第27話 新年の家族団らんのひと時

 元日の昼前。冬の日差しが、木々の間をすり抜けて平屋の木造住宅を優しく照らしていた。

 馬場家の空き地に一台のミニバンが止められた。内藤家のみんなが勢揃いで新年の挨拶に訪れているのだった。

 

「あ、明けましておめでとうございます」

 

 玄関を開けて、ジャケット姿の尚は、久々の馬場家にちょっと緊張しつつも元気に挨拶をする。その隣には、エメラルドグリーンのワンピースに身を包んだ楓が立っていた。金色の髪が陽光に煌めき、柔らかな笑みを浮かべている。

 後ろでは荷物を持った義父の健太郎と由香が少し遅れて歩いてきていた。

 

「あけましておめでとう、尚も楓ちゃんも、上がって上がって」

 

 馬場家の母、美和が温かな笑顔で四人を迎え入れてくれる。

 

「おう。よく来たな。はやかったな」

 

 廊下にいた勇介は、尚とその後ろにいる従兄弟の健太郎に視線を向けながら出迎えてくれた。

 いつもの和室にはすでに来客用の座卓が並べられていて、その上にはすでにいくつかの料理が置かれていた。

 

「おせち料理の準備がだいたいできたところだから、ちょっと座って待っていてね」

 

 美和はそういうと台所へと向かおうとする。

 

「美和お義母さん。手伝います」

 

 尚はすぐにそう言いながら、美和の後ろを小走りで追いかけていった。

 

「そうね。私も手伝います」

 

 由香も、ゆっくりと尚の後ろについていく。

 

(私はどうしようかな……)

 

 楓は、母と義兄の後ろ姿を見ながら少し悩んだ。

 父の健太郎は運転の疲れからか、畳に腰を下ろし、勇介と何やら話に花を咲かせている。

 台所に四人もいては手狭になるかもしれないと考えたが、尚が手伝っているのに自分だけ手伝わないのは気が引けた。そう思った楓は、二人の後を追って台所へと向かうことにした。

 

 楓が台所に足を踏み入れると、内藤家よりも広々としたスペースが広がっていた。楓が心配するようなことはなく四人で立っても全く問題ないほどの広さだ。料理もほぼ出来上がっているようで、あとは盛り付けと運ぶ作業が残っているだけだった。

 

 「楓ちゃんも手伝ってくれるの? ありがとう」

 

 美和が優しい微笑みを浮かべながら、楓に声をかける。

 

「お雑煮をよそってもらえると助かるわ」

 

 由香も楓に向かって、お願いの言葉を添えた。

 

「はーい」

 

 楓は二人の言葉に頷くと、慎重にお茶碗にお雑煮をよそいだした。

 そんな中、少し慌ただしい足音が階段から聞こえてきた。

 

「あけましておめでとうございます!」

 

 麻衣の明るい声が、家中に響き渡る。

 

「麻衣、どこに行ってたの。もう、ご飯の準備ができているのに」

 

 美和が、愛情たっぷりの口調で叱責の言葉を投げかける。

 

「ご、ごめんなさい」

 

 麻衣は、申し訳なさそうに頭を下げた。その後ろには、さくらと大輝の姿もあった。

 楓は、麻衣の服装に目を留める。自宅にいるというのに、とてもおしゃれな私服を身につけているのだ。

 楓と同じようなワンピース姿だが、ピンクを基調としたその服は、麻衣の可愛らしさを引き立てていた。

 

(私たちが早く着いちゃったから、大慌てで着替えてきたのね)

 

 楓は、麻衣の尚に対する想いを感じ取り、そっと見守っていた。

 母親の美和も、娘の気持ちを理解しているのか、それ以上は何も言わずにそっと冷蔵庫の方へと向かった。

 尚の近くに場所を空けてあげたように、楓には思えた。

 

「お、お兄ちゃん。明けましておめでとう」

 

 麻衣は義兄に近づき、少し気合いを入れてから新年の挨拶を述べた。

 後ろでは、さくらと大輝が真似をして、同じような挨拶を繰り返していた。

 

「ああ、麻衣。明けましておめでとう。さくらと大輝も明けましておめでとう」

 

 尚は振り返り、義妹たちに向き合って、丁寧に挨拶を返した。

 

「麻衣は、なんか可愛らしい格好だね」

 

 尚はにこやかな笑みを浮かべながら、そう付け加えた。

 

(気合いの入った麻衣ちゃんの格好に気がついて褒めてあげるなんて……尚くん、偉い)

 

 少し後ろで見ていた楓は、尚に対して内心でグッジョブと言いながら、親指を立てていた。

 

(でも、私のこの格好は何か褒めてくれたっけ? くれたような気もする……)

 

 楓は、同じような自分のワンピース姿に対しての反応はどうだったかと余計なことが気になって、必死に今朝の家の会話を思い出そうとしていた。

 

「馬子にも衣装ってやつだね」

 

 尚はそう言って笑っていた。

 

(何を余計なことを言っているのよ)

 

 後ろから楓は呆れながら聞いていた。

 

「もう、お兄ちゃん!」

 

 麻衣は頬をふくらませて、不満げに言葉を返していた。

 

(ほら、みなさい。……でも、ああいうやりとりはいいな。本当の兄妹みたい)

 

 楓は、自分と尚もだいぶ仲良くなってきたとは感じているけれど、麻衣と尚の関係を羨ましく思いながら見守っていた。

 

「はは、じゃあ、麻衣。さくらと大輝も。自分の分は運んでね」

 

 尚がそう言って、三人に盛り付けたお皿を手渡す。お兄ちゃんらしく楽しそうな姿に、楓は心は穏やかな温もりに包まれていった。

 



 

 和室の広間には、おせち料理が所狭しと並べられ、家族団らんの温かな雰囲気に包まれていた。

 

「わぁ、おせち料理だ!」

 

 小学生の大輝とさくらが、目を輝かせながらテーブルに駆け寄る。

 

「大輝、栗きんとんばかり食べちゃダメよ」

 

 母親の美和にそう注意されると、集まった内藤家と馬場家の面々から笑い声が起こった。

 

「さて、みんな料理もそろったね」

 

 内藤家の父親である健太郎は、一番奥に座りながら、みんなの様子を確認して声をかける。

 

「明けましておめでとう!」

 

 反対側に座っている馬場家の勇介は、面倒な挨拶などしたくないようで、さっさと乾杯の挨拶をすると、日本酒の入ったお猪口に口をつけた。

 しかし、健太郎は今日は車を運転してきているし、由香や美和はあまり酒を飲まないため、付き合ってくれる人がいなくて寂しそうだった。

 

「早く尚が大人になって、一緒に酒を飲めたらなぁ」

「ちょっとお父さん。お兄ちゃんを変な道に誘わないでちょうだい」

 

 麻衣が自分の父親に抗議すると、勇介は不満げに口を尖らせた。

 

「別に変な道じゃないだろ。なぁ、健太郎」

「ああ、そうだね。早く一緒に飲みたいものだ」

 

 大人の男性二人は楽しそうに尚に絡んでいく。

 尚は左右から義父二人に肩に手を回されて戸惑ったように微笑むだけだった。

 あまり表情には出さないけれど、嬉しそうだと感じられて、隣に座っている楓もなぜかいい気分になり満足そうに微笑むのだった。

 

 食事が進むにつれ、会話も弾んでいく。健太郎と勇介は仕事や昔話に花を咲かせ、由香と美和は子育ての喜びや悩みを分かち合う。さくらと大輝はおせち料理の味わいと色取りに感嘆しながら、美味しそうに頬張っている。

 

 「あ、そうそう。さくらと大輝にお年玉があるんだった」

 

 尚はポケットから小さな袋を取り出し、座る姿勢を少し崩して反対側の子どもたちに手渡す。

 

「えっ?」

「お年玉だよ」

 

 子どもたちだけでなく大人たちも驚きの表情を浮かべる中、尚は柔らかな笑顔でそう告げた。

 

「あ、ありがとう……でも本当にいいの?」

 

 何をもらっても喜びそうな大輝でさえ、戸惑いの色を隠せず大人たちの顔色を見ていた。

 

「尚は、まだ高校生なんだから、そんな……いいのよ」

 

 美和がそう口を挟み、由香たちもうなずいていた。

 

「僕はこっちの家でバイトしてお給料をもらっているし、麻衣の勉強を教えてお小遣いももらっているからね。遠慮しなくていいよ」

 

 尚は優しい口調でさくらと大輝に説明する。

 

「ということは、このお年玉は……」

 

 幼い二人はお年玉袋を見つめながら考え込む。

 

「麻衣お姉ちゃんが馬鹿だから、もらえるってことだね!」

 

 大輝が顔を上げて元気よく言い放つ。

 

「そ、そういうことになるのかな……」

「大輝! お兄ちゃん!」


 一瞬迷った尚に合わせるように返事をしたことに、麻衣から大きな抗議の声が上がる。

 

「ま、まあ。麻衣にもお年玉用意したから」

 

 慌てて尚はもう1つの袋を取り出し、麻衣に手渡そうとする。

 

「うー」

 

 麻衣は葛藤に苛まれる。尚に子ども扱いされるのは嫌だが、今はバイトもできずお小遣いは貴重だ。それに義兄からもらえるものは、何でももらっておきたい気持ちもある。

 

「……ありがとう、お兄ちゃん」

 

 悩んだ末に、麻衣は両手を差し出して尚からお年玉を受け取ることにした。

 

「一生大切にします!」

「大切にします」

 

 大仰に宣言する麻衣に、さくらも真似して深々と頭を下げる。

 

「大切に使って欲しいけれど、一生とかじゃなくてすぐに使ってくれていいんだよ」

 

 戸惑う尚の言葉に、大人たちは温かな笑い声を上げるのだった。



 

 賑やかな食事の時間もやがて終わりを迎える。

 受験を控えた麻衣のことを考慮し、内藤家の面々は今夜は泊まらずに帰宅することにした。

 

 「またみんなで来てね」

 

 さくらと大輝が無邪気な笑顔で手を振る。

 

「麻衣ちゃんは、勉強頑張ってね」

 

 楓は麻衣の肩に優しく手を添え、励ましの言葉をかける。

 

「ありがとうございます。必ず合格して、みんなに良い報告ができるように頑張ります」

 

 麻衣は、決意に満ちた瞳で力強く宣言した。

 内藤家の面々は馬場家に別れを告げ、夕暮れの中、駐車スペースに向かって歩き出す。

 ふと、由香が足取りを乱した。

 

「どうかしましたか? お義母さん」

「大丈夫、ちょっと、頭が痛くなっただけ……」

 

 由香はこめかみに指を当てながら、か細い声で呟く。

 

「お母さん、大丈夫?」

 

 尚と楓が心配そうに由香を見つめる。

 

「大丈夫大丈夫。ええ、ちょっと休めば治ると思うわ……」

「無理しないで。家に帰ったら家事は僕に任せてゆっくり休んでください」

 

 尚は由香の背中をそっと撫でながら、安心させるように言葉をかける。

 

(尚くん、ほんとうに偉いなあ)

 

 楓は、そんな尚の姿を横から見ていて感心する。

 先程のお年玉といい、自分だったら血の繫がらない家族にここまで親身に寄り添えるだろうかと考えてしまう。

 由香は感謝の笑みを浮かべると、健太郎に寄り添うようにしてゆっくりと歩き出す。

 

(でも、もしかして、まだまだ気をつかわせているのかもね)

 

 そんなことを考えながら、楓は尚と並んで後部座席に乗り込む。

 助手席で休んでいる由香を気遣って小さな声で尚に話しかける。

 必然的に普段よりも少しだけ近くに寄り添って座っていた。

 恥ずかしくもなければ不快でもない。この距離が心地よいと思いながら家までの時間を過ごすのだった。

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