第10.5話 恋の予感と過去の傷跡(後編)
「でも、こんな可愛い女子高生3人のパジャマ姿に囲まれておにーさんも嬉しいですよね」
「あ、うん、すごい可愛いです」
とても言わされた感はあるけれど、尚もこれはとても眼福な光景であることは理解している。
楓はもちろんだけれど、お友だち2人もそれぞれ魅力的だった。
「怯えているじゃない。ごめんなさい」
何も悪いことはしていない真由美の方が謝っていた。
「いえ、だ、大丈夫です」
「よかった。じゃあ、ゆっくりお話ししようね。はい、美咲も落ち着いて、ちょっと下がって」
真由美もパジャマ姿は気恥ずかしいとは思っているけれど、もう見られてしまった以上は尚とじっくり話してみたいようだった。
尚はさっきよりも更に逃げにくい状況になったことを理解する。
女子高生たちのパジャマパーティーにゲストとして混ざることに腹をくくるしかなかった。
尚はクッションを用意されて座った。カラフルなパジャマ姿の女子高生3人を前にして、落ち着いてしゃべる余裕が全くないだろうとは自分でも思っていた。
「あまり部屋を見回さないでほしいんだけど......」
楓の部屋をじろじろと観察したかったわけではなく、目のやり場に困って視線を逸らしただけだった。
楓の言葉に、尚は慌てて視線を正面に戻す。
可愛いぬいぐるみや、オシャレな小物の数々。
それらが、男子禁制の楽園を演出していた。
「いや、あ、ごめん」
「えっ、お義兄さん、楓の部屋に入るのははじめてなの?」
目の前の真由美が、ちょっと意外そうな声をあげた。
「そうね。はじめてかな」
真由美の問いに、楓は寂しげに頷く。
尚への想いが、心の奥でくすぶっているようだ。
「そうですよね。この歳になると兄もなかなか部屋には来ないものね。私は平気で兄の部屋に入り浸って漫画を読んでいたりするんだけど」
フォローするように真由美は笑顔で言った。ただ、楓からすると、真由美が兄と仲良さそうなのがかえって羨ましかった。
「おにーさん!」
そこへ割り込むように、美咲が尚に近づいてきた。
「私、楓の親友の小林美咲です。よかったら連絡先交換しませんか?」
美咲は手を床について、猫のようにそろりと四つん這いで前にでて尚に近づいていた。
尚からは、胸元がかなり見えそうになってしまい慌てて目を逸した。
「え、あ、ちょっと美咲」
義兄が嫌がっているように見えて、楓は美咲の腰あたりを掴んで、阻止しようとする。
「私、楓や真由美と離れて一人、女子校に通っているんです」
美咲は、楓に引っ張られて普通に座り直して話を続ける。
「あ、そ、そうなんだね」
「高校生活が寂しいんで、ボーイフレンドが欲しいと思っているんです。おにーさん、とりあえず連絡先を交換してくれませんか?」
美咲の瞳に、切なる思いが滲む。
尚は、その真摯な想いに揺さぶられた。
「う、うん……僕なんかでよければ」
吐息まじりの承諾に、美咲の表情が輝く。
スマホを取り出し、恐る恐る連絡先を交換する尚。
その横顔を、楓が冷ややかな目で見つめていた。
楓の親友だというのなら断るのも失礼かなと思った。
それに、友だちの顔が浮かんでいた。特に松木の紹介されてとても喜んで感謝してる顔が頭に浮かんだ。日頃の感謝にその顔を見てみたいと思う。
隣の部屋からスマホを持ってきて、連絡先を交換する。
何故か、ずっと楓は怖い目で見ているような気がして、尚は横を向けなかった。
「でも、確かに普段より全然いいね」
連絡先の交換が終わったところで、尚の隣に座って覗き込むように見ながら真由美が囁いた。
尚とはクラスメイトな真由美は、クラスでの尚との違いが気になっているようだった。
「え?」
「いつもの変な髪型じゃないし……。もしかしてあれって毎朝セットしているの?」
「え、あ、う、うん。じゃなくて、寝癖適当に直していたらあんなになるっていうか」
「眼鏡もしなくても、連絡先を交換できるんだね」
真由美は密着しそうなくらいに近寄って、尚の顔を観察していた。
真由美の豊かな胸が軽く二の腕に当たって思わず意識してしまい、先ほどからの名刑事が犯人を追い詰めているような質問に集中できなかった。
「まあ、一番うしろの席じゃなければ黒板も見えるくらいではあるかな……」
「もしかして、モテたくないから普段はあんな格好をしているのかしら」
真由美は、冗談めかしてそう言いながら尚の反応をうかがっていた。
「い、いや、そんな自意識過剰なわけないでしょ……ハハハ。ねえ、別に格好良くないし」
「美咲は、おにーさん良いと思います。イケメンって感じじゃないですけれど、優しそうで安心します」
誤魔化しつつ逃げ腰な尚に対して、反対側から美咲がまた猫のように四つん這いで近づいてきた。
左右から可愛らしい女の子に挟まれて羨ましい状況なのにも関わらず尚の表情はこわばっている。
「2人とも、やめなさい!」
楓は美咲と真由美に対して声をあげる。
「は、はい」
珍しく本気で注意するような大きい声に、美咲と真由美も振り返り気まずくなりながら、尚から離れた。
「尚くんは、ちょっと女性にトラウマがある……みたいだからやめてあげて」
楓は大きな声を出してしまったことが恥ずかしくなって、消え入りそうな声でお願いをした。
「そうなんだ。ごめんね。からかって」
真由美はウィンクしながら尚に謝っていた。
「ごめん。勝手に余計なことを話したかも……」
2人が大人しくなると、またやってしまったかもと楓は冷静になって顔を手で覆っていた。
『昔の義妹と間にトラウマがあって』と麻衣が言っていたことが頭の中で蘇ってつい言ってしまったけれど、大丈夫だったのだろうかと義兄の様子を窺っていた。
「あ、うん。大丈夫。昔、ちょっとあったことは確かだけれど、別に大したことじゃないから」
気にした様子もなく穏やかに話す尚に、3人ともほっとした表情を浮かべていた。
「よかった。楓が、おにーさんがモテるを阻止するために、変な眼鏡と変な髪型をするように命令しているのかと思ってた」
真由美は笑顔でそう言った。
「そんなことするわけないでしょ」
楓はすぐに否定した。
とはいえ、学校ではなぜか野暮ったい格好をしていることに気がついてはいた。分かっていたけれど、真由美や学校の人には何も言わなかったし、尚にも特に何も言わずにそのままでいいと思っていたのはちょっと後ろめたい気持ちもあった。
「ちょっと構えてしまうけれど、女性が嫌いというわけではないので……美咲さんのような可愛らしい女性とは仲良くなりたいと思っています」
尚は、楓に注意されてからちょっとしゅんとしてしまっている美咲に声をかける。
美咲のようにぐいぐいくる女性にはまだどこか苦手意識はあったけれど、義妹の親友ということもあり仲良くなりたいと思うのは本当だった。
「わあ。嬉しいです」
目を輝かせて美咲は答えた。
「じゃあ、ぜひ私で少しずつ女性に慣れていってください。なんて」
美咲はまた尚に前足一歩近づいて親しげに話しかける。
「美咲は小動物っぽいし、お義兄さんも怖くないんじゃないかな」
「ちょっと真由ちん、それって私が子どもっぽいって言っているでしょ?」
真由美が言ったことに、抗議する美咲。『その通り』と答える真由美につられて、尚も笑っていた。
尚は、異性のクラスメイトともこんなに楽しく話せるとは思っていなかった。ちょっと強引に引っ張ってきてくれた美咲にも感謝して、確かに少しずつ変わっていけそうな気もしていた。
(でも、ちょっと……りかに似ているな)
美咲を見ながらそう思う。
似すぎていて、楽しく話していても時々、心のどこかが痛くなる感覚に襲われてしまう。
「そうね。徐々にトラウマを引きずらなくなったらいいね」
楓は義兄の変化を感じとりつつ、つぶやいた。
傷があるなら癒やしてあげたいと思っていただけに、これ自体は本心で嬉しいことだと本当に思っていた。
「でも……楓、目が怖いよ」
真由美が耳打ちする。
ハッとした楓は、慌てて視線を逸らした。
「え? そ、そんなことないけど」
楓は驚いていた。
自分としては、美咲がかしましくも色々と尚に話しかけて、尚も楽しそうに応じているのを微笑ましく見守っているつもりだった。
「人を呪い殺せそうな目をしてた」
「そ、そんなに?」
「ま、楽しくおしゃべりして女性に慣れていくのなら、『美咲じゃなくて私でいいじゃない』と言いたい気持ちは分かるけれど」
「そんなこと思ってないわよ!」
今度の真由美の声は、美咲や尚にまで届いてしまっていた。
怒りと恥ずかしさで、楓は真っ赤になりながら反論した。
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