第20話 一緒に学園祭を

 秋晴れの空の下、学園祭の賑わいが キャンパス中に広がっていた。

 1日目は学校関係者のみに公開されているため、来場者は限られている。それでも、尚と真由美のクラスのメイド喫茶は、徐々に盛況になっていた。

 特に注目を集めているのが、メイド姿の尚だった。

 金色の髪のウィッグにホワイトブリムを乗せ、クラッシックなメイド服に身を包んでいる。地味めな衣装にもかかわらず、尚は正統派の美少女のような雰囲気が際立ち、周囲からざわめきが起こっている。


 『誰? あの可愛い娘』

 

 学園祭が始まると、クラスの扉越しに、尚の姿を一目見ようと立ち止まる生徒たちが絶えない。

 他の男子生徒が色物っぽくなってしまう中で、尚と小野寺が並んで愛らしい笑顔で接客するテーブルだけが、華やかな雰囲気を醸し出していた。

 純白のテーブルクロスに、繊細な装飾が施された銀食器。そのテーブルを囲むように、客たちが次々と席についていく。尚と小野寺は、優雅な所作で紅茶を注ぎ、甘いお菓子を運ぶ。まるで、高級なお屋敷であるかのようにお客さんたちは満足した表情になっていく。

 

「一緒に写真を撮ってもらえませんか?」

 

 見知らぬ生徒たちから、そんな申し出を何度も受ける尚。

 最初は引きつった顔で怯えていたけれど、真由美に叩き込まれた接客の心得を思い出して、なんとか笑顔を作り、はきはきとした口調で一人一人の要望に丁寧に応えていく。

 小野寺にフォローされつつ、午前の接客はなんとか乗り切った。

 疲れを感じつつも、安堵の表情を浮かべる尚と小野寺だった。


 そんな中、午後からは、楓がでる2組の演劇部の公演が始まろうとしていた。開演前から、楓と人気男子たちの共演が大きな話題となり、期待に胸を膨らませた観客が続々と会場に集まってくる。

 

「内藤楓さんと一条くんの掛け合い、本当に楽しみだわ!」

「内藤さんと二葉くんの絡みも素敵よね」

 

 そんな声が、客席のあちこちから聞こえてくる。

 いよいよ緞帳が上がり、ステージ上に楓の姿が現れた瞬間、どよめきが起こった。

 金色の髪をなびかせ、銀色の肩章が輝く、凛々しい王子様姿の楓。その意外な姿に、知らなかった生徒たちからは歓声が沸き起こる。楓は凛とした眼差しで客席を見渡し、観客を魅了していく。

 

 その時、楓の瞳に映ったのは、際立って目立つメイド服の尚の姿だった。

 

(疲れているのに、駆けつけてくれたんだ)

 

 そう思った瞬間、楓の唇に笑みが浮かぶ。けれど、すぐにその笑顔は曇った。尚の隣に座る人物に気づいてしまったのだった。

 

(春日伶……!?)

 

 尚の隣には伶が執事服姿で座っていた。2人が自然な様子で並んでいる光景に、楓の胸にもやもやとした感情が湧き上がる。

 

(たまたま、隣り合わせになっただけよね……?)

 

 ぐっと唇を結んだ楓は、何とか目の前の演技に集中しようと努める。

 華やかな演技に、客席からは歓声が上がっていた。




 演劇は大盛況のうちに幕を閉じた。割れんばかりの拍手が鳴り止まぬ中、楓はステージを後にする。

 けれど、客席を見渡した瞬間、楓の心が揺らいだ。尚と伶が、笑顔で話しながらクラスへと戻っていく姿が目に入ったのだ。まるで、親しい友人同士のように自然な様子で。

 楓の胸に、苦いものが込み上げてくる。喜びと嫉妬が入り混じった、複雑な感情だった。

 

「みんな、本当に素晴らしかったよ。明日も全力で頑張ろう!」

 

 学園きっての人気者たちが、明るい声で互いを称え合っている。もちろん、楓自身もそのスクールカーストの頂点に君臨する存在だ。けれど今日は、明日への備えを理由に、早々に帰り支度を整えていた。


「楓ちゃん、今日は早いのね。また明日、がんばりましょ!」

 

 ざわめく教室を抜け出し、校舎を出ようとする楓に、クラスメイトの声が響く。笑顔で手を振る彼女たちに、楓も軽く会釈を返した。けれど、心ここにあらずといった様子だ。

 楓は校門へと向かう。初秋の風が、金色の髪をそよがせた。


(いや、同じ家に住んでいるんだから、家で話せばいいじゃない)

 

 校門の影に潜み、待ち伏せをする自分に対して、楓は内心でつっこみを入れていた。

 何度か帰ろうとしては、でももうすぐ尚が現れそうだと思い直し、その場に留まる。そんな行動を繰り返していると、ふいに聞き慣れた声が耳に飛び込んできた。

 

「あ、楓さん」

 

 振り返った先には、一人で歩いてくる尚の姿があった。春日伶の気配はどこにも感じられない。そのことに、楓はほっと胸をなで下ろす。

 

「今帰り? 偶然だね。一緒に帰ろうか」

 

 楓は、内に秘めた喜びを悟られまいと、何気ない口調で尚に話しかける。尚もまた、柔らかな笑みを浮かべて頷き、楓の隣に歩み寄った。

 

「午後の演劇、見に行ったよ」

「知ってる。舞台から見えたもの」

 

 楓の心には、尚の隣で談笑していた伶の姿が焼き付いている。けれど今は、その話題に触れるのを避けた。

 

「可愛いメイドさんが来てるって、うちのクラスでも話題になってたよ」

 

 楓が意地悪そうに微笑むと、尚は頬を赤らめて視線を逸らした。

 

「着替える時間がなかったんだよ」

「好評だったみたいじゃない。私が手伝った甲斐があったわ」

「本当に、ありがとう」

 

 尚の真摯な感謝の言葉に、楓の表情が和らぐ。

 

「メイク、まだ残ってるね。家に帰ったら落とすのを手伝ってあげる」

「うん。真由美さんも、家に帰ってから楓にやってもらって言ってたし」

 

 おそらく真由美は忙しかったのだろう。けれど、義兄との交流の機会を作ってくれたのかもしれない。そう考えた楓は、心の中で親友に感謝を捧げた。

 会話の途切れた後の沈黙。けれど、もはやそんな静寂さえも気まずくはない。

 

「ねえ、明日、一緒に学園祭を回らない?」

 

 しばらく並んで歩いたあと、楓が尋ねる。その瞳には、期待の光が揺らめいている。

 

「ああ、その……明日は妹たちが来るから……」

 

 尚は前を向いたまま、そう答える。どこか上の空。その反応に、楓は不満げに眉をひそめる。

 

「わ」

「え?」

 

 尚の驚きの声が上がる。楓は、人差し指で彼の脇腹をつついたのだ。いつもの楓らしからぬ仕草に、尚は戸惑いを隠せない。

 

「わ・た・し・も・妹なんですけど」

 

 くすぐったそうに身をよじる尚。それでも容赦なくリズミカルに繰り出される楓の指先。

 

「ご、ごめん。麻衣とさくらが来るから約束しちゃってて」

 

 尚の謝罪の言葉。けれど楓は、まだ不機嫌そうだ。

 

「分かってるけど……。麻衣ちゃんには、大事なことだものね」

 

 進路を決める上で、志望校を実際に見ておくのは重要だ。楓もそれは理解している。

 けれど、そう言いながらも、どこか不満げな楓の表情。どうしたらいいのか、尚は戸惑うばかり。

 楓としては、先程のちょっと上の空での返事が不愉快だった。ただちょっと落ち着くとふと疑問に思った。

 

「もしかして、今日、女の子にたくさん誘われて、同じような断り方をしてたの?」

 

 その問いに、尚は少し慌てた様子を見せる。

 

「た、たくさんなんてことはないよ」

 

 けれど、その言葉の端々から、ごまかしの匂いがする。

 

「たくさんじゃなくても、何人かはいるってことね?」

「えっと、に、2、3人かな」

「具体的には?」

 

 兄妹とはいえ、これはプライベートな質問だと尚は感じる。けれど、先ほどの上の空の返事を反省し、観念したように話し始める。

 

「斎藤さんと、三宅さん……」

「ああ、うちのクラスの男子がメイドになっても可愛くないって言ってた人たちね。ふーん、単純なのね」

 

 いつもの楓らしくない、辛辣な物言い。けれど、尚をメイクし、プロデュースした張本人としては、満足げな勝ち誇った表情を浮かべている。

 

「他は?」

「向山さん……と川瀬さんかな。川瀬さんはただの付き添いだったかも」

「あの真面目な子たちか……。どっちが本気かは、微妙なとこね」

 

 楓は一人でぶつぶつと呟いたあと、顔をあげる。


「他にもいるでしょ?」

「あ、楓さんのクラスの二葉さんとか」

 

 その名前に、楓は思わず首を傾げる。

 

「二葉……くん? サッカー部の?」

「うん。冗談というか、ノリみたいな感じだと思うけれど」

 

 二葉陸。つい先ほどまで、楓と共演していた主役の一人。1年生の中でも、学園全体でも屈指の人気を誇るイケメンだった。

 

「……尚くん、男は狼なんだから気をつけてね。後夜祭とか暗いところで二人きりにならないように」

 

 まるで妹や娘に諭すように、楓は忠告する。

 

「僕だって男なんだけど、どうすればいいの」

 

 尚は、馬鹿にされたような気分になり、困惑の表情を浮かべる。そんな尚の様子に、楓は笑みを浮かべるのだった。

 本当は、強引な告白をされてしまうのではとわりと本気で心配している。けれど、恋人でもない立場であまり強く言うのも変だと思い、楓は黙っていた。

 

「春日伶さんは、誘ってこなかったの?」

 

 一番気になることを、ストレートに尋ねる楓。真っ直ぐな眼差しが、尚を捉える。

 

「伶さんは前から、楓さんのクラスの演劇を見に行こうって言ってて。だから今日は一緒に行ったんだ」

 

 その言葉に、楓の胸に複雑な感情がよぎる。伶が尚を気に入っているのは間違いない。彼女は今日の尚の姿を見たから変わったとかではなく、転校当初から尚のことを特別な目で見ていた。

 

(でも、なんで私のクラスの演劇を?)

 

 疑問は尽きないが、深く考えても仕方がない。口実に使われたのか、クラスのイケメン俳優に興味があるのか。分からないけどそんな理由だろうと結論づけ、これ以上は考えないことにした。

 

「まあ、明日は麻衣ちゃんとさくらちゃんに譲ってあげよう」

 

 そう呟いた楓は、再び尚に笑顔を向ける。

 夕闇迫る駅までの道を、2人の影が仲睦まじく歩いていく。秋の訪れを感じさせる風が、金髪と黒髪を優しく撫でていた。

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