第17話 賑やかな夏祭りの予感
テーブルの上で踊る陽光が、グラスをきらめかせている。カラフルなアイスクリームを前にした楓と美咲、真由美の3人は、夏休み前の休日にいつものファミレスで夏休みの予定を話し合っていた。
今日は私服姿の美咲は髪をツインテールにまとめ、ピンク色のワンピースを着ている。
「部活でほとんど夏休みは埋まりそう~」
部活に打ち込む彼女はこの夏も忙しくなりそうだと眉を下げた。
楓と真由美はやりたいことも見つからずに過ごしているだけに、高校生になってもサッカーを頑張っている美咲を応援していた。
「それでも、いつもの夏祭りくらいは参加したいな。みんなで浴衣を着て、屋台巡りしたり、花火を見上げたりするの、楽しいよね!」
少し不安そうな表情から一転、美咲はきらきらとした瞳で提案する。真由美も同意するように微笑んだ。
「そうだね。私も夏祭りは外せないかな。今年は浴衣を着たいな」
つややかな黒髪を肩まで伸ばした真由美は、落ち着いた雰囲気の中に芯の強さを感じさせる。彼女もまた、夏祭りを心待ちにしているようだった。
そんな2人の会話に、楓は少し居心地の悪そうな表情を浮かべる。金色の髪をかき上げながら、おずおずと告白するように言葉を紡いだ。
「あー。実は……私、もう尚くんに一緒に夏祭りを案内してあげる約束しちゃったの」
「えっ」
美咲と真由美が驚いたように目を見開く。
「友情よりも男を取るらしいですよ」
「楓さんも、変わっちゃったね」
ちょっと大げさに落胆した演技をする真由美と美咲に、楓は慌ててしまう。
「そ、そういうんじゃないから、家族としてだから、二人きりとかじゃなくて、麻衣ちゃんも一緒だから」
何だデートじゃないのかという点で、それはそれで落胆した表情になって真由美と美咲は目を合わせた。
でも、すぐに美咲の表情は意味ありげな笑みに変わっていく。身を乗り出すようにして、楽しそうに言った。
「それなら、私たちも一緒に行けばいいんじゃない!? お義兄さんや妹ライバルちゃんとも一緒に夏祭りをめぐりたいな」
その提案に、真由美はちょっと躊躇うように口を開く。
「でも、私たちも加わるのって、尚くんが嫌がらないかな?」
真由美の心配そうな言葉に、楓はちょっと考えこんだ。
尚はちょっと女性が苦手なところがある。真由美もそれはなんとなく感じていた。それでなくても女性ばかりだと居心地が悪そうだった。
「じゃあ、お義兄さんにもお友達を連れてきてもらえばいいんじゃないかな」
美咲は気にした様子もなく明るく提案する。
「うーん……それなら……?」
楓と真由美はそれぞれ顎に手を当てて難しい表情で、尚の心情を考えていた。
「とりあえず聞いてみる。みんなで一緒に行けたら楽しいと思うな」
楓の言葉に、真由美も納得したように頷く。美咲は嬉しそうに手を叩いた。
「やった! これで、楽しくなりそう!」
こうして、仲間たちとの夏祭りが決まったのだった。楓は、尚がみんなとうまくやっていけるか少し不安もあったが、にぎやかな夏祭りを楽しみにしている自分がいることに気づいていた。
「ただいま」
そう言って楓が家の中に入ると、リビングのソファで尚が読書をしているのが目に入った。少し緊張しながらも、楓は尚に近づいていく。
「ねえ尚くん、夏祭りのこと、ちょっと相談があるんだけど……」
尚は本から顔を上げると、優しい表情で楓に頷きかけた。
「どうしたの? 楓さん」
「あのね、私の友達。真由美と美咲ね。一緒に夏祭りに行きたいって言ってるの」
「う、ううん。いいんじゃない?」
否定はしないけれど、尚はやはりどこか、こわばっているように見える。
「でも、女の子ばかりだと尚くんも嫌かなと……尚くんお友達も誘ったらと思うんだけれど……尚くんは、どう思う?」
尚は少し考え込むように目を伏せると、ゆっくりと答えた。
「松木たちも一緒なら、楽しいと思うよ。でも、人数が多くなると、待ち合わせとか大変そうだね」
その言葉に、楓は少しほっとしたように微笑む。尚は女の子ばかりよりも、男の子もいた方が居心地がいいのかもしれない。
「私の友だちで参加するのは、真由美と美咲だけだから大丈夫よ」
「そう。じゃあ、誘ってみるね」
そう言って尚が柔らかな笑みを浮かべると、楓の心もほんのりと温かくなった。
次の日の放課後、尚は教室に残り、小野寺と松木と一緒に雑談をしていた。なんとか、夏祭りの話題をきりだすタイミングを見計らっていた。
「ふ、2人は、この辺の夏祭りとか行くの?」
なんとか話題が落ち着いたところで切り出すことができた。
「うーん。子どものころは行ったけど、今はいかないかな」
松木はあまり興味なさそうに答えた。
「尚、夏祭りとか行くの?」
小野寺が何気なく尋ねると、尚は少し声を抑えて答えた。
「うん。妹たちに、地元の大きなお祭りを案内してもらうことになって……」
「ああ、尚の家の近所でやるお祭りね。花火とかもあっていいよね」
小野寺も松木も昔行ったことはあるらしい。思い出して楽しげな笑みを浮かべていた。ただ、松木はすぐに真剣な表情へと変わった。
「えっ、妹? つまりそれは、か、楓さん?」
普段は声のでかい松木も、この時ばかりは小声で尚に尋ねた。まだ、教室には多くの生徒が残っている。男子生徒に聞かれでもしたら、騒ぎになりそうだった。
「うん、あとは楓さんの友達と一緒に行く予定なんだ」
「楓さんのお友達……つまり」
小野寺も同じように小声になりながら、ちらりと視線をクラスでも人気のお姉さんの方に向ける。
「山本真由美さんも……?」
尚が頷くと、松木は体を震わせて悔しそうにする。
「う、羨ましい」
「そ、それで、2人も一緒にどうかなって」
尚が、松木のテンションに恐怖を感じつつも誘った。
「楽しそうだね。うん、一緒に行くよ」
「ぶ、部活が。いやでも、夜ならなんとかなるか。行く。行かせてください。おにいさま!」
弱小ながらも野球部に入っている松木は案外、真面目に部活に取り組んでいる。
それはそれとして、夏休みの出会いを求めているようで、夏休みの楽しい予定を尚に懇願していた。
「分かった。分かった。一緒に行こう」
今にも土下座して頼みそうな高すぎるテンションに尚は少し困ったような表情を浮かべながらも、高校で友人ができてよかった、友人たちと一緒なら楽しい夏祭りになりそうだと感じていた。
「楽しそうね。私もご一緒してもいいかしら?」
「え?」
尚は背後から近寄ってきた何者かに耳元で囁かれた。
振り返るまでもなく、その綺麗な声の主が誰なのかは分かった。
春日伶が楽しそうな笑みを浮かべて立っていた。
いよいよ夏祭りの当日がやってきた。楓は母親に勧められた浴衣ではなく、動きやすい薄手のワンピースを選んだ。淡いグリーンの生地に、白いレースが爽やかな印象を与える。
駅前で待ち合わせた楓と尚、そして麻衣を待っていたのは、美咲と真由美、そして小野寺と松木だった。そして、もう一人、春日伶の姿もあった。
尚は少し申し訳なさそうに頭を下げた。
「楓さん、人数が増えてごめんね。春日さんから『ぜひ一緒に行きたい』って言われて、断れなくて……」
その言葉に、楓は優しく微笑んだ。
「ううん、尚くんのお友達だものね」
楓は我ながらちょっと棘がある言い方だなと思いながら応じたけれど、そのあとは普通に笑顔になっていた。
「全然気にしないで。みんなで一緒に回れば、もっと賑やかで楽しいと思う」
そして聞こえないくらいの小さな声でつぶやいた。
「まあ、なんだか、そんな予感がしていたし……」
夢で見た光景を思い出していた。
あれが実は予知夢で、そのまま現実になるなんてことは思っていない。
そもそも夢の中は、尚と親しくなる前の自分だった。中学生の時に、尚や春日怜を見かけていたとしても気がつきもしないだろう。
ただ、どこか勘の良い自分のことは認めていた。
とにかく尚が春日伶に誘われて2人で夏祭りに行くことは防げて満足していた。
麻衣は、鮮やかな朱色の浴衣に身を包み、髪には大きな花の髪飾りをつけている。それはそれは美しく、少し照れくさそうにする麻衣に、特に男子たちの視線が釘付けになっていた。
「え、こちらの可愛いらしい方は?」
小野寺は麻衣に目を奪われながら、尚に聞いた。
「義妹だよ。ええと……僕が前にお世話になっていた家の義妹」
尚は麻衣との関係をどう説明したらいいか悩みながら、とりあえずそう言ってみた。
麻衣はその紹介にちょっと不服そうな顔をしたけれど、元義妹とか言われなかっただけましだと思い先輩たちに丁寧な挨拶をした。
「おにいちゃんがお世話になっております。麻衣と申します」
「麻衣ちゃん、すっごく可愛い!」
美咲が目を輝かせて駆け寄ると、麻衣は嬉しそうに微笑んだ。尚も柔らかな表情で妹を見つめていた。
一方、春日伶は美しい藍色の浴衣に身を包み、黒髪に銀の簪を挿していた。まるで夜空に輝く月のように幻想的な美しさを放つ伶に、松木は思わず見とれている様子だった。
こうして、賑やかな面々が揃った夏祭り。楓は伶と尚が並んで歩かないよう、さりげなく尚の隣をキープしていた。まわりから見れば、とても仲睦まじい兄妹のように映っているはずだ。
(伶さんと2人きりにしないように……)
楓は夢の中の女の子の言葉を思い出していた。夢の中のことをそんなに信じているわけではないのだけれど、どこか気になって律儀に守っていた。
尚の隣、楓の反対側のポジションは麻衣と伶で争っていた。
伶は真由美や小野寺、松木とも楽しげに話をしていたし、結果的には尚と二人きりになることは防げていた。
(なんか独占欲が強い義妹みたいに見えてないかな……)
夢のことをちょっと気にしすぎた結果、ちょっと呆れられたりしていないかが心配になってきた。
ただ、振り返ってみれば、美咲と松木、真由美と小野寺も、どことなく良い雰囲気だ。祭りの雰囲気に後押しされて、少しずつ距離が縮まっているようだった。
夜も更けて、いよいよ花火大会が始まる頃。楓が尚に声をかけた。
「ねえ尚くん。この近くに、花火がすごくよく見える場所があるの。みんなで行ってみない?」
地元の人間ならではの提案をする楓に尚はうなずいていた。
「え、そうなんだ。じゃあ、みんなで行こうか」
みんなに向かって尚はそう言うと、楓の手を掴んで引っ張るように歩き出した。
「人が集まってきたから、はぐれないでね」
手を握られる温かさに、心臓の鼓動が高鳴った。
普段、尚のことをたくましいと思うことはあまりないのに、手の感触は固く少し大きくて男性なんだなと意識してしまう。
ちゃんと道案内ができているか不安なくらいに、意識は握られた手に集中してしまっていた。
ただ、ふと反対側を見れば、麻衣も尚に手を握られながら嬉しそうについていっているようだった。
楓は夜だから分からないとは思いながらも、顔が赤くなっているのを自覚して一人熱くなっているのを自覚していた。
でも、麻衣の方はそれほど意識した様子もなく、人混みの中では義兄と手を繫いで歩くのが自然なことであるかのようだった。
楓の案内で木々を抜けて少し離れた川沿いで、一同は花火を眺めていた。夜空を彩る色とりどりの光に、思わず歓声を上げる麻衣。そんな妹を優しく見守る尚の横顔を、楓は頬を緩ませて見つめていた。尚は特に楓のことを意識している様子もなく、自然な態度で花火を楽しんでいた。
(私も、妹として扱ってもらえているってことかな)
そう感じながら、手を引かれたことを思い出し、楓は微かに頬を赤らめた。一人でドキッとするのは少し恥ずかしく、どこか悔しい思いもあったが、心の壁が少し解けて、妹として、家族の一員として受け入れられていることに満足した笑顔を浮かべていた。
夏の夜空に、大輪の花が次々と咲き乱れる。
その美しさに心を奪われながら、一同は何度も歓声を上げた。
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