そういうことにしておいてあげる。それじゃ。遠慮なくお邪魔します』

 

 一言多いと思いながらも、こんなやり取りができる友人ができたことは楽しいと感じてしまう。

 胸の奥に感じていたもやもやも晴れ、楽しいクリスマスパーティになる予感に満ちていた。





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