第10話 恋の予感と過去の傷跡(前編)
夏を感じさせる日差しが降り注ぐ週末の午後、いつものファミレスで、内藤楓、山本真由美、小林美咲の3人の女子高生が賑やかにおしゃべりをしていた。
店内に漂うコーヒーの香りと、テーブルの上に並ぶカラフルなケーキが、彼女たちの会話を一層弾ませている。
「そうなんだ。妹ライバルちゃんの勉強は順調なんだ」
優しそうな雰囲気を醸し出す真由美が、フォークでイチゴのショートケーキを突きながら、楓に相槌を打つ。
今日はその黒髪をサイドで一つに結んだヘアスタイルが、大人びた雰囲気を引き立てている。
一方の楓は、窓から差し込む日差しに金色の髪を煌めかせながら、ため息交じりに言葉を紡いだ。
「だから、ライバルとかじゃないから、親戚の女の子」
「うんうん。尚くんと休日に一緒にお出かけする口実ができて良かったね」
「うっ、あ、いや、そんなんじゃないから」
ちょっと慌てる楓を見て、真由美はさらに満足そうな表情で楓を見つめていた。
そんな2人のやり取りを見ていた美咲が、ふとテーブルに手を突くと、ツインテールを揺らしながら口を開いた。
「そういえば、お泊まり会」
うさぎのようなキュートな瞳で2人を見つめる美咲。
「あ、そうね。新しい学校も落ち着いてきたし、そろそろする?」
美咲の提案に真由美が賛同の意を示すと、美咲の瞳がさらに輝きを増した。
「次は楓の家に泊まる番だよね」
にっこりと美咲は笑った。
「えっ、あっ、そうか、次は私の家か……」
楓は少し困った表情で言葉をつまらせる。
「いちおう、尚くんに聞いてみる」
何度も遊びに来ているので、両親は2人のことも歓迎なのは分かっている。
義兄も反対はしないとは思うけれど、なんとなく勝手に呼ばれても嫌だろうと思った。
「うんうん。聞いてみて~。よろしくね」
楓は躊躇しつつも、友達の期待に応えようと決心した。
夕暮れ時、楓の家は静かな佇まいを見せていた。
リビングでは、尚がソファに腰掛け、本を読んでいた。オレンジ色に染まる日差しが、彼の黒髪を淡く照らしている。
(あっ、リビングにいる)
家に戻った楓は、尚の姿が見えて喜んだ。
(お母さんのお使い後とかかな。夜に話そうと思ってたけど、部屋に行くのはちょっと勇気がいるからよかった)
「ただいま」
「あ、おかえりなさい」
ドアを開けてリビングに楓の明るい声が響き渡る。
尚は本から視線を上げ、ほっとしたように微笑んだ。
「尚くん、あのさ、今度、友だちが泊まりに来てもいい?」
楓は少し緊張した面持ちで尋ねる。
「もちろん。僕が反対なんてしないよ」
尚は本を置きながら、帰ってきたばかりの楓を温和な笑顔で見上げながら答える。
「見えないようにしておくよ」
その一言に、尚の心の傷が垣間見える。
楓は、義兄の卑屈な態度に不満を覚えつつも、彼を思いやらずにはいられなかった。
「そんなこと言わないの。普段通りにしてくれていいから」
楓の口調は、怒りよりも、優しさに満ちている。
尚はその言葉に救われるように、小さく頷いた。
「友だちの一人は真由美だから」
「ああ、そうなんだ」
真由美の名前を聞いて、尚の表情が少し和らぐ。
「もう一人はちょっと騒がしいかもしれない……先に謝っておく、ごめん」
「うん、大丈夫だよ」
尚は穏やかに微笑み、楓の気遣いに感謝するのだった。
週末、楓の家は賑やかな声に包まれていた。
尚は、真由美たちに挨拶だけをすると、女子会を気遣って、早めに夕食を済ませ、部屋に引きこもる。
(邪魔しないのが一番だよね)
普段通りでいいとは言われたけれど、女子同士のお泊まり会で、その家の兄弟とか父親が積極的に絡んできたら面倒に思うことの方が多いだろうと彼なりの配慮をしているつもりだった。
(お風呂だけさっさと入ってしまおう)
お風呂は普段から、楓と鉢合わせたりしないように気をつけている。
早朝に入ることが多いのだけれど、ただ今日は女子3人が早朝にどう動くのかが予測できなかった。
悩んだ結果、3人ともお風呂に入ったあと、楓の部屋でおしゃべりタイムになったときの方が出会わないだろうと今日は夜遅くに入ることにした。
「わっ」
それなのに風呂上がりに、見知らぬ女子と出くわしてしまった。小柄な体に、レモンイエローのパジャマ。くりくりとした瞳が、愛らしい少女だった。
(確か……小林美咲さん)
家に来た時に、真由美の隣にいて紹介だけされたのは覚えている。
尚は裸というわけではなく、ちょうど寝巻き代わりのジャージを着込んだ時だったので見苦しいものは見せたりしなくてほっとした。
「あ、ごめんなさーい。ちょっとお手洗いにきたところだったので」
「あ、いえ。大丈夫ですので」
明るく話しかけてきた美咲は洗面所で手を洗うと、そのまま慌てて出ようとする尚を呼びかけた。
「楓ちゃんのお義兄さんですよね」
「あ、はい」
さすがに無視して部屋に戻るのも失礼だと思い足を止めた。
適当に挨拶をして去ろう思ったけれど、美咲はそのまま話しかけてきながら後ろについてきて階段も一緒に上っていた。
「楓ちゃんや真由美ちゃんから話を聞いて、ずっと、おにーさんとお話したいなと思っていたんですよ」
「そ、そうですか。別に面白い話はないんですけど……」
積極的に話かけてくる美咲に、ぎこちない返事をしながら階段を上り終えた。
「ですから、今晩、ご一緒にどうですか?」
美咲の言葉に『どういう意味?』と聞くよりも早く、手を掴まれた。
振り返ると、美咲が反対の手で器用に楓の部屋の扉を開けたのが見え、そのまま強引に引っ張られた。
「きゃあ」
よろめき倒れ込むように楓の部屋に入ると、2人の女の子の可愛らしい悲鳴が聞こえた。
パステルカラーのインテリアに囲まれた、可愛らしい空間。
そこには、水色の水玉模様のパジャマに身を包んだ楓と、ピンクのストライプが眩しい真由美の姿があった。
露出が多いわけではないのだけれど、無防備に薄い服は眩しく見えて、悪いことをしているような気がして目を逸してしまう。
「美咲! 何しているのよ」
「えへへ。もう、おにーさんとお話したいなあって」
抑えた声で怒る楓にも、全く悪びれずに美咲は無邪気に笑う。
「いいですよね。おにーさん」
逸したはずの視線の先に、今度は黄色いパジャマ姿の美咲が入ってきた。特に、丸みがはっきりと分かる胸元が目の前にあって、更に視線が泳いでしまう。
「あ、う、うん」
目の前で仲良くなりたいと言ってくれる女の子に対して、露骨に話もしたくないと言って断る度胸はなかった。
『僕なんかでよければ』とうなずいていた。
「やった。嬉しい」
「……美咲、なんか外の様子にそわそわしていると思ったら、尚くんが廊下を通るのを聞き耳を立てていたのね」
「男女逆だったら、かなり犯罪っぽいんですけれど」
喜ぶ美咲に対して、真由美と楓はその行動力に呆れていた。
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